2010年4月19日 (月)

京都 桜逍遥2010(六孫王神社 里桜)

  「ちる花を なにかうらみむ 世の中に
                 わが身もともに あらむ物かは」

                      古今和歌集  

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京都では八重桜系や里桜系の桜というと、ポツーン、ポツーンと葉桜になりつつあるソメイヨシノや枝垂桜の間に独立して咲いている場合がよくあります。だからこの時期の桜好き達は、あっちへチョコチョコ、こっちへチョコチョコと歩き回っています。

しかし、八条壬生川にある六孫王神社では様子がちがいます。境内にある大方の桜が八重桜系、里桜系のためちょうどこの時期が見頃の季節となります。

ちょっと聞き慣れないこの神社は清和天皇の第六皇子貞純親王の御子経基王を祀る神社です。第六王子の孫を祀る神社だから六孫王神社と呼ばれてます。
また、この経基王が初めて「源」という姓を授かったので、この神社は源氏発祥の神社ともされてます。


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桜の花の特色として一つの芽からいくつかの花が咲くという点がありますが、この神社の桜はそれが集まってテニスボール位の大きな花房になります。

「鬱金」か「御衣黄」か判別付きませんが、その花のボールの中に紅が走りきれいな花房になってます。

本当に、見事!見事!

まるで宙に浮いた桜の手毬みたい。
ポーン、ポーン宙に舞う手毬みたい。

綺麗ですね。

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この神社の横は新幹線の高架になっており、桜を観ている間にもその上を新幹線が走っていきます。

ちょうどこの辺りだったら、新幹線の乗客は東寺の塔の方眺めているのでしょう。
また、この花はあまりにも線路に近いところで咲いているため、乗客の目からは線路脇の塀に隠され見つけることはできないでしょう。

これだけ美しい京都らしい桜が咲いているのに惜しいことです。


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2010年4月17日 (土)

京都 桜逍遥2010(千本えんま堂 普賢象桜)

  「のこりなく ちるぞめでたき 桜花
                 ありて世の中 はてのうければ」

                       古今和歌集 

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千本寺之内にある「千本えんま堂」の普賢象桜が満開です。

このお寺、正しい呼び名は「引接寺(インジョウジ)」というのですが、京都の人間にとっては「千本えんま堂」という呼び名のほうが知られています。なぜならこのお寺の本堂にはデ〜ンと大きな閻魔さんが構えておられ、お盆の頃には先祖霊である「おしょらいさん」を迎へに来るお寺だからです。

画像の普賢象桜の向こうに見えるのが、お盆の時に、先祖の名前を書いた水塔婆を流す「潅頂池」におられる仏さんです。

このころは「花潅頂」のように桜の輪に囲まれておられます。

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そして、このお寺には紫式部の供養塔が建ってます。

一説によると、紫式部は源氏物語で仏教の教えである不殺生、不偸盗、不邪淫という3つの罪を犯すことを示したとされ、亡くなった後は地獄に落ちたそうです。
それを憐れんだこの寺の僧侶が供養塔を建て供養することにしたと伝えられています。

日本文学の金字塔ともされる「源氏物語」も罪作りな物語なんですね。

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これは普賢象桜の一種の「二尊院普賢桜」です。

普通の普賢象桜より少し紅が強く、小ぶりの花です。いろんな桜があるのですね。

 京都の桜もソメイヨシノが散り、サトザクラ系の緑色の花で有名な「御衣黄桜」や「鬱金桜」、そして葉化した雌しべが花の中から2本顔を出すこの「普賢象桜」等が、今年最後の花を咲かせてます。

もう残り少ない花の季節ながら、これらの花を観なければ京の桜は終りません。

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2010年4月16日 (金)

京都 桜逍遥2010(番外編 湖北 高時川の桜)

  「吹く風に あつらへつくる 物ならば
               このひともとは よぎよといはまし」

                      古今和歌集


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木之本から観音さんで有名な高月町へ入る道すがら、左手の方向に気になる桜並木が見えていました。
時々建物や道から離れたりして見え隠れしますが、何故か心がひかれます。

思い切って車を戻し、その桜並木を目指すことにしました。

行ってみると、見えていた桜並木は高時川の堤防の桜並木でした。

車を堤防の下に止め、さっそく散策に歩き出しました。

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好みの桜並木には必要十分条件みたいなものが有り、ただ単に満開の桜が並んでいるだけでは満足できません。

細かい条件をいうと、桜の高さが一定に並んでいるとか、花の高さが見上げるほどではなく自然の視線で観られるとか、花が空一面を覆い隠すのではなく真ん中には空が顔を覗かせる隙間があるとか、桜と桜の間に提灯や旗みたいな飾りがされてないとか、まわりがひらけているとか、数えれば色々とあります。

だからなかなか好みの桜並木にはあたりません。

しかし、この道は、久方ぶりの好みの桜並木です。

花の色いい、枝ぶりといい、まわりの状況といい、文句の付けようがありません。

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一番目の画像は、向かって歩いていく方向です。

二番目の画像は、振り返った歩いてきた方向です。

最後は、足元です。

これだけの花道に、誰一人いません。これは驚きです。平日ですがまだ昼過ぎです。

なんか別世界に入り込んだようです。静謐の中、花だけがヒラヒラと舞っていきます。

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2010年4月15日 (木)

京都 桜逍遥2010(番外編 湖北 海津大崎の桜)

  「春ごとに 花のさかりは ありなめど
             あひ見む事は いのちなりけり」

                   古今和歌集  読人しらず

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滋賀県の湖北、マキノ町から琵琶湖の最北部へと続く湖岸沿いにこの時期山の緑と湖の青の間に一本の薄紅の線が現れます。

これが「海津大崎」の桜。
湖岸沿い4キロ近く延々と桜並木が続きます。

特に湖上から眺めるとそれは見事な景色です。

この桜が見頃だと聞いて、ちょっと天気は悪かったのですが、今津から花見船に乗り込みました。
今津から10分ほど進むと「竹生島」の横を通ります。
その頃から進行方向にあの桜の線が見えてきます。

舟はどんどんその線に近づき湖岸から50メートル位で方向を変え湖岸沿いを進みだします。

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山からなだれ込むように湖へ向かっている桜もありますし、緑の壁をせき止めるように切り立った崖に踏ん張る桜もあります。

ちょうど舟が大きな岬にかかったとき、曇り空の一角から陽の光が漏れてきました。差し込む春の光に照らされてキラキラと輝く桜の花々の美しいこと。

ゆらゆらと揺れ動く舟の上から眺める景色は本当に一幅の春です。

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やがて舟は大きく方向を変え、戻りの道を進みます。

一度今津に戻り、今度は地上の道を海津へ戻ります。この頃この海津への道は大変込み合い、まるで来年の花を見に行くかの渋滞です。

でもそのおかげで、桜はじっくりとみられます。
その花の間からは遠くに「竹生島」が顔を覗かしています。

こちらからの風景もまた良いものです。

今回、久しぶりに春の湖北を巡ったのですが、この海津だけでなく、至る所に見ごたえのある桜が溢れています。

桜好きにとって、極楽のような春が過ごせる土地です。

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2010年4月14日 (水)

京都 桜逍遥2010(番外編 信楽 畑のしだれ桜)

  「いつまでか 野辺に心の あくがれむ
                花し散らずは 千世もへぬべし」

                     古今和歌集


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いつも楽しませていただいている、信楽 秀山さんに教えていただいた「畑のしだれ桜」に行ってきました。

信楽というと陶器の街として有名ですが、この時期はいたるところに見ごたえのある桜が咲いています。

実際この「畑のしだれ桜」へ行くまで、信楽の中心地から少し距離があるのですが、桜を愛いる者としては、少し行っては車を止め眺めるということを繰り返す結果となり、「畑のしだれ桜」に着くまで小1時間近くかかってしまいました。

そんな訳で、「畑のしだれ桜」に着いたのは、空にはまだ明るさが残っているが、山間の谷間の底は薄暗さが広がって行く頃でした。

茶畑が広がる丘の上に立つ、薄紅色の小さな花をつけた立派な枝垂桜です。

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案内板によると、この桜の由来には、平家の落人が都をしのぶためにこの地に植えたとする説や、信長がこの地にあったお寺を焼き討ちし、そのお寺が再建されたときに植えられたとする説や、家康が京への往来時にこの地で休み、この桜を植えたという説などがあり、いずれにせよ樹齢は400年を越えていると思われます。

たしかに幹についた苔の模様や、大きく広げられた枝ぶりにそれだけの年月を過ごしてきた風格のようなものを感じます。

その風格は、長い時間を変わることなくこの里に育ち、そしてこの里を見守ってきた桜自身の歴史でもあるのです。

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だんだん冷え込んでくる谷間で、しばらくこの桜の下で眺めていると、不思議な力を感じます。

この桜は、根元のところで大きく二股に分かれています。

それはあたかも春を迎えた大地が、気持ちよさそうに大きく伸びをしているかの様子に感じられます。

このような大地の喜びを表すような力は、ちょっと京都の桜には見られない力です。
この桜を媒介にして伝わってくる自然の力です。

春を迎える喜びの力です。これがこの桜の魅力なんですね!

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2010年4月13日 (火)

京都 桜逍遥2010(鴨川沿いの桜)

  「春霞 たなびく山の さくら花
                うつろはむとや 色かはりゆく」

                 古今和歌集  読人しらず


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鴨川といっても、京都の上賀茂から伏見まで流れていますので、その間には多くの桜の名所があります。
その中でも、お好みの場所はといわれると、先日紹介した「半木の道」の北側から上賀茂御薗橋まで続く東側の道です。

ソメイヨシノの桜並木の道なんですが、ちょうど今が盛りの勢いのある木々が続き、のびのびと育っているような感じがします。

周りの風景も、鴨川はそんなに整備された雰囲気ではなく、もう片方は閑静な住宅地が続き、車の通りも少なく、のんびりした気持ちで散策できます。

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京都は思っている以上に生活の範囲が小狭い街で、特にこの桜の頃になると、皆さん行く場所は似たり寄ったりで、顔見知りなんかによく会います。

別に、顔を合しても困ることはないのですが、やっぱり気を使いますので、のんびりとするためには、やはり場所を選びます。

特にポカーンと桜を見ているときは、無防備になっていますから。

そういう意味で、京都の中心より少し離れ、まだそんなに噂になっていないこの道は桜を愉しむのに最適です。

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2010年4月12日 (月)

京都 桜逍遥2010(上賀茂神社の斎宮桜)

  「さくらいろに 衣はふかく そめてきむ
             花のちりなむ のちのかたみに」

                   古今和歌集  紀 有朋


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上賀茂神社の一の鳥居から本殿に向かう白砂の道を進むと右手に鮮やかな紅枝垂桜が眼に飛び込んできます。これが「斎王桜」。

上賀茂神社の御祭神である賀茂別雷大神に奉仕された斎王に因んだ名がついた桜で、ちょうど乙女の頬が赤く染まったかのような艶やかな色をしています。

若草の萌えた緑の芝生と花の紅が美しい。

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この神社に詣ると、いつも空間の構成の妙と色のコントラストの美しさに感心させられます。

白砂の道と広い緑の芝生の空間はこの神社に詣る者にとって一種の心の禊となる場所のように感じられます。。
その心の禊を試すかのように、向かう本殿の前に、緑の森をバックに鮮やかな朱色の二の鳥居がそびえています。
その緑と白と朱の組み合わせと距離感が神社に詣るという心構えを高めてくれます。

そして、今はそんな参拝者に微笑みかけるように紅色の「斎王桜」や白色の桜達がまだ少し冷たい春の風に揺れています。

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そして、この二の鳥居を越えると、そこが本殿のある神域です。
ここに入ると、一瞬、方向感覚が狂ったかのような錯覚におちいります。

本殿を含んだ建物がすべて今まで歩いてきた道と30度位西に傾いた方向に向っているのです。
これは本殿が、賀茂別雷大神が降臨したと伝えられている神山に向かっているためです。
神を遥拝する場所としての古代の神社の形態を今も色濃く残しているのです。

まるで異次元の空間に迷い込んだような気がします。

その異次元の空間に、葵祭の少し前のみあれ祭の時、神が降臨して社殿に向かう道があり、その道側にも紅の枝垂桜が咲いています。
上の画像の「みあれ桜」です。

神の神域には本当に桜が良く似合います。

一説によると、「さくら」という言葉は、「神」を表す「サ」と神が降り立つ地を表す「座(クラ)」との合成語だそうです。

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2010年4月11日 (日)

京都 桜逍遥2010(堀川の桜)

  「いしばしる たきなくもがな 桜花
               たおりててもこむ 見ぬ人のため」

                       古今和歌集  読人しらず


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長い間、干からびてコンクリートの川底がむきだしていた堀川に水が戻ってきました。

といっても昔のように堀川全面に水が流れるのではなく川幅の三分ノ一位に水路が設けられ、残りの川幅は遊歩道が設けられている状況です。

アムステルダムやパリ等のヨーロッパの都市は別として、以前は埋め立てられたり、覆蓋した河川を復活させ、その護岸を親水空間として市民に開放する都市計画が最近はやっています。

有名な所では、お隣の韓国ソウルでの「清渓川復元計画」。これは一度埋立てその上に高速道路を作った河を、高速道路を撤去し再び水を流し市民に開放したところ、非常に人気が出て街が活性化した例があります。

堀川もそれをまねたのかもしれませんが、水が戻ってきたことは近くに住むものとして心がなごむ空間が現れたことはうれしいことです。やはり流れる水を眺めることはなぜか心がやすらぎます。

堀川の川べりに咲く桜を、今までとは異なった視点から眺められることも嬉しいことです。

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いままでは流れ走る車やビルをバックに眺めていた桜も、下から見上げると大きな青空がバックになり、花びらの白さや、太陽の光の透き通りが一層引き立ちます。

この国際ホテルの前の八重桜もその白さが際立っています。

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この堀川の遊歩道は堀川中立売から堀川御池まで続いていますが、見ていて面白いのは二条城の側あたりです。

この辺りの堀川の側壁は二条城築城時に作られたもので、その石材には当時の作業を担当した大名の印が彫られているものもあります。そんな印を探して歩くのも面白いことですし、堀川をまたぐ古い石橋を眺めていくのも楽しいことです。

東堀川通りをチンチン電車が走り、堀川の水は友禅の川流しでにごった色となっていた事など知る人もすくなくなりましたが、新しい堀川や桜はまた新しい京都の風景となっていくでしょう。

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2010年4月10日 (土)

京都 桜逍遥2010(半木の道)

  「いざけふは 春の山辺に まじりなむ
           くれなばなげの 花のかげかは」

                 古今和歌集  素性法師


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植物園の西側の鴨川との土手の道に紅枝垂桜のトンネルがあります。
この道が「半木の道」の道です。

いつの頃からは覚えてませんが、ライオンズの協賛で整備された道だと聞いてます。

今見事に咲き誇るトンネルとなっています。

どのような種かはわかりませんが、京都では珍しい朱の強い色合いの桜です。

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花の状態から見て、来週いっぱいはこの調子が続きそうな感じがしますが、ただ週半ばの雨が心配です。

この桜、蕾の方が朱が強く、開花するとだんだん色が白くなるタイプだと思います。
だから、見頃はまだ蕾が残っている方がきれいです。

桜には開花してからだんだんと色が濃くなるものもあれば、だんだんと色が薄くなる種もあります。
その日、その日によって印象が変わっていきますし、極端な花は午前と午後で色が変わっていくものもあります。

一期一会ですね。

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川向こうの賀茂街道沿いの桜は、散り始めてます。

向こうの花が見たければ、このように川に渡された石組みを渡っていきます。
川を渡る風も、心地よい暖かさになってきました。

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2010年4月 9日 (金)

京都 桜逍遥2010(二条城 ライトアップ)

  「ちる花の なくにしとまる 物ならば
                  我鶯に おとらましやは」

                      古今和歌集  典侍 洽子朝臣


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期間の最後に近くなりましたが、二条城のライトアップに行ってきました(4月11日まで)。

家から歩いて10分位なんで、「いつでもいけるや・・・」という気分でいると、毎年のことながら気付くともう終了間際。

あわててて晩御飯を食べて二条城へ急ぎました。行ってみると大変な人気です。券売機の前にズラ〜ッと並んでおられます。中もいっぱいかなと思いながら券を買い、中へ入ってみると流石に二条城、広さと暗闇にまぎれて目に付く人はそんなに多くはありません。

桜のライトアップは二の丸御殿の横を過ぎた本丸の内堀側からはじまります。

白いライトに照らされた桜が、遠目にボーッと浮かび上がる姿は二条城ならではの風情です。

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この二条城の桜は、早咲きの河津桜から、枝垂桜、ソメイヨシノ、そして八重桜、普賢象桜、御衣黄桜と京都で見られる多くの桜の種類が集められてます。

そして、桜の花が途切れることなく咲き続けます。

この夜も、ソメイヨシノの側で普賢象桜が満開の時を迎えてました。

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本丸の前を通り清流園の方へ向かうと、毎年のことながら、茶室の横の桜が池の水面に映り幽玄な風景を楽しませてくれました。

青や緑の人工的な輝きのライトアップよりも、このようなちょっと温かみのある光と足元の灯ろうだけのライトアップのほうが、桜の清らかな美しさを引き立てるような気がします。

桜の花にどのような美しさを求めるのか、また桜にどのような心情を映すのかは、人それぞれですが、私は新しい季節を迎えることのできた喜びと、一つ一つの小さな花の持つ清らかな美しさに惹かれます。

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