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2006年8月の14件の記事

2006年8月30日 (水)

細見美術館 「リクエスト展06」

細見美術館恒例の「リクエスト展06」へ行ってきました。
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館内の投票用紙やホームページから選ばれた細見美術館所蔵の人気のある作品のうち、上位20位(?)を展示する企画です。

人気投票ですから、その時の流行の作品が主となりますが、美術館の企画としては中々面白いものです。

前回くらいから、琳派の作品を押しのけて、今話題の「伊藤若冲」の作品が上位を占めるようになりました。

今年も1位は「若冲」かなと思っていたところ、意外にも(投票された方にはすみません。)神坂雪佳の「金魚玉図」でした。3作品を選んで投票する方式だったから、万遍なく票を集めたのかなぁ?

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神坂雪佳(かみさかせっか)は明治、大正、昭和の時代に京都で活躍した画家で、琳派様式の絵画やデザインで活躍した人です。

この絵は1メータ位の細長い軸の上部に金魚鉢越しの金魚が描かれたユーモアあふれた絵です。

この前に立つと、思わず金魚とニラメッコをしてしまい、最後にこちらがニヤッと笑い負けてしまいます。(ちょうど見る人の顔の辺りに絵が来るのです。)
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「若冲」は5点展示されていました。

「糸瓜群虫図」「鼠婚礼図」「鶏図押絵貼屏風」「雪中雄鶏図」「瓢箪牡丹図」。

「糸瓜群虫図」の解説に11匹の虫が描いてあるとあったので、嫁さんと「一、二、三〜十」と数えて行きましたが、いくら勘定しても十匹しか見つかりません。

蝶、キリギリス、蝸牛(これも虫?)、蟷螂、蜻蛉、バッタ、鈴虫、雨蛙、邯鄲(カンタン)、青虫、え〜と・・・(虫の名前は図鑑で調べましたが不正確です!)あと1匹わかりません!30分位さがしていました。じっくり見れば、糸瓜(へちま)も長過ぎるし、虫の位置もおかしい。けれども本当に親しみの持てる絵です。

若冲の絵は、鶏にしても、色にしても、構図においてもその大胆さ、精密さに気を取られるが、じっくりと見ると、ユーモアがあり、童心に帰った様な暖かみが感じられ、それが今の人気となっているんであろう。

それと面白かったのは、京都の3大奇祭の一つである広隆寺の牛祭りを描いた「やすらい祭牛祭図屏風(浮田一恵)」。踊り回る人々の表情とお面を付けたマタラ神の様子がおもしろおかしく描かれていた。

最後に細見美術館の看板である「金銅春日神鹿御正体」像。子鹿のバンビの像であるが、このお尻が何とも言えずカワイイのである。

その他、多くの作品がでていたが、細見美術館らしくこじんまりとした名品が並んでおり、特に今年はユーモアあふれる作品が多かった。

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2006年8月28日 (月)

オ・タン・ペルデュのランチボックス

京都国立近代美術館の疎水側の向かいにあるフランス惣菜店。

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御蔭通のフランスレストラン「ベルクール」の支店で、テイクアウトのフランス惣菜を入り口で売っている。その奥に席が有り、食事が出来るようになっている。

店の前を疎水から分かれた白川が流れており、ながめは非常に良い。
美術館に行った後にその余韻を楽しみながら、ゆっくりと食事をするのに最適な雰囲気である。
Img_8083お昼にはランチボックス。
 本日のランチボックスは、
  ・ロースハムとサニーレタスのサラダ
  ・にんじんのサラダ
  ・田舎風パテ
  ・キッシュロレーヌ
  ・チーズ(二種類)
  ・パン
これにスパークリングワイン。
キッシュの卵とタルトのコンビネーションが素晴らしい。卵焼きの別名みたいなキッシュが多い中、さすがに「ベルクール」の支店だけあり、上品なものである。

ただ、残念な事に、スパークリングワインの炭酸がちょっと抜け気味。

ここのランチボックスは、軽食ではなくきっちりとした食事の量が有る。そのためケーキはスキップ。またの機会とする。

店名通り、「失われた時」を想いながら、薄暗い店内から白く輝く川岸をながめアンニュイな気分に浸る。
これは贅沢な時間ですよ。

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2006年8月19日 (土)

歯が痛い

金曜日(18日)朝起きると、どうも右の下の奥歯の様子がおかしい。
何かものをはさんだような感じがして、痛くはないが気持ちが悪い。
この感じを伝える語彙は思いつかない。

不安を抱きながらも出勤する。
会社で書類を見ていても集中できない。昼過ぎから不安的中、ズキズキと痛み出す。
帰る頃には右の下顎の辺がプックリと腫れて来た。

あぁ〜ぁ!今週末の予定は全てキャンセル。逆に慌てて友人の歯医者の予約を取る。
そのまま痛み止めの薬を呑み、早々に寝る。

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しかし、朝方歯の痛みで起きる。じっと耐えながらこの身の不運を嘆く。
嫁さんに歯の様子を見てもらう、その様子で『病草紙 歯の揺らぐ男』を思い出す。
これやったら平安時代といっしょやなぁ!
祗園さんにも参ったし、茅の輪もくぐったし、送り火も拝んだのに!
しかし歯痛は疫病ではない!歯痛の神さんには参ってない事に気付く!(そんな神さんあるんかいな?)

土曜日、歯医者に行くが特に進展なし。痛み止めと抗生物質をもらってスゴスゴと帰る。
以降、今までふて寝!しかし、歯は痛い!

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2006年8月16日 (水)

五山の送り火

五山の送り火というと、「大文字」「妙法」「船」「左大文字」「鳥居」の五つです。
そのうち「鳥居」は灯される山が低いため、また北嵯峨(嵐山の北方面)のため、なかなか見る機会が少ない。
今年は、久しぶりに「鳥居」を見ようと嵐山へ出かけた。

嵐電の嵐山駅を降り、まず渡月橋へ向かう。天竜寺の前の通りは歩行者天国になっている。浴衣姿の人も多く夏の夜の風情が感じられる。

Img_8020渡月橋の上は、橋の上から灯籠流しを見ようと多くの人が川面を覗き込んでいた。
嵐山の灯籠流しは初めてであったので覗いてみると、中之島の川岸の一画をプールのように囲み、その上流から灯籠を流していた。しかし下流では灯籠がせき止められて団子状態になっている。
想像していた灯籠流しとは違うけれど、なるほどこうすれば川を汚さない。
環境に優しい「灯籠流し」である。(さだまさしの世界とはちがってた。)
200メーター程の間であったが、ゆらゆらと流れていく灯籠は美しいものであった。

それから歩いて釈迦堂(清涼寺)へ向かった。小さい頃、釈迦堂の裏側で「鳥居」を見た記憶があり、あの辺へ行けばなんとかなるだろうとブラブラと歩いて行く。
釈迦堂に着くと回りの人影が少なくなって来る。「あれっ」と思いながらも、釈迦堂の裏への道を進むと全くの人影が無くなり、片側は釈迦堂の壁が続く。嫁さんは「気持ちわる〜」と言い出すし、こまったなぁと思っていると、突然前が開け、目の前の山に、松明の灯が見えた。小さい川にあたり、その川岸へ入って行くと既に10人程の人が鳥居の点くのを待っていた。
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まとわりつく虫を払いながら待っていると、約30分程してやっと「鳥居」が点き出した。(ちょっと行くのが早かったみたい。)

久しぶりに見る「鳥居」は思っていたより大きく立派な送り火でした。自然と、手を合わせ拝みました。
これで、ご先祖さんも無事に戻らはったでしょう。

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2006年8月14日 (月)

とうりゃんせ

Img_7860京都駅前の塩小路通りの横断歩道は青になると「とうりゃんせ」が鳴る。
渡る度に「なんで『とうりゃんせ』なのかなぁ」と思っている。

思いながらも、ついいっしょに口ずさんでしまう。
しかし、「とうりゃんせ」の歌は何となく暗い感じがする。特に、「行きはよいよい、帰りは怖い」のくだりはホラー的な感じがする。


たぶんメーカーの方と警察の担当の方とで、こんな会話があったのかなぁ?
メーカー「横断歩道の曲なんですが、トルコ行進曲なんかどうですかねぇ?」
警察「行進するのではないから、ちょっと合わないなぁ」
メーカー「だったら、『森へ行きましょ〜う 娘さん (アハ)』なんかは?」
警察「外国の曲でしょ? 日本の曲がいいなぁ〜」
メーカー「なんかいい曲はありませんかねぇ。」
警察「だれが聞いても、横断歩道とわかるような曲はないかなぁ〜」
メーカー「そうだ、童謡なんかどうですかねぇ」
警察「そりゃいいね。皆が知ってる童謡は」
メーカー「『とうりゃんせ』なんか横断歩道にぴったりですよ!」
警察「『とうりゃんせ、とうりゃんせ』か、内容もぴったりだな。よし、それでいこう!」
てな調子で決まったのかなぁ。

ちょっと調べてみると、この曲は七五三のお参りと関係していて、子供は7歳までは神の子として、神さんの元で守られているが、七歳からは人間の領域に入るため、神さんのご加護を離れ、自立して行かなければならないと言う事を歌った曲なんだそうです。また、一説によるとかわいい子供は神さんが手放さず、この世に戻って来られない可能性があり、そのために「行きはよいよい、帰りは怖い」なのだそうです。

全国的に視覚障害者用の信号としてこの曲が採用されている場所が多いそうです。
六道の辻の交差点ならわかるが、京都駅の交差点にはちょっと意味的には合わないなぁ。
ちなみに中京区の交差点は、鳥の鳴き声が多いです。

この意味を知ってから、行きは横断歩道を通っていますが、帰りは地下街で戻ってます。

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2006年8月12日 (土)

「十両」で横綱を

熊野神社(東山丸太町)の近くに有る「十両」へ行きました。この店は、味と量で有名な和食の定食屋さんで、値段の点でもリーズナブルなため人気が有ります。
親子3人でそれぞれが別の定食を頼みました。それをお互いにつまみ食い。
Img_8003まず、「鱧のおとし定食」
今年は色んなところで鱧を食べましたが、水っぽい鱧が多かった。
雨が多かったからかなぁ?
しかし、ここの鱧は肉も厚く、全然水っぽくない。噂通り量も充分ある。
これ、ここで骨切りしやはるんやろか?
御飯は茗荷御飯。顔に近づけるとプ〜ンと茗荷の香りがする。それだけで食欲が増す。

Img_8005おつゆは蛤のお吸い物。だしも上品な味が出てる。
それに、ちりめん山椒の小鉢とお漬けもんが付く。
次は、「カンパチ刺身定食」。
きれいなカンパチで、新鮮さが色に現れています。
夏のカンパチにしては脂も充分のっているのに、しつこくありません。
この量でも何の苦もなく食べられます。

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最後は「ほたての定食」
半分は、かるく炙ってあって、残りは生のまま。
炙ってあったほうが好み。
しかし、美味しい。

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これは、料理が出来るまでの間、ビールのあてに頼んだ「出し巻き」です。
これで1人前です。
三人で分けて食べましたがそれでも充分でした。

近所のおっちゃんや家族連れ、また京大病院の側なので医者の方やお見舞いの方、気さくな町の定食屋さんですが(店のおばあちゃんも気さくにしゃべってくれる。)、名前は十両でも味・量・値段は横綱級です。

親子三人、「美味しかった〜! 食べすぎた〜!」と言いながら、お腹を突き出し、暑い中を家まで歩いて帰りました。

お店は: 「十両」            京都市左京区東大路丸太町西入ル上ル
 (熊野神社一筋西を上る、向かいに同じ名前のレストランがあるが割烹のほう)
            075−771−1170

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2006年8月11日 (金)

六道まいり(五条陶器市)

六道まいりの帰りに、五条通まで下がって陶器市に行って来ました。(7月7日〜10日まででした)

Img_7953六道まいりの楽しみの一つが帰りのこの陶器市です。

五条通をはさんで、東山通りから大和大路までの北側と南側の歩道にずら〜っと出店が並びます。

北側は元々陶器を扱う店が多いので、京焼が多いんですが、南側は若い作家の出店や全国の陶器商の露店が出ますので、見ていても飽きません。

日常使いの陶器から、作家風のオブジェまで千差万別です。目移りがしてなかなか決まりません。
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いつも、一周していくつか気に入ったものを見つけといて、実際買うのは2周目です。

値段は露店の場合は交渉の余地はありますが、店ではなかなか難しいです。
でも、露店はわからないですが、店物は大体3割引位です。ときたま掘り出し物があります。

Img_8002もし、来年行かれるんでしたら、何を買うか(例えば6寸位の皿とか、XX作家の物とか)決めて行かれた方がいいですよ。この頃京都は最も暑いので、日中見て回っていたら倒れてしまいますよ。

と、言いながら今年は特に決めないで行ったので目移りがして、ついふらふらと作家もののぐい呑を買いました。
釉薬がたっぷりと掛かり、翡翠色の奇麗なぐい呑みです。
今晩はこれで呑むぞ!

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2006年8月10日 (木)

六道まいり(千本えんま堂)

京都の中京・下京・東山区の人達は、お精霊(しょらい)さんのお迎えには、東山松原にある「六道珍皇寺」へ行きますが、上京・北区の人達は千本寺の内にある「千本えんま堂」「千本釈迦堂」へ行きます。

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「千本えんま堂」と「六道珍皇寺」ではどう違うのかと思い、「千本えんま堂」へ行ってきました。

この寺も六道珍皇寺と同様、小野篁と閻魔大王が祀ってあり、塔婆供養と迎え鐘によってお精霊さんを迎えるとされています。
お参りの仕方は、閻魔大王の前で塔婆を書いてもらい(珍皇寺と異なり、おばちゃんが書いてくれる。)

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次に、線香の煙で塔婆を清め、本堂の裏に有る「塔婆流し」のところへ行きます。
「千本えんま堂」が「六道珍皇寺」と異なるのは、えんま堂ではお地蔵さんの前に川が流れており、塔婆をこの川に流して供養するのです。
人工の川ですが、流れて行く塔婆を見ていると、何故か遠い先祖の元へ届く様な気がする。

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お地蔵さんに水を掛けて、最後にお迎えの鐘を撞く。

これで、先祖の方々が家へ帰ってこられます。

(今年は2カ所参ったので、ご先祖さん迷わないかなぁ)

この「千本えんま堂」は桜の季節には、普賢象桜が有名ですが、お寺の説明書では、この寺の普賢象桜が昔は千本あったことにより、「千本通」の名前がついたそうです。

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2006年8月 9日 (水)

六道まいり(六波羅蜜寺)

六道珍皇寺、西福寺の有る松原通から少し下がった(南入る)所に有る六波羅密寺にも行きました。

Img_7944ここでも、お精霊(しょらい)さんを迎えるため、「万灯会」をやっていました。

境内の地面に釈迦ゆかりの菩提樹の葉と仏塔の模様を小さな灯明の光で描く「お迎えの絵」が飾られていました。

これは、最近(最近といっても昭和の終わりの頃)から行われるようになった行事だが、元はスリランカに古くから伝わる仏教徒の風習で、先祖の霊や故人の霊を祭り、この世の平和を願う行事だそうです。
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日本で行われている万灯会の原形ではないかと言われている。

また、堂内では、灯明を本尊の前に「大」の字の形に飾り祖先の霊を迎えて回向する古式にのっとった法要が行われていた。

本堂から流れて来る読経に合わせて、小さい土器に灯された灯明の炎がゆらゆらと揺れる様は、情緒の有るものでした。

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2006年8月 8日 (火)

六道まいり(西福寺)

六道まいりの「六道珍皇寺」からもう少し西に行ったところに「西福寺」があります。このお寺も六道珍皇寺と同様に精霊迎えを行っています。この付近は昔、土地を掘ると骸骨が出てくるので、「髑髏町」と呼ばれていたが、縁起が悪いため「轆轤町」と町名を変えたいわれが有るそうです。また、この寺の角を「六道の辻」と言い、仏教でいう地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の6つの冥界の分かれ道とされています。この期間(8月7日〜10日まで)寺宝の地獄絵図を開張しているのですが、この絵がちょっとすごいんです!子供の頃はこの絵を見るのがこわかった。(何十年も前ですが)

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これは「檀林皇后九相図絵」。

嵯峨天皇の皇后であった檀林皇后が、死後の自分を描かせた絵図である。

「九相(くそう)」というのは、死体が次第に崩れ、土に還る様子を、9つの段階を追って記録しているからである。

腐乱してウジがわき、白骨化していく過程がリアルに描かれている。これはどうみても写生したとししか思えない位のリアルさである。この土地のいわれが納得できる絵である。

Img_7922_1これは「熊野観心十界図」

人間の一生を上部の橋を渡ることにより誕生から死までをあらわし、下部に地獄・極楽を描いている。

熊野信仰に関連した、熊野比丘尼がその布教に使ったとされているが、詳しい事は知らない。

しかし、構成といい、色彩といい細部まできっちりと描かれており、優れた仏画であると思える。

Img_7916これは「熊野参詣曼茶図」

熊野神社の鳥瞰図で、今で言うガイドブックのようなものらしい。
平安時代から盛んに行われた、「熊野詣」の宣伝のために使われたポスターのようなものらしい。

詳しい事は、勉強不足でわからないが、美術品としては先ほどと同様素晴らしい物である。

地獄絵は、とかくおどろおどろしい面に関心が行きがちだが、その図には、当時の人々の人生に対する考え方や生き方が色濃く反映していると思っている。

ちょうどお盆の時期にこの様な絵をじっくりと見られる事は、京都に居てよかったなとつくずく思う。

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2006年8月 7日 (月)

六道まいり(六道珍皇寺)

お精霊(しょらい)さんを迎えに「六道さん」に行ってきました。六道さんとは、東山松原を西にいった所にある「六道珍皇寺」のことです。京都ではこの時期祖先の霊や故人の霊が家に帰って来るとして家族のものが六道さんへ迎えに行きます。これを「六道まいり」と言います。

Img_7877六道珍皇寺のあたりは昔、この世とあの世の境目とされており、この寺にはあの世に通じる井戸が有り、小野篁はこの井戸を通じて現世とあの世を行き来したと言われています。

そのため、お寺に入ったところに閻魔さんと小野篁の像があります。帰って来る祖先の霊もこの井戸を通じて戻って来るとされています。
Img_7882お迎えの仕方は、まず水塔婆に先祖の戒名を書いてもらいます。(戒名を覚えていない場合は「XX家先祖代々の霊」と書いてもらいます。)

ずらっ〜と坊さんが机の前に並んですわってられるので、字の上手そうな人を選びます。人気のある坊さんには人の列ができます(皆選んでる!)。
Img_7880それから水塔婆をもって「迎鐘」を撞きにいきます。順番待ちの列が寺の外まで続きます。鐘は撞くのではなく実際は引綱をひいて鳴らします。「カァ〜ン」と案外高い音がします。

次に本堂の薬師如来を拝み、そばにある線香で水塔婆を清めます。
Img_7897そして最後にお地蔵さんがズラッ〜と並んでいるところで高野槇(槇の小枝)で水をかけて納める。これで先祖さんが家に戻ってくるのです。

戻ってこられた先祖の霊は16日大文字と共にまたあの世に帰られます。

昔からの風習ですが、蠟燭の炎と迎鐘の鐘の音、回りに飾られている「地獄絵」や「閻魔像」、参ってみるとなかなか雰囲気がいいものですよ。

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2006年8月 5日 (土)

長谷川等伯「波濤図」

8月2日より京都国立博物館の常設展で長谷川等伯の「波濤図」が展示されているので見に行った。

P_hatouzu
この作品は以前から見たかったが、なかなかその機会がなかった。
今回、常設展に展示されると知り、特別展の展示変えを待たずこの作品を見るため常設展へ足を運んだ。

期待を違えず、素晴らしい作品であった。

この作品は京都の禅林寺(紅葉で有名な永観堂)の方丈のふすま絵だったものを軸装されたもので、大きな軸8幅、小さい軸4幅の全12幅からなる。今回展示されているのは、そのうち大きな軸8幅である。
(展示されている8幅の内、1幅)

金箔を押し地に、激しく押し寄せる波濤とそれに耐える岩の状景が見事に描かれている。

海は、長谷川等伯の出身地である、日本海の七尾付近であろうか。ゆったりと流れながら、突然岩に向かってその白い波頭をぶつけて来る。そして、砕けた後は岩の間をさぁーっと流れ、また海に帰って行く。そんな状景が永遠に続く様子が全面に描かれている。じっと見ていると、海鳴りの音が聞こえて来そうな感じである。

岩の描き方は、雪舟に似ている。太い線の濃淡を勢い良く描く手法で、その厳しさを伝えている。しかし、海の描き方は等伯のオリジナルだ。波を太い線と細い線で組み合わせ、その線の間をぼかすことで、海の持つダイナミックな動きと、流動感を強調している。

等伯と言えば国宝の「松林図」が有名であり、和様の水墨画の頂点のようにあつかわれているが、この晩年の作とされる「波濤図」のダイナミックな動きは、「松林図」の静謐さとは大きく異なるものである。また、その手法も大きく異なるものである。そのような点で長谷川等伯という作者に大いに興味を惹かれる。

なお、今回の常設展では、お盆にちなみ多くの地獄・閻魔関係の作品が展示されている。「沙門地獄草紙」「矢田地蔵縁起」「仏鬼軍絵巻(これは面白い)」「十二天屏風 閻魔王(神護寺・聖衆来迎寺)」「閻魔天曼茶羅図」など。この企画もよかった。

その他には、今人気のある若冲の「乗興図」、呉春の「柳鷺群禽図屏風」、渡辺華山の「市河米庵像」などがあり、充実した内容となっている。

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2006年8月 4日 (金)

寝ぼけ蝉

蝉の声で目が覚めた。しかし辺りはまだ暗い。時計を見るとまだ夜中の四時前。

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家の庭の木で、一匹だけが鳴いているようだ。
「シャ〜ン、シャ〜ン、シャ〜ン、ジー、ジー」と鳴き止むかと思えば、また再び鳴き出す。

寝ぼけとるなと思いながら、しばらくベットの上で聞いているうち目が冴えてしまった。

仕方が無いので、起きてこうやってブログを書いている。罪な蝉である。

今年、蝉の声を最初に聞いたのは、7月25日の朝である。
祗園祭が終わり、しんどい体を引きずって会社に行く途中、家の斜め先の神社で蝉が鳴き出したのに気付いた。

(これは別の蝉)

まだ、天気予報では梅雨が明けると発表していなかったが、この日から蝉が鳴き出し、夏の日差しとなった。
とたんにこの猛暑である。蝉はよく知っている。自分の出番をわきまえている。

せやけど、寝ぼけんでもええのになぁ。

まだ鳴いている。他の蝉を呼ぶように、一人(一匹)鳴いている。
もし、他の蝉が起こされて、一緒に合唱しだしたら、これ、近所の人も起きだすでぇ。
といらん心配をしていたら、 あっ 鳴き止みよった。
二度寝すると次起きるのがつらいでぇ。

こちらは、やる事が無いので、ブログに付ける去年撮った蝉の写真を探し始めた。

今日、朝から会議があるのに、寝てしまいそうや!
どうしてくれんねん。寝ぼけ蝉!

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2006年8月 3日 (木)

「北斎と広重展」

京都文化博物館で開催されている「北斎と広重」展に行ってきました。

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なじみのある浮世絵であるため、案外込んでいた。壁に掛けてある作品を見る展示だった為に、人の列が続いていたのだが、2〜3人前に若い夫婦連れが4歳位と1歳位の子供を連れていた。何となく悪い予感がしたのだが、案の定子供がむずかりだした。お父さんの方が大きい子供に「これは有名な絵やで」と説明してるが、わかる訳が無い。
終いに、子供が歌を歌いだし、さすがに列を離れたが、会場に歌が響いていた。監視員の人がどうするのか見ていたが、知らん顔。そのくせ、携帯が鳴ると飛んで行って注意している。ボランティアの人だと思うのだが、マニュアルに「子供の対応」は書いてないんだろうなぁ!せやけど、なんとかしてほしいなぁ!早期教育も大変ですなぁ。

さて肝心の絵の方だが、北斎は「富嶽三十六景」「諸国瀧廻り」「千絵の海」「諸国名橋奇覧」「雪月花」、広重は「東都名所」「東海道五十三次之内」「近江八景之内」「京都名所之内」「浪速名所図絵」「四季江都名所」「諸国六玉河」「義経一代記之内」「東海道張交図絵」「箱根七湯図絵」「雪月花」が出品されていました。総数約250点!これだけの浮世絵を一度にみたのはさすがに初めてです。

あまり、版画の浮世絵は詳しくはないのですが、青色の多様さと美しさに感心しました。また、版元の企画力、絵師の構図、彫師と摺師の技術力、これらが結託して成り立つシステムであることに驚きました。シリーズものとしての浮世絵を商品として成り立たせるには、現在の商品開発のマネジメントにつながるものがある。

「東海道五十三次」は、55枚あるのですね!日本橋と三条大橋ははいらないって、この歳になるまで知らなかったなぁ。53枚だと思っていた。それと北斎の構図は独特ですね。見えないところまで見えるように描く、大胆にデフォルメして描く、この辺がすごいところだと思います。

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肉筆浮世絵も何点か出品されています。そのなかでは、北斎の「雁と歌仙」がほのぼのとして面白かった。公家がぼや〜っと雁の行方をながめ歌を作ろうとしている作品だが、北斎もこのようにぼや〜っと世間を眺めて絵の構図を考えていたのだろうと思えた。

また、旧ビゲローコレクションからの歌川豊春の作品が良かった。
5月に「江戸の誘惑」展でビゲローコレクションに感心したが、ビゲローコレクションでも手放したものがあるのですねぇ。

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