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2006年9月の14件の記事

2006年9月30日 (土)

秋だから美術の勉強でも・・・

今年前半見に行った美術展の中で思いかえすと、「江戸の誘惑」「北斎と広重展」での葛飾北斎、「バーグコレクション」での曾我蕭白、伊藤若冲、「絵巻展」での岩佐又兵衛、「細見コレクション」での伊藤若冲等、江戸時代の『奇想派』と呼ばれる画家達の作品を多く見た。
秋からの展覧会でも、京都国立近代美術館での「プライスコレクション」、奈良県立美術館での「応挙と芦雪展」、来年になるが相国寺承天閣美術館での「若冲 動植綵絵」等、『奇想派』と言われる画家達の作品が続々展示され、特に若冲は異常な人気がある。
Imgkisounokeifu一般に、美術展に行って、実際に自分の眼で作品を見て、その作品の好き嫌いを判断することは重要なことであるが、その画家の生涯や特徴、その絵のいわれ等を知る事も絵を見る上で大変参考になる。
そもそも、江戸時代の『奇想派』という概念は、辻惟雄氏(現MIHO美術館館長)の『奇想の系譜』という本から始まった。その本により、蕭白、若冲等が知られるようになり、2000年の「若冲展(京博)」、それ以降の「蕭白展(京博」「北斎展(東博、京博)」等の大規模展により、その人気が赤丸急上昇となった。
今回、その発起人たる、辻惟雄氏による江戸奇想派の番組がNHK教育TVで放送される。
NHK 教育「知るを楽しむ この人この世界」 午後10時25分〜10時50分

第1回血染めの衝撃 〜岩佐又兵衛10月2日放送
第2回身もだえする巨木 〜狩野山雪10月9日放送
第3回「自己流」の迫力 〜白隠10月16日放送
第4回奇想天外の仙人たち 〜曾我蕭白10月23日放送
第5回絵にしか描けない美しさ 〜伊藤若沖11月6日放送
第6回猛獣戯画 〜長沢蘆雪11月13日放送
第7回天才は爆発する 〜葛飾北斎11月20日放送
第8回機知+滑稽・風刺の心 〜歌川国芳11月27日放送

秋の夜長を、TVで美術の勉強をするのもいいものではないですか!
いまから、楽しみ、楽しみ。

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2006年9月27日 (水)

紅萩のゆれる梨木神社

春の七草、秋の七草と季節の草花を表すのに、『七』という数字が当てはめられる。

Img_8407春の七草は、すぐに『七草粥』と結びつき食欲のほうに話題が向かってしまう。
(このように書いているだけで、あの水っぽい味を思い出す!)
それに比べ、秋の七草は、琳派の絵の題材等に多くなっているように、日本人の心の琴線に触れる題材である。
秋の七草は、万葉集で山上憶良が歌った、萩(はぎ)・ススキ(尾花)・葛(くず)・撫子(なでしこ)・女郎花(おみなえし)・藤袴(ふじばかま)・桔梗(ききょう) の七草である。
その萩を見に御所の東側にある梨木神社へ行って来た。
Img_8408ちょうど、萩まつりが終わり、神社の境内の人影も少なく、静かな雰囲気であった。
今年は、花が遅くまだ七分咲きの様子であったが、かえってそのほうが萩の花の持つ可憐さが目立ち、初秋の花らしかった。
梨木神社の一の鳥居からしばらく萩のトンネルが続く。その萩に俳句を書いた短冊が掛けられている。所々を見て行くと、なかにひとつ、紅萩のもつ可憐な色っぽさと雰囲気のあった句があった。
Img_8395境内のなかには、茶室がある。
思い出せば、お茶をしている頃、はじめて茶会でお手前をしたのがこの茶室であった。
(う〜ん、懐かしいなぁ・・・・)
その横に有る、『染井の井戸』も珍しく、誰も水を汲む人もいない。
本殿の前にいくと、その前の萩だけは満開であった。

初秋の透き通った明るさの中に、懐かしさが混じり合った静かな時間がすごせた。

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2006年9月26日 (火)

ふと、新聞を見て・・・

今朝(9月26日)の日経の朝刊に「そうだ、タクシーで行こう。」というコピーの広告が載っていた。このコピーを見て、ちょっと考えてしまった。

Img_8421
これは、JR東海の「そうだ 京都、いこう。」をパロディ化したコピーなんかな? と思ったが、京都では大手のタクシー会社さんの広告だったので、そうではなさそう。で、もうひとつ意味がわからなかった。
(下に国際品質規格認証取得と書いてあったのでその広告かなぁ?)

それよりも、ひっかかったのは、「そうだ、」の使い方。

JR東海のコピーは、イメージ的には
「東京駅のコンコースを毎日の通勤に疲れたサラリーウーマン、サラリーマンが歩いて行く、そのうちの一人が、ふと出発する『のぞみ』をみて、そうだ京都へ行って見よう。何か変わるかも知れない」と心に思うという感じなんです。すなわち、日常生活から、『旅』という異空間への心の切り替えを表すために『そうだ、』が使われていると感じられるのです。それがこのコピーのリズム感を生み、イメージを広げていると思えるんです。

しかし、タクシーについていえば、タクシーに乗るということは、イメージ的に言えば、例えばですよ、
「雨がふりそうな天気の中、バス停でバスを待っているがバスはこない。時間もないしイライラしている所へ、ちょうどタクシーが通りかかり、つい右手が挙がってしまった。」という感じなのですよ。

そこには、なんの心の切り替えもないし、決心する事もない。そのような状況のコピーに「そうだ、」と書かれると、非常に違和感を感じてしまう。

どっちかいうと、京都のタクシー会社さんである事を考えれば、
「ほな、タクシーで行こか。」のほうが親近感が増すと思えるんですが〜?
(違和感を与えることをねらったコピーならひっかかってしまった!)

広告のコピーは、一瞬で読む人の興味をいかに捕まえるかが勝負だと思っている。それにはイメージとリズム感の共有が重要だと思う。逆に読む方も、時代を感じる感性がなければついていけない。そう言う意味では、ライターと読者の真剣勝負的なところがある。だから、いつも楽しみに見ている。

JRのコピーで言えば東京駅に「そうだ、京都 行こう」があって、到着した京都駅に「日本に京都が会ってよかった」(京都市の広告)が有るのは、なかなかgoodな組み合わせではありませんか?

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2006年9月22日 (金)

京の看板

祗園さんからの帰り、ぶらぶらと歩いて帰ることにする。

Img_8417四条通は混み合っているが、縄手通にはいると人混みも減ってくる。新門前通あたりから骨董屋さんが多い。飾ってある骨董の品々をのぞきながら歩いていて、ふと目をあげると骨董屋さんの「柳」さんの看板が眼にはいった。この看板は、川端康成さんの字である。

この店を贔屓にしていた川端さんが、この店の為に書かれたと以前読んだ雑誌に載っていた。

このように、京都の老舗の看板には有名な人の揮毫になるものが多い。この近くの「鉄斎堂」という骨董屋さんの看板は武者小路実篤の字である。

帰る道すがら、老舗の屋根を見上げると、立派な看板が色々あがっている。
Img_8369
寺町御池の御池煎餅で有名な「亀屋良永」さん。ここは同じく「武者小路実篤」。「真実一路」の字という感じがしますねぇ・・・
Img_8364
姉小路麩屋町の絵の具の「彩雲堂」さん。ここは日本画の「富岡鉄斎」。「豪放磊落」な感じがします。

Img_8360
姉小路東洞院の柚味噌で有名な「八百三」さん。ここは「北大路魯山人」だと聞いている。「傲岸不遜」な上から睨みつける感じがする。
Img_8358
姉小路烏丸の表具屋さんの「春芳堂」さん。ここは日本画の「竹内栖鳳」らしい。流れる様な感じがします。

もっと色々立派な看板が有ったが、書家になると名前を知らないし、また読めない字も多い。


しかし、何らかの有名人であるのだろう?。各看板、個性があふれている。現在の広告・看板よりもずっとインパクトがある。

あらためて、こんな立派なものがさりげなく飾ってあることに京都の奥深さを感じた。

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2006年9月19日 (火)

散髪に行って来た

散髪にいってきた。

別に髪形をどういう年齢ではなく、散髪することにより「見かけが良くなるかなぁ?」と期待を抱くには現実を知りすぎた。
しかしながら、
散髪に行くには、ちょっとした決心とタイミングがいる。

Img_8235一つには「不動の心」。何が起っても動じないぞ!という心構え。
二つには散髪の後に「他人(特に共通の話題がない人)」とは会わないタイミング。
三つは、いつも行っている理容店が休みでなく、いつもの散髪をしてもらう人が休みでない事。

以前、いつも行っている散髪屋さんで、なじみの人が休みだったので、他の人にやってもらった。
夏近かったので、「いつもよりちょっと短いメ!」と言ってシャキシャキと散髪が始まった。
眼鏡をかけているので、もちろんはずしてやっているから、鏡に写っている顔はほぼ判らない。
特にしゃべる事も無しに洗髪が終わり整えてもらったあと、見えないながらも何かおかしい。
「どうですか?」と言われて、眼鏡をかけて見ればそこには他人がいた!
運の悪いことに散髪の後、町内会の集まりが会った。挨拶代わりに皆さんから「えろ〜、みじかくしゃはあって。どうしゃはったん?」と聞かれる。いちいち「いつものひととちごて・・・」と説明させられるはめとなった。
それ以後、散髪に行く時は、さっきの3つの事を考える。

今回もまず電話で確認。ついでに時間も予約しておく。
散髪屋さんにいけば、「まだ暑いですねぇ」「いつものようでよろしいか?」「おねがいします。」
これだけ。
あとは、阿吽の呼吸。

終わった後、鏡の向こうには、いつもの顔がありました。
こうでなくっちゃ!

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2006年9月17日 (日)

細見美術館 「江戸琳派 抱一・其一の粋」

細見美術館恒例の琳派展 「江戸琳派 抱一・其一の粋」に行って来た。

Img_8326「琳派の細見」と言われる細見美術館の秋の特別展です。

まずは、展覧会の説明文から
『近世後期の江戸で開花した江戸琳派。宗達、光琳ら、京の絵師が確立した琳派様式を、酒井抱一(1761〜1828)やその高弟鈴木其一(1796〜1858)などが継承し、さらに洗練された作風に昇華させたものです。』

酒井抱一は大名(姫路藩)の次男として生まれ、若くして絵画に親しみ、出家した後は作画三昧の生活をしたそうです。何不自由なく絵を書き続けることができるボンボンの境遇に居た点では、伊藤若冲と似ているなぁ。(ああうらやましい〜ぃ!)

鈴木其一は身分は低かったが、その高弟として腕を磨いた。師匠の抱一が生存中はその影に隠れていた(代筆なんかもしてたらしい。)が死後はその継承者として名を馳せた。今回の琳派展は、二人のこんな境遇の違いが彼らの絵にどの様な違いを見せたのかを見るのも興味のひとつ。

Img_8327第一展示室は「抱一の試み」として、抱一の作品がズラーッと並んでいる。
新ためて気付く事は、いろんな画風の絵があることである。「松風村雨図」は歌川派の美人画だし(抱一は最初浮世絵の画家だった!)、「青面金剛図」は仏画、写真の「槇に秋草図屏風」は京琳派、「白蓮図」「桜に小禽図」は江戸琳派、その様式は様々である。そして京琳派に関しては、特に光琳に対してはほんとうに憧れに近い想いをもって描いていたのだと思う。(光琳の風神雷神図の裏に抱一が秋草図をかいていたんだそうです!)

抱一の持っている技法、絵に対する感覚、すべてを傾け好きな光琳様式の絵を描いた結果が、今我々が見られる抱一の江戸琳派の絵となったんだと思われる。その意味からみれば本当に純粋な気持ちで描いた絵であると思える。

Img_8328鈴木其一においては、写真の「鵞鳥図屏風」、写真は無いが「糸瓜に朝顔図」「朴に尾長鳥図」「月に葛図(広告の絵)」等を見れば、構図の取り方、デフォルメの仕方、たらしこみによる色の置き方等非常にうまい画家であることがわかる。ひょっとしたら抱一よりもうまい画家であったろう。江戸琳派は彼によって確立したと思う。しかしその反面、すごいと思わせるなにかが足りない様な気がする。それは光琳のおおらかさ、抱一の純粋さであるかも知れない。(抱一は其一の才能にジェラシーを感じ、其一は抱一の境遇にジェラシーを感じる・・て考えるとなかなか面白い。)

もうすぐ、「若冲と江戸絵画」展が開かれるが、その中に抱一、其一の名作も多く展示される。その辺をもう一度確認したいと思う。

細見美術館 琳派展Ⅸ
「江戸琳派 抱一・其一の粋」
9月15日〜12月10日

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2006年9月16日 (土)

「三条あかり景色」

三条通の室町通から寺町通までと、三条木屋町にて「あかり」をテーマとした催しが行われている。

Img_8244_1この催しでは、三条通に残る近代建築物のライトアップ、三条通に面した町家やビルの壁面を利用した映像の照射、高瀬川を利用した水と光のアートパーフォーマンスが行われている。
三条通付近はここ15年程で大きく変わった。
もともとレンガ造りの近代建築物が多かったが、それらがほぼ原型をとどめる形で新しく生まれ変わった。西から見ると、旧アメリカ文化センターが文椿ビルヂングに、NTT京都支店が新風館に、旧日本銀行京都支店が文化博物館に、旧毎日新聞社がアートコンプレックスに、その他、中京郵便局、日本生命京都ビルもその形態を残している。
また、河合塾が出来て若い人々が集まるようになり、スターバックス、大垣書店、マクドナルド等も出来てそれに合わせて、新しい感覚のファッション関係や、食べ物屋さんが増えて来ている。
ちょっと三条を曲がれば、町家を利用した店も多く、また、旧来からの老舗の店も多く有る。
新旧の感覚が共生しながら、うまく街の様子を替えて来ている。

Img_8272そのような新しい三条通をより楽しんでもらおうとこの催しは企画されており、今回が3回目となる。

近代建築物は現在の建築物と異なり、微妙は凹凸がその壁面にあり、ライトアップすると影が強調されその様相が大きく変わる。いつも見慣れた建物がまた違った様子で見られ、美しいものである。

映像の照射は、プロジェクターがしょぼいため、なにが写っているのかははっきりとはわからない。そのような意味では、失敗かもしれないが、なにかボヤーッと町家なりビルの壁面に写っているのを見ているのもまたいつもとは異なる空間を見ているようで楽しい物である。

今回、感心したのはコレ!
Img_8281Img_8283

高瀬川で行っていたパーフォーマンスで、川にメッシュ地の布を20枚程並べてつり下げ、それに向かって色んな映像や、デジタル模様を映して行くオブジェである。
メッシュ地のため、光が順々に透過して行き、終わりにはそれが反射・拡散して消えて行く。
川を伝って来る風により布が揺れて、その拡散の効果が微妙に変化して行く。
大変美しいオブジェであるが、同時に、光が揺れながら透過していくなかで拡散し、一枚々の布に写る映像がだんだんとぼやけて行く様子は、見る者に何か大きな流れ(時間かも知れないし、思考かも知れない)の様なものが感じられるものであった。
同志社女子大学のグループによる作品であるらしいが、久しぶりに興奮したオブジェであった。
是非、機会があれば多くの人が見て、色んな事を感じてもらいたい。(他の人がどうゆう風に感じたのか知りたいなぁ・・・)

この「三条あかり景色」は、9月16日〜18日、午後7時〜10時まで開催されています。

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2006年9月15日 (金)

『街的ということ』を読んで

江 弘毅 『「街的」ということ —お好み焼き屋は街の学校だ— 』を読んだ。

Img_5関西の情報誌「ミーツ」の元編集長によるメディア論です。知り合いの人達に聞くと、案外読まれている。書店でも、ベストセラーにランクインしている。

この本を読んで気付くことは、「街」の捉え方が狭義である点だ。情報誌の元編集長であったことからか、基本的な視点が街=店=消費という図式で成り立っている。通常、我々が生活している街はもっと広義である。たしかに店も一つの要素ではあるが、それ以外に、街の風景、道行く人々、流れて来る匂い、色んな音等を感じ、街を楽しんでいる。その点については、著者もわかっており、本のなかでところどころ指摘はしているが、なにぶんこの本からは余り伝わってこない。あくまでも、本中の言葉で言う『街場(街の店)』の楽しみ方を示した内容である。そのような意味から、これはあくまでも作者の考える『価値ある情報雑誌の作り方』を示したメディア論である。

情報雑誌に関しては、私においては、「ミーツ」であろうと「Leaf」であろうと余り差はない。たまにカフェなんかに置いてあるのを見る程度である。それよりもブログで読んだ情報のほうが情報の精度は高い。情報雑誌のライターの顔は見えないが、ブログの作者は、過去ログをいくつか読めば感じはつかめて来る。そしてその情報の精度がわかってくる。そのような現状から見れば、情報雑誌の内容は、この本に書かれている、顔も見えないライターの思い入れが強い記事よりも、多くのカタログ化された情報のIndexの方が便利ではないかと思える。

『街的』という言葉が、街の楽しみ方(街の感じ方)という意味であるならば、それは千差万別であり、個人の考え方、個人の歴史、経験によって異なって来る。そして、その街が気に入らない人は、その街に行かないし、気に入れば街を楽しみにいく。その結果街の様子も変わって行く。店においても街に同化することねらった店もあれば、街から遊離することをねらう店もある。その中で寂れる店も有れば、栄える店も出て来る、そしてまた新しい店ができる。これらの変化を感じることが街を楽しむ事ではないだろうか。

この本は、『街』ということを色々と考える、きっかけとなった。

書名:「街的」ということ
作者:江 弘毅
出版:講談社 現代新書   ¥720


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2006年9月12日 (火)

李朝石像群 京博 東庭園

京都国立博物館の東側に庭園があり、そこに李朝石像群が屋外展示されています。

Img_8165
朝鮮半島では、高貴な人々の墳墓の回りを石像で装飾することが、古代より行われていました。ここに有るのは、大阪の収集家が集められた李氏朝鮮時代の物を京博が寄贈を受け展示されているものです。

東大路通りを歩いていると柵越に木々の間からちらちらと見えるのですが、出入り口から遠いため訪れる人も少ない状態です。

行ってみて驚いたのですが、約15体程の人と羊の石像が展示してありました。京都では高麗美術館に何体かありますが、京博にこれだけの数が有るとは気付きませんでした。

Img_8176一体々を見て行くと、顔の相は全て異なりますが、見ている方向ははるか彼方の方向で、何か訴える様な表情をしているように感じられる。故人に死後の世界でも仕えるため、故人の墓を見つめ続けているのであろうか。色々と想像をかきたてられる石像である。

そういえば、古代のエジプト、ギリシヤ、ローマ又イースター島のモアイ像等も視線が遠い彼方をみているものが多かったと思う

石人の横に、一対の羊がいた。まるで日本の神社の狛犬のように置かれており、何か共通点でもあるのかなぁと思っていた。

Img_8184これらの石像の奥に、数寄屋のお茶室がある。その縁側に座りしばし初秋の庭を見ていた。

今まで何回も京博には通って来たが、歴史の有る博物館だけに、思わぬ一面を知った。

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2006年9月11日 (月)

初秋

朝、会社への出勤途中、向かいの神社からも、小学校の校庭からも、寺の境内からも、蝉の声が聞こえてこない。
今年の初蝉は7月25日であった。それ以降、毎朝、蝉のシャワーの中に居た。

Img_8166
8月の末頃から、朝晩が涼しくなり、空の雲も入道雲からいわし雲に変わって行き、空の蒼さもすこし薄くなって来た。

しかし今日のように、蝉の声が聞こえないようになると、夏が過ぎた事がはっきりと思い知らされる。

蝉の声に替わって、夜には虫の声が聞こえて来る。今年は裏が空き地になり雑草が茂っているので、特に虫の声が大きく聞こえる。

こちらは何の進歩もないのに、季節は確実に移っていく。

と、嘆いていても仕方がないので、今年の秋の予定をたてる。

この秋は、行きたい美術展も沢山有るし、見たい景色も沢山有る。今からしっかり計画しておかないと回りきれない。

冬の初めに嘆かないように、ガンバリます!

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2006年9月10日 (日)

「百鬼夜行図」 京博 平常展

9月6日より、京都国立博物館の平常展が一部展示替えになったので早速行ってきました。
今回の展示替えは主に二階の絵画です。
主な物を挙げると、
仏画では、「釈迦十六善神図(聖徳寺)」「釈迦三尊十六善神図(聖衆来迎寺)」「釈迦十大弟子像(禅林寺)」等。どれも細かいところまで精密に描かれており、技術の素晴らしさをかいまみる事が出来る。
水墨画では「溪山門奇図(伝元信)」等。元はふすま絵であった絵を、2雙の屏風にした。この時代のふすま絵にしては少し線が細い様な気がする。
今回の私のお目当ての一つは絵巻物。「百鬼夜行図(大徳寺真珠庵)」と「日高川草紙」。

Img_8214Img_8215
「百鬼夜行図」は室町時代の作であり、暮れの煤払いで捨てられた道具達が恨みを晴らすため、妖怪に変じて、京都の夜の町を跋扈する姿を描いたものである。恐ろしい妖怪がなぜかカワイイ姿、滑稽な姿で描かれており、ユーモアにあふれたものである。その後、同じ様な妖怪の絵が色々と描かれたが、おどろおどろしさが強調されていき、この時代の持つおおらかさ、豊かな創造性は消えて行く。尚、この捨てられた道具が集まったのが船岡山のふもとで、これらの道具を助けるため北野神社で古道具を売買する市が始まったそうな。
「日高川草紙」は、浄瑠璃や歌舞伎の演目となっている、「安珍と清姫」の話を絵巻にしたもので室町時代の作である。安珍(草紙では賢学)を追いかける清姫の顔が女の顔から、般若の顔に、そして最後は龍に替わり、安珍を前足につかみ日高川の川底に引きずり込む様は凄まじく迫力ある。

絵巻好き、物語り好きな人には必見の2作品である。

もう一つのお目当ては、俵屋宗達の「牛図」、光琳の「瀟相八景図帖」、酒井抱一の「草花図扇面」
どれも琳派の絵らしく、構図、色ともに美しさと軽やかさを表現している。特に「瀟相八景図帖」は料紙の美しさ、金泥の深みが良く、光琳の傑作の一つではないかと思う。

京博の常設展、何時行っても新しい発見と驚きが有る。

百鬼夜行図 京都国立博物館 常設展
9月6日〜10月1日

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2006年9月 9日 (土)

「バルビゾンから印象派」展

大丸(京都大丸)で「ルーク」というパン屋さんが、今週特別に販売してるのでパンを買いに行き、ついでに「バルビゾンから印象派」展を見て来た。
デパートの展覧会は狭く、混み合うので苦手だが、夕方の6時頃に行ったので、思ってたよりも空いていた。

Img_8216
印象派というと、日本で人気のあるルノワール、セザンヌ、ゴッホ達であるが、彼らに大きな影響を与えたバルビゾン(派)の画家たちは、余り知られていない。しかし、フランス絵画史では、それまで宗教画や肖像画が中心であった絵画を、自然や動物に視点を移し、新しい方向を打ち出した運動として、その後の近代絵画に大きな影響を与えている。

出展されている作品の中で目についたもの挙げると。
バルビゾン派の中心としては、まずコロー。風景を優しい描線で描き、やさしくぼやけた様な感じの絵が多い。しかし今回、一点「マグダラのマリア」という宗教画に近いものが出ていて、印象に残った。
おなじみのミレーは、ポスターになっている「食事の支度をする若い母親」。思っていたよりも小さな絵であった。その他「落穂拾い」のエッチング等が展示されていた。
今回、特に目についたのは、ジュール・デュプレのパステル画である「水飲み場」。パステルを重厚に塗り重ねながらも、光の移ろいや、空気の透明感を上手く表現していた。
ルノワールは何点か出ていたが、どれを見ても「うまいなぁ!」と思う。色彩とフォルムに独特の物が有り決して見る者を裏切らない。モネも同様に色と光と影を描き、モネワールドに引き込んで行く。

その他、シスレー、クールベ、ルソー、ジャック等名前は知っているが、余りなじみのない作家の作品が出ていたのは、面白かった。また、版画も20点程出ていたが、素朴な感じがよかった。

大丸ミュージアムKyoto
「バルビゾンから印象派」
9月7日〜9月26日  午前10時〜午後7時30分

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2006年9月 6日 (水)

「華友菜館」のランチ

室町蛸薬師の角にある「華友菜館」へちょっと遅めのランチに行った。

Img_8142二年程前からの店だと思うが、今回が初めてとなる。表の看板は北京料理とあるが、お昼から「北京ダック」と言うわけにもいかず、メニューを見て考えていると、「テイショクデヨロシイデスカ?」とちょっと中国なまりの調子で尋ねられた。「それじゃ、定食でお願いします。」と答え、回りを見回すと、絵が多く飾ってある。山水画や版画やらが約10枚程がずら〜っと並んでいた。版画はちょっと好みの絵だったので、料理の方も期待できそうと感じていた。

出て来た料理は、豆腐と烏賊と椎茸の煮込み、海老チリ、卵スープ、搾菜と御飯。

豆腐の煮込み料理は、薄味でありながらも椎茸の味がしっかり効いており、ときどき生姜の辛さがアクセントとなりおいしかった。また、豆腐の固さが絶妙でした。

海老チリは、よくあるチリソースの中に海老が有るという風ではなく、海老にチリがかかっている状態で好みの料理であった。

卵スープも上品な味で、ランチとしては満足のいくものであった。

食べ終わった頃、ご主人が厨房から出てこられ、色々中国の話をされていた。

中国では、今料理店が急激に増えており、その為に料理人の数が足りないという状況にあるらしい。そのため、腕が悪くても引く手余たなため、料理人の質が急激に落ちている。北京、上海の有名料理店でも昔と比べると味は悪いし、値段は高いという状況になっているらしい。今、おいしい中華料理を食べようとすると台湾か東京が一番だということを言っておられた。

この前中国に帰られた時、以前修行していた店に行ったが、料理の名前と出て来た料理が違っていたという話を面白く話してられた。

料理も良かったが、ご主人の話も面白かった。今度は夜に行ってみよう。

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2006年9月 2日 (土)

マイ シネマ パラダイス

二条城の南西の角に、「二条城撮影所跡」という記念碑が建っている。

Img_8146日本映画はこの辺りから始まり、その後太秦の方へと移っていったらしい。それが今「東映映画村」や「松竹撮影所」になっている。

そのせいか、三条商店街付近に昔、二軒の映画館があった。
一軒は「日本座」。ここは東宝系の映画を上映しており「モスラ」とか「ゴジラ」を見に行っていた。もう一軒は「三条大映」。この映画館は大映の社長であった永田雅一さんがこのあたりの出身であったため、故郷に錦を飾るため建てられた映画館で、座席もゆったりとしており、ワイドスクリーンの豪華な映画館であった。この建物は今、「西友」のスーパーマーケットになっている。

私のシネマパラダイスはこの「三条大映」である。何故か知らないが祖母の家にはいつもここのタダ券(招待券)があり、それをもらってセッセと小学校の6年位から映画館へ通っていた。

その頃の大映映画は、市川雷蔵の「眠狂四郎シリーズ」「忍びの者シリーズ」「陸軍中野学校シリーズ」、勝新太郎の「悪名シリーズ」「座頭市シリーズ」「兵隊やくざシリーズ」、文芸物の「白い巨塔」(唐沢寿明ではなく田宮次郎です)、「釈迦」なんかが隔週に封切り(今で言うロードショウ)されていた。まだ白黒の映画が多く、暗いスクリーンに浮かぶ市川雷蔵の白い顔、勝新太郎の座頭市の白目等に、小さいながら映画の面白さを堪能していた。そういえば江波杏子の「女賭博師シリーズ」なんかもあったなぁ。
成人向けの映画もあったと思うが、そんな事関係なしで見に行っていた。

この映画館では、隔週大映映画の封切りがあり、その狭間の間はちょっと前の洋画をやっていた。何故か知らないがフランス映画、イタリア映画が多かった。特にこの頃はやったマカロニウエスタン、これは本当に沢山見た。「荒野の用心棒シリーズ」「夕陽のガンマンシリーズ」、クリンスト・イーストウッド、フランコ・ネロ、ジュリアーノ・ジェンマ等。エンニオ・モリコーネの音楽がよかったなぁ。フランス映画では「怪人ファントマシリーズ」。これは何回もみたなぁ。刑事役のルイド・フェネスは面白かった。アラン・ドロンも「地下室のメロディ」(共演はジャン・ギャバン)「太陽がいっぱい」、カトリーヌ・ドヌーブは「シェルブールの雨傘」「昼顔」(これは成人映画だったと思う)等、手当たり次第に見ていた。

今から考えるとわからなかった映画も有っただろうと思うが、そんなことをかまわず、ただ映画を見ていた。この頃、古い映画のDVDを売っているのを見ると、題名は覚えていないが、表紙の写真を見れば「これ見たぞ!」と思う映画が多く有る。小学校の6年位から中学の2年位まで本当に映画をよく見た。自分では気付いていないが、生き方に多きな影響を与えてるんではないかと思う。

これらの映画館も今はもうつぶれてしまった。昔の話となるが、これが「マイ シネマ パラダイス」です。

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