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2006年10月の15件の記事

2006年10月29日 (日)

「ヴィンテージカーフェスティバル」

毎年此の頃、市役所の広場で「ヴィンテージカーフェスティバル」が開かれる。
今年で3回目だが、毎年参加する車が増えて来ている。
今回ざーっと見渡すと約60台位、国産車と外国車が半分々位である。

車に関しては、現在環境問題とか、石油資源の問題とか、飲酒運転の問題とかで風向きが良くないが、
デザインとか、メカニズムとか、なかなか興味の惹かれる物である。

特に、ヴィンテージの車は、自分の生きて来た時代、またその頃の憧れなどを思い起こさせて、ノスタルジックな気持ちにさせる。特に一部の男の子にとってはたまらない物でもある。

今回参加の車の中から、好みの物、なつかしい物をピックアップすると

Img_8781イギリスのトライアンフというメーカーの「TR 3A]。1950年代後半からの車です
私が車を乗り出した頃には、もう過去の車でしたが、憧れのイギリスのライトスポーツカーでした。
ツーシーターのオープンカーで、ドアの周りがなんと言えない曲線を持ち、デザイン的にも美しいものです。今でも、イギリスやアメリカで此の車の部品を作っており、マニアの方に提供しているそうです。

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2006年10月28日 (土)

「ルーブル美術館展」

『ギリシアの神々に会いたい。』
「ルーブル美術館展」のポスターを見てふとそう思った。

1234混んでいると言う噂を聞いてたので、朝一番に行ったが、さすが読売新聞社が主催するだけあり、開館30分後にはもう混み合っていた。(読売新聞社が主催する展覧会は招待券が非常に多くいつも異常に混み合う!)

まず入ると、トゥキュディデス、アレクサンドロス大王等の肖像が並んでる。皆するどい面構えをしている。

ここで気付くことだが、展示されている彫刻、特に大きな彫像はよく見ると一つの彫像がいくつかの色に分かれている。これは、ギリシア時代に制作され、その一部(鼻や腕や足)が壊れローマ時代に補修された結果、また後世(特にフランスへ渡った時)に補修された結果、色が異なる大理石を使用するために生じるものである。
また、多くの彫像はギリシア時代の原像をローマ時代に模刻したものである。
決して、すべてがギリシア時代(紀元前2世紀より以前頃)に作られたものでは無い。
ただし、レリーフや墓碑、また陶器類等は発掘によって出て来たものでギリシア時代のものである。

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2006年10月27日 (金)

御歳88歳の地名表示板

京都の街中を歩いていると、角家の二階の柱等に「地名表示板」(正式名称はしらない)が貼られているのを見かける。通り名前等が不確かな時には重宝する。
この頃、看板に興味が有り此の様な「地名表示板」にもよく目が行く。そんな中から一枚。

Img_8422これは、千本御池(二条駅前)を東に入った「西ノ京職司町」に飾ってある「地名表示板」
そうとうの年代が経っているらしく、琺瑯の看板の一部が錆びている。
細かい所まで見ると「下京區」となっている。
しかし、現在、此の地域は「中京区」である。
不思議だなぁと思い家に帰って調べてみると色んな事が解って来た。

明治になり京都は自治組織として「番組」が設けられた。その「番組」単位に小学校が設立され「番組小学校」(旧学区)となった。
明治2年、三条通を境に「上京」と「下京」が分けられ、明治12年に「区制」が始まり、「上京区」と「下京区」となった。
明治22年「市制」が始まり、その時此の地域(西ノ京職司町)は壬生、聚落廻の各村と統合され「葛野郡朱雀野村」となった。
大正7年京都市域拡大により「朱雀野村」は下京区に編入された。
そして、昭和4年下京区の一部と上京区の一部を合わせ「中京区」が誕生した。

驚いた事に、上京と下京の境が三条通であったこと。
これは、知らなかった!そうすると我が家は下京の北の端だったんだなぁ・・・
また、中京区が案外新しい区だった事! 

それらから考えると「下京區」と書いてあるこの「地名表示板」は大正7年(1918)から昭和4年(1929)の間に作られた事になる。
そうすると、最高、此の地名表示板の御歳は88歳になる!!!
そう言えば、下の方に描いてある「仁丹」の軍人さんも威厳があるなぁ!

小さい頃はよく「琺瑯(ほうろう)の看板」があったが、この頃めっきり少なくなった。
この様な物もどこかで残してもらいたいものである。
(東京では、江戸博物館に展示されています。)

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2006年10月24日 (火)

「担担」の担々麺

「晩御飯、奢ったげるわ。」と突然息子が言い出した。
思いもしなかった言葉にちょっとドキマキしながら、「何処へ連れて行ってくれるんや?」と。

大学に入り、この夏からバイトをしている。帰って来ると機嫌の良い日もあるし、悪い日もある。
いろいろ経験しているのだなぁ・・・と思っているが、特に声はかけていない。

Img_8711「担担行こか?。あそこのデザートおいしいで。」と息子が答える。
まあ、彼の時給から思うと妥当な選択だ。

というわけで、家族そろって「担担」へ行く。相変わらず店の前には行列ができている。
10分程待って中へ案内された。

担々麺にはスープの有るのと、スープが無いのがある。どちらが好みかと言うとスープの有る方。この『担担』のはスープが有る方。
スープが無いのは、どうも最後になると辛さが残ってしまう。(そんなにいろんな所で食べたわけではないが・・・)

Img_8707注文は担々麺とレタス入りチャーハン(小)。そしてデザート。

胡麻と挽肉の白いスープに、白葱がたっぷり入っている。辛みはラー油中心だが、その他いろいろはいってそうで複雑な味がする。しかしあっさりしていておいしい!。麺はストレートの細麺。

ここでの楽しみのひとつがチャーハン。レタス入りとカニあんかけチャーハンがあるが、どちらかと言うとレタス入りが好み。ラーメン屋さんに行くとよく作り置きのチャーハンに火を通したのが出て来るが、ここでは必ず最初から作る。そのためレタスがシャキシャキしており、チャーハンのパラパラした感じとの食感がたのしい。

Img_8709これが息子お勧めのデザート「淡雪」。
チーズとヨーグルトを混ぜたムース。
非常によくホイップしてあるみたいで、食べてみると非常に軽い食感。
チーズの味とヨーグルトの酸っぱさが、坦々麺を食べた後の口に優しい。
確かにこれはお勧め。

息子に奢ってもらった分、今日は特別おいしかった。

『担担』
中京区千本通四条西入北側

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2006年10月22日 (日)

菓子暦

Img_6216_1
睦月 羽根突き 椿餅

梅の花咲く 鶯餅

弥生 草餅 春一番

菱餅 あられ 雛祭り 雛祭り

Img_6133
卯月 お花見 桜餅

端午の節句 柏餅

早苗 水無月 衣替え

長雨あけて 水ようかん 水ようかん
Img_7130
文月 七夕 ところてん

プール帰りは 宇治金時

お萩 長月 彼岸花

月見団子に 栗鹿子 栗鹿子
Img_7177
桔梗 葛餅 神無月

木枯らし吹いて 酒まんじゅう

師走 餅つき きな粉餅

餡餅焼いて 大晦日 大晦日

歌の題名もメロディーも判りませんが、嫁さんが知り合いのお医者さんから教えてもらってきました。

しかし、こんなけ食べられるとは・・・・
たまりませんね〜

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2006年10月21日 (土)

21日は「弘法さん」

京都では昔から21日は東寺の「弘法さん」、25日は北野の「天神さん」と大きな市が立つ。
この頃、若い人達の店も増えて面白くなっていると聞き、さっそく行ってみた。
四条大宮からバスで行ったのだが、いつもは空いているバスがが今日は満員。さすがに「弘法さん」、おじいさん、おばあさんが多い。
乗ったバスは満員通過の連続で、「四条大宮」の次に止まったのが「東寺東門前」。一直線だった。

Img_8698東門から入ると、あの広い東寺の境内の中が店でいっぱいだ。
これはおもしろそうだ。

見て回ると、たこ焼き、お好み焼き、まんじゅう等の食べ物屋さん。乾物、お豆、珍味、特産品等の食料品。骨董、がらくた等の古物屋さん。東側の塀沿いには植木屋さん。

それに、眼につくのは着物のリサイクルショップ。これはたくさんでている。
それも、一枚200円位から売っている。(3枚で500円もあった!)
Img_8701手に取ってみると(もちろん嫁さんが)シミや汚れの付いたものも有りますが、なかにはしつけ糸のついたままの物もある。(室町から流れてるんかな?)

客筋を見ていると、案外若い人が買っている。それもカップルで着物姿で買いに来ている人もいる。
一人で、3枚、4枚と買っている。ちょっと街中では着られない様な柄(大きな鶴の柄とか金襴緞子のような柄とか)も買ってる。

どうするのかなぁ?と思って店の人に聞いてみると、それをバッグや洋服のパッチワーク等に使うらしいんです。

そういえば、お手製の和風のパッチワークをしたジーンズなんかをはいている人を見ることがあるなぁ・・・。

それと外国人の人が多くなっている。確かに土産としては安くて日本情緒のあふれた物だろう。うまいことこんなとこ見つけるなぁ!

骨董屋さんは昔と比べると品物の種類は減った感じがする。しかし、ここの面白いところは色んながらくた類も一緒に置いてあるところで、ちょっと古いおもちゃと織部風のお茶碗が並んでる。ごちゃごちゃしたところがおもしろい!

ずーっと見て回り、「御影堂」へ行くと、ここはお年寄りの人々が多く、立ち上る線香の煙を膝や腰にさすりつけてお参りをされていました。ここは昔ながらの弘法さん。

Imgtoujiそれから、宝物館で「東寺法会用具の美」を見て、行道面に感心し、千手観音立像を拝んで外に出るともう日も落ちかけて来て、屋台も多くがかたずけにはいっていた。
そのまま東寺を出て、笹谷伊織の「どら焼き」へ行こうとしたのだが、途中で気が変わり「東寺餅」を買って歩きながら食べてしまった。(この頃、甘い物に見境が無くなっています!)

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2006年10月20日 (金)

「小川信治ー干渉する世界ー」展

国立国際美術館で開催されている「小川信治ー干渉する世界ー」展を見て来た。

小川信治氏は山口県の出身で、90年代の半ば頃から西洋の名画を使い、その一部を消し去って新しい空間を生み出す表現で注目された作家です。
今まで見慣れた名作の主題たる造形がかき消され、そこにポッカリと浮かぶ新たな異空間。
それは、見るものに対して奇妙な違和感を感じさせると同時に新たな視点をいだかせる。

Imgshingi3Imgshinji2

左図がフェルメールの「牛乳を注ぐ女」、右図が小川信治の「牛乳を注ぐ女」。
なんとなく感じがわかりますか?
このようなパターンがレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のイエス、ベラスケスの「ラス・メニーナス」の王女、フラ・アンジェリコの「受胎告知」のマリア等に行われている。
これらのシリーズにおいて、そのパターンを連続して見ていくと、最初は発想の面白さと新鮮な驚きを感じるが、いくつか続くうちに見る側において慣れが生じ、あとは小川氏の描画力のみに関心が移って行く。
意識的に同じパターンの作品を繰り返して行く作家の行為と見る側に生じる感覚の慣れ。
このあたりがこのような個人の展示会を見る場合、難しい点である。
特に若い作家の場合は、そのパターンの連続に疲れる場合がある。
これは作品によるものなのか、展示の方法によるものか、それとも見る側によるものなのか?

Imgogawa次は、展覧会のパンフレットにもなっている最新のシリーズである「モアレの風景」のシリーズ。
フランスのノルマンディにあるモン・サン・ミシェル修道院を周りの風景を変えることで連作としての連続性と個々の作品の違和感を感じさせている
これは驚異なことに鉛筆で描かれている。
写真と見間違うがごとく精密に描かれている。人間業とは思われない!
画家の執念のようなものを感じる。

こらの連作においては、先程の名作によるシリーズとは異なり、一点々興味を持続してみられた。

やはり、名作に関しては、絵に対する先入観があり、自分の中のそれを崩される事になにか本能的に避けるような気持ちが働くのかなぁ?

その他、ビジュアル的な映像作品も有り、色んな意味でおもしろかったし、また考えさせられた展覧会であった。


小川信治展  
9月30日〜12月24日
国立国際美術館 

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2006年10月15日 (日)

リベンジの誓

昼から、秋空にさそわれて、御所の方面へ散歩にいきました。
途中、楽美術館へ寄ろうかなと思ったのですが、3時を過ぎており、余り時間がなさそうなので予定を変更して、出町へ「ふたば」の栗餅とRAUKのパンを買いに行きました。
(美術のことから食べる事へ変更、私にはよくあることです!)

「ふたば」は相変わらず混んでいましたが、並んで待っていると、
なんと!!!
二人前の人で栗餅が売り切れたのですよ!
え〜っ!今日は、栗餅が食べたかった!
もうちょっと早く歩けばよかった・・・・。
しかたがないので、いつもの豆餅と草餅でがまんすることになりました。
Img_8668帰りは、御所の中を通って帰ったのですが、日差しは少し汗ばむ位にもかかわらず、草花はすっかり秋の風情です。

木々の葉もチラホラと色着いているものも見られます。来月になればまた紅葉の季節です。

Img_8670もうすぐ時代祭だなぁと思いながら、出水の小川の辺までくると、前をあるいている人が連れている犬の様子がちょっとおかしい?歩き方がヒョコヒョコして犬にしてはおしりが大きすぎる。
後ろからじっくり見ると、なんとアライグマなんです
ペットとして飼われていると聞いていたが、実際に散歩をしているのをみたの初めて。
それが、突然小川に近づき手を洗う動作をし出したのです。
すぐに周りにいた子供達や女の子が気付き、「かわい〜」と眺めていました。
しかし、どうやって飼っているのかなぁ。よく、大きくなって捨てられて野生にかえって問題になっているなぁ。
と思いながらも、もの珍しさに見ていました。
Img_8685そんなこんなで、家に帰って豆餅と草餅を食べてます。
今日の豆餅は塩がよくきている。

しかし、栗餅は残念・・・・・!
このリベンジはまた来週に!

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2006年10月14日 (土)

「エッセンシャル ペインティング展」

国立国際美術館で開催されている「エッセンシャル ペインティング」展を見て来た。
国立国際美術館は以前、吹田にあった「万博美術館」が、大阪中之島に移って出来た美術館で、現代美術が中心である。

Imgessetial今回は、1990年代から現在までのヨーロッパ、アメリカの絵画の作品展である。
説明文によると『美術の中でも最も歴史があり、常に感心の的であり続けてきた絵画においては、90年代、ヨーロッパとアメリカの画家達が、斬新な絵画によって注目を浴びました。(中略)。しかし、いずれも、現代の感性や価値観に根ざし、前衛に対するこだわりからは解放されています。またそのほとんどが、新鮮な具象的絵画である点も特徴的です。1990年以降の欧米の絵画は、絵を見る醍醐味をあらためて実感させてくれる絵画なのです。』
確かに、最近の絵画、特にアメリカの若手の絵画は具象が多く、見ていて楽しい。
今回のお目当てはポスターにも使われているアレックス・カッツの新作。
(ポスターは縦長ですが、実際の絵は90度回転した形です。)
カッツは60年代から登場した画家で、ポップアート的な肖像画を多く描いている。
Imgkatz370年代後半から80年代にかけて日本のイラストレーター達に案外影響を与えた画家ではないかと思う。(同じ様なタイプの肖像画のポスターをよく見た。)
今回の作品では、色の使い方がより洗練され、中間色中心の色合いが、優しさとか繊細さとかを上手く表している。
うまく時代に会った雰囲気を醸し出す画家ですねぇ!
でも、パンフレットによると、80歳前の年齢だそうだなので、それはちょっとすごいと思う。
NYなんかにいて、ふとこんな絵をみればなごむだろうなぁ?(カッツはNY在住の画家です。)

Imgkarin今回の展覧会で見つけたのが左の絵。
アメリカのジョン・カリン。この人の作品は、以前雑誌で見た事はあるが、実際の絵は今回が初めて。
デフォルメされた女性の肖像画が多い。
長い首とか、巨大化した乳房、細長い腕とかを組み合わせてそのバランス感を楽しむ様な感じ。
あぁ、こんなおばあさんいるいると思って、具体的に思い出そうとするがなかなか思い出せない。
う〜ん、宮崎駿のアニメにでくる婆さんに似てるなぁ。
なにか強く訴えかけるとかいうものはないが、印象は強かった。

その他、11人の他の画家の作品があったが、それぞれ個性があり面白かった。

現代美術というと、難解だと思われがちだが、それは一部の作品で、実際は見て面白く、感じの良い作品が多い。(感動するとかいう感覚とはまた違う)
特に90年以降は、コマーシャリズムと現代美術の境目があやふやになっており、常日頃みる映像やポスターなどにも美術的なものが入り込んでいる。そう言う意味では、現代美術は日常的なものなっていると思える。

エッセンシャル ペインティング 展
国立国際美術館
大阪市北区中之島4−2−55 (☎06-4860-8600)
2006/10/03〜2006/12/24

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2006年10月13日 (金)

「プラド展」にアタフタと・・・

15日までだと気付き、大阪市立美術館へアタフタと「プラド展」を見に行って来た。
午前中に入場した時は入口はあまり混んでいる様子も無く、会場もそんなに混んでいなかったが、出た時は美術館の周りを人の列が続いており30分待ちの状態でした。

Img_8553昔、プラド美術館へ行った時の印象は、宗教画や肖像画がやたら多く、展示点数も多いため、見たい絵を捜すのに苦労したというものでしたが、今回もやはり宗教画や肖像画が中心でした。
実を言うと、西洋の宗教画と肖像画は苦手なんです。
宗教画に関して言えば、そのキリスト教がもう一つよくわからない。
学校がカソリック系だったんで、聖書の勉強とか、ミサなんかにも参加させられていて、大体の雰囲気はわかるんですが、信者ではないのでその本質は理解できない
肖像画に関しても、名前を聞いてもピンとこないし、人物像もわからない。
要するに、絵のバックとなる知識が勉強不足なのですよ。特にこの手の絵によく有る事だが、絵の端の方に何か寓意的なものが描かれていてもまるっきり気付けない。
別に、知識が無くても絵は見られるのですが・・・。でも何か見落とす様な気がして。
以前、外人と閻魔さんが舌を抜いている絵を見ていた。彼曰く「この髭の男は悪魔だ。人間をいじめてる!」と。笑ってはいけませんよ!立場が替われば私もそうなんですから・・・。
前置きが長くなりましたが、そういうわけで今回は静物画からです。

Img_8640静物画はスペイン語で「ボデゴン」と言うらしいです(確かそんな名前のスペイン料理屋さんが嵐山にあったなぁ)。これはメレンデス・ルイスの「風景のなかの西瓜と林檎」です。何故、この絵かというと、コレを見てパッと「ダリの構図と似ているなぁ?」と思ったからです。ダリは色々と見ているので親しみがある。考えるに、ダリなんかも若き頃、プラドへ行って色々と模写なんかをしたのかもしれない?
それと、スペインの西瓜は縞模様がないんですね!

メレンデス・ルイスという作家は、初めて知った、今回他にも何点かの彼の静物画があったが、どれもが質感が豊かでかつ構図がはっきりとしており、好みの作品となっている。

Imgpprado次はムリーリョの「エル・エスコリアルの無原罪の御宿り」。マリア様は生まれたときから原罪を免れているという絵である。少女のようなあどけない顔をしたマリアはスペイン、南フランス、南イタリアでよく見る。この辺は、マリア信仰が盛んなところで、祭りのとき等マリア像を担ぎ村を巡っているのを見たことがある。柔らかな衣服の質感、周りを取り囲む天使たち、その後のマリア像の基本となった絵だそうだ。誰もがこの絵を見て、微笑みを浮かべるであろう。しかし、マリアの足下に有る半円の模様は何んだろう。こういうところがわからない。!

スペインの絵画は全体的にバックが黒系統の色で、その中から対象の具象が浮かび上がってくる感じのものが多い。スペインの明るい光がこのような傾向の絵を生み出すのであろう。

グレコ、ベラスケス、ムリーリョ、ゴヤ等多くの素晴らしいといわれる絵が並んでいた。この素晴らしさをわかるようになるのはいつのことやら・・・・。

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2006年10月11日 (水)

「神坂雪佳展」を見て考えた事

高島屋で開催されている「神坂雪佳展」へ行って来た。
神坂雪佳は明治から昭和初期(1866〜1942)にかけて京都で活躍した画家、工芸デザイナーで、琳派の伝統を継承した作品を多く残している。

Img_8599_12001年エルメスの季刊誌「ル・モンド・エルメス」に彼の「八ツ橋」という版画が表紙を飾り、特集も組まれた結果、海外で人気が出て、それが逆輸入されて日本でも人気が出て来た。
展覧会の詳しい内容については、はたこさんのblogを見ていただくとして、ここで気になっている事を書こうと思う。
それは、現在人気の有る「若冲」にしても、「雪佳」にしてもその人気の火元は海外に有るという点である。
「若冲」に関してはアメリカのプライス氏、「雪佳」に関しては「エルメス」と海外の方がその「美」に気付き我々日本人に教えてくれている。これはどうしてだろう?

「若冲」の場合と「雪佳」の場合が同じだとは思わない。ここではまず「雪佳」の場合、すなわち琳派を考えてみよう。

光悦、宗達、光琳、と続いた、京都琳派も光琳死後(1716)先人が素晴らしいだけに、それを越える有能な人材は現れず、また政治・経済の中心が京都から江戸・大阪へ移り、後ろ盾となるパトロンの力も衰えて行った。その反面、1700年頃から盛んになった友禅染めは琳派の構図・模様を取り入れ商品としての琳派様式を確立していった。

琳派の持つ華麗な色調、デザイン化された構図、これらが友禅の商品性にマッチし、友禅の商品価値を高めていった。しかし、呉服という限定された大きさであったため、琳派の持つ大胆な表現力、リズム感のある構成力は制限を受け、その良さを押さえられ、琳派は過去の様式の型にはまった継承に陥り、光悦、宗達、光琳のめざした「芸術として新たな工芸」から「職人による継承の芸術」となった。そこでは、新しい表現を作るという精神性は薄れ、次への発展は見られなかった。そして、「職人の技」は芸術ではないとする芸術に精神性を求める風潮から、琳派は芸術の枠から外れたものと見られるようになった。
すなわち、京都の街が琳派を生み、それを利用し、そして芸術としては見放して行ったのである。

その頃、京都の画壇では、写実を求める応挙、呉春の四条円山派、素養としての絵画を目指す蕪村、大雅の文人画が盛んとなっている。そして明治時代となり、雪佳が活躍した時代は竹内栖鳳と重なる。栖鳳は四条円山派の写実の中にうまく西洋の手法を取入れ個性あふれた新しい日本画を作り出し、画壇の主流となった。それに対して雪佳は伝統的な琳派の様式から抜けきらず、従来の様式の中で新しい表現を作り出して行った。琳派に執着しながらも「職人の技」となっていた琳派を「芸術」としての琳派に戻そうとしたのである。雪佳の『百々世草』を見て、宗達、光琳のアレンジだと言う人もいるが、それまで時代にあったアレンジが出来なかったのが琳派なのだ。それはそれで素晴らしい事である。雪佳のあみ出した線の柔らかさ、青色の使い方のうまさはそれまでの琳派には見られないものである

では、なぜ今エルメスが雪佳なのかと考えると、先程「執着」という言葉を使ったが、この点だと思う。彼らは西洋絵画に無い何かを日本画に求めている。よって中途半端に西洋の手法を取入れた絵に対しては興味が湧かず、雪佳のように旧来の様式に執着する絵に自分の世界とは異なったジャポニズムを感じるのであろう。西洋が求める日本画の視点と我々が見る視点とは異なるのである。彼らにおいては、絵の中に美を見つけるという感覚であり、我々は美を感じるのである。これはどちらの見方が良いかと言う問題ではないが、そのような見方もあるのだという事を我々は今後認識して行かなくてはならないだろう。

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2006年10月 9日 (月)

秋草揺れる「京博常設展」

毎年この時期、京都国立博物館の常設展は秋に関連した優品がでる。それを見に京博へ行って来た。
やっぱり美術も旬の題材のものがいい!

Imgtakaujiまず、眼についたのは、「騎馬武者像」。歴史の教科書によく載っている絵である。私の頃は、「足利尊氏像」として載っていた。
しかし、いまは「騎馬武者像」とされている。
上部に書かれている花押が、二代将軍足利義詮のものであるため、自分の父親の上に息子が花押を書くのはおかしいということで、尊氏ではなく、尊氏に仕えた「高師直」の像とされている。
今、血なまぐさい戦場から戻るところであり、抜き身の大太刀を肩にかざし、興奮冷めやらぬ眼をした総髪の武士の「生きている!」という緊張から解き離れた安堵感をよく表している。
乗っている馬もいいですねぇ。足首がキュッと細くて、いかにも駿馬という感じがする。
Imgrinpa023次は、お目当ての琳派の屏風。宗達派の「伊年印」の屏風が三双展示されている。
これは「菊花流水図屏風」。各扇(パネル)に透し窓が開いている。何故このような窓が作られているのか、単なる意匠として作られているのかはわからない。この菊の絵は花びら一枚々が胡粉を盛り上げて作られており立体的な屏風となっている。
写真は無いが、あとの二双は名前が同じ「草花図屏風」。一つは金地のもの、もう一つは金砂子のもの。
このうち、金砂子の方が特に素晴らしかった。細かく見ると、左隻には鳥が所々描かれており、右隻には虫類が描かれている。また、草花の配置もよく、左右隻のバランスも絶妙のものがある。今までいくつかの草花屏風、秋草屏風を見て来たが、その中でもベストに近いものである。
三双の屏風の真ん中に座り(ちょうど真ん中に鑑賞用の椅子が備えられている。)眺めていると、宗達(派)の絵には、不思議なリズムがある事に気付く。色の濃淡、草花の位置、描かれている草花の背の高さ、それらがゆったりではあるが強弱をつけて見る側にリズム感を与える。そのリズムが見るものを酔わせていく。
Img_8509もう一つのお目当ては、若冲、蕭白、芦雪。プライス展に呼応するように優品を展示している。
若冲は「鶏頭蟷螂図」と「墨竹図」。
「鶏頭蟷螂図」の鶏頭の茎のねじ曲がったアンバランス感と花の朱の強烈な色彩は見るものを引き付ける。花の上にすくっと立つ蟷螂が、その世界を治めるように卓越した顔で描かれている。
写真は無いが、蕭白は「蹴鞠寿老図」と「鐘馗に鬼図」。
両方とも、蕭白独特の、少しねじ曲がったユーモが表わされている。
芦雪は「巌上母猿図」
これも芦雪の持つ、技術の素晴らしさと絵に表す物語性がマッチした秀作である。

その他まだまだ、素晴らしい絵画、着物等も出品されている。
さすが京博である!

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2006年10月 8日 (日)

「区民運動会」に燃える町内

京都だけの催しかもしれないが、学区の運動会が有る。これを「区民運動会」と皆さん呼んでいる。
今年も体育の日の前日である今日(雨での順延を考えて!)行われた。
もうひとつよくは知らないのだが、多分中京区はすべて今日なんだろう?
学区といっても、京都市では、特に旧学区域(上京、中京、下京等)は小学校の統合が進み、我々の学区も隣の小学校と統合されて学区の名前は変わっている。
しかし、区民運動会は旧学区で旧学区名で行っている。(年とった人達は、旧の学区に誇りを持っているんです!)
町内単位で参加するのだが、この頃はマンションも増えて、大きなマンションはマンション単位で参加している。しかし、話によると段々参加率は悪くなっているらしい。
まぁ、そう言ってても行われるのだから、町内の若い連中(60歳未満は若い連中となる。)は総駆出しです。
特に我が町内は伝統的に皆さん熱心で、「練習」を夜に5日前位からやるんです。
我が家なんか、家の前が練習場(練習道路)になるため、逃げられません。
町内に、玉入れの道具やら競技に使う練習器具が揃っているのですよ!(皆さん想像できますか〜?)
でも、参加してみるとなかなか面白いものでもあるんですよ・・・・。色々町内の話も聞けますし。

Img_8528運動会はこんな感じです。小学校の校庭のまわりにズラ〜っと町内が並びます。
競技は、さすがに高齢化を考えて走らなくても良いものが考えられてます。
Img_8513Img_8525例えば、「宅配便リレー」・・・段ボールの空箱を最初の人は2個もって、20m位先のポールを回って来る。その後次のメンバーが1個ずつ積み上げて運んで行って、最後の人は6個の段ボールを運ぶ競技。
「ビン詰リレー」・・・20m位さきにペットボトルがあって、お茶碗で水を運びペットボトルに入れて来る。早くボトルが一杯になれば勝ちで、お茶碗をリレーのバトン代わりにメンバーが順々に走って入れる競技。

練習の成果もあり、我が町内は総合で準優勝でした。
後は、祝勝会!

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2006年10月 7日 (土)

10月の「べー レギューム ア ターブル」

9月はバタバタしていて行けなかった「べ– レギューム ア ターブル」へランチに行って来た。
1ヶ月程行かない間に、フロアースタッフが変わっていた。新しく女の子が二人はいっていた。
まだ、慣れていないみたいでたどたどしかったが、味はいつものように満足のいくものであった。
もうちょっとしたら慣れて来るだろう。

Img_8495今日のスープはレンズ豆のポタージュ風スープ。初め出て来た時、色をみて「うん!」となった。
古くなった土壁みたいな色!(ちょっとたとえが悪いですが〜ぁ)。
しかし、食べてみると通常のポタージュとはまた違った味がしておいしい。
食感は豆独特のざらざら感があり、しかしその後舌にほんのりとした甘さが残る。
トリュフが真ん中に乗っており、気分だけだが秋らしい。
Img_8499メインはイトヨリ鯛のポアレにさつまいものリゾット。
ポアレは、皮の部分が重要。ここのポアレは皮にパリパリ感があって、身が皮側に軽くまるまっている様な感じ。これががいい。

さつまいものリゾットもお米の状態がアルデンテで、さつまいもの甘みもあって美味。

ソースはベースはわからないが、カボス風味で料理によく合っている。
お皿に残っているソースをパンで掃除してしまった。
Img_8497嫁さんは、大山鶏もも肉の香草風味焼き。
海老芋のギャレットが添えてあり、これもおいしかったそうだ。(今回は分けてもらえなかったので、おいしかったのだろう!要するに独り占め)
Img_8502デザートはメイプルシロップのかかったシフォンケーキとチョコレートケーキとナッツ風味のアイスクリーム、プリン。
内容と味には満足。
しかし、
ウ〜〜ン?。この前と同じかな〜ぁ?
これは次に期待。

出しなにわざわざシェフが出て来て見送ってくれた。
今日も、おいしい料理をありがとう★★★!

B Legumes a table (ベー レギューム ア ターブル)
京都市中京区四条油小路上ル3軒目559-1
☎ 213―5563

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2006年10月 1日 (日)

『ル プチ メック』 へパンを買いに

この頃、食パン(何故食パンと言うのかなぁ?)は、「ルーク」。フランスパンは「コルヌ ドゥ ガゼル」。ハード系のパンは「ル プチ メック」となって来ている。
(もちろん、この3店だけでなく、新しくできた店とか美味しそうな店があると、すぐ浮気をしている!)
しかし、パンの基準となっているのはこの3店である。

Img_8464この週末は「ル プチ メック」へパンを買いに行った。(この店は金・土・日しか開いていない。)
家から、二条城の西側をとおり、プラプラと知恵光院通りを上がって行く。約40分位でえんじ色の店に着く。
まづ、タルト。ここのタルトはそんなに甘くなく、薄手だが、生地はしっとりとしている。
ちょっと濃いめの紅茶によくあう。
洋梨とくるみとリンゴのタルトを購入。
Img_8456
それから、コンポートとデニッシュ類。
ちょっと、行った時間が遅かったので、種類が少ない。
フルーツ類とナッツ類のを購入。

最後はクリームパン。ここのカスタードクリームは軽いがコクがある。
家族全員の好物、だから4個購入。

ここまでが、持ち帰りの分。
次に、カフェで食べる分を選ぶ。
今日は、タルティーヌ。ここのおかずパンはちょっとしたレストランなみ(それ以上かも?)においしい。
ここのカフェに長居をすると、家用に買ったパンまで手をつけてしまうので早々に退散。

しかし、ここのパンはおいしい。

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