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2006年10月20日 (金)

「小川信治ー干渉する世界ー」展

国立国際美術館で開催されている「小川信治ー干渉する世界ー」展を見て来た。

小川信治氏は山口県の出身で、90年代の半ば頃から西洋の名画を使い、その一部を消し去って新しい空間を生み出す表現で注目された作家です。
今まで見慣れた名作の主題たる造形がかき消され、そこにポッカリと浮かぶ新たな異空間。
それは、見るものに対して奇妙な違和感を感じさせると同時に新たな視点をいだかせる。

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左図がフェルメールの「牛乳を注ぐ女」、右図が小川信治の「牛乳を注ぐ女」。
なんとなく感じがわかりますか?
このようなパターンがレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のイエス、ベラスケスの「ラス・メニーナス」の王女、フラ・アンジェリコの「受胎告知」のマリア等に行われている。
これらのシリーズにおいて、そのパターンを連続して見ていくと、最初は発想の面白さと新鮮な驚きを感じるが、いくつか続くうちに見る側において慣れが生じ、あとは小川氏の描画力のみに関心が移って行く。
意識的に同じパターンの作品を繰り返して行く作家の行為と見る側に生じる感覚の慣れ。
このあたりがこのような個人の展示会を見る場合、難しい点である。
特に若い作家の場合は、そのパターンの連続に疲れる場合がある。
これは作品によるものなのか、展示の方法によるものか、それとも見る側によるものなのか?

Imgogawa次は、展覧会のパンフレットにもなっている最新のシリーズである「モアレの風景」のシリーズ。
フランスのノルマンディにあるモン・サン・ミシェル修道院を周りの風景を変えることで連作としての連続性と個々の作品の違和感を感じさせている
これは驚異なことに鉛筆で描かれている。
写真と見間違うがごとく精密に描かれている。人間業とは思われない!
画家の執念のようなものを感じる。

こらの連作においては、先程の名作によるシリーズとは異なり、一点々興味を持続してみられた。

やはり、名作に関しては、絵に対する先入観があり、自分の中のそれを崩される事になにか本能的に避けるような気持ちが働くのかなぁ?

その他、ビジュアル的な映像作品も有り、色んな意味でおもしろかったし、また考えさせられた展覧会であった。


小川信治展  
9月30日〜12月24日
国立国際美術館 

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