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2006年11月15日 (水)

「京焼 みやこの意匠と技」展

ずっと以前から、「京焼」の持つはんなりした美しさが好きだ。
しかし、京都に居ても見られそうでなかなか見られないのが「京焼」。

Imgkyoyaki「仁清」にしろ、「乾山」にしろ、たいていよその土地の美術館なり博物館の所蔵品になっている。これを追いかけて、いろんな美術館へ遠征した。
また、京都にあってもお寺の寺宝や個人の収蔵となっているものが多く、まとまってみられることは少ない。

しかし、「やきもの」のような立体は、実物を見なくてはその本当の美しさはわからない。写真等で見て、ちょっと好みでないなぁと思っていても、実物を見ると雰囲気がまるで違うものとなることがよくある。
だから、京博が長い間暖めていた今回の展覧会には、大きな期待を抱いている。
行ってみて、その期待が裏切られていない事に大満足。
私の中では、この秋のベストな展覧会ではないかと思う。

今回の展覧会は、歴代の名品と、京都の街中から発掘された陶片等を織り交ぜて展示し、京焼の歴史とその美の全容を示す。

しかし、よく、こんなに集まったなぁと感心する。

伊万里、瀬戸、信楽等と異なり、当時の時代の中心の一つであった京都で作られた「京焼」は、自ずからその時代の美意識を敏感に捉え、流行を追う事を求められる環境にあった。また、お寺や茶人等の消費者が側にいたため、その要求に答えて行かなければならなかった。
そのような点で、「京焼」は他の産地とは異なる、変遷をたどって来たことがよくわかる。

そんななかから、気にいったものをいくつかあげると・・・・

Photo_45「二彩瓜文平鉢」伝長次郎

これは、楽焼きの初代長次郎の作陶と伝えられる鉢。
初期(16世紀)の京焼は、今まで余り詳しいことはわからなかった。しかし、昨今市内の発掘により京焼のルーツは中国南部の福建省の華南三彩にあると考えられるようになった。華南三彩は緑、黄色、茶色(紫色)の三彩。この鉢は二彩だが、緑と褐色の色が美しい。楽というと黒か赤と思いがちだが、長次郎にこの様な色彩豊かな作品があるとは知らなかった。当時の京都は、我々が思っている以上に国際色豊かで、海外からの品物も多く刺激にあふれていたのだなぁ。手ひねりで成形する楽焼と轆轤を使う京焼とでは、その製作方法は異なるが、根本は同じだったのだ。確かに、楽焼も京焼も同じ京都で生まれたやきものだから、その根底とする美意識は同じと考えるのが妥当であろう。

Photo_46「色絵若松図茶壺」野々村仁清

今回、仁清の壺は有名どころが揃っている。「芥子文茶壺」「月梅図茶壺」「吉野山図茶壺」「山寺図茶壺」、「色絵鳳凰文壷」そして「若松図茶壺」。来ていないのはMOA美術館の「藤花図茶壺」位。仁清の壷は何回見ても感心する。「芥子文茶壺」の華やかさ、「吉野山図茶壺」のあでやかさ、「月梅図茶壺」の空間取りの見事さと、ひとつ々に見所が有る。特に今回、「若松図茶壺」に惹かれた。背景の黒色の美しさ、若松の緑、金地の山、他の壷とはまた違った美しさを持つ。このように並べるとその美しさの違いと、仁清のすばらしさがよく判る。また、轆轤の巧みさにも驚かされる。
その他、「色絵法螺貝香炉」「色絵雉香合」「色絵金銀菱文茶碗」も出品されている。

これだけの仁清がそろうのは、この先そんなに無いと思う。これだけでも見に行く価値は充分ある。
しかし、仁清の作品には本当に「いやみが無い」。作家としての傲慢さもなければ、職人としての卑屈さもない、有るのはただ美を求める心のみ!!!

Photo_49上「百合形向付」野々村仁清
下「銹絵百合形向付」尾形乾山

同じ百合形の向付である。仁清と乾山では約50年〜60年位時代が異なる。ということは、乾山が仁清を写した事となる。同じ型取りの百合形でも、仁清と乾山ではこのように異なる。どちらが好みかは個人の好みとなるが、ここに両者の違いがよくでている。

Photo_50仁清は百合の花びらの先にかすかに銹の色付けがあるのみ。清楚な百合である。これは仁清が百合の優雅さ、清楚さを表す事を考えて、作品を構想し、最初から土をこねていったのだと思える。作品の出来る前から、出来上がりが頭の中に浮かんでいたのだはないか。
乾山は多分、自分では土をこねていないと思う。型取りされた白地の向付けを見て、その形からやおら自らの想像で上絵を描いたのだと思う。陶工の面よりも画家の面の方が強かったと思える。
乾山に関しては、2年前、MIHO美術館での「乾山展」で多くの作品を見た。その時の感想はで感想は「陶工というよりもデザイナーだなぁ!!」。そう言って、乾山の陶器の美的価値が落ちるわけではない。しかし、仁清とはまた違った見方になると思う。

Photo_51「色絵秋草文徳利」 岩倉印

今回の展覧会の見所のひとつは「古清水(こきよみず)」の優品が多く展示されていることである。
「古清水手」とは17世紀から18世紀にかけて、京都の色々な窯で焼かれた京焼のことである。
作者については、窯名がわかる程度であり、特定はできないが、どの窯の作品でも非常にすばらしく、当時の京焼の美的水準の高さを示すものである。
これは「岩倉印」。首がスーット伸びた清楚な姿。緑、青、赤、金色の四色で描かれている秋草。琳派の様式を受け継いだ「古清水手」の代表的なものである。
徳利となったいるが、徳利にしては首が細すぎるし、花入れにしては文様がきつすぎる。宮廷や豪商の注文製作により生まれたものかもしれないが、やはり単独での観賞用のものだろう。
この「はんなり」とした美しさがたまらない。

その他、清水六兵衛、高橋道八、奥田穎川、、欽古堂亀祐、青木木米、仁阿彌道八、永楽保全等の名工達の作品も出展されていた。六兵衛の急須、穎川の呉須、欽古堂の青磁、木米の中国嗜好、仁阿彌の仁清写、保全の色と各人個性あふれた作風である。しかし、その底辺には「京焼」の基本たる「はんなりした美」が流れている。

おおよそ280点近くの作品が並べれば、さすがに最後は疲れてしまう。最後の方は流してしまった。

このごろの美術展は、内容が変わって来ている。昔のように何点かの名品を並べて、「はい、どうぞ!」方式ではなく、最新の状況をじっくりと示し、見るものに考えさせる様子を見せている。今回の特別展も大変勉強になった。京博の努力に感謝!

また、今回発掘された陶片だけが展示されていたが、「京都考古資料館」(今出川大宮東入る)は復元された多くの「京焼」を所蔵している。ここもやきもの好きには見逃せない博物館である。

京都国立博物館
10月17日(火)〜11月26日(日)
一部展示替有り。

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