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2006年12月の6件の記事

2006年12月31日 (日)

大晦日

今年ももう数時間となった。
やっと、仕事の方も昨日にめどがつき、あわてて今日は家の用事をバタバタとかたずけていた。
これで、やっとゆっくりとしたお正月が迎えられそうだ。

思えば、今年は公私ともに色々あった。なるべく自然体で対応してきたが、なかなかそういうわけに行かない場合も多々あった。しかし、それも年を越える事で自分の中で整理できるのでないかと思える。
「時間が解決する。」という考え方は、有る意味で真実ではないかと思える。

ブログの方も、当初は祗園祭のことだけを書いて終わる予定でいたが、書くという行為がおもしろくなりここまで続いて来、もうすぐ100回になろうとしている。(12月はさすがに忙しく、だいぶんさぼってしまったが・・・)我ながらよく続いたものだと思っている。

このつたないプログを読んでくださっている方々、お付き合いくださって、どうもありがとうございました。来年も宜しくお願いいたします。

さて、「皆様にとって来年が良い年でありますように。」と今から祗園さんの方へ行ってきます。
まず、知恩院さんで除夜の鐘を聞いて、祗園さんでオケラ火をもらって来ます。

それでは、良いお年を!

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2006年12月20日 (水)

今年の美術展ベスト5

さすが師走となり、公私とも忙しくなってきた。
仕事のほうでも年末が期日のものがいくつかあり、その準備に京都から出たり、戻ったりの繰り返し。そして、空いた夜は忘年会。
と言う事を理由にして、しばらくブログが更新できませんでした。
そこで、今年も残り少なくなったので、ジャジャジャーン!!(私の)「今年の美術展のベスト5」を発表します。

第5位! 「エッセンシャル ペイティング展」
国立国際美術館  10月3日〜12月24日
90年代以降のヨーロッパとアメリカ絵画の作品展。抽象から具象への方向性の中で、色々な作家の作品が出展されており、面白かった。やはり、同時代を生きている作家の感覚には、親近感を感じる。そのような意味では、気持ち良く鑑賞できた。
また、国立国際美術館の建物(設計:シザー・ペリー)もなかなか見応えの有る物です。

第4位!! 「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」
京都国立近代美術館 9月23日〜11月25日
若冲だけではなく、芦雪、抱一、基一等の江戸時代の作品が有り見応え充分。しかし、収集した時期を考えるとよくぞここまで集めたものだと感心する。個人のコレクションであるため、芦雪はあっても、応挙は少ない等偏りはあったが、すばらしい美術展であった。
また、見る側にたった展示方法は、今後の美術展の在り方に問題を投げかけたものであった。

第3位!!!「京焼ーみやこの意匠と技」
京都国立博物館 10月17日〜11月26日
これを企画した京博の人達に敬意を表して第3位。今まで見たものも多かったが、京焼の集大成的な美術展。特に、高橋道八、奥田穎川、青木木米等、見られそうでなかなか見る機会の少ない名人達の作品が見られたのは良かった。これと同時期に楽美術館での「光悦と楽道入展」が開催されており、皆さんこの二つに美術館を行ったり来たりしていた。

第2位!!!!「応挙と芦雪」
奈良県立美術館 10月7日〜12月3日
これは追いかけていた作品がズラ〜ッと並んだ美術展。特に芦雪、無量寺の作品群が見られたのはうれしかった。応挙に関しては、今まで持っていた印象がすっかり変わってしまった。しかしこの二人は面白いですね。この美術展のサブタイトルに「天才と奇才の師弟」とあったが、まさにピッタリのネーミング。
そのなかで思ったのが、日本画における「写し」という問題。弟子は師匠の手本を写すという方法論。来年はこの辺をもう少し考えて行きたいと思います。

(パンパカパ〜ン)
第1位!!!!!「江戸の誘惑」
神戸市立博物館 4月15日〜5月28日
関西にいると浮世絵はなかなか見られない。関東の方へ遠征した時に見に回る位である。肉筆浮世絵もいくらかは見て来たが、じっくりと見る機会は少なかった。しかし、今回この美術展で驚いた!!。本当に素晴らしい作品群である。北斎はもとより、春信、清長、豊春、豊国等に圧倒された。しかも驚いた事に保存状態が非常に良い。色も非常に鮮やかである。さすがボストン美術館である。プライスコレクションもそうだが、これから日本画を追いかけて行くのには、海外まで遠征しなければ全てはみられないなぁという事を痛感させられた。(特にアメリカ東海岸の美術館!)高こつきそう!!
それと、着物の柄がやはり京都と江戸ではちがうなぁ!江戸小紋もしぶいなぁ!
本当に、江戸の色っぽさにまいりました。

今年も、ブログに書いてないのもいれると沢山見てきました。美術館(博物館)の常設展。デパートや企業の美術展、ギャラリー展等。一年を締めくくるにあたって感想としては、気に入った物も有れば、気に入らなかった物も有りましたが、「見てよかった!」というのが本音です。
また、みなさんのベスト5をコメントなんかで教えていただいたら幸いです。

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2006年12月10日 (日)

「嵐山花灯路」

夕方から嵐電に乗って「嵐山花灯路」へ行って来た。
久し振りに嵐電にのったが、電車の中のアナウンスが観光案内になっていておもしろかった。
四条大宮は壬生寺と新撰組、西院は「さい」と読むいわれ、太秦は映画の発祥地と広隆寺等終点嵐山までの各駅ごとにいろいろと説明している。
しかし、これ、たまに乗って聞くのは楽しいが、毎日乗っている通勤客はたまらんやろな。

嵐山に着くと、思っている以上に人混み。人の流れにのってそのまま北の方へ向かう。
「嵐山老松」へちょっと寄ったが、店の中も人でいっぱい。店員さんが対応できず、すぐに出てしまった。

Img_9172そのまま人混みの中を野宮へ。途中、竹林の路の両側に花灯籠が並んでいたが、人の多いのと道が悪いので、幻想的な雰囲気などまるでしない。そして野宮の中だけはちょっとライトアップ。

大河内山荘の方へ少し行きかけたが、途中で馬鹿らしくなって戻ってしまった。
竹林の中のライトアップも散発で、ポスターなんかの風景なんて全くない。

渡月橋まで戻ったが、小倉山のライトアップも中途半端でかえって気持ちが悪い風景。
宣伝の割にはたいした事が無い。ライトアップの技術がへた!

Img_9176面白くない点は、まず、イベントが散漫すぎること。核となるイベントがあらへん。学園祭でももっとまし。もっとお金とパワーを集中させなダメ。それに、範囲が広すぎる。大覚寺や対岸の法輪寺まではだれもいかない。交通案内だけは、大きな声で怒鳴っている。

こりゃ、京都の人はいかんで!観光客にもすぐあきられる!
観光で生きている嵐山としてはお粗末なイベント。

しかし、師走ですね。嵐山はよう冷えました。

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2006年12月 8日 (金)

当る亥歳「吉例顔見世」

南座にまねきが上がり、京都も師走となった。

Img_9142その顔見世に行って来た。

今年は、十八代中村勘三郎襲名披露公演となっている。
勘三朗襲名披露公演は昨年の3月、東京歌舞伎座から始まり、大阪、名古屋、博多と続きこの京都南座顔見世が最終公演。実は、昨年3月の歌舞伎座に行っており、襲名披露公演としては2回目の観劇。
昼の部の「義経千本桜」か、夜の部の「口上」か悩んだが、藤十郎と勘三朗の「道行」に惹かれて昼の部に行く。(両方行く手もあるのだが〜!)

10時半の開演に、10時前から南座の前は人でいっぱい。皆さん、いまかいまかと待ちわびる。

Img_9148まず入場して、すぐお昼の手配。「花吉兆」の方は、時間的に苦しくなる事が有るので幕間弁当をたのむ。それから「筋書き」を買い、席に着く。花道近くの見やすい席。しかし南座は他と比べると小屋が小さいせいか、席が狭い。通路から離れた席だったら、ほんとに出入りが困難。

いよいよ開演!

「猿若江戸の初櫓」
猿若というのは、阿国歌舞伎において男優が演じた道化役のことで、中村座の寿狂言。
「阿国歌舞伎の一行が京から江戸に着き、難儀をしている将軍献上品の車を助け、無事運び出す。それを見ていた奉行の板倉勝重、いたく感心し、無事興行の許可をあたえる」という話。
猿若を中村勘太郎、阿国を中村七之助、勘三朗の二人の息子が好演。特に勘太郎は、中村家の伝統である、親しみやすさ、暖かさを持ち、踊りもしっかりしている。これは天性のものかなぁ。あとはせりふ回しにもう少し工夫をすれば、良い役者になるで! 寿狂言らしく、晴れやかで、にぎやかな狂言だった。

「寿曾我対面」
曾我兄弟の仇討ちの話。何故、正月の狂言に仇討ちの演目がおこなわれるのかいつも不思議に思う。
それに、「対面」はおかしな芝居。曾我兄弟が敵役の工藤に対面し、敵を討つぞと述べるのを、敵役の工藤が道理を持って、仇討ちの方法を諭すという歌舞伎ならでは筋書き。
我當の工藤、秀太郎の舞鶴、翫雀の十郎、橋之助の五郎、扇雀の大磯の虎、孝太郎の化粧坂少将、進之介の鬼王、亀鶴の小藤太、薪車の八幡と南座顔見世ならではの配役。
しかし、橋之助の曾我五郎は力がはいっていた。もともと五郎は荒事の役回りだが、橋之助はそれ以上に仕草や見得に力がはいっている。「三宝潰し」の場では、一挙に三宝が潰れてしまった(普通は何回かの仕草で潰れる!)。いつ見ても秀太郎はうまいなぁ!!!。歌舞伎の様式美にあふれた狂言。

Img_9155_1ここでお昼。幕間弁当は2階フォルテのちらし寿司。

甘エビ、まぐろ、あなご、たまご、海老、ひらめ、貝、うに等いろいろはいっていて美しい。顔見世の華やかさによく合ってる。舞台の大道具のカナズチの音を聞きながら食べる。これも一興!!

さて、お目当ての「義経千本桜」四段目。

まずは「道行初音旅」。勘三朗襲名披露狂言!
静御前は坂田藤十郎、佐藤忠信は中村勘三郎。踊りの名手二人の大顔合わせ。
桜満開の吉野の山中、川連法眼の館へ急ぐ静御前。お供の忠信の姿を見失い、「初音の鼓」を打つ。
鼓が響くと花道の真ん中へ忠信がせり上がる。この忠信はじつは偽者で、「初音の鼓」に張られた狐の子が化けたもので、鼓が鳴ると現れる。桜の花に誘われて、まずは忠信が踊り、それにつられて静御前も踊り出す。さすが大名跡のふたり、流れるように踊り出す。所々に狐の仕草を挟みながらも勘三朗の踊りには華がある。藤十郎の踊りには心がある。この二人が男雛女雛となり型をきめるところはすばらしい。
ここで気付くが、勘三朗の踊りが上方風になっている。(なぜか上方の踊りには角が無い。ま〜るく、ま〜るく踊っていくように思える。江戸歌舞伎の踊りは、型を決めて行くような踊りと思える)。これはまたすごい。 眼福!眼福!

続いて「川連法眼館」四段目切りである。
法眼館に匿われている義経(片岡仁左衛門)を佐藤忠信(本物:勘三朗二役)が尋ねて来る。義経は静御前の事を尋ねるが、忠信は知らないと言う。不審に思う義経のもとへ静御前が訪れる。そこで偽者の忠信がいることがわかり、静御前はそのものを呼ぶ為に「初音の鼓」を打つ。それに誘われて偽者の忠信(勘三朗)が現れる。そこで問いただすと、「初音の鼓」の皮が母狐であることを白状する。義経は親を思う子狐の心を憐れみ、鼓を偽の忠信に与える。喜ぶ子狐は、お礼に義経を捕らえに来た鎌倉方を打ち破り故郷へと戻って行く。
勘三朗の真骨頂が発揮されるところ。まず、目がすごい。本物の忠信の時の目と偽者の忠信の時の目がまるっきり違う。また、偽の忠信の時と、狐に戻った時とでも目が違う。目で芝居をしている。
台詞廻しで人間と狐を演じ分けるのはよく見るが、目でするのは初めて!!!さすが勘三朗。
早変わりやトリックを使う、ケレンあふれた舞台だが、それ以上に、細かいところで役者本来のすばらしさを気付かされた舞台である。
最後に故郷へ帰る狐が花道をぬけて行くが、猿之助は空を飛び戻って行ったが、勘三朗は地を駈けて戻って行く。そして花道の最後で本当にうれしそうに、しかし狐が顔が持つ不気味さで、笑っていく。これを見て本当にこの舞台をみてよかったと実感した。

最後は「お染久松 浮ねのともどり」
お染久松の心中物語。お染(中村七之助)が久松(中村橋之助)を心中へとかき口説いてるときに、女猿回し(中村芝翫)が現れ、二人を元気づける話です。
70歳を越えていると思える芝翫と、若い七之助、橋之助の共演が面白い。やはり端々に年の功が表れるのはしかたがない。しかし、若さの持つあでやかさが表れるのも事実。

中村勘三郎襲名披露顔見世の名に恥じない立派な顔見世でした。いつか将来、この舞台を見た事がほんとうによかったと自慢できる時が来るだろう。

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2006年12月 3日 (日)

建仁寺「大桃山展」

建仁寺で開催されている「大桃山展」に行って来た。(12月3日まで)

Imgkenryuuji1この展覧会、建仁寺と高台寺二ケ所に分かれて行われているのだが、高台寺は混んでいそうなので、建仁寺だけを見に行った。
人混みを避けて行ったのに、ちょうど土曜日だったので、祗園のあのへんは場外馬券場へ行く人でいっぱい!競馬の人気にあらためて感心する。

しかし、建仁寺のなかへはいれば人もまばらで、禅宗の寺独特の清浄感が感じられる。

建仁寺は京都で最も古い禅宗の寺で、栄西が開祖で建仁寺派の総本山。広大な境内を構えている。
遊興の街祗園と土塀一枚でがらっと雰囲気が変わるところが、この寺のおもしろいところ。
Imgryu1今回の目的は海北友松の障壁画。
いつも愉しませていただいてるはたこさんのblogで妙心寺の狩野探幽の龍が書いてあったが、西の龍が吠えれば、東の龍も暴れ出す。
これは、「雲龍図(部分)」。阿吽2匹の龍があるが、こちらは「阿」の龍。建仁寺の本坊にあった障壁画だが、現在は軸となっている。(「吽」の龍はチラシ)
中央に龍の顔が大きく描かれ、その体は黒雲の中にかすかにみえかくれしている。しかしその雲の表現がすばらしく龍の体のうねる様をみごとに表している。
この龍は本坊に一匹ずつ90度の角度で交差する障壁に描かれており、この部屋にはいった者は常に2匹の龍に睨まれた状態になる。迫力満点である!
近づいてよく見ると、墨の状態が非常に黒々としており、粘着質のある墨で描かれているのがよくわかる。その線がまたこの龍の迫力を増す要因にもなっている。
海北友松の激しい気性が乗り移ったかの様な龍である。
その他、海北友松は「松に孔雀図」「琴棋書画図」が展示されていた。
Img_9135寺宝の展示室を出ると、目の前に広がるのがこの「潮音庭」
苔の緑、紅葉の赤のコントラストが美しい。
山肌に広がる錦秋の紅葉もいいが、このような庭のなかの紅葉もすばらしい。

しばし、座敷にすわりこみ何を考えるも無し、ボヤーッと庭を眺める。
人の作り出した「美」、自然が作り出した「美」、互いに表現は異なるが心に心地良いことに違いはない。

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2006年12月 2日 (土)

「光悦と楽道入」楽美術館

11月にいった美術展をもうひとつ。
9月12日〜11月26日まで油小路中立売上るの楽美術館でおこなわれた「光悦と楽道入」展に行った。

Raku1光悦は17世紀はじめ鷹峯に芸術村をつくり、書、蒔絵、陶器等にその独特の美意識を示し、琳派様式の祖とされるものである。道入は「のんこう」とも呼ばれ、楽の三代目で17世紀に活躍し、「長次郎(楽初代)は上手、道入は名人」と評判をとっていた。
その道入に大きな影響を与えたのが、光悦とされている。
今回の展示は、両者の名品を並べ、その影響を見られるように企画されたものであった。

香のにおいが漂う中、約30点ほどの名品が並んでいる。ひとつひとつが個々にその存在を示している。

光悦には、光悦の美があり、それは外に広がるような美である。ちゃわんを中心として外へ発散していく様な美しさであり、しかしその美の中心はちゃわんにある。ちゃわん一つでその場がパーッとあかるくなるような雰囲気がある。
道入は「楽」の伝統に従い、ちゃわんの中にひきずりこもうとするような美である。茶室のなかでちゃわんと対峙するような厳しさがある美である。茶室でちゃわんをはさんで主人と客が対峙するような雰囲気がある。

そんななかなら気に入ったものを・・・

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