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2006年12月 8日 (金)

当る亥歳「吉例顔見世」

南座にまねきが上がり、京都も師走となった。

Img_9142その顔見世に行って来た。

今年は、十八代中村勘三郎襲名披露公演となっている。
勘三朗襲名披露公演は昨年の3月、東京歌舞伎座から始まり、大阪、名古屋、博多と続きこの京都南座顔見世が最終公演。実は、昨年3月の歌舞伎座に行っており、襲名披露公演としては2回目の観劇。
昼の部の「義経千本桜」か、夜の部の「口上」か悩んだが、藤十郎と勘三朗の「道行」に惹かれて昼の部に行く。(両方行く手もあるのだが〜!)

10時半の開演に、10時前から南座の前は人でいっぱい。皆さん、いまかいまかと待ちわびる。

Img_9148まず入場して、すぐお昼の手配。「花吉兆」の方は、時間的に苦しくなる事が有るので幕間弁当をたのむ。それから「筋書き」を買い、席に着く。花道近くの見やすい席。しかし南座は他と比べると小屋が小さいせいか、席が狭い。通路から離れた席だったら、ほんとに出入りが困難。

いよいよ開演!

「猿若江戸の初櫓」
猿若というのは、阿国歌舞伎において男優が演じた道化役のことで、中村座の寿狂言。
「阿国歌舞伎の一行が京から江戸に着き、難儀をしている将軍献上品の車を助け、無事運び出す。それを見ていた奉行の板倉勝重、いたく感心し、無事興行の許可をあたえる」という話。
猿若を中村勘太郎、阿国を中村七之助、勘三朗の二人の息子が好演。特に勘太郎は、中村家の伝統である、親しみやすさ、暖かさを持ち、踊りもしっかりしている。これは天性のものかなぁ。あとはせりふ回しにもう少し工夫をすれば、良い役者になるで! 寿狂言らしく、晴れやかで、にぎやかな狂言だった。

「寿曾我対面」
曾我兄弟の仇討ちの話。何故、正月の狂言に仇討ちの演目がおこなわれるのかいつも不思議に思う。
それに、「対面」はおかしな芝居。曾我兄弟が敵役の工藤に対面し、敵を討つぞと述べるのを、敵役の工藤が道理を持って、仇討ちの方法を諭すという歌舞伎ならでは筋書き。
我當の工藤、秀太郎の舞鶴、翫雀の十郎、橋之助の五郎、扇雀の大磯の虎、孝太郎の化粧坂少将、進之介の鬼王、亀鶴の小藤太、薪車の八幡と南座顔見世ならではの配役。
しかし、橋之助の曾我五郎は力がはいっていた。もともと五郎は荒事の役回りだが、橋之助はそれ以上に仕草や見得に力がはいっている。「三宝潰し」の場では、一挙に三宝が潰れてしまった(普通は何回かの仕草で潰れる!)。いつ見ても秀太郎はうまいなぁ!!!。歌舞伎の様式美にあふれた狂言。

Img_9155_1ここでお昼。幕間弁当は2階フォルテのちらし寿司。

甘エビ、まぐろ、あなご、たまご、海老、ひらめ、貝、うに等いろいろはいっていて美しい。顔見世の華やかさによく合ってる。舞台の大道具のカナズチの音を聞きながら食べる。これも一興!!

さて、お目当ての「義経千本桜」四段目。

まずは「道行初音旅」。勘三朗襲名披露狂言!
静御前は坂田藤十郎、佐藤忠信は中村勘三郎。踊りの名手二人の大顔合わせ。
桜満開の吉野の山中、川連法眼の館へ急ぐ静御前。お供の忠信の姿を見失い、「初音の鼓」を打つ。
鼓が響くと花道の真ん中へ忠信がせり上がる。この忠信はじつは偽者で、「初音の鼓」に張られた狐の子が化けたもので、鼓が鳴ると現れる。桜の花に誘われて、まずは忠信が踊り、それにつられて静御前も踊り出す。さすが大名跡のふたり、流れるように踊り出す。所々に狐の仕草を挟みながらも勘三朗の踊りには華がある。藤十郎の踊りには心がある。この二人が男雛女雛となり型をきめるところはすばらしい。
ここで気付くが、勘三朗の踊りが上方風になっている。(なぜか上方の踊りには角が無い。ま〜るく、ま〜るく踊っていくように思える。江戸歌舞伎の踊りは、型を決めて行くような踊りと思える)。これはまたすごい。 眼福!眼福!

続いて「川連法眼館」四段目切りである。
法眼館に匿われている義経(片岡仁左衛門)を佐藤忠信(本物:勘三朗二役)が尋ねて来る。義経は静御前の事を尋ねるが、忠信は知らないと言う。不審に思う義経のもとへ静御前が訪れる。そこで偽者の忠信がいることがわかり、静御前はそのものを呼ぶ為に「初音の鼓」を打つ。それに誘われて偽者の忠信(勘三朗)が現れる。そこで問いただすと、「初音の鼓」の皮が母狐であることを白状する。義経は親を思う子狐の心を憐れみ、鼓を偽の忠信に与える。喜ぶ子狐は、お礼に義経を捕らえに来た鎌倉方を打ち破り故郷へと戻って行く。
勘三朗の真骨頂が発揮されるところ。まず、目がすごい。本物の忠信の時の目と偽者の忠信の時の目がまるっきり違う。また、偽の忠信の時と、狐に戻った時とでも目が違う。目で芝居をしている。
台詞廻しで人間と狐を演じ分けるのはよく見るが、目でするのは初めて!!!さすが勘三朗。
早変わりやトリックを使う、ケレンあふれた舞台だが、それ以上に、細かいところで役者本来のすばらしさを気付かされた舞台である。
最後に故郷へ帰る狐が花道をぬけて行くが、猿之助は空を飛び戻って行ったが、勘三朗は地を駈けて戻って行く。そして花道の最後で本当にうれしそうに、しかし狐が顔が持つ不気味さで、笑っていく。これを見て本当にこの舞台をみてよかったと実感した。

最後は「お染久松 浮ねのともどり」
お染久松の心中物語。お染(中村七之助)が久松(中村橋之助)を心中へとかき口説いてるときに、女猿回し(中村芝翫)が現れ、二人を元気づける話です。
70歳を越えていると思える芝翫と、若い七之助、橋之助の共演が面白い。やはり端々に年の功が表れるのはしかたがない。しかし、若さの持つあでやかさが表れるのも事実。

中村勘三郎襲名披露顔見世の名に恥じない立派な顔見世でした。いつか将来、この舞台を見た事がほんとうによかったと自慢できる時が来るだろう。

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コメント

襲名披露、よくチケットがとれましたね。
超人気でプレミアがついていたのでびっくりしました(笑)
私は仁左衛門ファンなので明日夜に行きます。
あとは道成寺手ぬぐい狙いです。取れるか!?
藤十郎の時はゲットしたので頑張ります。
昼は母が行ってきましたが、踊りがよくわからないので
お染久松が眠かったといっていました(笑)
千本桜はよかったらしいです。昼も行きたかったのですが、
お高いので諦めました。

投稿: kodama | 2006年12月19日 (火) 22時32分

kodamaさんへ
おっ〜すごい!!藤十郎はゲットされたのですか。
藤十郎は大阪の松竹座にも行きましたが手ぬぐいはなかったなぁ・・・。
道成寺手ぬぐいゲットできれば、ぜひブログでご披露願います。がんばってきてください。
仁左衛門の義経もきれいでしたよ〜。

投稿: 好日 | 2006年12月20日 (水) 00時49分

行ってきました。手拭いは母が所化さんから
一つゲットしました!本人手ずからのはゲットならず。
頭上高く飛んでいきました。
結構どの演目も面白かったです♪
義経・狐忠信・俊寛の写真を買ってしまいました。
番付は写真がまだなかったので、写真入をゲット
したら記事を書こうと思います。

投稿: kodama | 2006年12月20日 (水) 23時47分

kodamaさんへ
お〜っ、凄いですね!!!。これで二大名跡の襲名披露公演での道成寺手拭いをゲットされたのですね。そういう幸運な人はなかなかおられませんよ。ブログでの観劇記(感激記?)を楽しみにしています。
しかし、そのようなお話を聞くと夜の部も行きたくなりますねぇ・・・・。仁左衛門さんの俊寛はどうでしたか?

投稿: 好日 | 2006年12月21日 (木) 00時33分

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