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2007年1月の15件の記事

2007年1月31日 (水)

街中をフラフラと

この間の休みの日、ブラブラと街中を歩き回っていた。昼前から家を出て気の向くままに東へ向かって歩き出した。

Img_9437錦通りを烏丸を越え、大丸の裏を過ぎ錦商店街に入ると、牡蠣のいいにおいがしている。
錦高倉にある「だいやす」さんが店の表で、牡蠣を焼いている。

以前は貝や海老の専門店のような魚屋さんだったが、2〜3年程前から、表で牡蠣とか海老を焼き、中で食べられるようにしている。手軽さが受け、入れない人が表に並んでいる光景をよく見る。

今日は、まだ昼前のせいか空いている。
これ幸いとばかり、お昼にはちょっと早いが中に入る。

Img_9434店中はカウンターが6席と腰掛けが4席位の小さい店。

早速、焼牡蠣6個とブリ塩(ブリの塩焼き)、そして白ワインを頼む。

新聞等によると、今年はノロウイルスのおかげで牡蠣が売れなかったそうだ。確かに昔は貝毒といわれ、貝から伝染したが今回の流行はまた別の感染ルートであるらしい。ノロウイルスによる細菌性胃腸炎、昔はこれを「霍乱」といった。よくいう「鬼の霍乱」ですよ。確か、「病草子」にもあったなぁ。

と思っている間に、牡蠣が焼けて来た。早速ほおばる。
プリプリしていておいしい!
ズーズーッと汁を吸い込む。海の香りというか、牡蠣独特の味が口中に広がる。
6個はあっという間に食べてしまった。
ここでワインをおかわり。ブリ塩も焼き加減がよく、皮はパリパリ、身はしっとり。これまた美味。

Img_9432しかし、こうやって昼前から呑むと、ちょっと疚しい気持ちになる。なんとなくお尻が落ち着かないので早々に退散する。まじめだなぁ〜。

いい気持ちで錦を歩いて行くと、包丁の「有次」の前で「有次」のご主人と懐石の「縁」の大将に遇う。遅くなったが新年の挨拶。(そう言えば「縁」にもごぶさただなぁ)

それから、嫁さんの買い物に付合って高島屋へ行き、家へ戻る途中、三条寺町で上を見ると、「かに道楽」のカニさんが風邪をひいていた。

はやく良くなってください・・・。

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2007年1月30日 (火)

「揺らぐ近代」京都国立近代美術館

明治以降の日本の絵画をみる場合、「日本画」か「洋画」かの区別は、画材が油彩か膠彩・墨かで区別している。(現代絵画においては区別のつかない画材も多いが・・・)。

Imgyuragu_1しかし、面と向かって、その違いはと尋ねられると返答に困る。「なんとなく・・」というのが正直な所。

今回の美術展は、日本画と洋画のはざまをさぐるため、いや、はざまが存在するのかを問いかける事を目的として企画されている。そのため和洋折衷の不思議な絵も多く展示されている。

ポスターの絵はそのような状況を象徴するかの様な、彭城貞徳(さかきていとく)の「和洋合奏之(1906年頃)」。左側にヴァイオリンを奏でる女性が、右側には尺八を吹く男性がいる。間にいねむりをしているかのようにうなだれながらも、困惑している少女。洋楽と邦楽のこの合奏はさぞけったいなものだったろう。ちょうど、明治における絵画界もこれと同様な状況であった。近代化によって海外からはいってくる新しい絵、その技法、画題などをなんとか日本画に生かせないかと試行錯誤する画家達。そんな状況がかいま見られる絵である。

Imgkannon美術展は6章の構成。第1章は「日本画と洋画の始まり」として狩野芳崖と高橋由一の作品が並ぶ。この後の日本画の方向性を示した狩野芳崖と洋画を世に認めさした高橋由一。この両者の作品がズラーッと並ぶこの部屋は、見応えがあった。芳崖、由一の絵は関西ではなかなか見られない。

これは狩野芳崖の「悲毋観音(1888 膠彩)」。教科書によく載っている絵だが、今回が初見。高さが2m位ある大きな絵。フェノロサの指導を受け日本画の革新運動を行った芳崖の絶作。

最近の分析によるとこの絵は膠彩で描かれた日本画。中間色を生かした柔らかい色調で和様らしき雰囲気が漂う。

しかし、構成は西洋の聖母画によるとされている。マリアとキリストを日本画に取り入れ観音を表している。そのためか観音は女性の下絵から描かれている。(その下絵は京都文化博物館で開催されていた「NHK日曜美術館」展に展示されていた)。

この絵により、近代の日本画の方向が定まったとされている。そうすると、空中に浮かぶ嬰児は、これから生まれようとする新しい日本画を象徴するものか?

Imgmitizane第2章は「日本画と洋画の混成」として、日本画、洋画の区別が不明確な時代にその様式を模索した絵画群。ようするに和洋折衷の絵。
これは小林永濯「道真天拝山祈祷の図(1880年代 膠彩)」。東京でのこの展覧会のポスターになった絵。

菅原道真が九州に流され天神と化する場面の絵。黒雲が天を駈け、稲妻が空を這う。道真は吹きつける風に向かい、つま先立ちで天に叫んでいる。

ここに「祟りじゃ〜〜!」という吹き出しが描いてあれば、これは現代の劇画。明治の初期にこの絵を見た人達には衝撃が走ったろう。今までの日本画にない激しさにあふれている。
この絵を見ながら、ふと簫白の「群仙図屏風」を思い出した。あれも激しい絵であったなぁ。

この章にある絵は、油絵で屏風を描いてあるものや、日本古来の画題である観音と龍を油彩で描いたり、掛け軸に油彩で肖像が描いてあったり、けったいな絵が多い。しかし、このような和洋混合の試行錯誤を行う事で、現在の日本画なり洋画が成りたっている事を考えると、一概にこれを批判はできない。そのような時代の動きを感じさせる展示である。

Imgkuroa第3章は「日本絵画の探求」として、日本画、洋画との区別が制度化されたのち、両者の接点を求め、お互いの特徴を取入れて、新しい日本絵画を求めた時代の絵。

これは、黒田清輝の「赤き衣を来る女(1912 油彩)」。黒田清輝の絵は他にも有名な「湖畔」が展示されていた。どちらかと言うと、「赤き衣〜」の方が好み。バックの緑が美しい。椿らしいがまだそんなには咲いてはいない。そのため、女の赤い着物がより引き立つ。この緑はルノワールの緑を思い起こす。黒田とルノワールは時代としては同時代。この二人が、同じ様な暖かみを持つ色調に至ったことは興味深い。

しかし、この二人のタッチは大きく異なる。黒田のタッチは塗り重ねを避け、非常にフラットなタッチ。「湖畔」にしてもこの「赤き衣〜」にしても、油絵には珍しく透明感にあふれている。ちょうど日本画の持つ色調に通じるものがある。そういう点で、黒田の洋画は日本化された洋画であるといえる。

Imghouan第4章からは、個々の作家が日本画、洋画のさかい目を揺れ動いた様子を展示している。第4章は「日本画の中の洋画」、第5章は「洋画の中の日本画」、第6章は「揺らぐ近代の画家たち」と続いて行く。

その中で嬉しかった事は小杉放菴の絵が見られた事。放菴は明治の終わりの頃から昭和にかけて活躍した画家。彼は、今回の展覧会のテーマ通り、洋画から日本画、また洋画と揺れ動いた画家。そのためとらえ所が無いように受け取られ、一般には余り評価が高くない。

しかし、一点一点の絵を見てみれば、精緻な写実力、大胆な構図、落ち着いた色使いとその才能に感心させられる。

上図は「水郷(1911 油彩)」。放菴の出世作である。船端に立ち網を調べる漁師、この漁師には存在感がある。じっと見ていると、漁師がふと顔をあげてこちらを見る様な感じがする。うまい絵である。

このような洋画があるかと思うと、水墨画である「海南画册」、大胆に椿と猫を描いた屏風図「椿」、そして金箔と油彩で描いた「天のうずめの神」等が出展されている。
揺れ動いた放菴の真骨頂の絵が展示されていた。どの絵も素晴らしく、絵に真摯に取り組んだ様子が伝わって来る。美術史的には、再評価をすべき画家だと思う。


絵を見終わって思う事は、画家達は「揺らいでいる」のではなく、ただ、自分の描きたい題材を、自分の描きたい手法で、描きたい画材で描いたのであって、「揺らいでいる」のはそれを観る我々の持つ「日本画」なり「洋画」なりの固定概念ではないかと思う。

美術展の企画としては非常にわかりやすい企画である。明治以降の日本絵画の全容を知る事ができる美術展である。約150点程のいろいろな絵が展示されている。その中には、有名な絵もあるし、初めて名前を知る画家や初めて見る絵も多々ある。またけったいな絵もあるし、画家の気持ちがストレートに伝わって来る絵もある。絵の好きな人にとって本当に楽しめる美術展である。ぜひ見に行かれる事をすすめる。

*「揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに」
 京都国立近代美術館
 2007年1月10日〜2月25日

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2007年1月28日 (日)

「与 勇輝 人形芸術の世界」展

高島屋の7階で開催されている「与 勇輝 人形芸術の世界」(アタエユウキ)へ行って来た。
今まで何度かこの作家の人形は写真等で見ていた。
大正から昭和位にかけての子供達の世界を丁寧に表している。
私の子供の時代とは異なるが、何故か懐かしさとほのぼのとした感じを抱く世界である。
今回、パリのバカラ美術館で個展を行い、非常に評判がよかったらしい。
やはり、「子供の世界」というのは世の東西にかかわらず同じようなもの。皆、共通の懐かしさを覚えるのだろう。

Imgkodomo子供の表情は、鼻が少し上向きで、目と目の間が離れている。昔の子供のスタンダードな顔つき。
この頃、このような顔つきの子供を見なくなった。賢そうな子供?ばかりになってしまった。

それに子供が働いている姿の人形が多い。昔は子供も貴重な労働力だった。今は生活が便利になり、大人達の手間も省けたと同時に、子供達が働くことがなくなった。その分、働く事(手伝う事)で身に付けていた人間としての大事な知恵を学ぶ機会を無くしている。

見ていて驚いたのは、人形がみな自立している事。約30〜40㎝位だがバランスよく自立している。
衣装や小道具も丁寧につくられており、作家の人形に対する愛情を感じさせられた。

Imgozuもう一つのシリーズに映画の小津安次郎の作品に登場して来る人物の人形があった。

「東京物語」の笠智衆や東山千栄子、そして原節子。「長屋紳士録」の小沢栄太郎等。
顔がそんなに似ている訳ではないが、雰囲気はよくでている。

小津監督の作品はいくつか見て来たが、映画の画面をこのような人形でみるとちょっと変な感じがする。
小津作品のあの独特な画面を思い出し、低い位置から眺めるとよりリアルな感じがする。

しかし、この人形達は小津作品の家族への愛情とか、人情味とか人間の情の微妙さをよく表している。
また、小津の映画が見たくなった。

上の人形は、その小津監督をモデルにしたもの。写真でしか知らないが、こんな感じの人だったのだろうなと思わせる。

「人形」は今まで、本能的に何故か怖い感じがしていた。どんなに優しそうな人形でも、目が合うことは自然と避けるようにしてきた。
しかし、今回の人形はそのような事も無く、じっと見る事で、我々が無くして来た何か大事なものを思いださせるような力を持っていた。

*「与 勇輝 人形芸術の世界」展
 京都高島屋グランドホール(7階)
 平成19年1月6日〜1月29日

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2007年1月26日 (金)

「富士と桜」 えき美術館

京都駅にあるえき美術館で開催されている「富士と桜」展へ行って来た。

Imgfujitosakura伊勢丹の中はバーゲンの様子で人が混み合っていたが、美術館の一角は訪れる人も少なく別個の世界となっている。

今回の展示は東京の山種美術館が保有する、近代の日本画。その中から「富士」と「桜」に関する優品44点が並んでいる。この美術館には多過ぎもせず、すくなすぎる訳でもなく、ゆっくりと見られる。

さて、「富士山」だが、私(京都人)にとっては遠い存在。東京へ行く時に、新幹線の車窓から眺める程度の存在。そのため富士山のイメージとしては絵や写真で作られたものしかない。特に松竹映画の最初に出て来る富士山と北斎の富士山が影響が大きい。(それと、子供の頃砂場で作った富士山)。

知ってそうで知らない富士。

だから今回、様々な富士をみてもイメージと異なるものは「フ〜〜ン」で終わるし、イメージに近いものは「これこれ!」と熱心に見てしまう。ちょっと差が大きかった。

Imgfujiそのなかで好のみはと言うと、橋本関雪の「夏日富嶽」。

夏の蒼い富士。冬の雪をかぶった富士の清冽さもいいが、夏の猛々しく堂々とした富士も良い。
北斎の「凱風快晴」に相通じるものがある。
裾野には龍のように広がる白雲。富士を巻き込むようにたなびいている。
画面下部には関雪の木々。

京都の人間が持っている富士のイメージに合っている様に思える。
同じ様な富士は横山大観とか奥村土牛にあったがなぜか関雪の富士の方が肌に合う。
関雪も京都の北白川で富士を想いながらこの絵を描いたのだろうか?

Imgsakura「桜」は富士と違ってイメージが膨らむ。
陰に入るとまだ肌寒さを感じる山中で見上げる山桜。風もないのに突然散り出す満開の桜。
桜の花が咲く頃の、陽の光のあたたかさ、春の風の匂い、そばを流れる水のきらめき。等イメージがどんどん膨らんで行く。

上の絵は川合玉堂の「渡所晩晴」
玉堂らしい絵である。山合いの渡し場に有る一本の山桜。人物はあくまでも小さく、自然の一部となっている。日本的な自然観をよく表している。
満開の桜か、山中の山桜か、どちらを好むかと聞かれれば、私は山桜を選ぶだろう。
山間の静けさ、まだ冷たい谷川の水、日が落ち始め冷えだした空気、家路へ急ぐ農夫。それを見送る山桜。春の夕刻である。
すべてのものが和やかな情味に満ち、争いもなく、人と自然が互いに渾然として融け合っている絵である。

桜の絵を見ていて気付く事だが、満開の桜と女を描いた絵が3点あった。
守屋多々志の「聴花(式子内親王)」、森田曠平「百萬」、加藤登美子「桜の森の満開の下」。
この女達の表情がおかしい。皆が狂気をおびている。
梶井基次郎は「桜の樹の下には」という小説で、桜の樹の下には屍体が埋まっている、と書いているし、また坂口安吾の「桜の森の満開の下」では、主人公の男は桜の樹の下で、自分の女房を鬼と間違えて殺してしまう。さらに石川淳の「山桜」では、山桜の下に佇んだ主人公は、死んだ筈の女の幻影にとりつかれてしまう。

確かに満開の桜の持つ一種独特の雰囲気は、女達をある種の狂気へと誘っていくのだろう。

ゆっくりと見られたので色々と考えてしまったが、楽しめた展覧会であった。

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2007年1月23日 (火)

「雪・月・花」展 細見美術館

細見美術館で開催されている「雪・月・花ー雛かざりとともにー」展に行って来た。

Imghosomi2「雪月花」という言葉は、万葉集で大伴家持が歌題で

「雪の上に照れる月夜に梅の花折りて送らむはしき子もかも」

とこの三者を取り合わせたに始まり、徒然草にあるように、白楽天の

「雪月花時最憶君(せつげつかのときもっともきみをおもう)」

という詩の一節により、古来より我国の自然を表す言葉としてまた日本人の美意識を象徴する言葉として使われて来た。

この「雪・月・花」にちなんだ細見美術館の名品を展示している。

入館してすぐ目につくのは、春へのしつらえとして「源氏枠雛かざり」。
緋毛氈の上に華やかに飾られている。我家は男の子ばかりなのでお雛様には縁がない。久し振りにじっくりと見た。なかなかいいものである。

Imgume2Imgtake2「雪」の項に関して目についた作品は

「雪中竹梅小禽図(2幅)」 鈴木其一

竹に積る雪は白く重たげに竹を押し下げる。
それに耐えかね、竹は大きく跳ね上がろうとする。その突然の動きとザーッと雪の落ちる音に驚いた雀が二羽飛び立とうとしている。雪と竹の緊張感がこの絵を引締めている。
意識的に竹の葉に積る雪を厚く誇張することで雪の持つ重さを強調し、次に起るであろう動きの大きさを感じさせる。

梅の枝に吹き付けられて積る雪、その風がやみ、まわりは凛とした寒さに包まれる。雀が一羽凍え付いたかのように小枝に止まっている。その寒さのなかに、雪の白さと対比して赤い梅の蕾が雪の中で膨らんでいる。厳しい冬、すぐ側まで来ている春。この二つの季節を対比させる事でこの絵に時間的な深さを感じさせる。其一ならではの優品である。

「雪中雄鶏図」 伊藤若冲(画像は無し)
若冲の鶏。雪の中に鶏を置く事で、雄鶏がより鮮やかに見える。いつもながら周りの竹は折れ曲がりねじれている。しかし、雪の描き方は他の若冲の絵から見れば不自然。鶏の描き方もかたい。目にも力が無い。若い頃の作らしい。若冲ワールドのかかりの絵。

Img_9401「月」の項。
「月に梅下絵和歌扇面図」 俵屋宗達・本阿弥光悦
宗達の絵に光悦が和歌を書いている。
「くもれかし なかむるからに悲しきは つきにおほゆる人のおもかげ」
今でこそ、金銀がくすんで落ち着いた感じになっているが、作られた時には金と銀が大胆にデザインされており、きらびやかなかんじであったろう。我々が思っている以上に桃山から江戸にかけての絵画は色彩豊かで派手なものであったと思う。
扇面もすばらしいが、この軸の表装がまたすばらしい。灰緑の下地に茜と茄子紺、小豆色の縦三色。後年に作られたものだろうが、この扇面によくあっている。軸全体として美しさを見せている。

その他、北斎の「夜鷹図」、中村芳中の「月に露草」「月に萩鹿」等

「花」の項には、チラシにもある酒井抱一の「桜に小禽」と、息子の酒井道一の「桜に白鳩」が対にして展示してある。抱一の方は何も見た絵だが、道一の絵は初見。
幹のたらし込みとか、花の繊細さとかはよく似ている。多分最初から2幅としては描かれてなかったと思うが、こうして並べてみると違和感はない。まるで抱一が両方とも描いたように思える。

「花」のところで絵画ではないが、漆器で「藤蒔絵提重」があった。30㎝位の提重だが全面に藤を平蒔絵してあり大変美しいものであった。黒漆が輝き、こんなんに料理をいれたらどんな料理もおいしかろう。

今まで、何度も見たものが多く、目新しものはすくなかったが、このように「雪月花」というテーマをもって見直すと、また面白いものである。
また、絵画だけでなく色々なものが展示されており楽しめる展覧会であった。

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2007年1月20日 (土)

1月の「べー レギューム ア ターブル」

12月はご無沙汰したが、早速「べ– レギューム ア ターブル」へ。
ちょっといかない間に、フローアーのメンバーが全て女の子に変わってしまった。
嫁さんからは聞いていたが、ちょっと今までとは様子が異なる。
なんとなく背筋がのびぎみ。

Img_9380そんな中での今月のランチ。
ここでの料理の愉しみの一つがスープ。
今月はキャベツのスープ。
キャベツのスープといっても、クリームのベースにキャベツの風味がするといった感じ。
キャベツの風味というとなかなか説明し難いが、ちょっと青味があり、甘みもあり、そして最後にかすかに苦味が残る味。

トッピングされている生ハムの塩味もアクセントとなり、「べ–」らしいスープである。
手間と料理した人の季節感が感じられる、おいしいスープ。

Img_9383メインは「牛肉のソテー」、「岩塩でマリネした茶美豚ロースのグリル」、「鮮魚のポアレ ソースブールプラン 牡蠣のエチュベ添え」の中から1品。

ちょっと前に肉を大量に食べたので、本日は魚。
鮮魚は「アンコウ」。「アンコウ」のポアレは珍しい。
しかし、このソースは絶品。小振りの牡蠣とユリ根がはいったソースだが、牡蠣からは海の香りがするし、ユリ根からは上品な甘みがする。ソース自体はちょっと酸味な味。この3種類の味が絶妙のハーモニーを奏でる。また、アクセントに入ってある「ピンクペッパー」の赤い粒が見た目にも、味にもよく効いている。ソースだけでどんどんパンが進む。アンコウの白身もこのソースによくあい、ちょっと歯ごたえの有る皮の部分もおいしい。

もし行かれる方があれば、今月のメインは「鮮魚のポアレ」がお勧め。ぜひこのソースの素晴らしさを堪能してください。

メインの料理の素晴らしさに気を取られて、つい、デザートの写真を取り忘れた。
デザートはミルク風味のアイスクリームとイチゴ風味の焼メレンゲ、チーズケーキ、プリン、チョコレートケーキの4品。

このなかでは、チーズケーキが秀逸。幾種類かの蜂蜜を混ぜる事で、チーズ風味が非常に濃厚でかつマイルド。これはおかわりがほしかった。

毎月のように通っている店だが、いつも満足する料理である。
この店の料理には、新しい発見と新しい愉しみが見つけられる。
今年もまたこの店に通い続けることになりそうだ。

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2007年1月18日 (木)

「弘」の焼肉

下の息子の誕生日ということで家族そろって千本三条にある「弘」へ焼肉を食べに行った。

Img_9376もともとは三条商店街の西の入口に有る肉屋さん。10年くらい前から、その5〜6軒東に焼肉の店を開いた。開店の頃は気軽に行けていたのだが、この頃は凄い人気で予約が無ければなかなか食べられない。確かにここの肉はおいしい!!。適度に柔らかく、しかし肉らしい歯ごたえがあり、噛んでいるうちにジワーッと肉汁が口の中に広がって来る。タンにしてもカルビにしても肉らしいうまさがある。人気が出るのも当然で、今や4店舗に広がっている。

店にはいると既にもう満員。堀炬燵の座敷に案内される。
まずは、息子の誕生日を祝ってビールで「乾杯!」。肉は「ユッケ」から始まる。生卵をまぜ、口に運ぶと少しニチャニチャした感じの中に、肉の味が口中に広がる。味々味々。

Img_9363続いて、「史上最強のロース」と「天下無敵のヒレ」。このネーミングはすばらしい。焼肉を食べるという気にさせる。しかも、このロース、油分までもがおいしい。表面だけ焼いた位で頬張ると、口のなかでジワーッと溶けて行く。ヒレのほうも申し分なし。山葵をつけたタレで食べる。山葵と肉も良く合う。いくらでも食べれそうだがここで食べ過ぎると次が食べられない。

ここで、「石焼ビビンバ」がくる。熱いうちにコチジャンをまぜてグルグルかき混ぜる。そして、おこげの部分を捜して、ちょっと食べる。ビビンバはおこげが命。石鍋にこびりついたのをスプーンでこそげて食べる。

Img_9366次は「盛り合わせ」。ロース、タン、頬肉、ハラ、カルビ等が盛られて来る。はじめは一種類ずつおとなしく食べているが、だんだん各自の食べる早さが異なるので、網の上で肉が混ざって来る。自分の分は目をつけて焼いているのだが、ちょっとしゃべっているといつのまにかなくなっている。
「それ、ぼくのやで!」と息子どうしが言い合っている。しかし、ちょうど良い焼きかげんのものは、つい箸がのびてしまう。わいわいがやがや、こうなってくると親も子もなくなってくる。

ここまでが、定番コース。あとは、各自食べたい部位を注文する。塩タン、ロース、また「史上最強のロース」へ戻るもの、スープで休憩するものなど。上の息子なんかは満腹すると、知り合い(近所ですので知り合いと必ず遇う)を見つけて、そこで呑んでいる。

なんやかんやで楽しい誕生会でした。こんな風に家族揃って食べに行くのも、もうそんなにはできなくなるだろう。

食べ終わって店を出る頃に、まだお客さんがはいってくる。たいしたものである。しかし、本店のコロッケがなくなったのは寂しいなぁ・・・。

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2007年1月17日 (水)

当った!年賀はがき

当った!!
約150枚程もらった年賀状のうち2等賞が1枚、みごとに当たっていました。案外これ愉しみにしてるんです。嫁さんなんかは、お正月にもらった途端、下1桁の番号順に並べています。発表があると嬉々として調べてます。早速、郵便局へ行くと2等賞の賞品は「地域の特産品小包 選べる50品目」。
カタログをもらって来てそのなかから選ぶんです。
その内容は
1.黒毛和牛しゃぶしゃぶ・・・もも肉400g
2.和牛モモステーキ(北海道)・・・モモ肉のステーキ4枚
3.黒豚ロースしゃぶしゃぶ・・・ロース肉400g
4.黒毛和牛しゃぶしゃぶ(九州)・・・1と同じですが、場所が違うみたいです。
5.黒毛和牛すき焼き(北海道)・・・モモ、肩肉400g
6.黒豚ロースステーキ(北海道)・・・ステーキ4枚
7.和牛焼き肉(北海道)・・・モモ、肩、バラ肉400g
8.豚ロース味噌漬(北海道)・・・ロース肉の味噌漬け12枚
9.デミグラスソース付ハンバーグ(北海道)・・・ハンバーグ6個とデミグラスソース
10.北十勝ファームデリシャスハンバーグ(北海道)・・・ハンバーグ9個
11.北十勝ファーム豚丼セット(北海道)・・・丼用スライス肉5パックとたれ
12.ソーセージ詰合せ・・・粗挽、フランクソーセージ等700g
13.ずわいがに(北海道)・・・ボイルズワイガニ2杯700g
14.毛ガニ(北海道)・・・ボイル毛ガニ2杯700g
15.たらばがに脚(北海道)・・・ボイルタラバガニ片身
16.紅鮭(信越)・・・紅鮭1匹2㎏
17.いか堪能セット(信越)・・・干しいか、焼きいか、丸干しいか等約10枚
18.豊後水道一夜干し(九州)・・・真鯖、真鯵、ふぐ、あらかぶ等約10枚
19.車海老(九州)・・・養殖おどり車海老10尾
20.ホタテ貝(東北)・・・生ホタテ貝約20枚
21.千葉の干物(関東)・・・かます、さんま、あじの開き約8枚
22.さつまあげ詰合せ(九州)・・・ゴボ天、白棒天、きくらげ天、野菜天、芋天等約40個
23.うなぎ蒲焼(九州)・・・うなぎ蒲焼4匹とタレ
24.辛子明太子・・・辛子明太子400g
25.かつおたたき(東海)・・・たたき2本とおろし生姜、たれ、万能ねぎ
26.石狩鍋(北海道)・・・3人前
27.ふぐのから揚げ(中国)・・・約16個、600g
28.いくら醤油漬(東北)・・・400g
29.珍味セット(東北)・・・いか塩辛、いか南蛮、粒うにいか、松前漬、たこ刺しわさび
30.島原手延三丈長うどん(九州)・・・乾麺7袋約1.7㎏
31.小豆島手延そうめん(四国)・・・50束
32.名古屋三大麺(東海)・・・味噌煮込うどん、きしめん、カレーうどん約20食
33.喜多方ラーメン(東北)・・・醤油、味噌、塩計20袋
34.岡山かもがた手延そうめん(中国)・・・40束
35.魚沼産コシヒカリ粥、けんちん汁(信越)・・・おかゆ5袋、けんちん汁5袋
36.信州味噌(信越)・・・上高地信州味噌、上高地田舎味噌計4個
37.どんこ椎茸(信越)・・・200g
38.小田原しそ入り梅干(南関東)・・・800g
39.紀州南高梅はちみつ漬(近畿)・・・800g
40.福井のしそ漬梅干(北陸)・・・800g
41.山形産米「はえぬき」(東北)・・・5㎏
42.新潟米菓詰合せ(信越)・・・合計55枚
43.有明産焼き海苔(九州)・・・40枚
44.うすば焼せんべい(東京)・・・合計174枚
45.静岡茶(東海)・・・やぶきた茶、玉露
46.宇治茶(近畿)・・・煎茶、玉露
47.琉球もろみ酢(沖縄)・・・2本
48.長崎カステラ(九州)・・・3本
49.飲茶セット(南関東)・・・餃子、シュウマイ、小龍包、貝柱肉マン、桃まん合計28個
50.ビーフカレー(東海)・・・中辛10袋

この中から1点選ぶのです。我が家では約1時間、家族揃ってワイワイガヤガヤやってました。その結果、「うなぎ蒲焼」に決定いたしました。(ちょっと平凡かなぁ・・・)
年賀状をくださった○×さん、どうもありがとうございました(感謝!!!!)

この頃、年賀状が減って来、年賀メール、おめでとうコール等が増えている。しかし、こうやっていただいた年賀状を見ていると、昔より凝った年賀状が多い事に気付く。パソコン等で色々と工夫して、モダンな作品やほのぼのした作品を作っている。もらった方も、楽しんで見ている。

いくら便利になっても、やはり、こういう習慣は続けたいものである。

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2007年1月13日 (土)

「京都御所障壁画」京博新春特別展覧会

京博で開催されている「京都御所障壁画」展に行って来た。
今回公開されるのは、仙洞御所内の御常御殿と御学問所のふすま絵約200点。
御所というと古いように思えるが、何度も火災にあい、今回の御殿は19世紀の明治維新直前(1855年)に建てられたもの。よって、ふすま絵を描いた絵師達も、19世紀の京都画壇の絵師が動員された。
この時の特徴としては、今まで内裏等の絵は土佐派、狩野派等の御用絵師が描いていたものを、円山派、四条派等の町絵師派も参加して描いたという点。この頃の町絵師派は円山応挙が亡くなり、その弟子、息子達によって形成されていた。
その辺の事を、理解していなければ、見に行って肩すかしをくらうことになる。

Imggosyo1パンフレットに載っているのは「桐竹鳳凰図(部分)」(狩野永岳)
四面の襖絵でこの部分は左端の一面。右側の2面には鳳凰がもう一匹と桐の木が描いてある。
狩野派らしい絵で。金砂子と金箔が豪華な雰囲気を醸し出している。
この絵で目につくのは、鳳凰のブルー。
群青の岩絵の具が効果的に使われ、今までの狩野派とは少し違う雰囲気。桐の葉の緑青、曲水の群青、周りの金雲が天皇にふさわしいコントラストを生み出している。
尚、初めて知った事だが「鳳凰」とは雄を「鳳」、雌を「凰」と呼ぶらしい。雌雄そろって「鳳凰」となるとは初めて知った。

Imggosyo2これは「芦に雁図(部分)」(岸連山)
町絵師である岸派(円山応挙の弟子、岸駒の一派)の襖絵(十面)
円山派の写実に基づく画風がよく表れている。応挙から続く京都の町絵師達の実力を示す、すばらしい絵である。
また、応挙の後も、円山派は狩野派や土佐派、そして琳派の手法を取り込み、その画風を高めて行った。この絵にも金雲の描き方や芦の配置の仕方等に応挙以降の工夫が感じられる。
また、雁の羽の質感は若冲等とは少し異なるが、羽の軽さと膨らみをよく表している。

今回、これら襖絵の下図(巻物)5巻が展示されていた。
縦が約50㎝位の巻物に、これらの襖絵が縮小してビッシリと描かれていた。ミニチュア版である。
それが、完成図と同様に細部にいたるまで丁寧に描かれていた。
これには驚かされたし、感心した。やはり、御所の様な所の襖絵となると、事前にどの様な絵になるか許可がいるのだろうか?絵師が思うがままには描けないのだろうなぁ!

展覧会を全部見て回って思った事だが、絵としてはおとなしい絵多い。狩野派や土佐派の御用絵師たちにおいても桃山や江戸初期に見られた豪快さ、きらびやかさがあまり見られないし、円山派等の町絵師においても、人を驚かす様な構成の妙も見られないし、徹底的に細密な写実の技も少ない。やはり場所柄おとなしくならざるを得なかったんだろう。今の迎賓館も同じ様な感じがした。
そういう意味では変な納得をした展覧会であった。

それと、これに引き続いて、二条城の障壁画もバーット見せてもらえるとありがたいのだが。

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2007年1月 9日 (火)

「商売繁盛、 笹もってこい!」

8日から12日にかけて、祗園あたりは「えべっさん」の福笹を持った人達でにぎわう。
四条縄手を下がったところにある「京都えびす神社」の十日えびすが始まった。

Img_9358京都の商売をしている人達はこの時期えびすさんに参り福をさずかる。今日9日は宵えびす。それでも多くの人達が参っている。景気が上向き加減の今年、商売も上向く様皆さん熱心。

いつもは、二の鳥居の上に掛かっていて、お賽銭を投げ入れる(これがなかなか入らない!!)エビスさんの福蓑も今日は袋をかぶって安全の為投げ入れられないようになっている。

このえびす神社は、建仁寺の鎮守社。開祖である栄西が建仁寺建立のときに西宮から勧進したもの。
えびすさんはもともと漁業の神様で、海から来る渡来神(客神 まれびとがみ)。いざなぎ・いざなみの子供であるヒルコが西宮に流れ着いて祭られ、豊漁の神となった。(その他いわれはいくつかある。)その後、海産物を扱う市の人々にも信心され、それが広がり商売繁盛の神となった。

Img_9359お参りが終わると横の社務所で福笹を買う。

福笹はベースとなるものがあり、それには鯛とお札が付いている。その他の宝船や熊出は各自が別途購入するシステムになっている。別に商売をしているわけではないので買わなかったが、案外高くつきそう。しかし皆さん、楽しそうに選んでる。

社務所の中では、巫女さんが福笹をもって神楽を舞っている。えびすさんと神楽は昔から結びつきが強く、えびす信仰が全国に広がったのも、「えびす舞わし」とか「えびすかき」という神楽や傀儡子による芸能を伴なったからである。それが庶民に広く受け入れられたのである。庶民信仰としてのえびすさんは根強いものがある。

福を授かって、皆さん本殿の南側を通って、抜けて行く。その途中、本殿の左側の板戸をトントンと叩いてまた側面から拝んで行く。これは、えびすさんは年寄りのため耳が遠く、願い事を聞いていただくためには戸を叩いてお知らせしてから拝むとよいとされているためである。
これでは、正面で拝んだのは何だったんだろうか????

まぁ、疑問な所はあるが、今年一年の色んな意味の繁盛を願った。
えびすさんのあの福よかな顔を見ているとこ、ちらもおもわず笑い顔になってしまう。
「笑う門には福きたる!」。なんとなく楽しくなるお祭りである。

尚、すぐ近所の八坂神社にも「北向蛭子社(きたむきえびすしゃ)」があり、こちらの方も最近人気が出ている。こちらのほうは「祗園えびす」と呼ばれている。しかし、ちょっとややこしいなぁ・・・・

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2007年1月 8日 (月)

京都国際マンガミュージアム

去年の秋に開館した「京都国際マンガミュージアム」へ行って来た。
新しいミュージアムということで、どの様な試みがされているのか興味を持っていた。
しかし、対象がマンガということで具体的に何が展示されているのかは想像がつかない。

Img_9311ミュージアムは烏丸御池の北西にある。建物は廃校となった「龍池小学校」を利用してつくられている。
烏丸通に面したスロープを上がった所が入口。以前の校庭は芝生が張られた広場となっている。
建物は明るい黄土色に塗り替えられ、東側にガラス張りの吹き抜けが新たに作られている。しかし、基本的には龍池小学校の旧校舎をそのまま利用している。だから、階段や一部の廊下は昔懐かしい油引きの板敷きであり、昭和40年代から50年代の小学校の面影が残っている。
廃校にされた小学校の再利用の時に、京都市がとる改築方法として、このマンガミュージアムと室町錦の元明倫小学校にある「京都芸術センター」がよく似ている。
なかなかノスタルチックで洒落ている。
この様な方式であれば、旧学区の人からもあまり文句はでないだろう。

さて入館。まず入口の自動券売機でチケットを購入。大人500円、小学生は100円。このチケットで一日何回も入館可能となる。しかしこのチケットまるで無愛想。地下鉄の切符を大型にした様な物。もうちょっとデザインを考えたらと思う。

内部の廊下の壁面はすべて、マンガが並んでいる。1階は少年マンガ、2階は少女マンガ、3階は青年マンガがズラーッとあいうえお順に並んでる。その数は万を超える册数だろう。ここに並んでるマンガはすべて読む事が可能。しかし、座る席が少なく(一つの階に十席程度)皆さん壁にもたれたり、廊下に座り込んだりして読んでいる。暖かくなれば、芝生の上で読む事も出来るのだろうか?
しかし、ちょっと異様な雰囲気。(コンビニの前に座り込んでいる風景を思い出した。)

旧の教室では、企画展をやっていた。
現在行われているのは「世界のマンガ展」。
これは3部構成で、まず、各国のマンガ雑誌の展示(手に取って見られる)。各国それぞれ特徴があり面白かった。アメリカにはアメリカの、フランスにはフランスの感じがやはりマンガの世界にもあった。
続いて日本のマンガの歴史。鳥獣戯画から始まり、現行のアニメまで。最後に京都国際漫画展の入賞作品の展示。そこに展示されているのは風刺漫画。しかし、時間がすぎると風刺漫画のインパクトが欠けてくる。やはり、こういう作品は旬の時に見るのがベスト。
それと、「龍池小学校」の歴史を展示した部屋があった。校長の古めかしい写真や過去の行事の写真が展示されていた。この部屋には、ずーっと「龍池の子等は〜♪」という校歌が静かに流れていた。

Img_9313マンガは今や世界に誇る日本の文化になっているそうだ!
しかし、私にとってはマンガはあくまでも消費されるものだと思っている。その消費性がマンガの面白さでもあり、マンガが時代性を持ち続けていける秘訣だと思っている。その時代との同時性が、マンガが世界で受け入れられる理由であろう。また、マンガには上品とされるマンガから、エロ・グロにあふれたマンガまである。このように広範囲で、種々雑多で、スピードにあふれたものをミュージアムとしてまとめるのは大変なことだろうと思う。ミュージアムとしての権威付けがかえってマンガの良さをつぶすものになるのかもしれない。また、図書館や他の美術館との連携も今後は必要になるだろう。

そのような事を考えると、今後のこのミュージアムの将来に不安を感じるし、また期待も出来るものである。生活地域にできたミュージアムとして今後も見続けていたい。

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2007年1月 6日 (土)

「春を待つ」京都市美術館

京都市美術館では昨年から所蔵のコレクションを何回かに分けて展示している。

Haru_1今回は四回目。
「春を待つ」というコンセプトで冬から春へと移り変わる季節の様子を描いた作品や、美術作品における「待つ」という工程をあらわす作品群を展示している。

正月らしい良いネーミングである。
また、ポスターもよかった。
年末に街中でこのポスターを見て、この展覧会を見に行こうと思った。

ポスターは上村松園「人生の花」。嫁入り道中における花嫁の様子を描いた作品である。どこからともなく「金襴緞子の帯しめながら花嫁御寮はなぜ泣くのだろう♪」という童謡が聞こえてきそうな感じがする。
伏せ目がちな目元と堅く結ばれた口元に、これからの希望と不安、そして家を離れる決意みたいなものが感じられる。女性としての松園ならではの優品である。

展覧会には、日本画では池田遥邨、山口華楊、富岡鉄斎、小野竹喬、竹内栖鳳、上村松園等明治から昭和にかけての京都画壇の重鎮の優品が並んでいる。また版画でも吉原英雄、井田照一、加納光於、陶磁器でも清水卯一、近藤悠三、楠部弥一、清水六兵衛等有名作家の作品が展示されている。

Imgfuyuそのなかから目についたものとして、木島桜谷「寒月」。
六曲一双の屏風絵。
下段が右雙、寒空に低くかかる下弦の月、その月の光に照らされて白く光る竹林につもる雪、その静寂さを白と黒と薄墨できっちりと描いている。
厳寒の清冽な空気が伝わって来る。竹林の黒が見事である。

その静寂さを破るが如く、左雙では竹林の奥から狐が歩み出て来、この空間の中に生命の暖かさを感じさせる。
右側から左側へ、視点の動きに合わせ静から動への、雪原の冷たさから生命の暖かさへの心の動きを表している。

桜谷は明治から昭和初期に活躍した画家で、端正な作品が多いらしい。しかしこの色調は見事である。

Imgmioこれは三尾公三の「冬の残像」。
三尾公三といえば、1980年代の写真雑誌「フォーカス」の表紙を描いたことで有名。
「フォーカス」の表紙を見慣れてた人は、案外小さい絵を想像するが、三尾公三の絵は思っている以上に大作である。この絵も横は約3m60㎝、縦は1m80㎝ある。
その独特の遠近感はなかなかの迫力である。
この絵でも三尾公三の特徴である、見つめる目がある。これは何を見つめているのだろうか。この目の見てる先と画面上の誇張された遠近感、これが平面である絵にもかかわらず三次元的な広がり感じさせる。それが三尾公三の絵の魅力でもある。

やはり、歴史のある京都市立美術館だけあり、その所蔵作品には隠れた名品もあり、すばらしい。
今後はこれらをぜひ常設展示できる環境をつくりあげてもらいたいものである。

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2007年1月 4日 (木)

100回記念

今回でこのブログも100回目となった。(パチパチパチ!)

去年の5月、祗園祭の集まりの中で、祭りの色んな行事や風習が鉾の事しか知られていない事が話題となった。それじゃぁIT関係の仕事もしてることだし、ひとつブログでも書いてみようかと思い始めたのがきっかけとなった。

6月、7月と祗園祭の関係の事を書き綴り、祭りが終わった時点でどうしようかなと考えていた時、読まれた方からお褒めのコメントをいただき、(性格が単純なので)書く事が面白くなりそれ以降、趣味の美術の事や、街で気付いた事を書き綴って来た。

途中、話題が見つからなかったり、時間がなかったりして書く事がしんどいこともあったが、この頃は話無理なときは書かないと割り切って考えるようになった。
(仕事や家庭のことをしながら、頻繁に更新してられる人を見ると、すごいなぁと思います。)

この100回の内容を見てみると
祗園祭の事が17回、美術展や歌舞伎等の事が35回、日々の生活が感じた事や見た事が36回、その他諸々が12回というふうになっている。
まぁ、日々の生活から考えるとこんなものでしょう。

ただ自分で面白いと思うのは、時間の過ごし方から見て、音楽と読書の時間が大きいのに、その記事が全く無いことである。
その理由を考えてみると、音楽は分野がまるっきり特定しないこと。(歌謡曲からJAZZ,クラシック、ロックとなんでも有りの状態)。読書は古い本とか特殊な分野(民族学とか技術書)が多い事と、内容を書くのか感想を書くのかはっきりしないこと。
まぁ、これからこのへんの内容が書けるのかどうかはわからないが、ぼちぼちではあるがブログは続けて行こうと思います。

このブログを読んでくださっている皆様、どうもありがとうございます。
今後とも宜しくお願いいたします。
また、単純ですぐ喜び、はげみになりますので、コメント等あればお気楽にお願いいたします。

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2007年1月 2日 (火)

こいつは春から縁起がいいわいな〜ぁ

滋賀県の方で、年始を兼ねた宴会に行ってきた。
毎年行うのだが、この宴会がちょっとすごい。うまいものを知っている連中ばかり!
約8家族が新年に集まるのだが、各家族山海のうまいものを持ち寄る。
今年は「大間のマグロの大トロ」「日本海のカニ」「北陸のブリ」「馬刺」「鹿のタタキ」「明石の鯛」「フグ」「近江牛」「カラスミ」等。
皆さん秘密の仕入れルートで手に入れて来る。人によっては年末から各地へ買い出しにかけずり回っている。料理は基本的に皆さんで作りながらになるが、食い道楽ばかり集まっているので玄人はだし。
野菜なんかも農家をやっている人もいるので、朝畑からとってきたものばかり。
お酒は日本酒。「久保田萬寿」「越乃寒梅」等の有名どころから、各自が見つけて来た地場の銘柄。
こんな感じの宴会が昼頃から夜の10時頃まで延々と続く。作っては食べ、食べながらつくり、かつ呑む。
話題は主に食い物の話。「どこどこのなには、いつごろうまい。」とか「どのように料理したらうまい」とか。
去年一年間の修行の結果をワイワイ話す。

Img_9253今年の特筆物は「鮒寿司」。
鮒寿司は、琵琶湖のニゴロフナを用いて作られる熟れ寿司で、酸味と臭気が強いため、好みが極端に分かれるものであるが、酒の肴やお茶漬にするとなんともいえない味がする。
何年も前からこの宴会で、市販されている鮒寿司はまずい、昔からの鮒寿司が食べたいという話になった。市販されている鮒寿司はまずにおいが悪い、酸味に刺がある。
そこで、メンバーの人が、まず今津の辺で漁師さんに鮒を集めてもらい、酒の木樽を手に入れ、まず天然の塩に漬け、米だけでさらに1年、昔ながらの手法で重しや置く場所もいろいろと聞きながら漬込んだ。
その1年物と2年物が今回の宴会に出て来た。

これはうまかった。匂いもそんなにきつくはなく、かえって時たま日本酒を飲んだ時にひろがる、甘酸っぱい芳香のような感じがする。塩気も適度にあり、シガシガ噛んでるうちに鮒寿司独特の香りが口の中に広がる。絶品の鮒寿司だ。
このとき呑んでいたのが、伏見の「蒼空」。すすみましたね〜。

食べては呑み、話しては笑い、至福の時間が過ぎて行きました。
「こいつは 春から 縁起がいいわいな〜ぁ!」

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2007年1月 1日 (月)

元旦

「新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重け吉事」
 (万葉集 大伴家持)

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいいたします。

家持の歌とはうらはらに、雲一つない元旦ですが、皆様に今年も吉事が積み重なりますように!

さて元旦。「お祝いやす!」と、まず祝い膳から食べはじめ。子供のころから何故か我が家では正月の祝い膳を「お祝いやす」と呼ぶ。他の家でもこう呼ぶのかは不明。お膳は大福茶とお煮染め、黒豆、たたき牛蒡の三種、そしてお雑煮。男は赤のお椀で、嫁さんは黒のお椀。しかしお雑煮は苦手。白みそはいいのだが中の頭芋がもうひとつ苦手!。削りかつをを多めにかけて食べる。

お雑煮が終わり、おせちをつまみながらちびりちびりと呑み出す。息子達も交えて日本酒やビール等各自好きな物をぐだぐだとしゃべりながら、年賀状をみたりして時をすごす。

Img_9237昼前になり、近所の氏神さんへ初詣。

まずは、家の向かいにある武信神社へ。
小さな神社だが、平安時代の始めに創祀された由緒有る神社。初詣の人達を迎えるため、
神主さんも白の狩衣でおられ、早速新年の挨拶。
いつもとは違う雰囲気に気もひきしまる。
本殿に参り、「家内安全」と「今年も良き年である」ことを祈願する。
京都で最も古いとされている、樹齢850年の御神木の榎も、青空にその枝をおおきく広げている。
子供の頃から慣れ親しんだ神社だが、元旦となると特別な静謐さが感じられる。

Img_9247続いて、御池通りの「神泉苑」へ行く。
もともとは平安京が造られたときの御苑であり、御池通の「御池」とはこの神泉苑をさす。
ここには小さな摂社だが「恵方社」が有る。
この恵方社は、毎年の恵方(良い方角)に向かい社の向きが変わる。
今年の恵方はと思い見に行くと、北北西の方向に向いている。
この社にも手を合わせる。

御池の廻りの「山茶花」が今きれいに咲いてます。

こんな感じで平和な元旦が過ぎて行きます。

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