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2007年3月の19件の記事

2007年3月31日 (土)

京都 桜逍遥(醍醐寺 霊宝館)


「おしなべて 花の盛りに なりにけり 山の端ごとに かかる白雪」

西行 山家集

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豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催したことで有名な醍醐寺は、現在でも京都有数の桜の名所です。
とりわけ、霊宝館の横にある枝垂桜は大きさ、枝振り、花の勢いともに素晴らしいものです。

左右に大きく枝をうならせた姿は、まるで大きく空を飛ぶ龍のようです。桜の雲をまとった龍です。
一枚の写真では入りきりません。上の写真よりまだ左側に大きく枝を張ってます。

はじめてこの桜を見た人達が、ため息の様な歓声をあげています。
そんな人々の羨望をものともせず、堂々とこの桜はどっしりと構えてます。人智を越えたなにかがこの桜には備わっています。桜の持つ霊気、狂気、神性すべてを持つ桜です。
その大きさ、幹の様子から見て、樹齢は180年を越えているといわれているのですが、人々の驚嘆を吸上げ、まだまだ元気な様子です。

私の中では、毎年ベスト1になる桜です。

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2007年3月30日 (金)

京都 桜逍遥(南禅寺付近)


「雲にまがふ 花の下にて ながむれば 朧に月は 見ゆるなりける」

西行 山家集

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南禅寺付近の清流亭にある枝垂桜です。この辺りは大きな邸宅や南禅寺の別塔が建ち並ぶ静かな所です。

ここに来た時は、もう夕暮れで西山に陽が沈みかけ、桜の上の部分には残照があたっていますが、足下あたりは薄暗くなっていました。花の下に立ち、上を見上げると花の間に上弦の月が光っていました。

「花鳥風月」「雪月花」等、日本人の自然に対する思い入れをあらわす言葉にあるように、「花」と「月」の組み合わせは心に響きます。

刻々と藍色から闇へと変わる空の色をバックに、月は段々と輝きを増し、桜の花もその白い色が浮かび上がって来る様子を暫しの間じっと見つめていました。

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2007年3月29日 (木)

京都 桜逍遥(御所 近衛邸跡)


「たぐひなき 花をし枝に 咲かすれば 桜にならぶ 木ぞなかりける」

西行 山家集

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御所の北側にある「近衛邸跡の糸桜」です。この辺りには20本位の糸桜があり、真白な花を付けるものや、薄桃色の花を付けるもの等色とりどりです。

樹齢から考えて、これらの桜が、洛中洛外図、愚管抄、謡曲「西行桜」に出て来る「近衛の糸桜」であるはずはないのですが、それを彷彿させる美しさと気品を持っています。

御所の中でも、先日載せました「出水の糸桜」とこの「近衛の糸桜」が最も早く満開となり、これらが咲くと春になったことが実感できます。この桜が散り始める頃、今度はソメイヨシノが満開を迎えます。このようにして京都の春は続いて行きます。

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2007年3月28日 (水)

京都 桜逍遥(永観堂 多宝塔)


「仏には 桜の花を たてまつれ わが後の世を 人とぶらはば」

西行 山家集

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東山にある永観堂の桜です。

永観堂は紅葉で有名ですが、その山の中腹にある多宝塔の側に大きな桜があります。
しかしこの桜、なかなか見るポジションが難しいです。
本堂からは見上げるようになってしまい、庭からは杉の木や紅葉の木がじゃましてもうひとつよく見えません。すぐそばの多宝塔からはかえって近過ぎてその側面しか見えません。
幼稚園の入口付近か、池中の弁天島ぐらいがベストのポジションかと思います。

しかし、遠目に見ると立派な桜です。隣の多宝塔と二つ並んでいる姿はなかなかのものです。

阿弥陀堂(ただ今工事中ですが。)におられる、「見返り阿弥陀」さんも、この花を見ようと振り向いておられるのではないかと思えます。

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2007年3月27日 (火)

京都 桜逍遥(千本釈迦堂 阿亀桜)


「花見れば そのいはれとは なけれども 心のうちぞ 苦しかりける」

西行 山家集

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千本釈迦堂にある「阿亀桜」です。
この桜のいわれとなっている阿亀(おかめ)さんは、鎌倉時代にこの千本釈迦堂を建てた棟梁の奥さんです。この棟梁が誤って4本の柱のうち1本を短く切ったため悩んでいた所、阿亀が枡組(屋根を支える枠を柱の上に組む工法)を組むことを提案し、それに従って工事が進み無事本堂が完成した。しかし、その上棟式の時、阿亀は世間に「妻の提言で本堂を建てた」棟梁との噂がたつのを防ぐため自ら命を断った。その阿亀の美徳をたたえ菩提を弔うよう、本堂の横におかめ塚がつくられ、その側にこの桜が植えられました。

いまは、阿亀塚に大きな像が作られ、満開の桜の様子をにこやかにながめておられます。

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2007年3月26日 (月)

京都 桜逍遥(御所 出水の桜)


「願わくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」

西行 山家集

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西行の歌のなかで最も親しまれている歌です。
西行は建久元年(1190)旧暦の2月16日に亡くなりました。今の新暦で表すと3月23日頃(3月30日とする説もあります。)になります。ちょうど今時分です。

この歌は西行の辞世の歌ではなく、亡くなる10年程前に作られた歌です。
ではこの歌を詠んだ春、西行はどの様な気持ちで花を眺めていたのでしょうか?

花が咲き、花が散る、それを愛でる喜び。それは同時に自分に訪れる死を、死を待つ自分を愛でることでもあったのでしょう。死することで初めて花と同化出来ると思っていたのでしょう。

そして、この歌通りに西行は花咲くこの時に亡くなったのです。

この西行の死に様が、日本人の潔くありたいという人生観とマッチし、桜に我が人生や心模様を写す風情がひろがっていったのです。

この季節、満開の花の下、しばしの間桜を眺め我が人生、我が心の奥底を今一度想って見ませんか。

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2007年3月25日 (日)

京都 桜逍遥(岡崎 武徳殿)


「白川の 春のこずえの うぐいすは 花のことばを 聞く心地する 」

西行 山家集

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先週の京都は、天気も悪く寒さも戻り、せっかくそこまで来ていた春も足踏み状態でした。
花の方も早咲きの桜は咲いたのですが、その後に続く花達が少なく、春を待つ心をじりじりさせました。

今日(3月25日)は午後から晴れ出し、青空が広がって来ました。岡崎を通ると京都会館の北側にある「武徳殿(武道センター)」にある桜が目につきました。六分咲き位です。

写真を撮りに花に近づくと、うぐいすの声が聞こえます。木の下に行き、周りを見渡すと、いました!
近づく私を見つけてか、その大きな目でちょっとこちらをみつめ次の瞬間には飛び去っていきました。

この武徳殿は以前は、京都芸大の音楽コースのキャンパスだった所です。その頃は、ピアノや管楽器の練習する音がが聞こえていました。今は竹刀の打ち合う音や、空手の掛け声が大会のあるときには聞こえるのですが、今日は大会はなく、かわりにうぐいすの声が響いていました。

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台北冬天又下雨(4)

朝9時前の飛行機に乗る為、6時前にモーニングコールで起こされる。

Img_9849急いで身支度をし、朝食代わりのサンドイッチを受け取りツアーの送迎バスに乗る。
バスに乗って朝食を食べながら、窓の外を眺めると今日は天気が回復している様子。1時間弱程で空港に着き出国手続きをする。飛行機の座席を見ると、帰りはエコノミーらしい。

Img_0300_1飛行機に乗り込むとやはりエコノミー。狭い。幸いエコノミーの一番前の席だった為、足はのばせる。
そして、アテンダントの人と向き合って座る事となる。彼女も朝早いため何回もあくびをしている。

離陸して1時間程して機内食。今度はチキンを選ぶ。しかしこれはあまりおいしくない。
それにさっき朝食を食べたばかり。途中でやめてビールを飲み出す。

Img_9851台湾のビールは軽め。日本のでいえばサントリーに似ているかな?

ビールを飲み終えたと思うと、「当機はまもなく関西国際空港への着陸態勢にはいります。」とのアナウンスがある。
「え〜っ、まだ2時間もたってないで!」。前にいるアテンダントに聞くと帰りは1時間50分らしい。
風向きによってそんなに違うものなのか?。そうしたら運賃やすしてもいいのになぁ・・・・

と思っている間に関空に着いた。入国手続きも無事終わり、荷物も無事着いて、税関も問題なく通る。
あ〜っ帰って来た。帰って来てしもた。

「はるか」で帰る為、切符を買い、発車時間を確認すると12時時46分とのこと。その時腕時計を見て、「時間があるな」と思ったが別に気にはしなかった。
それから、30分程して、壁の時計を見ると、13時前。「しもた」と思い腕時計を見ると12時前。
台湾と日本の時差を忘れてた。
あわてて、ホームへ走り13時16分の「はるか」に乗って京都へ帰って来た。

バタバタしていった旅行だったが、面白かったし、食事もおいしかったし、街も気に入った。
また、近いうちに再度行きたい国である。


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2007年3月24日 (土)

台北冬天又下雨(3)

3日目も雨。降ったり止んだり。でも今日は一日「故宮」にいる予定だし「まぁいいか・・・」。

Img_0279朝9時の開館に間に合う様、ホテルから「故宮」まではタクシーで行く。距離的には6㎞位だが、日本と違いタクシーが安い。初乗りが70元(約250円)以降300m毎に5元(18円)となっている。「故宮」までが175元(630円)。ただしこのタクシー相当飛ばす。雨のバイク等で混雑した道を平気で80㎞位だす。運転が荒いという感じはしないがスピード感は非常にある。よう事故おこらへんなと思う。「故宮」に着いた時、周りのタクシーの車体を見たがきれいなもんで事故った跡は見当たらない。恐るべし台北タクシー!

Img_0258_1昨日一度来ているので大体の感じはつかめているが、あらためて見ると「故宮博物院」はでっかい。地下1階、地上4階建てで、展示室だけで29室ある。それに少し離れたところに別館がある。ここに中国八千年の秘宝が展示されている。開館時間に来たがもうすでに人が並んでる。入館してすぐ日本語ガイドを借りに行く。それを耳に当て、まず3階からまわり出す。展示室は薄暗く、展示物に光が集中され浮かび上がった様な感じ。色がはっきりとして鑑賞しやすい。「大観展」の詳しい内容については後日書くとして、博物館の雰囲気を。
博物館を見ていると次から次へとツアーの客がはいってくる(昨日の我々のように・・)。そのガイドさんの説明を聞いていると興味あるパターンが2つある。一つは「感動押付型」・・・「ワーッ、これ奇麗でしょ。素晴らしいですねー。これ好きですよ〜。よーく見てくださいよ。・・・はいそれでは次ぎへ〜」。これは疲れた時に聞くと力づけられる。
もう一つは「知識披露型」・・・「これは乾隆帝の時代のXXXによって作られたもので、XX様式の特徴をよくあらわしています。この時代は・・・・・」と延々と続き、たまには「聞いてますか?」と注意もはいる。おもわずフムフムとなってしまうときがある。
この頃はガイドさんもワイヤレスのマイクを使って説明するので声が響く事もないが、面白そうなガイドさんが来るとそのグループにしばらくついてまわる。

Img_0266お昼は博物館4階にあるレストラン「三希堂」で食べる。博物館のレストランと思えない位雰囲気が良い。乾隆帝の書斎を復元したらしく落ちついたインテリア。席のしきりとしてその頃の本の複製が並んでおり、一見図書室の様。ここで食べたのは「牛肉湯」。あっさりした温かいスープ。ナツメの味がアクセントになりおいしい。それから「蝦のシュウマイ」と「山菜と豚のビーフンいため」「杏仁豆腐」「マンゴープリン」どれも博物館のレストランとは思えない味。美味しい。最近、新しい博物館・美術館はレストランに力を入れているがその中でもピカ一。
食べ終わったらまた再び展示室へ。こんな感じで朝の9時から見始め、見終わったのは午後4時を過ぎていた。さすがに疲れた。しかし眼福。満足した。帰りにミュージアムショップで大量のカタログを購入。日本に戻って重さを量ったら5㎏以上あった。大量の本を抱えて、再び驚異のタクシーでホテルへ帰る。

Img_0295ホテルに戻り一休みして、晩御飯に雨の街へでる。今度は地下鉄(MRT)に乗る。この地下鉄は京都よりもきれい。駅なんかの設備は進んでる。プラットフォームには乗車口毎にテレビが設置されて電車を待つ間を退屈させない。これはその時ながれていた画面。わかりますか日本の「なだそうそう」の広告です。台北では多くの日本のものを見る。特に便利商店(コンビニ)では日本の商品が軒並み。飲料関係の棚なんか見ていたら、日本にいるのか台湾にいるのかわからない位。

Img_0285晩御飯は「青葉(チンイェ)」へ。台湾料理の老舗。ここで食べたのは「菜埔蛋」。これは切干大根入りの卵焼き。切干大根は日本のとは異なり、ネギやにんにくでいためてあり黒っぽい搾菜の様な感じ。しかしフワーッとしており大根の甘みもありおいしい。続いて「カニおこわ」。椎茸や山菜の入ったおこわにカニがいっしょに蒸してある。ちょっと奇妙な味だが、カニもおいしくその味が染みたおこわもおいしい。山の味と海の味のコラボレーション。そして「桜花蝦絲瓜」。へちまと干しえびをいためたもの。へちまのとろみにえびの出汁がまじりおいしい。最後はお汁粉のようなデザート。これはサービスでついてきたので何の甘みかわからないが、かすかな甘みで上品。(持ってくるとすぐに小皿に取り分けてくれるので写真がうまくとれてない。)

台北で精一杯食べたが一皿一皿の量が多く、二人で食べるにはこれが限度。ここの料理は、大勢で食べなくては色々と味わえない。もっと色んなものを食べたかった!。しかしどの料理も美味しい。さすがグルメの国である。

Img_0253そして夜の街を歩いていて見つけたのがこれ。
これは信号。台北の信号は青になると、残り時間が表示される。50秒とか30秒とか。そして青になれば緑の人間のアニメーションが歩き出す。ここまではちょっと考えれば思い付くが・・・。
面白いのは、10秒を切ってから。やわら緑の人間が走り出すのである。一生懸命汗を出しながら走り出すのである。これは見ていてあきない。道を渡らず、この信号機の動きをおもわず見てしまった。
日本もこれにすれば受けると思う! しかし、日本でやれば、「こけたらどうする!」なんて文句が必ず出ると思うが。

こんな感じで最後の夜も終わった。

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2007年3月23日 (金)

台北冬天又下雨(2)

朝起きてホテルの窓から街の様子をうかがうと、今日も霧雨の様な雨が降っている。
歩いている人の服を見ても寒そう。
服を着込んで朝食に行く。昨晩寒かったので熟睡できず、食欲は余りない。粥とフルーツの軽めの食事。粥に揚げパンを割っていれ、それに適当に搾菜類をのせて食べる。フルーツは南国らしくドランゴンフルーツ、マンゴー等いろいろ並んでる。
2日目は嫁さんの希望に従い観光ツアーに参加する。

Img_9819最初は「忠烈祠」へ。
ここは日本でいう靖国神社。日中戦争、共産党との内乱等で亡くなった国民党軍の戦死者を祀った所。相手国だった我々日本人がここへ行くというのもちょっと考えてしまうが、難しい事は考えず、衛兵交替式を見る。ここの衛兵さんは陸・海・空軍から選ばれたエリート。身長は175㎝に統一され、イケメンであることが条件らしい。まるで人形のように立ち尽くし、また歩き出す。まばたきをしないので目が真っ赤に充血している人もいる。ごくろうさん・・・

Img_0120次は「故宮」。
明日一日かけてみるつもりだが、リニューアルされて中の様子がわからないので事前調査として付いて行く。きれいにリニューアルされており、新築ではなかろうかと思える。一緒に行ったガイドさんが美術系の人だったので、常設関係を中心に見て回る。「中国四千年の歴史」と思っていたが、表の垂れ幕には「八千年歴史長江」となっていた。いつのまにか+4000年になってしまっていた。
思っていた以上に人が多い。有名な「翠玉白菜」の前は黒山の人だかり。館内の配置を大体覚えて1時間程で退散。

Img_0129ここでお昼。お昼は「鼎泰豊」の小龍包。京都の高島屋にも支店があるが、はっきり言ってそんなに美味しくはない。人に聞くと台北の本店は別格とのことだったので期待度「大」。
まず「小龍包」。全く高島屋とは違う!!!。まず皮がもっとモチモチしてるが薄い。しかしツルンとしていて歯ごたえがある。中の豚肉はもっとジューシー。口の中にジワーッと広がっていく。そこへ付けたれの醤と生姜が混ざってウファウファの世界。これが一人前10個。続いて「菜肉蒸餃」。これはチンゲンサイと豚の蒸餃子。あっさりしていていくつでも食べられそう。そして「元盅鷄湯」。これは鶏のスープ。ちょっと薬膳の味がするがおいしい。再び点心に戻り「蝦仁蒸餃」。これも皮のモチモチ感がすばらしい。味も美々。
続いて「卵焼飯」。ふんわりして油の香りもして高島屋のとはまた違う。こちらの方が好みだなぁ。最後は「豆沙小包」。これは中に「こしあん」がはいった蒸餃子。甘さが控えめで、上品な味。嫁さんはこれも日本と餡が違うと言ってた。こちらのほうが後味が良いそうな。
日本での印象をがらっと変えた。日本の店の味では「鼎泰豊」の味を知った事に成らない。

Img_0211午後からは「中正紀念公園」へ。蒋介石を記念する公園で中央に大理石で作られた中正記念堂がある。その長い階段を昇った所に巨大な蒋介石の像が安置されている。ちょうどアメリカのワシントンにあるリンカーン像のようなもの。そこから眺める雨に煙る中正公園はなかなかの景色だった。

Img_0173最後に「龍山寺」。
台北最古の仏教寺院。日本の寺院と異なり、大陸の寺院独特の派手さがある。屋根には龍が四方に舞い、その龍に守られ多くの信者達が境内で祈りを捧げている。その手に持つ長い線香で境内は煙っている。廟建築の柱や壁に彫られているレリーフが素晴らしい。喧噪と絢爛が入り交じったお寺だ。この本堂の裏には、道教、儒教そして民間信仰による廟が幾つも建っている。それらの廟も多くの信者を集め賑わっている。京都にはちょっとこんな雰囲気のお寺はない。あえて、今まで行ったお寺の中からあてはめると、東京の浅草の観音さんに近いかなぁ?

Img_0227夜は士林の夜市にいく。雨にもかかわらず人が群がっている。夜市は、食べ物の屋台が集まっている広場とその他衣料品・雑貨の店とに別れている。 まず食べ物の屋台街「士林美食廣場」にはいる。フルーツジュース、おでん(台湾風)、焼きビーフン、麺、鶏の唐揚げ、牡蠣のお好み焼き等 色んな屋台がでている。店の人も観光客慣れしていて日本語メニューも準備してある。こちらも「いくら〜」と日本語でしゃべってしまう雰囲気。それで充分通用する。「鶏の唐揚げ」や「焼きビーフン」を食べながら人の流れにのって夜市のなかをブラブラと夜遅くまで徘徊する。庶民のバイタリティーがあふれた夜市である。

一日中、降ったり止んだりの天気だった。濡れて寒かった。こんな風に2日目は終わった。

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2007年3月22日 (木)

台北冬天又下雨(1)

3月18日から21日まで台北に行ってきた。
「故宮」で開催されている「大観展」を見るのが目的。
今回の旅行は突然思い立ち、会社で休みが取れたのを幸いに、ツアーに申し込んだのが3月13日、そしてチケットが届いたのが17日という本当にバタバタの旅行だった。でも行けるものですね・・・。

関空では、搭乗手続きにものすごく時間がかかった。テロ対策の為、ペットボトルの持込禁止となり、手荷物チェックのゲートが一つしか開いていない。お昼の12時頃は、パリ便や近隣アジア便が重なるためものすごい行列。まずうんざり!

Img_0061_2やっとチャイナエアーに搭乗すると、もうそこは「漢字世界」。チャイナドレス風のスリットのはいった制服を着たアテンダントの方が甲高い声で案内してくれる。なぜか、席はビジネスでジャンボの頭の部分。ゆったりとして快適な2時間30分(多分)がすごせそう。離陸するとすぐに機内食がでる。シーフードのプレートを選ぶ。味はまぁこんなもん。(しかし、ビジネスクラスとしたらしょぼい。エコノミーで乗っているからこんなもんだと納得できるが・・。周りも皆同じものを食べていた)
大阪発のため、「丹波黒豆だんご」が付いていた?

もらっていた、チャイナエアーの時刻表を見ていると、台北ー沖縄便はたった45分で着く。あらためて隣国だという感じがした。嫁さんは空港で買った旅行ガイドをあわてて読んでます。

現地時間で午後3時半頃、台北の桃園飛行場に着いた。(昔は中正空港と呼んだですが名前が変わったらしい。)
台北は雨です。霧雨の様な雨が降ったり止んだりしている。イミグレーションでジロジロ見られ、空港を出たのはもう午後5時頃。思っていたよりも気温が低い。暖かいだろうと思い半袖類しかもってきてないのでこれはこたえた。ちょうど京都が寒かったので、ウインドブレーカーを羽織ってきたのが不幸中の幸い・・・。現地のガイドさんも冬に戻ったといっている。暖房(ホテルや店や車に)が無い台北では重ね着しか暖まる方法がない。

Img_0123_4高速道路を抜けて台北の街に入ると、いつものアジアの国の風景が目に入って来る。刺激的な色合いの看板、車の間をすっ飛んで行くスクーター、薄暗い路地、この猥雑さが好きだ。

ホテルはちょっと街の中心からはずれた所にある、「三徳大飯店」。近代的な奇麗なホテル。部屋に入るとやっぱり冷房が効いている。部屋の中でも服が脱げない。荷物の整理をそこそこにして晩御飯を食べに街へでる。

雨の中、ホテルから歩いて目的の店を目指す。台北の街は歩きやすい。建物毎に番地が書いてあるので住所さえわかればたいていの所へ行ける。ただ歩道に段差がある(10〜20㎝位)。一軒一軒何故か歩道の高さが異なる。上を向いて歩けば必ずころぶ。

街を歩き出すと、台北の街の臭いに気付く。ちょっと酸っぱい様な感じの匂いがどこからともなく臭って来る。路地を渡る度に、個々には微妙に異なるが、ベースは同じ感じの匂いがする。時にはそれにあの「臭々豆腐」の腐った様な臭いやお茶の臭いが入り交じる。それらの臭いが鼻の奥にねっとりとまといつく。

薄暗い路地や、原色の光が輝く店の前を通り、目的の店に着く。「明福台菜海産」。この店は台湾海鮮料理の店でこの頃日本の雑誌なんかにも時々載っている。「休息中」の札が出ていたが、戸を開けると優しそうなおじさんが席に案内してくれる。20席位の小さな店。一見どこにでもある様な普通の店。
ここで食べたのは3品。

Img_0079「九香瓜子」。あさりと香草の炒め物。あさりのだしと香草のにがみ、唐辛子のピリピリ感そしてすこし魚醤の塩からさがきいている。全体にあっさりとした感じだがひとつひとつの味が野太い。にんにくなんかまるっぽはいっているがぜんぜん気にならない。どんどん食べられる。香草がおいしく、おっちゃんに名前を聞いたら漢字で「九層塔」書いてくれた。わからん!

Img_0083「三杯土鶏」。鶏のぶつぎりをいためたものが鍋ごと運ばれてくる。またおっちゃんがが酢味のまざったたれによく混ぜた後、取り分けてくれる。日本の鶏とちがい、柔らかい鶏肉ではなく、地面をけっていた鶏の歯ごたえとこくがある。これにも先程と同じ香草が使われている。箸をすてて手でつかんでしゃぶりつく。
「土施魚湯」。この店には「仏跳牆(ブットビスープ」といわれる人気のスープがあるらしいが、予約のみの取扱い。だから、そのメニューの下に書いてあったこのスープをたのんだ。出て来たのは土鍋にはいったもの。鰆の香油で揚げたものと白菜を煮込んだ絶品のスープ。出汁はなんか他の魚の出汁らしく、それにいろんな香味がまざっている。おっちゃんがその説明をしてくれるのだが「扁魚」というのは何かわかない。しかし、ただただ美味い! 軽くて、かつコクがあり他の野菜や魚とのハーモニーが見事。
デザートは西瓜。日本のより少し甘みは薄いが、この料理にはよく合う。
まわりは地元の10人程のグループが盛大にやっている。甲高い中国語(台湾語?)がビュンビュンとびかっている。もう一つの日本人のグループと我々がおとなしく、たまに「うーん!」とか「うまい」とかささやきながら神妙な顔をしてたべている。なかなか面白い風景。
やはり、中華料理は大人数でたべなくっちゃ。もっと色々と食べてかったが二人ではこれが限界。
これで料金は1700NT$(約6100円)。満足のいく料理でした。美味美味。謝々。

こんな感じで一日目が終わり、ホテルにかえって寒さに震えながら寝た。

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2007年3月16日 (金)

京都 桜逍遥(枳殻邸)


「いかでわれ この世のほかの 思い出でに 風をいとはで 花をながめん」

西行 山家集

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東本願寺の別邸である「渉成苑(枳殻亭)」に咲く早咲きの桜です。

「渉成苑」は京都駅の近くにあり、東本願寺の御門から、真っすぐ東へ5分位の所にあります。
昔は周りが枳殻(からたち)の生垣で囲われていた所から「枳殻亭」とも呼ばれています。
街の真ん中にあるとは思えない程、緑にあふれた池泉回遊式庭園で、春の桜、秋の紅葉と一年中落ち着いた雰囲気が楽しめる場所です。観光客も少なく、昼休み等に気分転換したい時にはちょっと憩に行ってます。

この桜は庭の北の部分にある「傍花閣(ぼうかかく)」という珍しい建物の横に咲いてます。
「傍花閣」は門のような形をした建物で、一回部分は通り抜けができるようになっており二階に小さな部屋がある様子です。ちょっと不思議な建物です。

この日は寒波もゆるみ陽も照ってきたので、ミツバチ達も満開の花の周りに寄って来てました。

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2007年3月15日 (木)

京都 桜逍遥(京都御所)


「わきて今日 逢坂山の 霞めるは たち遅れたる 春や越ゆらん」

西行 山家集

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京都御所内の烏丸今出川近くにある「近衛邸跡」にあるしだれ桜です。
まだ、開花はしてませんが、花茎がのび、蕾もふくらんできて、木全体が薄桃色になっています。
あと4〜5日位で咲き始めると思います。

この花には、強烈な印象があります。
学生の頃、友人の下宿に泊まり込み、家へ帰る途中、まだ日も充分に昇っていなく(多分朝の6時頃だったと思います。)近道をしようと御所を抜けていた時、丁度この花に出くわしました。
薄暗がりの中に、ボーッと花全体が浮かび上がる様な感じがして、その美しさに息をのんでその場に座り込み花を見上げていました。
やがて、陽が昇り朝日に花びらがキラキラとかがやいて行く様子はこの世のものとは思えませんでした。

桜の花の持つ得体の知れない独特の雰囲気をはじめて教えてくれた木です。

それ以降、この季節となると、まだ咲いていないことがわかっていても、このようにして見に来ています。
もう少しで、また今年もこの花に会えるかと思うと、おおげさですが生きていてよかったと感じます。

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2007年3月14日 (水)

京都 桜逍遥(長徳寺)


「おぼつかな いづれの山の 峰よりか 待たるる花の 咲きはじむらん」

西行 山家集
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出町柳の「長徳寺」のおかめ桜です。
人通りの多いターミナルの道筋にある桜なんですが、案外皆さんちらっと見るだけで通り過ぎていかれます。目立っているのですが・・・。皆さんいそがしいのかなぁ・・・・・。
今満開です。

風は強く、冷たいのですが、前を流れる鴨川の水は心なしか春めいた光に輝いています。
川岸の水際に立つ鷺も気持ち良さそうに歩き回ってえさをついばんでいます。

京都を廻る山の向こうに、新しい春が隠れている様な気がします。

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2007年3月13日 (火)

京都 桜逍遥(知恩寺)


「いまさらに 春を忘るる 花もあらじ やすく待ちつつ 今日も暮らさん」

西行 山家集

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ここ2〜3日、おもわぬ戻り寒波に桜の花も縮んでしまったかの様な京都です。

ここは百万遍にある「知恩寺」です。このお寺で鎌倉時代末期に行われた「百万遍念仏」にちなんでこの地が「百万遍」と呼ばれるようになったとされています。お寺の本堂の中には、大きな数珠がかざってあります。
このごろは、 毎月15日に開催される手作り市が人気になっており、それを目当てに訪れる人も多くなっています。しかし、平日は静かなお寺です。
ここの桜も早咲きで有名です。

花冷えの中、可憐な花を咲かせてます。

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2007年3月12日 (月)

京都 桜逍遥(車折神社)


「山の端の 霞むけしきに しるきかな 今朝よりやさは 春の曙」

西行 山家集

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暖冬のせいで、今年の桜は例年になく早そうです。
もうちらほらと早咲きの桜が咲き、その周りには一足早い春の雰囲気が漂っています。
この春の輪が日に日に広がって、やがて京都は桜の花に包まれるようになります。

そんな京都の様子を「西行」の歌とともに巡って行きたいと思います。

西行は平安の末から鎌倉時代にかけての歌人で、桜の花をこよなく愛し、多くの歌を残しました。
花を待つ間に焦がれ、花の色に人生のうつろいを見、散り行く花に生きることの哀しみを詠いました。

西行の時から幾度となく花は咲き、散っていき、京都の街の様子も変わってきましたが、花を愛でる心はかわりません。

街を歩いていてふと目につく桜や、昔の記憶の中に残っている桜を追いかけて、今年の春を過ごして行きたいと思います。

これは車折(くるまざき)神社の河津桜です。
車折神社は嵐山の近くにある神社で、清原頼業公を祀っています。後嵯峨天皇が嵐山へ御行幸された時にこの社の前にて、御召車の轅が折れたので「車折神社」と呼ばれるようになりました。
また、この神社の摂社に芸能神社があり、多くの芸能人の玉垣が奉納されていることで有名です。

頼業公は桜を愛したために、境内に多くの桜が植えられており、そのなかでもこの河津桜は京都の早咲きの桜として有名です。濃い桃色の花がひときは早春の景色の中に、華やかさを添えています。

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2007年3月 6日 (火)

「山辺の道」古(いにしえ)の奈良の神々(その2)

「崇神天皇陵(すじん)」横のトレイルセンターでお昼を食べ、30分程休憩してからまた歩き出した。

Img7098崇神天皇陵は全長240m位ある大きな前方後円墳で、周りには壕があり、満々と水をたたえている。
陵の森は所々桜が咲いているが、全体は黒々とし、なにか不気味な感じがする。
崇神天皇は実在した最初の天皇だと言われているが、確かな事ではない。またこの古墳も作られたのは4世紀頃で記紀のいう崇神天皇の亡くなった頃(約3世紀中頃)と合わないが、そこの点は神話の世界としておく。(宮内庁が管理している「天皇陵」は、江戸時代の調査結果を基にして制定されたもので、現在の考古学での結果とは相容れない天皇陵が散見される。特に古代の天皇陵に関しては疑問視されているものが多い)

Img_9695崇神天皇陵、景行天皇陵をすぎると再び野の道となる。

梅が咲き誇る道端には、いつの時代のものかわからない石仏が点在し、その仏前に黄色い菜の花がそなえてあった。

この辺は邪馬台国近畿説における邪馬台国の地、卑弥呼の墓とされる「箸塚」が少し西にある。邪馬台国の時代に、このあたりで卑弥呼が鬼道を行っていたと想うと、感慨もひとしお。

しばらくすると相撲発祥の地とされる「相撲神社」がある。どんな神社かと興味が有ったが、小さな祠があっただけで、ちょっと肩すかし。

崇神天皇陵から約1時間余りで「桧原神社」に着く。

Img_9714この神社は「元伊勢」とも呼ばれ、天照大御神が宮中を離れ、伊勢に鎮座するまで祀られていたとされる神社。この神社の御神体は三輪山であり、社殿はなく、神域との境界線を示す「三輪鳥居(鳥居が3つ連なった形式)」が瑞垣のなかにポツンと立っている。また、この神社の入口には「注連柱」が立っている。注連柱とは、二本の生木の間に注連縄を渡し、神社の境界線としたもの。現在よくみられる鳥居の原型と考えられている。旧い神社形式が見事に残った神社である。

Img_9723道はここから神山である三輪山の麓をまわりこむ。人が入り込む事を拒否して来た森の外縁に続く細い道を「大神神社」へと進んで行く。
約30分程歩くと、摂社である狭井神社に出る。この辺りまで来ると参拝の人が増えて来、やがて「大神神社(おおみわ)」に着く。

「大神神社」は大和国一宮で、大物主を祀っている。御神体は三輪山。そのため本殿はなく拝殿のみがある。
古の時代、日本の神々は山の磐座(いわくら)や大きな木に依りつくものであり、神社はその祭事の際に設けられる物であった。そして祭りが終われば神はその依り代から去って行き、祭壇も壊されていた。
それが仏教の影響もあり、神が依り代に常に鎮座するようになり、それを常に拝むために常設された遥拝所が設けられるようになった。これが初期形態の神社である。この時代、神はあくまでも山中の磐座に鎮座されており、御神体は山となる。神社内の本殿に鎮座するようになるのは、もう少し後の頃からである。

この山辺の道にある神社達、石上神社・桧原神社・大神神社等はこの古の神社の形態を色濃く残している。

Img_9726ここにも「注連柱」が立っている。

この大神神社はまたお酒の神様ともされており、境内にある「巳の杉」の葉で作った「杉玉」が酒屋のお守りとして軒下や酒倉につるされるようになったとされている。

この神社の門前には、特産の三輪そうめんの店があり、多くの人で賑わっていたが、時間の都合で今回はあきらめる!!

大神神社を過ぎるとあとは桜井まで平坦な道が続く。
「金屋の石仏」を通り、泊瀬川(はつせ)の川縁を下っていくと約30分ほどで桜井の駅に着く。ここが終点。

天理から桜井まで約16㎞。6時間程かけて歩き通した。
古の神々の姿を想いながら、万葉の歌人達の声を聞きながら、花と鳥のさえずりの中を歩き続け、心地よい疲れと満足感が残った。

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2007年3月 4日 (日)

「山辺の道」古(いにしえ)の奈良の神々(その1)

友人に誘われて「山辺の道」を歩きに行った。
奈良盆地、東の山裾の古道を「天理」から「桜井」まで約16㎞、周りの景色を楽しみながら歩いて行く。この道には多くの神話の神々が鎮座された古社や古墳がある。この神々の息吹や古人の足跡を感じに行くのも楽しみの一つ。

まず、天理まで近鉄に乗り、天理駅から早速歩き出す。天理教の本部があるだけに法被を来た人達が多く歩いているアーケードを抜けて、天理教の本部の前を通り「石上神社」へ向かう。

Img_9677駅から30分位で、「石上神宮(いそのかみじんぐう)」に着く。この神宮は4世紀の頃の創建で、御神体は「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」。すなわち大和国家成立時に使われた剣。神社のパンフレットには日本最古の神社とある。祭神が剣であるだけに、武器についての伝承が多い。歴史の教科書なんかにのっている「七支剣(ななつさやのたち)」はこの神社にある国宝。一説には大和朝廷の武器庫の役割をはたしていたといわれている。

Img_9679杉木立に囲まれた神社の境内には、鶏が離されている。これが「若冲」の描く鶏そっくり!。画から抜け出した様な鶏。色鮮やかで目付きも似ている。しばらく鶏と遊ぶ。

本殿にお詣りし、道を先に急ぐ。

「石上神宮」を出て少し登りになるが、15分位で「内山永久寺跡」に着く。この寺は平安時代に創建された大寺院であったが、明治の廃仏毀釈によって廃寺となった。この運動の凄さを思い知らされる。残っているのは庭の池だけ。

その後道は蜜柑畑や畑の中を続く。空は絶好の天気で、3月の初めにしては異様に暑くなって来た。たまにすれ違う人の中にはTシャツ姿の人もいる。

Img_9704花も満開。梅、桃、そして桜!。梅と桃を一緒に見る事は多いが、そこに満開の桜があるのはちょっと異様。白い花では遠目には梅か桜かわからない。

30分程して「夜都伎神社(やつぎ)」に着く。この神社はこのあたりの産土神が祀ってある。ここの本殿はちょっと変わった藁葺きの建物。奈良の春日神社となんらかの関係があるらしいが詳しいことはわからない。

このあたりから古墳が多くなる。歩いているあちこちに饅頭形の小山がある。そばへ行くと「XX古墳」と標識がたっている。しかし古墳は大方が段々畑になっていたり、梅や桜の木が植えられたりして我々が思う様な古墳の形はしていない。長い時間の間に忘れ去られてしまったのだろう。

Img_9689道のあちこちには、近くの農家の人たちが無人販売所を設けている。周りに栽培されているイチゴ、はっさく、そして野菜などが一袋100円でいくつも売られている。嫁さん達は一つ々を覗いて行く。「これは安い!」「これは京都の方が良い!」等見定めている。どうせ荷物になれば持たされるのは、我々男連中に成る事は明白なため、少しでも先に延ばそうと「遅なるで・・・」と先を急がす。

この道には所々に万葉集の歌碑がたっている。そのうちの一つ。
「衾道を 引手の山に 妹置きて 山道を行けば 生けりともなし」
柿本人麻呂が亡妻を偲んで詠んだ歌。このあたりは埋葬地への道といういみで衾道と呼ばれたそうだ。

イチゴ畑の間を抜けながら、歩いて行くと、たまに集落に会う。この集落も風格があり、白い土塀にかこまれた立派な家が多い。そのひさしの柱の太さに感心する。

Img_9694途中大きな池の側を通ると、水面に何か赤い筋の様な物が浮かんでいる。何かなと思い見ているとそれは動いてこちらへ進んで来る。おもわずじっと見ていると、なんとそれは金魚の群れ!!何千匹かの金魚が群れをなして泳いでいるのである。水のなかの赤い雲のような感じ。水が温んだせいか、気持ち良さそうに泳いでいる。これはきれいだった!

やがて、目の前に大きな森が見えて来る。「崇神天皇陵」である。この手前にある「トレイルセンター」という休憩所でお昼にすることにする。
天理駅から約8㎞。丁度半分くらい。道半ばである。(続く)

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2007年3月 3日 (土)

この羊はうまい!「ガスパール ザンザン」

今日のお昼はGaspard Zinzin。

新町錦にあるガッツン系のフレンチ「ガスパール」の姉妹店。ワンプレートランチが人気で予約が難しいらしい。以前出来た頃は予約を取らず店に到着した順であった。その頃は10分待ち位で食べられていたが、だんだん30分待ち、1時間待ちがざらになり足が遠のいていた。それが昨年(?)予約制になったらしいので、今日、来週の予約をしようと電話したら、本日空いているとの事なので、さっそく予約した。

店に入るとまず、表のソファーに案内される、この椅子にすわるのはちょっと気恥ずかしい。ガラス戸一枚で表通りと面と向かうことになる。この辺知り合いも多いしと思ってるとすぐにカウンターの方へ案内された。

メインを8種類の中から選ぶのだが、種類は以前来ていた頃と余り変わってない。
確か、羊がおいしかったと覚えていたので「羊ミンチ肉のトマト詰ロースト」を選ぶ。嫁さんは「豚バラ肉の塩漬けテリーヌ仕立て」。

この店(本店の方でも)いつも感心するのは、シェフ(内野さんだったかな?)の指導が店の端々までピッシと行き届いていること。サーヴィスも料理も細かく目を光らしている。(一見恰幅からみて怖そ〜)
フランス人のお兄さんも日本語がうまくなっていた。

Img_9661今日のスープはミネストローネ。ここのはトマトの味はしないが、具沢山のうまみとコンソメのコクがおいしい。さてメインの羊だが、ここの羊は羊らしい味がする。ちょっと匂いがあって肉がコリコリする様な感じ。色んな所で羊を食べるが、所によっては何の肉を食べているのかわからないような料理が多い。やはり羊らしい味がしなくては!。肉でも牛は牛、馬は馬、羊は羊の味がしなくてはおいしくない。食べた後に口にあの匂いが残る様な感じが好きだ。それをワインで流し込む。ここの羊はそういう感じ。おいしい。
嫁さんのテリーヌもちょっと分けてもらったが、これもおいしかった。肉とコンソメの塩かげんが京都風。

Img_9664デザートはおなじみのグレープフルーツのプリン。プリンとジュレとシャーベットの三層重ね。これは好みとしてはプリンとジュレの二層がベストだと思っている。グレープフルーツの酸味と苦味がプリンとジュレで分かれて口の中にひろがる。それも時間をずらして!。しかしシャーベットはちょっと味が中途半端。もうちょっとアクセントがあったほうがいいと思える。それと飲み物は紅茶が合う。ここのはグレープフルーツティー。この取り合わせは何回食べても飽きない。

こんなけ食べて1300円(グレープフルーツのプリンにすれば1000円。ジュレとシャーベットはオプション)。この味、このサービスでこの値段には頭がさがる。昼はZinzin,夜はガスパールの組み合わせがいいなぁ。

*ガスパール ザンザン
  京都市中京区六角通新町西入る西六角町
  Tel 075-222-1911

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