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2007年4月 6日 (金)

「近世 都の工芸」 京都文化博物館

京都の凄さを再認識させられた展覧会であった。何も京都が一番という気はないが、やはりこの街に根付いている伝統の重み、永年蓄積された美意識、それらは他の街ではなかなか見られないものである。日常そのような事は余り気付いていないが、あらためてこのように見せつけられると、この土地で生まれ育った事が良かったと思える。

Img_kinnse794年に平安の都が築かれてから明治に入り東京へ移るまでの約1000年間、この地は色々と体制は変わったが、政治の中心の一つであった。それはまた、この地が権力と結びついた宗教の中心であったことでもある。権力と宗教の集まった所には、情報と富が集まって来る。そのような環境の中で、権力者階級において熟成された美意識はゆっくりと庶民にも広がり、それが近世、消費が拡大するにつれ大きく花開いて行くことになる。

今回の美術展で面白かったのは、光悦、仁清、光琳、乾山等の大家の作品ではなく、名もない職人達の作品や、生活や街の様子を示した資料。(光悦、仁清等の作品がつまらないということではなく、過去に何回も見たものが多かった。)

Img_bigまず、展示室にはいって目についたのは「洛中洛外図屏風」(狩野孝信)。
洛中洛外図屏風は今まで多くの作品を見て来たが、これは初見。この屏風の特徴は、店や通りの様子が主題である事。右雙は祗園社から五条大橋(今の松原橋)までの様子。左雙は内裏から南の様子(新町通か室町通かな?)。画像は部分で左雙の1扇、2扇。

南蛮人がふらふらとそぞろ歩きをしているし、それを見て子供達が後を追いかけている。店口では呼び込みの女達が客の応対をし、道行く女達は嬌声をあげている。今の繁華街の様子と基本的には変わっていない。
洛中洛外図とか絵巻とかは好きな画題である。昔の人々、特に庶民の生活が描かれたものは理解しやすく、生活をかいま見るようで興味が尽きない。その頃の街のざわめきが聞こえて来るようだ。

Img_mise続いて、「職人尽図」。この画題の絵も色々ある。この歴博本は全部で12枚の構成。今回展示されているのはその内の8枚。江戸初期の京都の職人の様子を克明に描いている。当時の生活を知るのには絶好の資料。

画像はその内の「向縢師(ムカバキ)」。向縢師とは皮細工師のことで、武士が馬に乗るときにはく乗馬ズボン(覆い)を毛皮で作る職人。この時代、デザイン的にも派手なものが好まれたようで、店先に飾ってあるものには色鮮やかなものが多い。毛皮も虎の毛皮が飾ってある。この時代でも大層高価なものだったろう。今で言うブランド品かな。
この頃になると、海外からの製品も一部の特権階級だけではなく、一般人でも手にはいるようになっていたことがよくわかる。

今回展示されている、8枚の「職人尽絵」を見ていて感じる事は、女性が多く働いている事である。「向縢師」「機織師」「型置師」「扇師」「檜物師」「畳師」等、職人とよばれて働いている人々の半分は女性である。この時代、家内制手工業が盛んになって来て、職人とよばれる職業が多くの分野で確立した。その半分近くが女性であったということは、特筆に値する事である。描かれている女性のなんとバイタリティにあふれていること。

また、江戸時代の京都で刊行された「京雀」等の町案内図書が展示されていた。今で言う「タウンページ(職業別)」です。
思わず、我家を捜しましたね。我家は江戸時代薬屋だったそうです。残念ながら載っているのかいないのかわかりませんでした。

この資料類は、この頃から色んな職業があったのがわかるし、またそれが旧市内に広くひろがっていた事がわかる。これはおもしろかった。
この頃の京都は、政治、宗教の中心地であると同時に、商業、工芸の中心地でもあったことが実感できた。

チラシにあるように、光悦、仁清、光琳、乾山等の作品や漆器、着物、京焼等の名品も多く展示されており、歴史的な資料類も多く展示され、非常に興味深く見られた展覧会であった。

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