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2007年4月18日 (水)

「桜舞う、醍醐寺展」醍醐寺霊宝館

ちょっと前だが、醍醐寺へ桜を見に行って、醍醐寺の寺宝を納めた「醍醐寺霊宝館」へ寄って来た。

Img_daigoji醍醐寺は歴史のあるお寺だけに多くのすばらしい美術品を持っている。

この桜の季節、その中から桜に関する優品を展示していた。

ここで俵屋宗達の「舞楽図屏風」と再会した。
今まで京博等で何回も見て来たが、その度にこの屏風の持つ不思議な感覚に感心している。宗達の不思議の世界に浸れる会心の屏風である。

二曲一双の屏風で下地は金箔。
この時代、金箔を使った画は多かったが、それは豪華さや派手さをねらったものが大半である。特に狩野派の障壁画や屏風等がそうである。しかし宗達の金箔には、それらとは異なった雰囲気がする。「風神雷神図屏風」においてもそうだが、ある種の別世界を表しているような感じがする。
その世界は、金のもつ神秘性、魔力に象徴される現実味を越えた空間である。

Img_soutatuその異空間に宗達独特の感覚で選択された舞人達が配置される。
まず右雙(上の画像)には左側には緑と紺色の衣装を付け、二人で舞う「納曾利」。右側には老人が白装束で不老不死の薬を求める姿を描く「採桑老」。左雙(下の画像)の左下には輪になって舞う「崑崙八仙」。右上には蛇を捕まえて喜ぶ赤色の服を着た「還城楽」。右下には龍の面をかぶった「羅陵王」。
そして、右雙下には和太鼓(幔幕の後ろに上部だけ)、左雙左上には松(ほとんど根の部分だが)が相対する様に描かれている。

舞楽に関しては、余り知らないが、幾多ある舞楽の中から、この五曲の舞人が描かれているのは何故だろう?
見る感じ、踊りの持つ呪術性をこの金箔の異空間に描くことでこの画の持つ不思議性を高めている。

また、この画の構図においても、宗達独自の工夫がされている。
この画には2つの対称となる線がある。
右雙の右上角から左雙の左下角を結ぶ対角線と右雙・左雙を区分する線である。これらの線の対称の位置に舞人が描かれている。微妙な位置関係で彼らは舞い、そしてその視線は、対称の相手方を外した方向の舞人を見ている。このシンメトリーとそれを外した視線が、この画に不思議な不均衡さを感じさせている。

ともあれ、私にとっては見れば見る程不思議な感じがして、謎が謎を呼ぶ感じの屏風である。

宗達以外には、歌麿の「太閤五妻洛東遊観之図」(太閤醍醐花見の図)、国宝の「五大尊像(五つ全部)」等、国宝、重文級がずらりと並んでいた。
桜と共に「眼福、眼福」

*世界遺産醍醐寺展 「桜舞う、醍醐寺」
  醍醐寺霊宝館
  3月24日〜5月6日

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