「都のうつわ」展 京都市考古資料館
今出川大宮を東に向かった所に、大正時代に建てられた風格の有る建物がある。
その前には「西陣」と彫った大きな石碑が立っている。
この建物は昔の「西陣織物館」で、今は「京都市考古資料館」となっている。
ここで開かれている「都のうつわ」展に行って来た。
この資料館は京都の埋蔵調査で発掘された物を展示している。
京都では条例により、遺跡のある場所に400平米以上の建物を立てる場合遺跡調査が必要とされている。といっても1200年の歴史が有る土地、ほぼ全域がなんらかの遺跡として指定されている。よって大規模な建物を建てる場合は必ず調査され、そこから発掘されたものにはすばらしい物が有る。
今回は「うつわ」関係が約2000点ほど展示されている。
あの狭い所にそんな大量の陶器をどうやって展示しているのだろう? と思い入ってみると、なるほどケースの中に山積みにされている。
平安時代の皿なんか10枚〜20枚位が重ねて展示してある。それがケースの中に隙間なくビッシリと展示してある。その大胆なやりかたに驚くとともに、これだけ多くの良いものが(これでも一部。)地中に埋もれていると思うとため息の様な物が出る。
そんな中から目についた物を。
まずは、中国は龍泉窯の青磁。龍泉窯は南宋の時代に盛んに焼かれた青磁。グレーかかった緑の色が落ち着いた感じをかもしだす。先月行った故宮にもその優品がいくつかあったが、これも負けず劣らずの優品。傷も無く状態はすこぶる良さそう。これは烏丸六角を下がったところで発掘された。よく歩き回っている付近である。これからあの辺歩くとき、踏む足に気をつけよう。
発掘された物を見ると、伝来ものも多く有る。中国はもとよりタイ、ベトナムの陶磁器もある。時代的には室町位だとおもうが、当時の京都のインターナショナルな性格が実感できる。
これは発掘された「織部」の向付け。江戸時代のものだと思えるが、同時期の発掘されたもののなかでは「織部」の量が多い。
桃山時代、古田織部によってお茶のちゃわんとして考案された織部焼。その斬新なデザイン、明快な色が好のまれ、向付けや皿等の食器類までひろがって行った。また型にはめて成形したため大量生産に向いていた。そのような理由から、当時のしゃれた食器として、ひろく使われていったことが想像できる。
こんなん一つ持ってたら、何の料理を盛るだろう。この時期だったら、やっぱりタケノコの煮いたんなぁ。?
「ここ掘れワンワン」じゃないけれど、掘って見つけられるのなら我家の庭も一度掘ってみようか!!!
あまり知られてなく、訪れる人も少ない資料館だが、陶器の好きな人にははずせない場所である。
| 固定リンク

コメント