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2007年5月26日 (土)

「若冲展」 承天閣美術館(その2)

第二室に入ると正面に「釈迦三尊像」があり、その周りを15幅ずつの「動植綵絵」が左右に並んでいる。

Img_jyaku1釈迦三尊像は向かって左から「普賢菩薩像」「釈迦如来像」「文殊菩薩像」。
この釈迦三尊像、もとは東福寺に伝わる中国の古図を若冲が模写したもの。その為か、菩薩の衣服が中国風のあでやかさを持っている。また顔付がまこと人の顔に近い、

釈迦を中心に左右対称に見事に描かれている。普賢菩薩の乗る白象と文殊菩薩の乗る緑の獅子の色の対比も目に刺激的。

Img_jyakutyu8_2Img_jyakutyu9_1「普賢菩薩」側は「老松白鳳図」から始まり、「牡丹小禽図」、「梅花小禽図」と続く。「文殊菩薩」側は「老松孔雀図」、「芍薬群蝶図」、「梅花皓月図」と続く。
今回楽しみにしていたのが、これらの「動植綵絵」の並ぶ順番。相国寺側には、確実な記録は無く最初は「老松白鳳図」と「老松孔雀図」から始まる事位しかわかってない。
このような並びで見てみると、「釈迦三尊像」が非常にシンメトリーに描かれているのに、この2幅はあまり対称性を持たない。色が同じである意外に対称性はなく、両者(羽)共に右側を向いている。
しかも、「老松白鳳図」が描かれたのは若冲が父親の27回忌に24幅の「動植綵絵」を最初に寄進した後。そうすれば最初若冲どの様な並びを考えていたのだろう。この「動植綵絵」に関してはその並び方に対してまだまだ不思議が残る。

Img_jyakutyu3_1Img_jyaku2そんな「動植綵絵」の中から対となるものをいくつか。
まず「梅花晧月図」。同じ絵は昨年バークコレクションで見ているが、どちらかと言うとこちらの方が状態も良いし、色の濃淡もこちらの方が素晴らしい。
月光に照らされて、一輪一輪の梅の花が透き通る様な美しさを見せている。梅の香が漂って来る様な濃密な感じがする。しかしこの枝振りは若冲独特の世界である。特に真ん中下側から奥へのたうつ様に伸びる枝は何かをからめとろうとしている様に思える。他の梅花図と比べ多く描かれている緑青で描かれた苔がこの画をぐっと引締めている。
これに対応する画として「梅花小禽図」があるがそちらの方は鶯と流水が描かれており、画に動きが生じている。どちらかというと凝縮された空間を示す「梅花晧月図」の方が好み。

Img_jyakutyu4Img_jyaku3次は「雪中錦鶏図」。この画、他の画とはまた異なったボリューム感を感じる。なにか非常に粘着的な圧迫感の様なものである。
榧の木の鮮やかな緑。下部にひろがる椿の花の濃密感。葉に積る雪や降り落ちる雪は春先のボタ雪の様な感じで今にも溶け出しそうな雰囲気。まだ雪は残っているが突然に狂った様な暖かい日が訪れる事が有る。そんな感じ。今まで張りつめていたものが、弛緩し形を持たないものへ変わって行く変化がこの画の特異な魅力となっている。
これに対応していたのは「雪中鴛鴦図」。この画も同じ様に粘着性のある雪を描いている。今まで日本画で描かれていた雪は、清冽な雪、冷え冷えとした雪、降りしきる雪等であったが、若冲にかかると雪さえも今までと異なった温度の雪のように描かれている。

Img_jyakutyu5Img_jyaku4次は「群鶏図」。この画には13羽の鶏が描いてある。数としては何故ここまで多くの鶏を描かなければならないかわからない。何故13羽なのか??。また、この鶏の羽根は一枚一枚が若冲独特の細密さで丁寧に描かれている。にもかかわらず、顔は大胆のデフォルメされている。しかも、一羽一羽はお互い「我、関せず」てな調子で、そっぽを向いている。これだけ込み入った空間に鶏を閉じ込めて、お互いを意識させない構図にする。若冲の真意がはかれない。
しかし、白黒の羽根のグラデーションの美しさ、鶏冠の赤の鮮烈さに惹かれ、この画から目をはなすことはできない。
これに対するのは「大鶏雌雄図」。こちらは2羽の雌雄が描かれている。こちらもじっくりと見ると雌雄の目が合っていない。両図とも背景には何も描かれてない。「大鶏雌雄図」に描かれている黒の雌が何かを物語っている様な気がする。

Img_jyaku5Img_jyaku6次は「蓮池遊魚図」。この画、じっと見ていると視点がおかしくなる。上部に開く大きな蓮の葉と花。その間を群れて泳ぐ魚達。この2つの関係だけでもおかしいのに、更に下部に池べりが描かれている。そこにも大きく蓮の花がさいている。ちょうど構図を見る目が池べりから、水中へ、そしてまた池面へ動いて行く様な感覚。
これに対する「秋塘群雀図」。実った粟をついばむ雀達、そこへ上空から群れとなって飛来して来るもう一つの群れ。構図の視点は「蓮池遊魚図」のように違和感を感じないが、この二つには共通点がある。両図ともその群れの中に異質なものがある。「蓮池遊魚図」に群れの下にいる一匹の魚が異質。尾びれが異様に大きい。「秋塘群雀図」には飛来する群れの中に一匹の真っ白な雀がいる。
群れの中に存在する異質なもの。その孤独感、違和感の深さは本人にしかわからないものだろう。
ある意味で若冲もこれらと同様世の中に同化できない存在であった。あたかも若冲そのものの孤独感、異質感を表現したのだろう。

この「動植綵絵」30幅、一つ一つを見ていっても興味が尽かないものである。しかしやはりこの画は「釈迦三尊像」を含む33幅を眺めることで、初めて本当の姿が見られるものである。今回初めて、並んだ状態をみてますますその感を強くした。新しい若冲ワールドを体感できた。
今回、この展覧会を見た事は一生の思い出になるだろう。

しかし、次にこの絵をこの様な状態で見る事ができるのは何時になるのだろうか・・・・。

*ブログ内の「若冲」関連
 京都国立博物館 常設展
 プライス展
 京都国立博物館 常設展
 細見美術館 リクエスト展06

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コメント

こんにちは。PC故障のため、画像の多いブログがケータイでは見られなくて・・・。記事のアップ、楽しみにしておりました。
やはり、あるべきところで、あるべきように、ですよね。

トラックバックさせていただきますのでよろしくお願いいたします。

投稿: はたこ | 2007年5月29日 (火) 11時16分

はたこさんへ
TBありがとうございます。
「若冲展」待っていた甲斐がありました。過去、いろいろ見て来た若冲とは、またちがったものが感じられました。
感傷的にはなりますが、やはり相国寺で見られた事が大きいです。この日も雨の中わざわざ高倉通を歩いて承天閣まで行きました。なんとなく若冲の気持ちが知りたくて。
また、こちらもTBさせてもらいます。

投稿: 好日 | 2007年5月30日 (水) 01時45分

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 去年の秋からずっと楽しみにしていた、開基足利義満六百年忌記念 若冲展を見に、 [続きを読む]

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