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2007年5月13日 (日)

「福田平八郎展」京都国立近代美術館

福田平八郎の回顧展が近代美術館で行われている。

Img_fukuda1福田平八郎(1892〜1974)は大分に生まれ、京都で学び、昭和の京都画壇を代表する画家のひとり。その写実に基づいた独特の構成を持った画は見る者を引き付ける魅力が有る。

その初期から最晩年までの約80点と下図、写生帖等が今回展示してある。

初期の作品を見ると福田が写生を極めた画家であった事がわかる。宗・元の中国画風的な「牡丹」を見れば、花弁の先のボカしようにもかかわらず、細部まで丁寧に描かれている。

明治から大正にかけての京都画壇においては、やはり写生を主とした絵画が主となっていた。この時代の京都に学び、後に日本画壇の主軸となる画家達は、写生の力がすばらしい。福田平八郎、徳岡神泉、川合玉堂(後に京都を離れたが)しかりである。

初期の作品のなかには「安石榴」と題された色鮮やかな作品もある。画面一杯に夏の光を受けて緑の葉を広げる「安石榴」。そして白く赤く咲く花。木下には一匹の大きな猫が描かれている。それまでの雰囲気とはちょっと違った雰囲気だが、若い福田に取っては、試してみたい色であり、構図であったのだろう。

Img_fukuda2そのような福田が昭和9年に突然発表したのがこの「漣(さざなみ)」。(13日までの展示)

銀地の屏風に群青で描かれた湖の漣。その単純化された波紋と絶妙の波間のリズム。福田の新しい世界である。
福田はこの頃釣りに凝っており、魚の釣れない合間に、水面を眺めていてこの絵のインスピレーションを得た。しかし、同時に展示してある写生帖からは、その後多くの水面を写生していた事がわかる。輪になってひろがる波紋や、くねる様にながれる波紋や、ゆるやかにうねる水面等。最終的にはこの漣になったのだが、これにしても大きな写生図から、その一部を切り取る様にして構図を決めている。
福田のなかのイメージと写生との組み合わせを色々と試して行った道程がよくわかる。

Img_fukuda3これは昭和28年に発表した「雨」。
二階の画室からながめた夕立の風景。この画に関して福田自身がこのように書いている。
「夕立が来るなと窓を開けてみると、もう大きな雨粒がポツポツと落ち始めました。そして大きな雨脚を残しては消え、残しては消えて行きます。それが生き物の足跡の様に思われて心打たれました」

この福田と同時期位に同じ様に写生に基づく抽象的な日本画を描いた画家に徳岡神泉が居る。神泉の画は事物を一種の象徴的な物として眺め、そこに精神(情念)を沈め込ませるような深い世界である。精神(情念)と自然が対峙する世界である。それに比べ福田の画には動きが有る。「漣」にしてもそうだし、この「雨」に関しても画面のなかに流れる時間がある。単純なモチーフを重ね合わせることにより、また小さな時間(瞬間)を重ね合わせることにより生まれるリズム(時間)の中に精神と自然との交わりを示そうとしたのではないだろうか。

Img_fukuda4これは昭和36年に発表された「花の習作」。
この頃から福田は新たな画風に変わり出す。デフォルメである。いままで写実に基づいた構図の中で単純化をなしており、「漣」にしても「雨」にしてもありのままの姿をえがいていた。この頃からは写生帖を見ても、フォルムを捕らえることに向かい、細部にこだわらないような雰囲気になってきた。そして新しい要素として色の多彩化が行われるようになった。

菖蒲園の囲われた水面を埋め尽くす桜のはなびら。上部の水面には流れがあるため水面が顔を出している。白、桃色、緑、青と今までには見られなかった色調と色使いである。

これを押し進めたのがポスターにある「鸚哥」。まるでゴーギャンのタヒチのような色使いである。(ちょうど向かいの京都市美術館のエルミタージュ展で展示されている。)
この画風は福田に取ってどの様な変化なんだろう?。もうすでに70歳は越えていた歳である。この時点で更に激しい画風に向こうとしている。
最晩年の画を見ていても、福田はまだこの画風を完成したとは思っていなかっただろう。まだ新しい工夫を模索していたと思える。路半ばにして亡くなった感じがする。

この回顧展のように、一人の作家の変遷を見て行く事は、作品を通してだがその作家の生き様を考えることになる。作品の質といい、展示数といい、見応えのある展覧会であった。

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コメント

こんにちは
いい展覧会でしたね。
平八郎の絵はしばしば見てきましたが、これほどまとまったものを見るのは久しぶりなので、嬉しかったです。
変遷するスタイルにも関心がわきました。
TBいたします。

>神泉の画は事物を一種の象徴的な物として眺め、そこに精神(情念)を沈め込ませるような深い世界である。精神(情念)と自然が対峙する世界である。

なるほど、と思いました。

関係ないですが、TBのキー、仮名ならカとコつまり「過去」なのに気づいて、ちょっとときめきました。

投稿: 遊行七恵 | 2007年5月29日 (火) 16時12分

遊行さんへ
TBありがとうございます。
この展覧会、開催されることを知ったときから期待してました。自分の中では、平八郎の画に惹かれる部分と神泉の画に惹かれる部分が同居してます。
このときも、常設で神泉の画を見て思わぬ長居をしてしまいました。
いいものは本当に心に響きます。
こちらもTBさせてもらいますので、どうぞよろしく。

投稿: 好日 | 2007年5月30日 (水) 01時53分

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受信: 2007年5月13日 (日) 15時39分

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受信: 2007年5月29日 (火) 16時05分

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