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2007年6月 9日 (土)

「水無月」

家に帰ると「水無月」が机の上に置いてあった。
6月のお菓子といえばこの「水無月」。名前の通りである。

Img_2606このお菓子は白い外郎の上に小豆がのっている。
もともとは6月30日に行われる「夏越」の祓の時に厄祓いとして食べるもの。1年のちょうど折り返しにあたる6月30日にこの半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願して食べる。白い外郎の部分は氷を表し、小豆は悪神を祓うとされている。

この頃は季節感もなくなり、ほぼいつでも手に入るが、やはり6月に入るとデパ地下なんかの和菓子の店にはこの水無月が並ぶ。

小さいときから、この季節の「水無月」が好きだ。ひんやりした外郎の歯ごたえに、上に乗っている小豆の甘さがゆっくりと口中に広がって行く。広がるにつれて、その甘さは外郎と混ざりうっすらとしたものになって行く。

梅雨の季節の鬱陶しさの中に、一抹の冷ややかさが感じられるお菓子である。

「水無月」も見ていると上の小豆がびっしりとのっている感じのと、小豆の間から下地の外郎が見え隠れしているものと二通りある様に思える。びっしりとのっているのは「お菓子屋さん」といわれる名のある店舗に多く、下地が見えるのは「おまんやさん」といわれるような店に多い。どちらかというと、下地が見える様な方が好み。あまり甘すぎるのはひつこいような感じがする。

さて、ちょっとぬるめの白湯で濃いめの緑茶でも煎れてボサノヴァでも聞きながら食べようか。

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コメント

 好日さん、こんばんは。
子供の頃から、ほのかに甘いもんが好きだったので「水無月」は好物でした。生まれ育った伏見では、町のお菓子屋さんは「お餅屋さん」と呼ばれていました。
 結婚してしばらく横浜に住んでいましたが、あちらでは水無月は無く、お茶会のための特注品なのだそうです。夏にはどうしても食べたくなって、母に送ってもらったこともあります。横浜では、京都ほどあちこちに和菓子を売るお店も無く、さびしい思いをしました。
離れて分かる故郷の良さ・・ですね。

投稿: ごうやん | 2007年6月10日 (日) 20時34分

ごうやんさんへ
子供のころから食べ慣れた味というのは、突然無性に恋しくなりますね。ごうやんさんが京都から送ってもらわれた気持ちよくわかります。
私も一時京都を離れていた頃、ほのかな甘みを持つ季節々の和菓子の味や、京都のうどん屋さんで食べるうどんの味になつかしさを感じていました。
食べ物で思い出す故郷って、切ないですね。

投稿: 好日 | 2007年6月10日 (日) 23時16分

わたしも水無月、好物なんですよ。たぶんういろう生地(?)が好きなのだと思います。したがって小豆少な目が好みです。
今でも30日には必ず食べますね。
涼やかな感じのするお菓子です。

投稿: はたこ | 2007年6月11日 (月) 08時33分

はたこさんへ
「水無月」の外郎にも、抹茶味や黒糖味等のものもあるようですが、やはり私は「白」一途です。
確かに、「水無月」の美味しさと言うのは「外郎」が主で、上の「小豆」は従なのですね。
季節感のある和菓子、それなりの季節に食べるのが一番おいしいと思います。

でも、「洋菓子」も素敵ですね・・・。

投稿: 好日 | 2007年6月12日 (火) 23時03分

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