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2007年6月26日 (火)

「山種コレクション名品選 《後期》」 山種美術館

今回の東京美術展巡りは、この展覧会を見るために計画した。
展覧会のリストを見ていて速水御舟の「炎舞」が突然見たくなったからだ。初見ではないが、この画にはこの様な魅力が有る。その他近代日本画の名品と宗達、岩佐又兵衛、鈴木基一の名品も並んでいる。
わくわくする様な期待を胸に、地下鉄半蔵門駅からの路を急ぐ。

Img_yam1これがその速水御舟の「炎舞」。

漆黒の闇の中で、炎が舞い踊っている。炎は煙を伴って上へ上へと昇って行く。あたかも天に続く道標かのようだ。この炎に誘われる様にして蛾が寄り集まって来ている。蛾達は炎の道標に沿うかのようにその周りを舞いながら上へと昇ろうとする。その内の何匹かは、天に続く道程が待てないかの様に炎の中に飛び込んで、その身を燃え尽きてしまう。

なんとも神秘的な、また強烈な印象を残す画である。

しばらくの間、この画の前にある椅子に座わってじっと見ていると、この立ち昇る煙の形が何か人物像のように思えて来た。ぼんやりとした形であるが、更に凝視していると「観音像」のように思えてくる。

下の炎の形から見て、浮かび上がるとすれば「不動明王」なんかが妥当なんだが、見えるのは「観音様」。するとこの画は一種の「来迎図」ではないだろうかと思えて来る。炎の中に飛び込んで行く蛾は救いを求めるもの達を表しているのではないだろうか・・・。そのような気持ちでこの画を見てみると非常に「感応的」な雰囲気のする画と思えて来る。

この絵に関しては、以前日本画を良く知っている人達と話していた時、面白い事に気付いた事が有る。
ある人はこの画から、画の持つ迫力のようなものを感じ、炎の熱さを肌に感じると言った。またある人はこの画にはいりこみ、心の中がその情念の炎に焦がされるという感じを持つという。
前者は男の人に多く、後者は女の人に多かった。
一緒に見ていた、嫁さんに聞くと、後者に近い感慨を持っていた。

同じ一枚の画を、同じ場所で見ても、男女により、また一人一人違った感想を持つ。それは当たり前の事かもしれないが、やはり画自体がそれだけ人を惹き付ける魅力を持たないと多くの人に見てもらえないしまた感慨も与えない。

やはりそのような意味でも、この画には計り知れない力がある。

Img_yam2これは奥村土牛の「鳴門」。

土牛70歳のときの作品である。101歳まで生き、画を書き続けた土牛としては最も油の乗った頃の作品。

海面と渦のみを描いた単純な構成だがその迫力はすばらしいものである。
思わずその渦に引き込まれそうな感じがする。

その海の荒々しさをなだめるかの様に、押さえ気味の緑を基調とした海の色が渦巻く海に落ち着いた雰囲気を醸し出す。
昭和の時代を代表する日本画の一つである。

Img_yam3これは上村松園の「牡丹雪」

画面の下の部分に若い二人の娘が、雪空の下を道を急いでいる。どんよりとした雪空で大きな余白をとった大胆な構成が、新鮮な感じを与える。

傘に積る雪の重さと足下の悪さに、「なんぎどすなぁ・・」「ほんまに」
という京都弁が聞こえて来る様な気がする。
京都らしい画である。
ほんの2〜3日離れたにもかかわらず、京都が懐かしく思えるのはおおげさかなぁ。

Img_yam4川合玉堂の「鵜飼」。

玉堂の故郷である長良川の鵜飼の風景を描いた画。
切り立った崖の下、流れが溜まったようになった所でおこなわれている鵜飼。上部の崖は中国の山水画風に描かれ、鵜飼の人達や船は大和絵風に描かれている。
玉堂の初期の画だが、日本の山村や働く人の風景を描き続けたその後の玉堂を彷彿する雰囲気が出ている。

玉堂は生涯に約400点程の「鵜飼」をテーマとした画を描いた。なにがそれだけ繰り返し「鵜飼」を描かせたのだろう。
玉堂にとっては「鵜飼」というテーマは幼い頃から見て親しんだ風景だけに、これを描く事によって自分の画の完成度というか到達点を量るバロメータ的なテーマであったのだろう。
彼が83歳の時に描いた最後の「鵜飼」の画を見たが、それには山は描かれず高い視点から川面の鵜飼の船と鵜匠が描かれたシンプルな構図であった。それが玉堂の画の到達点であったのだろうか?

玉堂の画業をこの「鵜飼」というテーマで追いかけるのも面白いだろう。

この「鵜飼」は玉堂が京都に居た頃の作品と思われる。この頃玉堂が描いていた写生帖を見た事が有る。京都の社寺や花、そして小禽などが丁寧に描かれていた。この頃の京都画壇の画家達が写生を基本とし、そこから自分の表現をあみだしていったことが理解できる。

そういう点で、この頃の京都画壇で育った画家の作品は安心して見られるし、また川合玉堂は好きな日本画家の一人である。その初期の画を見られた事は喜ばしいことであった。

Img_yam5山種美術館にこのような江戸時代の優品が多く有ることは知らなかった。

今回も、宗達の「槇楓図」、「四季草花下絵和歌短冊帖」、鈴木基一の「四季花鳥図」、椿椿山「久能山真景図」、そしてこの岩佐又兵衛の「官女観菊図」が展示されてあった。

岩佐又兵衛は桃山から江戸初期に掛けての画家で、東博舟木本といわれる「洛中洛外図」やMOA美術館にある「山中常磐物語絵巻」等、独特の癖のある作品を残した画家。(辻惟雄氏がいわれるエキセントリックな画家)。また、浮世絵の創始者ともいわれている。

この画は又兵衛独特の「豊頬長頤(ほうぎょうちょうい)」と言われる、豊かな頬と首から顎の部分が長い顔をした三人の女官が、柔らかな墨で描かれ何ともいえない上品な官能的雰囲気を匂わせる。

もともとは「金谷屏風」といわれる六曲一双の屏風であったのが、一枚ずつバラバラにされて軸装されたものである。軸としては大きなものだ。

小袖の絵柄や菊等も細かく描かれてはいるが、人物の描線等は非常に優雅で柔らかい線で描かれており肌に生気が感じられる。また御所車を大胆に描いた構図の妙もこの画をすばらしいものにしている。

岩佐又兵衛については、まだまだわかっていない事が多いが、その画を見る限り当時の時代感覚に溢れたすばらしい画家だと思う。
今回の東京美術展で見られた強く印象に残った画の一枚。

その他、速水御舟の琳派風の「翠苔緑芝」屏風や福田平八郎の「筍」、小倉遊亀の「憶昔」等、好みの日本画がズラ〜ッと並んでいた。

約2時間ほどかけて、見終わると満足感で一杯。
この展覧会のために東京へ来てよかったと実感した。

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