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2007年7月27日 (金)

祇園祭あれこれ07「博物館の祇園祭」

この時期、祇園祭を楽しめるのは、鉾町や氏子町だけに限らない。
京都のあちこちで「祇園祭」に関連したイベントや展覧会が行われている。
そんな中から、祇園祭を描いた屏風をいくつか。

Img_mikosi(左雙)

これは京都国立博物館(常設展)に展示されている「祇園祭礼図屏風(部分)」。

六曲一双の大きな屏風。並んでいる鉾の状態から見て、左雙は「還幸祭」(後の祭り)での祭りの様子で、右雙は「神幸祭」(先の祭り)の祭りの様子。

Img_hoko(右雙)

金雲も大きく取られ、屏風の状態はすこぶる良い。

17世紀の作品とされているが、作者は不明。(最近になり海北友松の息子、友雪の作とする説が出て来た。)

右雙の鉾の巡行の最後を行くのは「船鉾」。その前のある山は、何か鳥居の上に鳥がおり、それを釣るような老人がいるが、今このような山は無い。(19世紀に廃絶した鷹山か?)その前を行くのは鉾頭からみて「放下鉾」。このようにじっくり見ていてもあきない。それと気付くのが、町の入口に木戸があること。祇園祭の中心である下京(中京区は明治以降に制定された)は、自治都市としての性格が強く各町は町を守るためこのような木戸を設けていたらしい。それが祇園祭の宵山や巡行の日には開放されていた。
図にはないが屏風の上部に八坂神社を出る、3基の神輿が描かれている。

これは左雙の神輿の部分。先頭を行くのは神輿の形からして中御座、それに続くのは東御座、西御座。
神輿の先を行く行列には、今と同じ「神宝」をもった人々がいる。
面白いことに、神輿を乗せる台まで現在と同じで、またそれの担ぎ方まで同じ。我々が先輩方からいろいろと教えてもらっていることは、この時代から代々引継がれていることであることがわかる。
また、左雙の下側には今は休山となっている「大船鉾」の姿もある。

この屏風の横には「洛中洛外図屏風」が展示されていた。これも17世紀位のものと思われているが、ここにも「祇園祭」が描かれている。いつの時代でもこの祭りは盛大だったことがよくわかる。

今月の京都国立博物館の常設展示、祇園祭のせいか力を入れており、これ以外にも宗達の「蓮池水禽図」等素晴らしいものが展示されている。
余り日が無いが、7月29日の日曜日まで。

Img_3029これは寺町丸太町を上がった所にある京都歴史資料館に展示されていた「祇園祭礼図屏風」。(7月26日までの展示でした。)

今回初めて展示される屏風だが、18世紀から19世紀の作と考えられている。

作者は不明だが、構図的には新しい感じがし、鉾の曵方の描き方は近代的なもの。
少し傷みがあり、色等剥落している部分があるが楽しめる。

この時代になると、民家は二階建てとなり現在の新町通りなんかの風景と似ている。今の祭りと異なる部分といえば、鉾の諸道具を運ぶのが牛車であることぐらい。(今はトラックで運んでいる。)

この屏風、描いてある鉾の種類から見て、もともとは右雙と左雙の1双であったと思われる。残っているのは多分右雙。どこかで左雙が見つかると良いのだが・・・・。

さて、明日28日は神輿最後の行事である「神輿洗い」。10日に行われた神事と同じ事が行われるが最後に神輿は神輿蔵に納められる。

7時頃に四条大橋の上に「道しらべの儀」の大松明が立てられ、中御座の神輿は飾りをはずされた状態で8時頃四条大橋に運ばれる。
そこで「御神水」による祓いが行われる。この「御神水」のしぶきにかかると厄除になると信じられているので、まだ厄除されてないかたはぜひどうぞ。

明日も暑くなりそうです。

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