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2007年7月17日 (火)

祇園祭あれこれ07「神幸祭」

鉾や山が華麗な姿を持って都大路の厄を祓った日の夕刻、いよいよ「神幸祭」が始まる。

Img_9890「神幸祭」とは八坂の神々を四条寺町にある御旅所まで神輿に乗せて渡御させる神事。この「神輿渡御」が行われて、はじめて神事としての「祇園祭」が成り立つ。

見物の方々が待つ八坂神社の境内へ、3基の神輿を担ぐ輿丁達がグループ毎に掛け声を掛けながら、手を打ち集まって来る。

いよいよ、定刻の5時。主神である「スサノヲノミコト」を乗せた中御座神輿が拝殿から担ぎ出される。
「ホイット、ホイット」の掛け声とともに、中御座神輿は拝殿の周りを回り出す。
拝殿の周りを3周し、中御座神輿は境内を後にする。

Img_9893中御座神輿に続き、その妻である「クシイナダヒメ」を乗せた「東御座神輿」、そしてその子達をのせた「西御座神輿」が担ぎ出される。
その3基の神輿が揃ったところで、石段下へ繰り出して行く。

石段下での神事が終わると、3基の神輿の「差し上げ」が始まる。「回せ、舞わせ」の掛け声とともに、3基の神輿が同時にその威容を見せつける様に、頭上高く差し上げられ回される。
夕刻の闇が忍び込もうとする中、黄金に光る神輿はひときは輝きを増す。
やがて、その身を打ちふるわす様に、前後に振られる。振られる度に、神輿に飾られている「鳴りカン」と呼ばれている金具が「シャン、シャン」と心地よい響きを鳴らす。

Img_7584中御座神輿は石段下から四条縄手を目指して、四条通を西に向かう。地面を蹴り進むような「蹴り」と呼ばれる独特の足運びで、神輿を前後に揺すりながら進んで行く。
この担ぎ方は、見る者にとっては勇壮な神輿振りになるが、輿丁にとってはしんどい担ぎ方。20mももたない。どんどん変わって行く。各輿丁には担ぐ場所が決まっている。大体一つの場所に5人から10人くらいを割り当てる。中御座神輿、17日は台車を入れる事も無く、ずっと人が担いで行く。先の事を考えると不安もあるが、「振り」がはじまるとそんな事はかまっていられない様になる。
「見せる」のが神輿。見物の人々に喜んでもらえるならとことん振って行く。

四条縄手から縄手通を北に向かう。祇園の真中を神輿は進んで行く。所々で差し上げながら神輿は人々の願いを受け町を渡って行く。

Img_0009三条京阪から神輿は鴨川を渡御する。三条大橋の真中で神輿は再び高く差し上げられ振られる。
洛中へ入る事を確認するかの様に、一層激しく振られる。
鴨川を神輿が渡る事は、祭りのとっても一つのポイントとなっている。伝わる古文書では江戸時代から三条大橋の橋役(橋を管理する役人)が毎年、神輿渡御の記録を残している。

三条大橋を渡ると神輿は再び北へ向かう。そして二条木屋町で休息をとる。
神輿にはここで提灯が飾られる。人間の方はここで夕飯。噂の「神輿弁当」を食べる。
止められた神輿に多くの人達が寄って来る。丁寧に拝む人もあれば、記念撮影をする人もある。
身近に神輿を感じられるのは良い事だ。皆さんその精巧な作りにと大きさにしげしげと見とれている。

Img_0014暫しの休息の後、神輿は二条通を西に行き、寺町を南に向かう。御池寺町を越えると道はアーケードになる。「ホイット、ホイット」の声が響き渡り、神輿は再び勢いずく。
寺町三条から三条通を通り、河原町へ抜けるがまだアーケドは続く。神輿は響き渡る掛け声に押されるかの様に振り続けられる。

河原町に出て神輿はしばしおとなしくなる。御旅所での最後の見せ場に備えるかの様に。
四条河原町の交差点で差し回しをし、いよいよ御旅所をめざす。
御旅所では多くの見物客が神輿の到着を待っている。
御旅所に着くと神輿は持てる力を振り絞る様に、「振り」と「差し上げ」を繰り返す。
荒ぶる神としての「スサノヲノミコト」の姿が現れる。
輿丁達も憑き物が着いたかの様に、叫び、担ぎ暴れ出す。

永遠に続くのではないかと思われる荒魂の響宴もやがて精も根も尽き果てたかのように治まり、神輿から御旅所へ御霊を移す、「御魂移し」の神事が執り行われる。

同じ様な事が、のこる2基の東御座神輿、西御座神輿でも行われる。
すべての行事が終わるのは、日が変わる少し前位になる。

これで「神幸祭」が終了する。これから24日の「還幸祭」まで八坂の神々はこの「御旅所」に鎮座され、京都の人々を疫病から守るのである。

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コメント

 17日は会社にいても空を見上げ、「今日一日、降らなければいいなぁ」と祈っていました。

 ずっと「他所のお祭り」と感じていた祇園祭ですが、好日さんのブログを拝見するようになり、ぐっと身近に感じるようになりました。

投稿: ごうやん | 2007年7月19日 (木) 09時46分

神幸祭の感動がよみがえります。あの差し上げ、差し回し、振りは本当に見事としかいいようがなく、だんだんに夢心地になっていくような感じにもやはり祭りの本質を見るような気がいたします。

わたしも止められた御神輿を間近で拝み、見ることができてよかったです。記事を拝読し、今度はじっくりと時間をかけて、もっと長い行程を付いて歩いてみたいと思いました。

ありがとうございました。

投稿: はたこ | 2007年7月20日 (金) 00時00分

ごうやんさんへ
今年の17日はなんとか雨も降らず1年振りに豪快なお祭りが出来たと感じてます。
ごうやんさんの「てるてる願い坊主」が効いたのかなぁ?

一人でも祗園祭を身近に感じていただければ、ブログを書いた甲斐があります。
24日の「還幸祭」まで神輿は四条寺町の御旅所におかれていますし、また「還幸祭」には千本三条あたりまで巡行します。機会がありましたら是非見てください。

投稿: 好日 | 2007年7月20日 (金) 01時38分

はたこさんへ
おかげさまでブログを訪問してくれる人も増え、喜んでいます。強力な応援ありがとうございます。

24日の「還幸祭」の巡行ルートは、またブログに見所などもふまえ書きますので時間が合えば参考にしてください。

拝んでくださる人や、見に来ていただける人がいてこそ祭りの楽しみは大きくなります。神さんも喜ばれると思います。
山鉾の巡行もそれが一つの目的で始まったものです。

今年の「祗園祭」は私にとっても一つのエポックになりそうです。

投稿: 好日 | 2007年7月20日 (金) 01時49分

  はじめまして。
 好日さんのブログを拝見して「神幸祭」への憧れが深くなったところです。
 昨年のどしゃ振りの「巡行」は今年またおとづれることへの誘いでしたが、来年か再来年、「神幸祭」へ行きたいと思います。

 京都は私にとって魔都です。(新幹線にはじめて感謝しています)

投稿: 東女 | 2007年7月20日 (金) 07時08分

東女さんへ
おいでやす!
「祇園祭」は山鉾だけでなく、色々な顔を持っています。
なかなかその素顔を見せない所が京都らしいお祭りかもしれませんね。
また京都の事に関してはどんどん書いて行きますので宜しくお願いします。

東女さんにとって京都が魔都であるのと同様、私にとっては東京も魔都です。
特に美術関係にとっては刺激も多いし、東京でしか見られないものも多くあります。
お互い、新幹線には頭が上がりませんね!

投稿: 好日 | 2007年7月21日 (土) 02時08分

お久しぶりです。
私も巡行と神幸祭を見てきました~
詳しいことも知らず、初めてみましたが、
なかなか面白かったです。
見るよりも参加したくなるお祭でした。
(体力的に無理そうですが)

追記 七月歌舞伎に松竹座へ行ってきました♪

投稿: kodama | 2007年7月23日 (月) 14時38分

kodamaさんへ
お久しぶりです。「桜逍遥」のころはお世話になりました。感謝!

今年も7月は「祗園祭」となっています。「神幸祭」見られたのですね。山鉾とはまたちがった楽しみがあるでしょう?
あの神輿、大体2トン近くあるのですよ。それを大体40人位で担ぐから一人50キロくらいになります。ちょっときついですね!

歌舞伎の方は、この6月に「歌舞伎座」で染五郎の「橋弁慶」を見て来ました。染五郎、セリフが無ければそれなりにうまいですね。
松竹座はどうでしたか?
海老蔵、楽屋の風呂でころんで休演ですね。でも、代役での仁左衛門の油地獄の与兵衛も見たかったですね!(そっちの方がいいかも?)
また、教えてください。

投稿: 好日 | 2007年7月23日 (月) 22時12分

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