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2007年7月16日 (月)

祇園祭あれこれ07「宵山の鉾町」

午前中から降り出した雨も、夕方には上がり始めた。それを待ってたかの様に鉾町には人が溢れ出した。

Img_3203四条烏丸あたりは、歩行者天国を待つ人達が歩道に集まっている。四条通を通る車も追い立てられる様に鉾町を離れて行く。

車が少なくなった四条通に「祇園囃子」が鳴り響きだす。函谷鉾からはちょっと甲高い音色で、月鉾からはゆっくりとした調子で。

四条室町からは4基の鉾が見られる。東に函谷鉾、西には月鉾、南には鶏鉾、北には菊水鉾。どれもが少し青空の広がり始めた曇り空にその優雅な姿を見せている。

この交差点に立つと「宵山」だなぁという感じがする。

そこから、まず月鉾の方へ移動する。

Img_3201これは「月鉾」の破風飾り。この「月鉾」は江戸時代の工芸の粋を集めた鉾。

天井に書かれている花鳥画は円山応挙の画。燕子花の青と白扶養の花が素晴らしい。

また、月にちなんで正面に白い兎の彫り物がされている。これは左甚五郎の作とされている。

その他色々の素晴らしい飾りにかこまれ、どの方向から見ても動く芸術品。姿もすこし細めで優雅な感じがする。

その「月鉾」を越えてそのまま西にいき、四条新町から新町通りを下がって行く。

Img_3184そのまま夜店等を見ながら人の流れに沿っていくと、「休み山」となっている「大船鉾」の会所を通る。山鉾は現在32基あるが、長い祇園祭の歴史の中でなくなってしまった山鉾も多くある。「大船鉾」もその一つ。昔(幕末)までは、船の形をした山は「船鉾」とこの「大船鉾」と2基あった。
「船鉾」が出陣の船とされ、「大船鉾」が凱旋の船とされている。いまはその縣装品のみが残されている。

この「大船鉾」の会所から少し下がった所に「船鉾」がある。その特異な形からなかなか人気がある。

これはその船主を飾る「鷁(げき)」という瑞鶏。

鋭い目付きで辺りを見回している。ちょっとヨーロッパにある教会の尖塔にいる怪鳥を思い起こす。

Img_3205「船鉾」を過ぎ「岩戸山」を覗き、そして仏光寺通を東へ行く。室町通りに出て今度は上がって行く。
「白楽天山」を越え、「鶏鉾」を過ぎると再び四条室町の交差点に出る。

この時間になると、四条通は「歩行者天国」になっている。四条通の真ん中をとおる開放感を味わいながら、一層増えた人混みの中を東に向かって進む。

そこには「函谷鉾」がある。この鉾は大きい。巡行の帰り道、この鉾が新町通りを通ると道幅一杯になる。
囃子方も多く乗っているのか、その囃子はひときわ響きわたる。

Img_3208「函谷鉾」を越えて、烏丸通りを渡ると「長刀鉾」。

通称「籤ひかず」として32基の山鉾の先頭を切って巡行し、四条通に張られた注連縄を切る鉾。そんなに大きな鉾ではないが、何となく威厳がある。

差し始めた夕陽に鉾頭についている長刀がキラリと光る。

御神輿の巡行に先駆けて洛中の疫神を祓う役目を担う鉾であり、この鉾にだけ生身の御稚児さんと禿(かむろ)が乗る。「祇園祭」を代表する鉾である。

さすが、「長刀鉾」だけに、宵山の夕方にその厄除粽はすべて売り切れていた。ことしは笹枯れのため粽に巻く笹の葉が少なかったため、ちまきの調達に苦労したという話は聞いたが、ちょっと売れ過ぎではなかろうか?

こうして四条烏丸界隈の山鉾を見て回ったが、ここでギブアップ。余りにも人の出が多すぎる。この様子では四条より上の新町・室町は昨日を上回る人出だろう。

ここで鉾町をはなれ、そのまま八坂さんまで行く事にする。

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