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2007年7月20日 (金)

祇園祭あれこれ07「手拭」

昨日の「京都新聞」の夕刊に中御座神輿に関する記事が載っていた。
読まれた方もおられると思うがその内容は、

Img_3237「3年前の神幸祭の時、寺町姉小路のあたりで若い御夫婦が中御座神輿を見ていた。その時奥さんのお腹の中には9か月の赤ちゃんがいたが、逆子と言われていた。神輿が通りすぎる時、中御座の役員が『安産のお守りですよ』といって、中御座の手拭を渡した。その日から奥さんはもらった手拭を腹帯と一緒に巻かれると、何故か2週間後に逆子は正常に戻った。その後無事女の子を産まれ、それ以降、親子揃って、毎年中御座神輿を拝んでおられる。」というものであった。

これがその「三若の手拭」。真中に「若」の字が大きく書かれ、左端に「三」の字を三角形にデザインした紋がはいっている。長さは90㎝位ある。

御神輿の御利益か偶然かわからないが、ちょっとした神輿との縁をきっかけとして物事が良い方に向かえばそれはそれで御利益(ごりやく)。
また去年1年の無事を感謝するとともに、今年の無事を御神輿に祈ることで気持ちが安らぐのも一つの御利益。

日本人の精神構造において基本的な要素となる「縁(義理)」と「感謝(人情)」という気持ちが、神輿という媒介を通じて「神」と交信される。「祭」の最もオリジナルな姿であると思う。

「ホイット。ホイット」の掛け声をかけて、神輿が近づいていくと、家の奥から家族揃ってバタバタと出て来られ、神輿を真剣に拝まれるお年寄りの方々、また神輿を不思議そうな目付きで見ているお孫さん達。この様な風景はよく見る。
親から子、子から孫へとこの様な「神」に対する気持ちが伝えられて行き、それがまたこの祭りを続けて行く源にもなっている。

神輿を担いでいる若い人達や、神輿を見ながら一緒に手を打っている若い人達を見ていると、彼らは彼らなりに何か感じるものがあるみたいである。彼らの言葉で言えば「すご〜〜ぃ」とか「かっこい〜」とかの表現になるが、その中には何か得体の知れないものに対する「畏れ」とか「あこがれ」みたいなものが感じられる。
そのような気持ちは今後とも大事に育てて行ってもらいたいものである。

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