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2007年10月26日 (金)

「狩野永徳展」京都国立博物館(その1)

9月の終わりから忙しい日々が続き、ブログの更新もままならなかったが、ちまたでは秋の展覧会のシーズンが始まってしまった。
私的に見ると今年の秋のシーズンのキーワードは「屏風」。古今東西の名作がいろいろな展覧会でこの秋展示される。まず始めに京都国立博物館で「狩野永徳展」が始まった。

「狩野永徳」というのは知ってそうで、知らない画家。知識だけが先走り、実際に今まで見た絵というのは聚光院の方丈の襖絵と洛中洛外図屏風(これも説によれば永徳ではない。)のみ。実際どれほどの絵が残っているのかも知らない。そのような意味では初見が多く、ワクワクの気分で見に行く。

展覧会は始めは水墨画から始まる。豪華絢爛の障壁画を期待して訪れた人にはちょっと肩すかし。
狩野派は元々は漢画を主とした流派。初代の狩野正信から元信、松栄にかけては水墨画が中心。はじめは中国の宋風な感じが強いが、元信あたりから大和絵の雰囲気なんかを織り交ぜて狩野派独特の雰囲気がでてくる。そして永徳においては永徳オリジナルな力強さと構成を持った絵となってくる。

Img_ei1_3

そんなかでも、やはりすごいのは聚光院の襖絵。これは「花鳥図襖」。
8面の襖のうち正面に当たる4面。のたうつようにくねる梅の老木。地面を鷲摑みするようにひろがる根。前へ、前へと伸びて来る枝。永徳独特の構成である。
前の近い所に描くものは、墨の色が濃く、線も太く描かれており、遠くに有るもの程細く薄い色となる。独特の空間感である。

Img_ei2_2これは同じく聚光院の檀那之間にある「琴棋書画図襖」。この画、密度が非常に濃い。適度に間がとってあるが、画全体から発する空間の濃さは見る者を圧倒する。画家の渾身の力が感じられる。
永徳24歳の作(一説には40歳の作)であるが、技術的には既に完成された域に達した様子を見せている。それに流される事無く精神的にも渾身の力を注いだ様子が伺い知れる。岩肌に墨を打ち込む様に描く激しさ、松の枝に見られる勢い、それらは見る者を圧倒する。画題的には激しい様相を見せる画ではないが、永徳の勢いが見る者を興奮させる。

このような襖絵や障壁画は、博物館で平面的に並んだ状態で見るよりもやはり建物の中で立体的な空間として味わいたいものである。陽の光と建物の影が織りなす陰翳の中にこれらの画が浮かび上がり、周りを囲む画から発せられる緊張感に身を包まれる。襖絵や障壁画、屏風等は、一般の絵画と異なり、見る者と画とが対峙するというよりも、画の醸し出す空間に身を包まれるという見方が本来であろう。

Img_ei3600これは、「許由巣父図(きょゆうそうほず)」。画題は中国に許由・巣父という高士がおり、許由は帝より「国を譲る」と申し出られたが、その申し出で耳が汚れたとして滝で耳を洗った。巣父はそれで滝の水が汚れたとして牛に水を飲まさずに帰ったという故事。
この軸を見て気付くのは、二人の着物の襞の線。先程の「琴棋書画図」や「「仙人高士図屏風」でもそうだが、着物の襞を表す線に独特の味が有る。筆の置き始めや終わりにぐっと筆を止めた様なかんじで溜まりができる。そこから延びる線には迷いはなく、伸びやかに勢いを見せながらなだらかに柔らかさをもって描かれている。ちょっと太めの見惚れる線である。

狩野派の歴代について書いた「本朝画史」という本の永徳の項には永徳は「祖父元信にその画法を習い、初期には『細画』が主で、障壁画等の『大画』を稀に書く」と記されている。その事が充分理解できる永徳の水墨画であった。このような永徳が『大画』中心になって行く後半は次の章で。

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コメント

聚光院の襖絵は、昨年の秋、寄託前にすべり込みで聚光院で見ることができたのでよかったです。やはり、あるべき場所で、あるべきように見るのが一番ですから・・・。
絢爛の作品もいいけれど、松栄さんのも含めて、渋い水墨画もいいですね。

リンクさせていただきますね。

投稿: はたこ | 2007年10月26日 (金) 08時52分

はたこさんへ
明るい所で見ると、細かい所や色の移り変わりなどがよくわかり勉強にはなるのですが、やはりあるべき所で見るのが一番ですね。聚光院で見た事をズーッと思い出として持って行きます。

でもあの日、すいていましたね!
7時過ぎには「洛中洛外図」の前でさえ人はまばらでしたよ。
やはり日頃の行いですね!?。

投稿: 好日 | 2007年10月26日 (金) 23時47分

小生も狩野永徳展3度参りました。
入場してすぐの展示室にあった聚光院の「花鳥図襖」は素晴らしかったです。
「好日」さんは相当にお詳しい方とお見受けしました。
そこでご教授いただきたいのです。
梅の老木の枝が左へぐっと下がって流れに接するあたりの右に、何か縦に書かれた文字が4,5文字見えるのですが、あれはなんと書かれているのでしょうか?
素人なので、古文書は読めないのです。
ご教授いただければとても嬉しいです。

投稿: ふくろう | 2007年12月17日 (月) 22時23分

ふくろうさんへ
訪問ありがとうございます。
さて、お尋ねの件ですが、手持ちの資料でははっきりとは判別できませんが、確かに梅の枝の横に文字がかかれております。
私も素人で古文書がすらすらと読めるわけではありませんが、なにかこの文字について書いたものがないかしらべてみます。
ご回答が遅れ申し訳ございませんが、もう少し調べさせて下さい。
また、今後とも宜しくお願いします。

投稿: 好日 | 2007年12月22日 (土) 07時30分

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「特別展覧会 狩野永徳」を見るために、東国より上洛いたしました。 於:京都国立博物館 会期:2007年10月16日~11月18日 公式サイトはこちら↓ http://eitoku.exh.jp/ どはでな看板。 風雲急を告げる(?)京博。 この日は雨でした。でも、そんなの気にし..... [続きを読む]

受信: 2007年10月29日 (月) 21時29分

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