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2007年11月 1日 (木)

「狩野永徳展」京都国立博物館(その4)

このシリーズの最初に書いた様に、「永徳」の作品というのはこの展覧会までには「聚光院襖絵」と「洛中洛外図」の2点しか見ていない。
しかし、本や雑誌等で何回となく「唐獅子図屏風」や「檜図屏風」は眺めて来た。そのような繰り返しの中で頭の中ではこの二つの屏風に関してはイメージが出来上がっていた。細画と比べると画全体としては描き方にしても構図にしても案外粗い感じのする画だなと思っていた。

展覧会の最後の部屋、ここは「壮大なる金碧大画」と題されこの2つの屏風が展示されている。
この部屋にはいって。思わず息を飲み込んだ。

Img_kanousisi

展示室に入って右側にまずこの「唐獅子図屏風」。大きい!!。通常の屏風絵の約1.5倍ほどある。
艶やかな黄金の屏風の中を、巨大な獅子がのしのしと歩いている。ものすごい迫力である。

この屏風は秀吉が毛利征伐を行っていた時に信長の訃報に接し、急遽和睦を結ぶ為に毛利家に送られた「陣屋屏風」とされていたが、近年は「聚楽第」の障壁画であったと考えられている。
画の構成から、下方の部分(特に前にいる獅子の左足下)が切り詰められたような跡があり、もともとは更に大きな画であったと考えられている。

Img_kanouhinoki
その「唐獅子図屏風」から後ろを振り返るとこの「檜図屏風」がある。

これは奇々怪々な画である。太い巨大な檜がのたうつ様に枝をのばし、またねじ曲がる様にして描かれている。檜というのは真っすぐ伸びる木の代表みたいに思われているが、この檜はその概念を突き崩す様に身悶えしている。その姿の不気味さから、屏風全体から異様な迫力が伝わって来る。

この二つの屏風から発する迫力にさらされながら思うことだが、この屏風に対して「美」というものは感じられない。唯々、迫力、何か胸を押し付ける様な迫力を感じる。画家がこの画に託した特別な気持ちみたいなものを感じる。それは一体どんな気持ちなんだろう。

狩野派というのは元信の時代から、集団で画を描く流派であった。特に永徳においてはその長としてその集団を維持する責を負っていた。祖父元信が狩野派の名声を維持するため、幼い永徳を時の将軍義輝の京都帰京にあたりわざわざ挨拶に連れて行った事等から、狩野家として永徳にそのような教育をしていった事が思われる。永徳自身も時の権力者に近づく事が、狩野派を維持して行く方法だと理解していたのに違いない。しかし足利幕府が崩壊した後現れた権力者である信長・秀吉は今までの将軍と異なり、「美」を「美」として捉えるのではなく、己の力を示すプロパガンダの道具として捉えるものであった。また、この時代では、「画家」という職業は今と異なり、もっと職人的な職業として捉えられており狩野派の絵師にしても、彼ら権力者においては単なる職人の一人としてしか考えていなかった。そのため出来た画が気に入らなければ殺される様な事もあった。「古画備考」という古書に永徳が信長の求めに応じ安土城の障壁画を描くにあたり、気に入られなかった時の対応として、責が一門に及ぶ事を畏れ家督を弟に譲り安土へ行ったことからも計り知れる。永徳にとって信長・秀吉の求める画を描くということは「命を賭けた画を描く」ということであったのだ。権力者の意に沿う為に細画を捨て、大画(障壁画)を描き続けなければならなかった。あの金碧の金色は信長・秀吉にとっては己の輝きであったが、永徳のとっては己の命を賭けた別世界であったのだ。絵師の存在とは、現在の状況では想像できない程「厳しい世界」であった。
同じ様な境遇にあったのが利休だと思える。現在からみれば秀吉と利休の関係は茶の弟子と師匠のように捉えられている部分があるが、実際にはもっと厳しい関係であったと思える。その関係の維持に失敗した利休は切腹させられたし、同様に永徳は若くして「過労死」の羽目となったのだろう。

このように考えると「唐獅子図屏風」から発する強烈な迫力また「檜図屏風」から感じられる異様な迫力というのは、永徳のせっぱつまったまた追いつめられた「魂の叫び」であるのかもしれない。

この屏風を安土桃山時代の時代性である豪華絢爛・豪放磊落な面からだけとらえ、またそのきらびやかさだけでとらえるのは、あまりにも現代のものの考え方からの見方であって、この屏風のもっている本質からは外れたものではないだろうか。

*「狩野永徳展」
 京都国立博物館
 2007/10/16〜11/18

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