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2007年11月28日 (水)

「大いなる時をこえて」MIHO MUSEUM(北館)

MIHO MUSEUMの北館は日本美術。
北館の入口には、中庭があり、こじまんりとした日本の庭がつくられている。
ここでしばし休息をして、世界の美術から日本の美術へ頭を切り替える。

Img_miho6まずは、「持国天立像」。
平安後期から鎌倉にかけての作品。
もともとは興福寺伝来の四天王立像のうちの一体。廃仏毀釈の時に興福寺を出たとされている。

四天王というのは、帝釈天に仕える増長天、広目天、多聞天、そして持国天の4人の守護神。だから4人で1セット。ところがMIHOには持国天しかない。残りの3体はというと、広目天が興福寺、増長天と多聞天が奈良国立博物館に分蔵されている。

なぜ1体だけが奈良から離れたのかわからないが、特にこの持国天のみが素晴らしいわけではない。4体とも鎌倉の様式にのっとたすばらしい像である。

怒気を含みながらも目鼻立ちが端正な顔付。厚い胸板と肉付き豊かな姿態。力強い足腰。平安後期から鎌倉にかけて奈良でつくられた傑作の一つである。

一度この4体が揃った所を見てみたいものである。

Img_miho7これは鎌倉時代の「地蔵菩薩立像」。

高さはそんなに大きくなく50センチくらい。地蔵像はそんなに珍しくないが、この地蔵さん着衣の文様がすばらしい。

平安後期の仏像によくある切金細工が全面にされている。またその保存状態もすばらしい。

唐草や、雷文模様等がびっしりと細かく描かれている。

切金を見る度に、その文様にかけた職人の素晴らしさ、また一つ一つ積み重ねられた時間の濃密さに圧倒される。

現世の苦しみを助ける者としての、地蔵への、この時代の切実な気持ちが伝わって来る仏である。

Img_miho9これは「耀変天目茶碗」。

中国からの伝来物で、宋の建窯で作られたとされている。
手のひらにすっぽりとはいる位の小振りの茶碗である。

「耀変天目茶碗」は中国には残っておらず、存在するのは日本のみ。日本でも昔から有名な耀変天目茶碗が3椀あるが、これはそれに続く天目茶碗。

以前にも書いた事だが、耀変天目茶碗には宇宙が有る。深く沈み込むような黒い地色に浮かび上がる細かい螺鈿のようなきらめき。茶碗を持つ者を引きずり込む美しさが有る。

Img_miho8これは乾山の「色絵阿蘭陀写市松文猪口」。

斬新なデザイン、色使いである。

MIHO MUSEUMは多くの乾山の作品を保有している。今回の展覧会でも乾山の作品に再会できることを楽しみにしていたのだが、現在東京の出光美術館で「乾山の芸術と光琳」展を開催しており、そちらにいくつか行ってるみたいで、こちらの乾山は少なかった。

いまでこそ、いろんな所でこのようなデザインをみるが、300年前にこのような猪口を見た人達にとっては目新しいものであったろう。それを考えると、現在にも通用するデザインを作り上げた乾山の先進性および奇抜さは、やはり並大抵のものではなかった。

時代を超えたすばらしさを感じる逸品である。

このような時代を超えた「美しいもの」が次々と登場するこの展覧会。錦秋のこの時期にふさわしいものである。

*「大いなる時を越えて」  MIHO MUSEUM
  滋賀県甲賀市信楽町桃谷300
 2007年9月1日〜12月16日

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