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2008年1月 8日 (火)

「BIOMBO展 日月山水図屏風」 大阪市立美術館

終わった展覧会だが、大阪市立美術館で開催されていた「BIOMBO展 屏風 日本の美」から気に入ったものを。

Img_biombo1
右雙
Img_biombo2
左雙

これは「日月山水図屏風(じつげつさんすいずびょうぶ)」(金剛寺)。

不思議なそして強烈な印象を与える屏風である。

右雙には太陽と春・夏の山水。左雙には三日月と冬・秋の山水。
山々は倭の山並らしくなだらかな曲線を持ち、水面は絶える事の無い様相で流れている。

山々が春から夏へ、そして秋となり冬へと移り変わる動きを見せているのに対して、水面は変わる事の無い動きを見せている。また、空は日中の金箔で描かれた日輪から、夜の銀箔で描かれた三日月へと変わって行く。

一日の中の時の流れ、四季を巡る年の流れ、そして永遠に続く水面の動き、この3種類の異なった時間の流れを一つの屏風に描き切ることにより、この世を、宇宙を、そして過去から続く未来をも描いているように思える。

この屏風には、人間、いや鳥や獣たちである生き物は全く描かれていないが、画から伝わる雰囲気の中にそれらの生き物が、浮かんでは沈み、また沈んでは浮かんで行く様子が感じられる。

具象でも無し、抽象でもなく、ただ「真理(思念)」の結果として描かれた屏風である。

ある種の「美」というものには理解を超えた、また感情を超越して心に響いて来るものがある。
同じ様な例でいえば、龍安寺の石庭。これも何を示しているのかわからないが美しいものである。
この美を造り出そうとした者は、なんらかの「真理」に到達してそれを表したのだろう。それが何の「真理」かわからないが、結果として残っている物は、心に響く「美」を持っている。

いつになったらその「真理」に到達できるのか?。永遠に到達できないのか?
そんな口惜しさと、感慨を感じさせる、大きな雰囲気を持った屏風である。

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コメント

若い頃から大好きな日月山水図屏風。自然の四季(一年の時間の経過)昼と夜(一日の時間の経過)。さらに一生の時間の経過ではそれを生老病死と表現されます。日々の繰り返し、季節の繰り返し、それらは人間の生の繰り返し、輪廻の概念にまで及んでいると常々思っていました。この屏風絵は何かおんぼらとそんなようなもの感じていたのですが、自信がなかったです。いろんな人がいろんな感想を言っていますが、私のおぼろげに持っていた思いを、これだけ的確な語彙と簡潔な文章で表現していただいているのははじめてでした。(素人なのでそんなにいろんな人の感想を勉強したわけではないのですが)「そう!そう!」と心で叫びながら読ませていただきました。とても嬉しかったので、つい慣れないコメントをさせていただきました。ありがとうございます。

投稿: 上坂幸栄 | 2011年8月30日 (火) 20時36分

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