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2008年1月12日 (土)

「BIOMBO展 日吉山王祇園祭礼図屏風」 大阪市立美術館

これはサントリー美術館所蔵の「日吉山王祇園祭礼図」。16世紀の作品である。
右雙に日吉山王祭の様子、左雙には祇園祭の様子が描かれている。

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右雙「日吉山王祭」
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左雙「祗園祭」

右雙に描かれている近江坂本の日吉神社の山王祭りは、毎年4月14日に行われる船渡御の様子。
この日、日吉神社の7基の神輿は、日吉神社を出発し、坂本の琵琶湖湖畔の七本松から御座船に乗り琵琶湖湖上を唐崎沖へ向かう。

今は1台の艀(はしけ)に全部の神輿を乗せてボートで引っ張っていくが、この頃は1基ずつ船に乗せて唐崎沖へ向かった様子が描かれている。
周りには見物のための舟も出ており、湖岸には御座舟を追いかける人々も見られる。

琵琶湖の藍色ときらびやかな神輿の色が美しい。上部に描かれている水田の色も湖の色と同系で描かれ、あたかも湖と田の海に浮かぶ道に人々がいる様な感じがする。

もともと日吉神社の神輿は豪壮な神輿ではあるが、こうやって見ると祭り自体が豪壮な祭りである。

左雙は時代から見て、応仁の乱後の復興まもない祗園祭。
祭りの状況を見ていて気付く事だが、この祗園祭、見物人にも又祭りの参加者にも多くの物が刀や槍等の武器を持っている。一部ではその武器を使った争い事も起っている。
時代がまだそんなに安定せず、騒々しい雰囲気の中で行われていた祭りだなぁという感じがする。

上部に描かれている「神輿」の図にも興味を引く人達が描かれている。行列の先の方に、何人か白い覆面をし長い棒を持った犬神人達が描かれている。犬神人とは祗園社に隷属していた神人(じにん)であり、祗園社の色々な雑用や神社の清掃を行っていた人達であり、祭りでは神輿の警護にたずさわっていた。祗園社の成り立ちを考えて行くには重要な人々。

この屏風、じっくりと見ると構成的に不思議な事に気付く。四条通りを行く鉾の巡行は参加している鉾の種類から神幸祭(先の祭り)であると思われるが、上の三条通りを行く神輿はその方向からして還幸祭(後の祭り)である。一枚の屏風に両方の祭りを描いている。なかなか珍しい構成。

この展覧会には他にも何点かの祇園祭礼図屏風が出展されていたが、どれもが活気に溢れる祭りを示すことにより、祭りが本来の宗教的な意味から離れ、市民や群衆の楽しみと成って行く様子が伺い知れた。

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