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2008年1月22日 (火)

「鏑木清方の芸術展」 美術館「えき」

会社の帰りに、京都駅にある美術館「えき」へ寄って「鏑木清方の芸術展」を見て来た。

Kaburaki1鏑木清方は明治から昭和初期にかけての画家で、「西の松園、東の清方」といわれた美人画の大家。東京中心に活躍した画家の為、京都では余り馴染みの無い画家。
私自身そんなに多くの画を見ていない。

美術館の方も、夕方の7時前だったせいか、私以外のお客さんは誰もいない状態。
見てる途中、ガラスの端で監視員に方が突然動きいたのが写り驚かされた。

鏑木清方は、浮世絵から始めた画家で、最初は新聞や雑誌の挿絵を描いていた。
初期の挿絵なんかをみていると、女の顔の描き方なんかは、国芳とかの系列だなという感じがする。

この頃の作品で面白かったのは、雑誌の付録として描いた「双六の図」。
画としてよりも、書いてある内容が当時の世相を表しており、「軍国おんな双六」とか「時代女風俗双六」とかがあり、明治の時代の様子が伺い知れ興味を引いた。
それに、この時代の双六は今の双六よりも「人生ゲーム」に似た遊び方をしたのだなぁ。

チラシの画は「朝涼」。
大正14年の作品。この頃には清方は官展の大家になっていた。

自分の娘が朝早く散歩している図を描いたものである。夏の朝の清々しさとが画全体から伝わって来る。

このような清方の美人画、松園の美人画と比べると、なにか違う。技術の巧拙とか構図の良し悪しとかいう問題と違って、もっと根本的な次元で異なる物があると思う。

家に帰って、松園の画集を見ながら思ったのは、同じ「美人画」でも、女の松園が描いた美人画と男の清方が描いた美人画とは、画をに対する思いが根本的に違うということだ。

松園の場合であったら、やはり女性として描きたい、理想としての女性を表現しようとしている。画を見る側からすれば、それは時には厳しさを持った女性とか、近寄り難いような女性を感じることがある。

清方の場合は、男性からみた理想の女性。男性がこうあってほしいと望む様な女性像を描いている。
そこには憧れもあれば、性の対象としての女性像もある。
そのへんが、はっきりと現れたのが次の画。

Kaburaki2

「妖魚」。大正9年の作品である。

濡れた髪の毛の描き方や、こちらを見つめる目付き。
西洋のヴィーナスと同じ様な雰囲気を持った画である。

清方は晩年、官展等の大作主義から離れ、自ら「卓上芸術」と名付けた、幕末や明治の江戸(東京)の下町の生活風景を多く描いた。
さら〜っと描かれている物が多く、肩の荷が降りた様な雰囲気がし好感を持てた。

松園や京都の画壇の日本画を多く見ている者には、鏑木清方の良さと言うのはもうひとつピンと来ない。もう少し多くの画を見なければわからない画家である。

*「鏑木清方の芸術展」  美術館「えき」(JR京都伊勢丹7階)
 1月2日〜1月27日  10時〜20時

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コメント

こんにちは。
NHKの新日曜美術館のいろいろな展覧会紹介で京都で清方をやっているというのを知り、あらまたなぜに京都で清方、と思っていたところですが、好日さん、行かれたのですね。

私は京都の人間・そうじゃない人間という分類の仕方というより、女性・男性というくくりから、松園の女性の絵により惹かれるものがあるような気がしています、自分自身が。
私も清方は実はまだいまいちぴんときてないのですが、でも、東京国立近代美術館の常設で見た、隅田川で舟遊びをしている人々を描いた絵はすごくいいと思いました。

投稿: はな | 2008年1月25日 (金) 14時25分

はなさんへ
そうですね。京都の人間というよりも、松園の画を見慣れた人間という視点ですね。また松園と清方とが異なる様に、見る側も女性と男性で感じ方が異なると思います。
男性の私が見ると、後期の松園の描く女性は凛々しい美しさを持った女性に見え、近寄り難ささえ感じます。

美術展のあと、清方のことを考えているのですが、清方を単に美人画の画家として捉えると見誤ると思います。もう少し違う面が潜んでいるような気がします。それを知るにはもう少し多くの画を見なくては。

投稿: 好日 | 2008年1月25日 (金) 22時26分

はじめまして。関東在住で京都が大好きなnao-miと申します。
お正月に京都に行った際に、「鏑木清方展」のことを知りました。

京都の人たちは「鏑木清方」が好きなのだろうか?
そのことにとても興味ありました。
京都の街や人たちには、「上村松園」が似合うと思います。
鎌倉に「鏑木清方美術館」があり、時々行きますが、
作品と鎌倉の街の雰囲気がよく合っています。
何処でその作品を見るかも、大事なポイントだと思うのですが…。

またコメントさせてください。

投稿: nao-mi | 2008年1月26日 (土) 19時41分

nao-miさんへ
はじめまして。

松園さんの描く女性は明治から大正にかけての京女の方が多いのですが、私の小さい頃には(約40年程前ですが)まだそのような方がおられました。(大分歳をとっておられましたが。)松園さん自身も京都の街中のかたですから、美人画といっても京都を描いていたのだと思います。

「あるべき所で、あるべき作品を見る。」というのは美術品を見ていくにおいて重要な事だと思います。場所が変われば印象も変わってしまう場合もありますから。

そのような意味でも、京都に居る事を大事にしてこれからも書いていきたいと思います。
今後とも宜しくお願いします。

投稿: 好日 | 2008年1月27日 (日) 20時45分

前のコメントを書いてから、もう4か月も過ぎてしまいました。
季節も冬からもう夏ですね(笑)。

先日鎌倉に行った折に、「鏑木清方美術館」を訪ねました。
やはり彼の作品は京都で見るより、鎌倉の方が良いようです。
鎌倉の古寺の初夏の花を見た後に訪ねたのですが、
小さな花々とともに、彼の美人画もしっかり心に残りました。

投稿: nao-mi | 2008年5月24日 (土) 20時12分

nao-mi さんへ
京都はこの二三日、日向では夏と言ってもよいくらいの強い日射しが照りつけており、五月の始めには若々しかった新緑も、だんだんとその色合いを濃くしてます。
しかし、日陰にはいるとまだひんやりとしており、陰と陽のはっきりとした梅雨前の過ごしやすい日々が続いています。
そちらの方はどうですか?

あれ以降、清方の画をじっくりと見る機会もなく、清方への想いはそのままです。やはり関西ではなかなか見られません。
「そろそろ、鎌倉に行かなくては!!」と思う様になってきてます。やはり、画がもっとも引き立つ場所で見なくては!

鎌倉の古寺の小さな花(頭に浮かぶのは白い小さな花)も良さそうですね。

投稿: 好日 | 2008年5月26日 (月) 22時07分

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