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2008年3月 3日 (月)

「涅槃図と花供曽(はなくそ)」 真如堂

3月は「涅槃会」ということで、京都のあちこちの寺院で「涅槃図」が御開張になる。

これは真如堂の「涅槃図」。

Img_nehannzu1お釈迦さんが亡くなったのは旧暦の2月15日。インドの跋提河(バツダイカ)という河のほとりの沙羅双樹の林の中で涅槃にはいられた。多くの弟子や菩薩、そして多くの生き物がそれを悲しんでいる様子を涅槃図は描いている。

この真如堂の「涅槃図」は、江戸の中頃の作で、三井家から寄進されたもの。
高さが10メートル、幅が6メートル位の巨大なもの。この3月の涅槃会の時だけ本堂に掛けられる。
他の「涅槃図」と比べ、時代が新しいだけあって、色合いが奇麗にのこっており、その分迫力が有る。

涅槃図の定石通り、右上には釈迦の臨終に立ち会う為、天上から雲に乗って駆けつける母摩耶夫人、そして煌々とその様子を照らす満月。釈迦の寝台の周りには8本の沙羅双樹。釈迦は右手を枕にして静かな表情で横たわり、その枕元にはそれを静かに迎える菩薩達。寝台の前や後ろでは仏弟子達が、あたりをはばからず号泣している。仁王さんも泣いている。なかには哀しみのあまり踊り出している者もいる。

大外には、いろんな動物や魚達。象もいれば獅子もいる。虎も猿も孔雀も鶏も泣いている。そして河からは、鯛も蛸も亀も悲しんでいる。皆んなが嘆いている。

題材としては、そういう嘆き悲しむ画なんだが、実際見てみるとそんな感じはまったくしない。各々の嘆く表情などがバライティーにあふれ楽しめる画である。

「涅槃図」も描き始められた平安の中頃は、「釈迦の死」ということがテーマとなり、浄土へ旅立つ釈迦のすがすがしい姿を現すものであったが、鎌倉から以降は、主として釈迦の死を悲しむ事により功徳を積むという面が表にでるようになった。時代を経るに連れて、より現世の功徳をあらわすようになってきた。
現実的になった分だけ、画としては面白いんですけどね。

Img_5131これは、参拝の人にお裾分けされる「花供曽(はなくそ)」というお菓子。
ご本尊に供えたお正月の鏡餅を細かく切って焼き、黒砂糖をまぶしたもの。

名前だけを聞くと、どうしても大仏さんのあの大きな鼻の穴を思い出しますが、漢字をみるとなるほどなと思います。

でも何となくリアル!

味は、うっすらと甘さを感じる上品な感じです。

桃の節句が過ぎて、奈良のお水取りが終わり、涅槃会も過ぎ、お彼岸となると春がやってきます。

帰り道、嫁さんが鼻歌を歌ってました。
「♪ もうすぐ は〜るですねぇ こいをしませんか ♪」

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