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2008年4月の12件の記事

2008年4月27日 (日)

家(うち)のごっつぉ (讃岐うどん)

去年のゴールデンウィークに何となく四国に渡り「讃岐うどん」にはまってしまった。
それ以降、4〜5回足を運び、「讃岐うどん」を食べまくってる。

しかし、単に食べてるだけでなく、密かにその技を盗む為に目を配っていた。(姑息ですね・・・)

その成果として、何回かの試行の結果、我家で「讃岐うどん」もどきが出来る様になった。
今回はそのおひとめ!(作りながら写真を撮っているので、ちょっと見にくいですが)

Img_5525まずは「水まわし」。
「小麦粉」に塩水を混ぜていき、耳たぶくらいの硬さの塊にまとめあげる。

使用した小麦粉は前回讃岐に行ったときに購入した「讃岐うどん用特別小麦粉」(と袋に書いてある。)。

500グラムの小麦粉に約200グラム位の塩水を混ぜて行く。塩水は大分辛い位の濃度。
(インターネットやマニュアル通りだと私にはちょっと塩辛い。よってちょっと薄めにする。)

空気と混ぜる様に、つかみ取る様に混ぜ上げる。

Img_5526まとめあがってきたら、それを厚手のビニール袋にいれる。

そして、「足踏み」。外側から中へ踏みあげる様にして踏んで行く。

一回の「足踏み」は15分位。それを3回繰り返す。

単純な作業なので、IPodでも聞きながら黙々とひたすら踏み込む。
この「足踏み」があの腰を生む(らしい)!

踏み終わったら、まあるくまとめ、また乾燥を防ぐためビニール袋にいれ2時間程寝かす。

Img_5534寝かし終わると最後の「足踏み」。

これは1回だけでいいのだが、うどんを奇麗につくるのはここで平均して踏むのがこつだそうだ。
ここで奇麗に踏むと、つぎに伸ばす時にやりやすくなる。

約15分ほど踏んだら、天板に打ち粉(コーンスターチ)をした上にのせる。

めん棒にくるくる巻き付けて、体重をかけて転がしながらのばしていく。
厚さが3ミリくらいになればOK.

拡げて三枚に畳み込む。まぁ、この辺の作業が一番おもしろいかなぁ。

Img_5539さて、切って行きます。

幅はだいたい3〜5ミリ位で。あんまり太くなると「きしめん」みたいになりますし、細すぎるのもうどんのこしがなくなります。

切る方法は押し切りです。我家では「菜切り包丁」を使って、ぐいぐいと真下に押し切ります。

ここでのこつは、先程3枚に畳むとしていますが、その時の幅が包丁の3分の2位の幅にする事です。
そうすれば、注意して行けばきれいに切れます。

Img_5543寸胴にお湯を沸かし、打ったうどんを茹でます。

一度沈み込みますが、しばらくすると浮いて来ます。
人によって好みが有りますが、浮いてから一呼吸、二呼吸待つ位が好みです。

それをお椀にあげ、市販の「讃岐うどんの出汁」をかけて、「熱・冷の釜揚げ」が出来上がります。
薬味は、土生姜、葱、そして炙ったおあげさんを千切りにしたもの。

家族の者、知り合いを呼び寄せて食べてもらいましたが、皆さん「素人にしては、讃岐うどんらしくこしがあっておいしい!」と一応褒めてくれました。

嫁さんは「ウマイ!」と言ってくれました。

しかし、うどん屋の主人としては、まだまだ不満な点も有り、改良すべき点は気付いてます。
えっ、どの点かって? それは企業秘密です!(笑)

いずれ、お店を開きましたら、皆さんご招待しますのでどうぞよろしく!

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2008年4月26日 (土)

京都 桜逍遥08 (雨宝院)


「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」


古今和歌集  小野小町

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「雨宝院 御衣黄桜」

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「雨宝院 松月桜」

「京都の桜は2度見頃が訪れる」と何かの本で読んだ記憶があるが、確かにその通りである。

3月の後半から4月にかけて、早咲き桜やソメイヨシノの最初の見頃が訪れる。

この盛りには有名寺社や観光地が多い。
岡崎、哲学の道、清水、嵐山、醍醐等、4月の初めの休日等は全国からこの桜を観ようと訪れる観光客で溢れかえる。人混みが苦手な京都人達は、ちょっと遠くから人と桜を眺めている。

4月の中頃にいつも降り続く桜流しの雨で、ソメイヨシノが散り始めると、ポツポツと枝垂桜が盛りを迎え、次の見頃が始まる。

この見頃は「御室」は別として、あまり有名でない所が多く、こじんまりとした場所の八重桜系が多くなる。

やっと我々の番が来たとばかりに、京都の桜好き達は思い思いに己が愛する桜をめざしていそいそと歩いて巡るのもこの頃。

西陣にある「雨宝院」もそういうお寺。
この頃は、大分いろんなガイド本に載ったため、有名になって来たが、まだ訪れて来る人も少ない。
(しかし、以前から比べると訪れる人も増え、いろんな注意書きが増えて来たが・・・)
このお寺、去年の桜逍遥でも書いたが、花の密度が非常に濃い。

お寺に祀られている、密教系の異神達の醸し出す雰囲気が、このお寺の桜達をより魅力的なものにしている。

ここの「御衣黄桜」や「松月桜」が盛りを見せると京都の桜も終わりの季節。

今年はそんなに巡れませんでしたが、この花に酔いながら今年の桜逍遥を終わります。

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2008年4月24日 (木)

京都 桜逍遥08 (千本えんま堂)


「咲く花は ちぐさながらに あだなれど 誰かは春を うらみはてたる」


古今和歌集  藤原興風

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千本えんま堂の「普賢象桜」です。

千本えんま堂は念仏狂言でも有名ですが、その狂言とこの桜とは密接な関係があります。

室町時代、このえんま堂の普賢象桜を時の将軍足利義満が見て、その花をいたく気に入り、この桜に扶持米を与えたという。そのおかげで狂言も盛んになり今日にいたっていると伝えられている。

確かに、そのような言い伝えにふさわしい美しい桜です。

八重桜系の花ですが、花の花芯に双葉の若葉が顔をのぞかせるのが特徴です。
また、花が落ちる時にはなびらが散るのではなく、はながポトンと落ちます。
椿の花の様な散り方です。

昔は、この花が咲いたのを合図に狂言が始まったのですが、いまは狂言は5月に入ってからでちょっと遅れて行われます。

運が良ければ、両方共観られるのですが、さて今年はどうでしょう?

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2008年4月23日 (水)

「ボストン美術館 浮世絵名品展」 名古屋ボストン美術館(その3)

ミーハーと言われようが、物好きといわれようが「国芳」の浮世絵が好きだ!

特に、3枚摺のワイドスクリーンの武者絵には、血沸き肉踊る感じがする。

ばかでかい怪物と小さな人間が対峙する緊張感。水の流れや、波の動きで表されるダイナミックなリズム感。赤や藍色の刺激的な色使い。

国芳独特の世界。

Img_kuniyosi1
これは「讃岐院眷属をして為朝をすくう図」。

「椿説弓張月」からの物語で、源為朝が清盛を討とうと瀬戸内を進んでいる所、嵐に会い「もはや、これまで」と覚悟を決め腹を切ろうとすると、讃岐の眷属達が現れ、為朝を救う図(左下の図)。白く色抜きされている部分にはカラス天狗が線彫りされている。
画面上部の奇怪な鰐鮫は、為朝と別れ々になった息子と部下を、その大きな背にのせ助けている様子。
右下は為朝を助けるため、海に飛び込んだその妻「白縫姫」。
と3つの場面を一枚の絵にしたてている。

なんといっても目に惹き付けるのは、巨大な鰐鮫。大きく開かれた眼、鋭い歯の並んだ口、幾何学模様の小さな渦巻きが並んだ背中には、想像上の生き物にしても奇妙なリアル感がある。

国芳はこれらの素材を、オランダから輸入された生物図鑑や銅版画から得ていた。多分、犀や鮫の画からこのような怪物をつくりあげたらしい。

爛熟した江戸の文化と、幕末近くの騒がしい世相を反映した雰囲気。
時代が国芳を求めたのだろう。

Img_kuniyosi2
これは「鬼若丸の鯉退治」。

鬼若丸とは武蔵坊弁慶の幼名。比叡山の稚児であった弁慶が、比叡山の麓の古池に住み通る者に害をなす大鯉を退治する話。この題材は江戸の後期に流行ったらしく、2月に行ったV&A浮世絵名品展でも魚屋北溪で描かれていた。

北溪のは鬼若丸が主体だが、こちらの国芳は鯉が主体。
ギロッと鬼若丸を睨みながら、その周りをゆったりと回り込む鯉。
水面を立つ漣が鯉の不気味さを際立たしている。

黄色に塗られた白目の部分と大きな黒目が印象的。この目付き夢にまで出て来た。

今回の名品展には、そのほか礒田湖龍斎、清長、歌麿、鳥文斎栄之の美人画の名品、豊国、國貞の役者絵、もちろん大御所北斎、広重の名品がずらーっと出ており、さすがボストン美術館と言わざるを得なくなる。

名古屋を皮切りに、いまは新潟、そして福岡、江戸東京博物館へと巡回していくが、ぜひ観られるべきだと思う。これだけの上質な浮世画はちょっとみられないと思う。

なお、名古屋ボストン美術館では、今後本展を含み3回にわけて浮世絵名品展を開催するらしい。今後、どんな浮世絵がでてくるか、今から次の展覧会が楽しみである。

ボストン美術館 浮世絵名品展 最初から

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2008年4月22日 (火)

京都 桜逍遥08 (落花の雪)


「散る花を 何かうらみむ 世の中に 我が身も共に あらむものかは」


古今和歌集  読人知らず


Img_5565

この間、友人宅で二人寝そべって、目の前の芝生に舞い落ちる桜を眺めていました。
ここには、古い桜の木と広い芝生が有ります。

この友人とは小学校時代からの付き合いで、中学・高校と一緒、そして誕生日までが一緒です。

結婚するまでは、よく二人で遊びましたし、いろんな所へも行きました。
しかし、趣味が一緒とか、いつも意気投合しているとかいうのとはちょっと違います。

「XX行って来るは・・・」「ほな、暇やし付いて行ったろか?」てな調子です。

ようするに「腐れ縁」と言うのでしょうか。
こうして、たまにあっても特に話す事はありません。

しばらくだまって舞い落ちる花にだんだんと埋まって行く庭を見ていて、ふと横を見ると向こう側に寝転んでいる友人の頭が見えました。

大分薄くなってます。

思わず「薄なったなぁ・・」と声をかけたのですが、返事はありません。
居眠りしているのでしょう。

人生、一山、二山越えた歳になりました。あと幾つ越えなければならない山があるのでしょうか?

音も無く散り積る花に、次の一歩を踏み迷い、ここらでちょっとのんびりと暫しの休息です。

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2008年4月20日 (日)

念仏狂言の季節

桜の花が散り終わる頃、京都では念仏狂言が行われる。

「カン デン デン」と金鼓、太鼓、笛による単純な調べが京の町に流れていく。その調べに合わせて狂言堂では勧善懲悪、喜怒哀楽、浄土念仏の物語をおおげさな身振りでゆったりと無言劇で演じている。時は流れても、演者や観客が変わっても、念仏狂言自体が持つ単純さと素朴さは変わらない。

壬生寺、千本えんま堂、神泉苑と催される念仏狂言は、平安時代の後期位から延々続けられ、今年もこの季節に開催される。

Img_5522壬生大念仏狂言
 4月21日〜29日
 壬生寺狂言堂
 午後1時〜5時30分  
 *29日のみ夜の部もあり 午後6時から10時
 鑑賞料 大人800円


ゑんま堂狂言
 5月1日〜4日
 引接寺(千本ゑんま堂)狂言堂
 5月3日・4日は夜間公演有り
 鑑賞料 無料

神泉苑大念仏狂言
 5月1日〜4日
 神泉苑狂言堂
 5月3日・4日は夜間公演有り
 鑑賞料 無料

ゴールデンウイークのこの頃、人混みの行楽地も良いですが、素朴な狂言も癒されていいですよ。

過去の狂言に関する記事はこちらから

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2008年4月16日 (水)

「ボストン美術館 浮世絵名品展」 名古屋ボストン美術館(その2)

今回の展覧会で見たかった作品のひとつが歌川国政の役者絵。

歌川国政は初代歌川豊国の弟子で17世紀の後半から18世紀にかけて役者大首絵に傑作を残した浮世絵師。師匠の豊国をして「おれよりうまい、役者絵を描く」と言わしめた。

元は紺屋の職人であったが、芝居好きが昂じて豊国に弟子入りし、役者絵を描き出した。
芝居好きだけあり、めりはりのある構図で、歌舞伎の本質である粋の良い場面を切り取っている。

Img_boston1これは「市川鰕蔵の暫」。(昔は海老蔵ではなく鰕蔵と書いたらしい。)

いいなぁ、この構図!

「暫〜く、暫〜〜く !」とちょっと甲高い声が響き、花道へ鰕蔵の鎌倉権五郎が飛び出してきた瞬間。
観客の目は一斉に鰕蔵の顔へ注がれる。

紅で描かれた「筋隈」。猛々しい「車鬢」。釣り上がった直線の眉、噛み締められた口、画面を大きく割り切る深紅の「素襖」。そこに白く抜かれた市川家の三枡の紋。
なんか、今の海老蔵と重なる部分がありますね。
色といい、構図といい、今の時代から見てもモダンです。
クローズアップとデフォルメの傑作です。

江戸の終わりにこのような浮世絵があったことは、外国人でなくても驚きます。
芝居好きだけあって、すいよせられた観客の目の動きがとまった瞬間を描いてる。

Img_boston2続いて、これは同じ国政の「三代目市川八百蔵」。

豊国の役者絵程派手な感じはしないが、すっきりとした風ながら、芝居の濃厚さを感じさせる。

役者絵は浮世絵の中でも、美人画と双璧を成す分野で、浮世絵の祖と言われている菱川師宣の頃から始まった。当初は全身を表した舞台姿が主であったが、芝居の発展と共にその当たり芝居の所作を際立せる工夫がなさるようになった。そして写楽にいたって大首絵の似顔絵の形状をとるようになった。

以降、芝居の熟覧期と合わせる様に豊国、国貞、国芳と続く訳だが、そのなかで国政の役者絵は師の豊国らとは少し異なり、そんなに誇張も無く役者本来の姿と良さをさらっと描いている様に思える。
その分、構図とデフォルメのうまさが引き立って来る。

Img_boston3同じように構図とデフォルメを追求した写楽も良いのが出ていた。

これは写楽の「二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉」。

国政と比べると写楽の大首絵はある意味押し付けがましい所が感じられる。
写楽が描きたい姿をこれでもかと出している。
見る側としては「おーっ、写楽か・・・」と圧倒されて見てしまい、画そのものの世界に惹き込まれる。

それに比べて、国政は何処からとも無く芝居小屋のざわめきや、三味線の音が聞こえて来る様な感じがし、あたかも国政と一緒に芝居を見ているかの雰囲気になる。

そのへんが微妙に違う所です。

ああ、こうやって役者絵の名品を見ていると、歌舞伎を観に行きたくなる。
ちょうど今、四国の金比羅歌舞伎では市川海老蔵が「暫」を演じている。
桜吹雪の舞うこの頃、さぞきれいな舞台だろう!。

ボストン美術館 浮世絵名品展 最初から
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2008年4月14日 (月)

京都 桜逍遥08(京都府庁)


「 春風は 花のあたりを よぎて吹け 心づからや うつろふと見む」


古今和歌集  藤原好風


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下立売新町にある「京都府庁」も桜の名所です。明治36年に建てられたこの建物は、回廊に囲まれたロの字型の中庭が有り、そこに3本の大きな桜の木があります。

生垣に囲まれた真中には円山の桜の孫桜があり、その周りを2本の紅枝垂が囲んでいます。この12日の観桜会には、真中の桜は散っていましたが、周りの紅枝垂は見頃でした。

この建物を設計したのは京都出身の松室重光で、当時の俊英の設計技師でした。この府庁の近くの柳馬場夷川にある「京都ハリスト教会」も彼の作品です。

この府庁は、コリント式の角柱に飾られた正面、上部がアーチ形に型取られた窓、庇の額淵に彫られた彫刻群等、明治時代の雰囲気を色濃く残したルネサンス様式の近代建築です。

この重厚な建物に桜の薄紅色がよく映えてます。

明るい陽の光が差し込む人影もない二階の廊下を歩いていると、コツコツと響く靴音に合わせて、懐かしい気持ちが湧いて来ます。今までの人生の中でこのような重厚な建物の中で長い時間を過ごした事もないのに、なぜか懐かしさがこみ上げて来ます。

通り過ぎる窓の外には満開の紅桜。

古刹の寺や古の神社で観るのとはまた違った気持ちの起こる桜です。


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2008年4月13日 (日)

京都 桜逍遥08(大覚寺)


「 春雨の 降るは涙か 桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ」


古今和歌集  大友黒主


Img_5521

広沢の池からブラブラと大覚寺へ向かって歩いていきました。

この北嵯峨辺りは、まだ自然が多く残っており、のんびりした雰囲気で、古の嵯峨の雰囲気を色濃く残しています。嵐山と違い、たまに合う観光客の方も熟年の御夫婦の方が多く、ゆったりとした時間が流れています。

田圃の畦道を歩いていて、子供がまだ小さかった頃、ザリガニやオタマジャクシを捕まえによく来たことを思い出しました。上の子はザリガニを手で掴まえていましたが、下の子は最後までいやがったなぁ。

有栖川を上っていくと、大覚寺に着きます。大沢の池の周りの桜は葉桜となっていました。しかし本堂の前にある枝垂桜は今が見頃です。なぜかその横に御所車がおかれまるで平安時代の嵯峨御所と呼ばれていた時代にスリップしたかのようです。

こころなしか桜もより優雅に咲いています。

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2008年4月12日 (土)

京都 桜逍遥08(堀川寺之内界隈)


「 桜色に 衣は深く 染めて着む 花の散りなむ のちの形見に」


古今和歌集 紀有朋

Img_5357

週末の雨で、ソメイヨシノ系の桜は大分花を落してしまったが、八重桜系はまだしっかりと花をつけている所が多い。

この堀川寺之内あたりには、隠れた桜の名所が集まっている。
雰囲気的にも表千家の不審庵や裏千家の今日庵があり、落ち付いた風情がひろがっている。桜もしっぽりと落ち着いた感じ。

今日庵の門に面した「本法寺」。尾形光琳の菩提所でもある「妙顕寺」。ちょっと上(北)へあがった「火水天満宮」。堀川を渡って西陣の町並みを通っていくと「雨宝院」。南へ下がって「白峰神社」とそんなに観光化されていない穴場が続く。

京都の桜も、最近はまわりにカメラの三脚がずらりと並び、花にも近づけない様な状態が多いが、このようにポカンと桜を眺めていられる場所は大事にしたいものである。


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2008年4月11日 (金)

京都 桜逍遥08(堀川寺之内界隈)


「 久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」


古今和歌集 紀友則


Img_5351

今年は3月から4月にかけてNETを使える環境から離れて生活しており、ブログの方もなかなか更新できず、とうとう桜が散る時期となってしまいました。

やっと先週位から、通常の生活に戻りましたが、まだいつもの春のように桜を観る余裕はできていません。

でも、今年も奇麗に咲いている花を観ると、なぜか心が騒ぎます。

残り少ない花を巡る逍遥となりそうですが、また桜逍遥を始めます。

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2008年4月10日 (木)

「ボストン美術館 浮世絵名品展」 名古屋ボストン美術館(その1)

最近、海外の美術館に残されている浮世絵の展覧会を見る事が続いている。
2年前の同じボストン美術館の肉筆浮世絵展から始まり、フランスのギメ東洋美術館、イギリスのV&A美術館の名品展、そしてアメリカのミネアポリス美術館展と。

海外の美術館が保有する浮世絵は、一つに保存状態がすこぶる良い。発色も美しくあたかも今しがた刷ったかのばかりのものもある。二つに歌麿、北斎、広重等の有名ところはともかく、余り見る事の少ない絵師の画も幅広く集められている。特に関西においては、常設で見られる美術館も少なくこのような美術展は浮世絵を幅広く見る絶好の機会となる。そんなかでこの「ボストン美術館 浮世絵名品展」には更なる期待があった。なにしろ30000点以上のコレクションを保持している。

期待に違わず、すばらしい作品が並んでいた。そんな中から、まずは「鈴木春信」。
「春信」の画は状態といい、色調といいすばらしものが揃っていた。

Img_harunobu1あたかも春の陽のうららかな日射しの如く、柔らかな紅、褐色、緑、鼠色に彩られた「春信」の浮世絵を見て、改めて浮世絵の素晴らしさに感じ入る。錦絵と呼ばれる浮世絵のはんなりとした色調に魅入られ、くすんだ様な色調が織りなす色の陰翳が心の底にある感性を呼び起こす。

これは「春信」の「雨中美人」。
にわか雨にあわてて干し物を取り込もうとしている若い娘。突風にあおられてバタバタとあばれる干し物。チラリと除く胸元が艶かしい。
「あら!まぁー」と飛び脱げた下駄とや開いたままの足の指が驚いた様子をうまく表している。
黄色と紅を基調とする色調とにわか雨の黒墨が落ち着いた対比となっている。

Img_harunobu2「春信」の浮世絵は画の内容が単純な為、見る側にいろいろと想う余地がある。いわば本の挿絵だけを見ているようなもの。見る側はその画から自分に合った物語をつくることができる。自分の想う所を通じて画を見ていく訳だから、気持ちが良くなるのは当然のこと。ある時期、多くの絵師が春信風の浮世絵を書き出したのも理解できる。

これは「春信」の「源氏窓に若い男女」。
大きく開かれた源氏窓の外には、満開の桜の花。その内では、二人の人形の様な男女が何か意味ありげな風情。女は立て膝付いて訴える様な上目遣いで男の顔を見上げれば、男は袴の紐を結びながらも心惹かれる想いで女の顔を覗き込む。若き男女の気持ちの可憐さがいいですね。
ちょっと歌舞伎の一場面を見るかの様な風景。

Img_harunobu3「春信」の描く浮世絵に描かれている男女は歳若く、非常に中性的な感じがする。画によっては顔立ちだけでは男女の区別がつかないものもある。ただ「春信」が描く女性は髷に大きな櫛をさしており、それが一つの印になっている。

これは「水仙花」
左が男で、右が女。女は炬燵越しに伸ばされた男の足の裏をくすぐっている。普通こうなれば、男の顔に何らかの表情が浮かぶはずだが、この男不感症かじっと女をみつめてる。炬燵の上には我関せずと猫が眠り込む。
なんとも不思議な雰囲気のする画。
題名からして何らかの見立てで有ろうと思われるが、その真意はわからない。
でも、見つめあう二人の表情がいいですね。

春信以降浮世絵は、より精緻に、また大胆に、より美しく発展していったが、逆に春信の持つ単純で、無邪気で、落ち着いた美しさという世界からは離れていったのかも知れない。

ボストン美術館 浮世絵名品展 続きへ

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