« 「涅槃図と花供曽(はなくそ)」 真如堂 | トップページ | 京都 桜逍遥08(堀川寺之内界隈) »

2008年4月10日 (木)

「ボストン美術館 浮世絵名品展」 名古屋ボストン美術館(その1)

最近、海外の美術館に残されている浮世絵の展覧会を見る事が続いている。
2年前の同じボストン美術館の肉筆浮世絵展から始まり、フランスのギメ東洋美術館、イギリスのV&A美術館の名品展、そしてアメリカのミネアポリス美術館展と。

海外の美術館が保有する浮世絵は、一つに保存状態がすこぶる良い。発色も美しくあたかも今しがた刷ったかのばかりのものもある。二つに歌麿、北斎、広重等の有名ところはともかく、余り見る事の少ない絵師の画も幅広く集められている。特に関西においては、常設で見られる美術館も少なくこのような美術展は浮世絵を幅広く見る絶好の機会となる。そんなかでこの「ボストン美術館 浮世絵名品展」には更なる期待があった。なにしろ30000点以上のコレクションを保持している。

期待に違わず、すばらしい作品が並んでいた。そんな中から、まずは「鈴木春信」。
「春信」の画は状態といい、色調といいすばらしものが揃っていた。

Img_harunobu1あたかも春の陽のうららかな日射しの如く、柔らかな紅、褐色、緑、鼠色に彩られた「春信」の浮世絵を見て、改めて浮世絵の素晴らしさに感じ入る。錦絵と呼ばれる浮世絵のはんなりとした色調に魅入られ、くすんだ様な色調が織りなす色の陰翳が心の底にある感性を呼び起こす。

これは「春信」の「雨中美人」。
にわか雨にあわてて干し物を取り込もうとしている若い娘。突風にあおられてバタバタとあばれる干し物。チラリと除く胸元が艶かしい。
「あら!まぁー」と飛び脱げた下駄とや開いたままの足の指が驚いた様子をうまく表している。
黄色と紅を基調とする色調とにわか雨の黒墨が落ち着いた対比となっている。

Img_harunobu2「春信」の浮世絵は画の内容が単純な為、見る側にいろいろと想う余地がある。いわば本の挿絵だけを見ているようなもの。見る側はその画から自分に合った物語をつくることができる。自分の想う所を通じて画を見ていく訳だから、気持ちが良くなるのは当然のこと。ある時期、多くの絵師が春信風の浮世絵を書き出したのも理解できる。

これは「春信」の「源氏窓に若い男女」。
大きく開かれた源氏窓の外には、満開の桜の花。その内では、二人の人形の様な男女が何か意味ありげな風情。女は立て膝付いて訴える様な上目遣いで男の顔を見上げれば、男は袴の紐を結びながらも心惹かれる想いで女の顔を覗き込む。若き男女の気持ちの可憐さがいいですね。
ちょっと歌舞伎の一場面を見るかの様な風景。

Img_harunobu3「春信」の描く浮世絵に描かれている男女は歳若く、非常に中性的な感じがする。画によっては顔立ちだけでは男女の区別がつかないものもある。ただ「春信」が描く女性は髷に大きな櫛をさしており、それが一つの印になっている。

これは「水仙花」
左が男で、右が女。女は炬燵越しに伸ばされた男の足の裏をくすぐっている。普通こうなれば、男の顔に何らかの表情が浮かぶはずだが、この男不感症かじっと女をみつめてる。炬燵の上には我関せずと猫が眠り込む。
なんとも不思議な雰囲気のする画。
題名からして何らかの見立てで有ろうと思われるが、その真意はわからない。
でも、見つめあう二人の表情がいいですね。

春信以降浮世絵は、より精緻に、また大胆に、より美しく発展していったが、逆に春信の持つ単純で、無邪気で、落ち着いた美しさという世界からは離れていったのかも知れない。

ボストン美術館 浮世絵名品展 続きへ

|

« 「涅槃図と花供曽(はなくそ)」 真如堂 | トップページ | 京都 桜逍遥08(堀川寺之内界隈) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95018/20025321

この記事へのトラックバック一覧です: 「ボストン美術館 浮世絵名品展」 名古屋ボストン美術館(その1):

« 「涅槃図と花供曽(はなくそ)」 真如堂 | トップページ | 京都 桜逍遥08(堀川寺之内界隈) »