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2008年5月の5件の記事

2008年5月25日 (日)

祇園祭あれこれ08 (御田祭)

今年もそろそろ祗園祭の準備をはじめる頃になった。

その最初の行事として、神輿に飾る「お稲」や八坂神社の注連縄用の稲を植える「御田祭」が、京丹波町下山の「神撰田」で行われた。

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昨夜までの激しい雨も明け方には小振りとなり、神事が行われる10時頃には北の空の向うに、青空が顔をのぞかせる様子になってきた。

この下山にある「下山八坂神社」の神主さんによる祝詞が終わると、山間の水を張られた田圃の上をお神楽の音が流れて行く。そして、白の装束に菅傘をかぶり赤のたすきを掛けた早乙女達により、今年の「お稲」が植えられて行く。

平安時代に神輿渡御の様子を書いた「中右記」の中に、御霊会の行列に参加する者に「種女」と呼ばれる女達が居た事が記されている。これらは田植の早乙女の格好をした女達のことで、ちょうどこの早乙女の様であったと思われる。

田植えが終わると、「神撰田」の横で、「獅子舞」が奉納される。

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「獅子舞」も神輿渡御には付き物の出し物であったらしく、後白河法皇が作らした「年中行事絵巻」に神輿の周りを舞い踊る「獅子舞」が描かれている。

神輿の周りの悪邪を払うため舞い踊っているのである。

「御田祭」でも、田の周りの悪邪を払い、稲の順調な育成を願い二匹の獅子の舞が奉納されている。

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このような「獅子舞」も、子供の頃はお正月に門付に着ていたが、もう長い間、見る事も無くなった。

子供心に、怖かったがなんとなく「獅子舞」が来なければお正月が何か寂しいような気がした事を覚えている。


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お正月の獅子舞も舞いが終わると、周りに居た子供達の頭を噛んでくれた。

そうすることで、一年の子供の「無病息災」を願っていた。

ここの獅子も、祭りを観に集まって来た子供達の頭を噛んでいる。初めての子や小さい子供は逃げまどっていたが、毎年噛んでもらっている子は、くすぐったそうな声を挙げて頭をさしだしている。

今年一年元気でいられるよ!

こうして、いろいろと祭りに携わっていると、神輿渡御や鉾の巡行だけでは見られない、祗園祭の姿が見えて来る。奥の深い祭りである。

さて、また忙しく大変な2か月が始まる。がんばらなくては!

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2008年5月 9日 (金)

家(うち)のごっつぉ (筍)

今年も大山崎で筍を掘ってきた。
春先に寒い日々が続き、そして4月にはいり急激に暖かくなった日々が続いたため、今年は筍は不作だったらしい。
まぁ、そういう年もあるだろう。環境問題がこんなに問題になるのだから。

Img_6182不作と言っても、まったく採れない訳でなく、商品になるような立派な筍が少ないという程度。家で食べる様なのは出来ている。それで十分。

そんなわけで連休位から、筍の料理が続いている。

これは「豚肉と筍の炊いたん」。
豚の塊をまず小口に切り煮立てておく。煮立った豚と水煮した筍を少し油で炒めて、焦げ目が付いた位からかつおを入れて出汁汁で焚きあわせる。
はじめパッパ、後コトコトで煮詰めて、最後に木ノ芽を振りかける。

精が強い筍と豚肉の出汁汁がよく合っている。淡白な筍の炊いたんとはまた違うおいしさ。
こういうのもいいなぁ!

Img_6187これはいつもの定番、「若竹煮」。

今回は筍が小さいので、細かく切っていれている。
大きい筍がはいっているのより、ツルツルと食べられる。お汁系に近い「若竹煮」。
その分、わかめの味がひろがる。わかめをドロドロになる前に煮あげるのがこつみたい。

「若竹煮」一晩置いたのが、味が落ち着いたようで好みだが、我家は皆がよく食べるのでなかなか残らない。食べたければ、自分用に冷蔵庫の奥の方にそっと残しておかなければならない。
なかなか苦労しているのですよ。

Img_6178これも定番の「筍御飯」。

筍御飯は色が決め手ですね。うっすらと色づいたようすがこの季節らしいですね。
これに木ノ芽。いくらでも食べられそうです。

こんな調子で筍のごっつぉが続いてます。
3月の終わり頃から、他所からもらったり、八百屋さんで買ったりして筍は食べてますが、やはり家の筍料理としてはこの大山崎の筍掘りで得た筍が定番になりそうです。

なんといってもこの手で掘り出したものですから、親しみをもって食べられます。

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2008年5月 4日 (日)

神泉苑大念仏狂言 「大江山」

壬生狂言には源頼光とその家来の渡辺綱、平井保昌が鬼等の怪物を退治する物語が幾つか有る。
「土蜘蛛」「大江山」「羅生門」である。
いずれもが、派手な立ち回りがあり人気のある演目である。

Img_5991今回は「大江山」。
あらすじは、
「大江山に住む酒呑童子を頼光らが退治しにいく。途中血の付いた着物を洗う娘に出会い酒呑童子の館を尋ねると酒呑童子にさらわれた娘であることがわかる。また住吉明神の化身の老人に出会い兜を授かる。やっと酒呑童子の館に着くと、都から客人の到着を喜んだ酒呑童子は酒宴を催す。その酒に頼光らは毒をもり、住吉明神の助けにより、酒に酔った酒呑童子を頼光、綱、保昌の3人が力を合わせ打ち取る。」
という話。

Img_6051絵巻等に描かれている「酒呑童子」の物語。
室町時代にこの物語は好まれたらしく、何種類もの絵巻物が残っている。
また、能にも謡曲にもこの話の演目が有る。

念仏狂言の「大江山」は、絵巻に描かれている様子と比べると、上品な感じがする。上の写真にある、童子が鬼に変身する前の顔付からしても、なぜか子供のようなあどけなさを含んでおり、この演目が能から壬生へと写されたものと思われる。面白い話や、人気のある話はどんどん取り入れていったのであろう。

念仏狂言が盛んになった室町時代に、同様に盛んだった能はあくまでも上流階級の愉しみ。それに比べて念仏狂言は庶民というか下層の人々の愉しみであった。彼らにとって年に一度行なわれる狂言は現在の映画や演劇以上にインパクトのあるものだったと思われる。

Img_6026これは舞台の袖で出番を待つ小鬼達。

彼ら小学生ですよ!。

壬生狂言はこの地区の有志の方々によって保存・継承されている。
多くの講の人達は、それぞれ仕事をしながら、一年を通して練習を重ねている。
それを引継ぐ子供達も、一所懸命練習している。

念仏狂言には、今で言うマニュアルのようなものはなく、先輩達の身振り手振りを覚えて行く事でその芸が伝承されて行く。
そのようにして約700年間程続られてきたことは、驚くべき事であり、近くにいるとそのすごさが感じられる。

講中の皆さん、今年もごくろうさまでした。

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2008年5月 3日 (土)

神泉苑大念仏狂言 「桶取」

ツツジが咲き乱れている「神泉苑」で5月1日から4日まで行われた大念仏狂言、今年はお手伝いとしてズーッと詰めていた。
もちろん舞台にあがって演ずるのではなく、単にいろいろと雑用をしていただけですが・・・。

Img_1910一日、舞台の下の部屋に座っていると、体のリズムがあの「カン デンデン」というリズムになってしまう。
子供の頃から聞き慣れたお囃子だが、大人になってしばらく観に来る事もなかった。
最近やっと余裕が出て来て、こうしてお手伝いにも参加できるようになった。

金鼓と太鼓と笛が奏でるゆったりとした独特のリズムに身を任せていると、本当にリラックスした気持ちになれる。

その日の舞台が終わって、家に帰っても頭の中にはあの音が鳴り響いていた。

そんな狂言の演目の中から「桶取」について。

この演目は壬生狂言(神泉苑狂言と壬生狂言の関係についてはこちらに)の中でも最も古い演目といわれており、傑作の一つとされている。

Img_5953あらすじは、壬生寺に美しい若い女が小桶に水を汲んでお地蔵さんに供えている。この女は左手の指が不自由で3本しかない。この不幸を来世ではお地蔵さんに願いなおしてもらいたいと願っている。この若い女を大尽が見初め口説こうとする。最初はいやがっていた女だが、ついには口説かれ契りを結ぶ。そして女は男に踊りを教える。初めはうまく踊れなかった大尽も、女に手取り教えられるうちに、うまくいっしょに踊れる様になる。二人が踊っている最中に大尽の身重の嫁が現れる。嫁は男と女を責める。大尽は美しい女に気を惹かれながらも身重の嫁を慰めようとする。しかし、去って行った女が忘れられず、身重の嫁を棄てて女を追いかけて行く。残された嫁は、鏡に己の顔を写し、化粧をして、でっぱった額をたたき低い鼻をひっぱりなんとか美しくなろうとする。しかしその願いも虚しく、歎き悲しみ狂死してしまう。

Img_59631時間程の舞台だが、ストーリがよく出来ており、テンポもよく、場面々に見所が有り、ぐいぐいと惹き付けられる。

最初の女の登場から、大尽との出会い。
あの手、この手をつかった大尽の口説きの場。
女と大尽が踊りを通じて親しくなって行き、囃子もテンポをあげ、二人が一緒に激しく踊る場。
そこへ、突然大尽の嫁が現れ、争う場の、大尽の身振り。
残された嫁が己の不細工を歎き、美しくなろうとする愁嘆の場。

現在の演劇としても充分に成り立つ構成である。

Img_5922しかし、じっくりと観てみれば残酷な物語である。

若い女の肉体の欠損や大尽の嫁のお多福顔は、本人の希望ではなく生まれついてのものであってどうしょうもないものである。
どうしようもない事がわかっていながらも、お地蔵様にすがりついてしまう人間の弱さ。

大尽の愛欲にしても同じ物かも知れない。

それらの人間の苦しみを大きく受け止めるお地蔵さん。

形、思想は変わっても、現在も同じ様な事が起っている。ただ現在はすがるものを見失い己の中で大きな塊として抱え込んでしまっている。

この「桶取」。演じている人達に聞くと、身振り、足の運び一つ一つに意味が有り。もっと多くの真実を含んでいるらしいが、我々素人にはなかなかそこまで全ては理解できない。
しかし、念仏狂言の素晴らしさを知ることができる、見応えのある舞台だった。

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2008年5月 2日 (金)

「新緑遊行 東福寺」

紅葉で有名な東福寺、今新緑が奇麗です。
紅葉の頃には多くの人達で溢れかえる通天橋も、今は若葉の海にかかる橋のようです。

この東福寺、京都のお寺には珍しく、桜の木が見当たりません。
そのため、春に訪れる人達も少なく静寂とした禅宗のお寺の雰囲気が戻ります。

それにしてもこの季節、紅葉の若葉の色は本当に美しい色です。
一枚、一枚は、少し薄い緑色なんですが、それが何枚も重なりあって複雑な色合いを作り出します。

滴る緑とでも言うのでしょうか。
気持ちまでが若葉の色に染まる様な気がします。

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