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2008年6月10日 (火)

「暁斎ー近代へ架ける橋」京都国立博物館(その5)

山姥と子供(金太郎)の画というのは江戸時代の画にはよく見かける画題である。
有名な所では歌麿が何十枚とこの画題の浮世絵を描いている。しかし歌麿の浮世絵は親と子の情愛を主題に色気たっぷりな山姥を描いたもので、暁斎の画とは少し雰囲気が異なる。
やはり暁斎の「山姥図」を観て想い出すのは、芦雪の「山姥図」。

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河鍋暁斎「山姥図」            長沢蘆雪「山姥図」

この2つの画が重なりあい私の中で一つのドラマが生まれる。

若い姿をした暁斎の山姥はいぶかしげな様子で遠くの方を見やる。
その眺める彼方の方から、何か得体が知れないが恐ろしさだけが感じられるものが押し寄せる様にして近づいて来る。
山姥の金太郎を抱きかかえる手に力がはいっていく。
そんな山姥の緊張を知らずか、金太郎は無邪気に白熊と棒引きに興じてる。

突然、その得体の知れないものが山姥に襲いかかって来る。山姥はその本性を現し、歌舞伎の早変わりのようにその姿を変える。
鋭い目、とんがった鼻、むき出しとなる三本の牙。そのグロテスクな面相には、襲い来るものから金太郎を護ろうとする強い想いが現れている。

暁斎の画を起点として、芦雪の画を想い出し、こんな物語が頭の中を駆け巡る。

同じ様な事が「幽霊図」でも起る。

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河鍋暁斎「幽霊図」       長沢蘆雪「幽霊図」

今回は起点は芦雪の画から。

夏の暑苦しい丑三つ時、寝苦しくふと目覚めると開け放された障子の向うに見える坪庭の端にある井戸の辺りに何か白いものが見える。
寝ぼけた眼をこすり、よく見るとそれは幽霊。
「出た〜!」と叫ぶと、その幽霊はスーッと掻き消え、何処だと見回すと部屋の隅の行灯の向うに
「うらめしや〜」と暁斎の幽霊が表れる。
近くに見るだけこんどはリアル。痩せこけた胸の凹凸まではっきりと目に焼き付く。

女の人にうらまれる憶えは無いですが、こんな感じですかね・・・。

このような想像で画を観ていくのもなかなか楽しいものである。

それに、暁斎と芦雪それとなく共通点がある。奇抜な着想と大胆な構図。そして個性溢れる表現。
活躍した時代は暁斎の方が60〜70年程後だが、奇才の絵師として両者の画の持つ力はすばらしいものである。

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