« 「ルノワール+ルノワール」 国立京都近代美術館 | トップページ | 「祈りと美・かざりの美」 細見美術館 »

2008年6月20日 (金)

「コレクション ギャラリー (常設展)」 京都国立近代美術館

京都国立近代美術館の4階に上がると目の前には平安神宮の朱い鳥居がそびえ、手前には洋風の建物に和風の屋根をかぶせた京都市美術館の威風堂々とした姿が見え、遠くには緑が濃くなって来た東山の山並がひろがっている。
この4階で「コレクションギャラリー」は展示されている。
今年の1月から3月までは館内の改修工事のために閉鎖されていたが、この4月から再び開設され懐かしい画や待ち望んでいた画が戻って来る。

Img_kinbi1まずは藤田嗣治の画から。

藤田の画は7枚展示されている。
「アネモネ(1918)」「野ウサギの静物(1918)」「タピストリーの裸婦(1923)」「メキシコに於けるマドレーヌ(1934)」「横たわる裸婦(1937)」「十字架と少女(1947)」「路傍(1957)」。(画像は「タピストリーの裸婦」)

京近美が所蔵する藤田の画がすべて展示されている。

こうやって藤田の画を時代順にみていくと、藤田嗣治は日本画の画家ではないかと思えて来る。
2年前にこの美術館で開催された「藤田嗣治展」でも感じた事だが、あの藤田の乳白色(油絵具と胡粉の混合)はまさしく日本画の色である。
そしてあの描線、まさしく日本画の線である。美しいなぁ・・・。

藤田はパリに行き日本画を追い求めた感じがする。

日本では追い求められないもう一つに日本画を追い求めた藤田である。

Img_kinbi22これは川端龍子の「佳人好在」。

好きな画である。夏の常設展の顔となる一点である。今年も出ていた。

京の夏の朝の雰囲気がよく伝わって来る。
庭にはやがて暑くなることを示すように、清冽だが厳しい日射しがもう既に刺している。
しかし、座敷の内はまだ陰が力を持ち、夜の涼しさが居残っているかのようである。

その日向と日陰の境目に朝食の膳が置かれている。
八寸には半熟の卵と河海老、お膳には炙った魚。赤絵の鉢がいいなぁ・・。
まだ、箸は付けられていない。お客は何処へ行ったのだろう?
そういえば、まだお粥も並んでいない。料理が運ばれているちょっとした間の画かな?

この部屋は、南禅寺の瓢亭の座敷。今も同じ部屋が残っている。そして夏の間には「朝粥」がだされている。ただし、何故か知らないが実際は左右が逆。潜り戸は左側にある。

別に瓢亭の座敷だけでなく、京都の古い町家で庭を眺めるとこのような雰囲気。特に夏は庭の光と座敷の薄暗さがこんな風な陰翳を作っている。そのコントラストが京都の暑い夏を過ごす涼味となる。

川端龍子はその他に「曲水図」が展示されていた。これも大作で見応えがある。

Img_kinbi3

これは小松均の「鯰」。

2曲1雙の屏風。
水底に泳ぐ鯰が墨を基調とした色合いでヌメヌメと描かれている。鯰の周りは白く抜かれており、くねらす体の動きが浮かび上がっている。

周りの水は淀むように、黒っぽい中にも、緑や茶色、黄色等の色が混ざりあい複雑な色調。水底から見上げる水面は黄金色に光っている。いろいろな想いが浮かぶ画である。

小松均の画は信頼できる画である。画家の生き様としてガッシリと大地に根付いた様な力強さが見る者に安心感を与える。
京都の大原の景色にしろ、彼の生地の最上川の風景にしろ真面目で力強い黒が見られる。水墨画なんかでは墨の黒で全ての色を感じさせるが、小松は色としての黒を見事に使いきっている。このような黒は日本画の中では珍しい。

私の好みの画家の一人。

その他では新収蔵品として麻田浩の作品、それから池田満寿夫の60年代の版画群、北大路魯山人、河井寛次郎の陶磁器が目についた。

3階で開催されている「ルノワール+ルノワール」だけでは、この美術館の半分しか愉しんでいない。ぜひ1階上へどうぞ。

*コレクションギャラリー  京都国立近代美術館
 2008/05/13〜7/21

|

« 「ルノワール+ルノワール」 国立京都近代美術館 | トップページ | 「祈りと美・かざりの美」 細見美術館 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95018/21777287

この記事へのトラックバック一覧です: 「コレクション ギャラリー (常設展)」 京都国立近代美術館:

« 「ルノワール+ルノワール」 国立京都近代美術館 | トップページ | 「祈りと美・かざりの美」 細見美術館 »