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2008年8月の6件の記事

2008年8月16日 (土)

「下鴨納涼古本市」と「五山の送り火」

最終日になったが下鴨神社糺の森で行われている「納涼古本市」に参戦してきた。

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緑が滴り、蝉の声が降り注ぐ糺の森で行われる古本市も夏の風物詩としてすっかり定着し、多くの古本マニアが集まってくる。
特に最終日の終了時間近くになって来ると、全品半額とか、袋詰め放題500円とか古本探しの醍醐味が味わえる。

2時頃に着きそれから一軒一軒覗いて行き、3時過ぎ位になりふと空を見ると、木々の間から見えている空に黒雲が広がって来ている。
「これはやばいぞ!」と思い、残りの店を急いで覗いて行こうとしたが、残念それから4〜5軒の間にポツポツと大粒の雨が落ちて来た。
あわてて、ビニールを掛け出すお店の人達。こちらも抱えている本が濡れるのがいやで早々にリタイア。
残念!
本日の戦果は美術関連1冊、民俗学系1冊、古典2冊、小説2冊。まあまあですね。

しかし、夜の送り火が心配。

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その後、中京ではそんなに降らなかったが、嵯峨や山科では激しく降った様子。しかし、夕方には西山が夕焼けで染まる程、天気は回復して来た。

いつものところへおじゃまし、今年も先祖を送る。

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8時ちょうどに「大文字」に火が点る。点々と広がっている火がまたたくまに繋がり「大」の字となる。
想い思いの気持ちをこめて、皆さん「大」の字を眺めている。

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しばらくすると「妙法」が点り出し、北の空が赤く染まる。そして「船形」が点って来る。
「船形」は見ている位置から近いだけに炎の様子まではっきりと見えている。

毎年見ている風景だが、見飽きることはない。
無事に今年も見られる事を感謝し、また精霊を送れる事を喜ぶ。

この頃になると「左大文字」も点り、見られる送り火が全て揃う。
壮観な眺めである。

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これは偶然撮れていた「走る大文字」。「大」の字って、こうやってみると「人」みたいですね。
まるで走り去るご先祖さんのよう。はよ帰らんと地獄の蓋がしまりまっせ!(家の先祖は地獄へ帰るのか?)

今年もいい「送り火」だった。
この「五山の送り火」が済むと京都も少し朝夕が過ごしやすくなって来る。
あとは、行く夏を惜しむかの様に「地蔵盆」の行事が各町内で行われる。

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2008年8月15日 (金)

「比叡山ライトアップ」

最近といっても10年位前からだと思うが、お盆のこの頃比叡山の根本中堂がライトアップされている。
涼しさを求めて、まだムーッとした熱気の残る夕刻の京都から比叡山へ出かけた。

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京都市内から滋賀県へ抜ける山中越えを登り、途中の比叡平から比叡山ドライブウエイにはいり、約45分程で「根本中堂」に着く。

さすがにここまで上がると涼しい。市内より約10度位違う。市内では喧しいクマゼミや油蝉の声がここではヒグラシの鳴き声に変わってる。

駐車場から根本中堂へ続く参道を歩いている間に、あたりは夕闇に包まれはじめ、やがてライトアップが点灯された。

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ライトアップの赤い光に包まれて、朱色に染まって行く「大講堂」。
堂内の大日如来さんも光に照らされて神々しく輝いている。

多くの涼を求めて集まった人達が、次々と建物がライトアップされて行く度にホォーッと歓声を上げている。いつもは闇に包まれる比叡山が光の輝きに包まれる。

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「大講堂」から坂道を下りて行き「根本中堂」に着く。この中は撮影禁止。
前庭には小さな灯籠が並べられ、地面にはドライアイスの煙が流されており、少々演出過剰気味だが雰囲気は良い。

堂内では護摩供法要と天台声明が唱えられている。今回このライトアップを見に来た目的は、この根本中堂の堂内で天台声明を聞く事。
しばらく堂内座って聞いていると「般若心経」が始まった。
10人程の僧侶が奏でる「天台声明」が朗々と堂内に響き渡る。気持ちの良い声明である。
しかし、このお堂よく響く。お腹の底に染み込む様に響いて来る。
ヨーロッパの古い教会や、日本の古いお寺等このような昔からの宗教的な建物、人の気持ちを落ち着かせたりする様な独特の響きをする構造をもっている。
計算では導けない古からの知恵である。

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これは「文殊塔」を手前の階段から見上げたもの。
一段一段の階段が青く色付けられ、周りの木々は緑色に照らされて、頭上の「文殊塔」は朱色に輝いている。
その風景の中を涼しげな風が渡って行く。

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夜空を見上げると、満月が塔の上にかかっていた。
涼しさの中で、この様な月を見ていると立秋なんだなという気にさせる。

暫しの間下界の暑さを忘れさせる、比叡山でした。

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2008年8月11日 (月)

「2つのモディリアーニ展」

モディリアーニの展覧会が近畿で2つ同時に開催されていた。

Img_modhi1_31つは名古屋市美術館開館20周年記念として春先は名古屋で開催されていたのが、姫路市立美術館に巡回し、3日まで開催されていた。そして24日からは岩手県立美術館に24日から巡回して行く。
もう1つは日本経済新聞社主催で国立新美術館で開催されていたものが大阪の国立国際美術館に巡回して来ている。

モディリアーニ・フリークならともかく、普通一般の我々にはどちらの展覧会に行くべきか悩んでしまう所である。どうせ絵を集める努力をするのだったら、1つにまとまってくれたらいいのにと思う気持ちが本音だろう。

この2つの展覧会、名古屋と大阪で見たのだが・・・。

名古屋の展覧会は、主催する名古屋市美術館がモディリアーニの優品である「おさげ髪の少女」を所蔵しており他の美術館に貸出し等も行っている関係からか、50点くらいの作品数だが、世界の多くの美術館から優品が集まっている。美術展の構成もオーソドックスな構成で、モディリアーニの全般について見られる様になっている。私にとっては規模といい、内容といい見やすい展覧会であった。


Img_modhi2大阪の展覧会は「et le primitivisme」という副題がついているように、「原始的芸術」(私自身はこの原始的という言葉は嫌いだが)とモディリアーニの関係をあぶりだそうとしている内容だった。

展覧会の構成も、その趣旨に沿ってきっちりと説明や展示がなされているが、見ていてその趣旨に納得いかない部分がでてくる。この時代の絵画には多くの画家に「原始的芸術」の影響はみられ、特にモディリアーニに限ったことではない。後期の肖像画なんか見ていると、逆にそこから抜け出た所にモディリアーニの良さが有る様に思う。

見終わって気付いた事だが、この美術展1年程前、大阪の大丸で開催されていた「ジャンヌとモディリアーニ展」に出品されている作品と多くの作品がかぶっている。「国内最大のモディリアーニ展」とキャッチフレーズにある割には、多くが素描であり油絵は3分の1程。その多くがまだ記憶に新しい昨年の展覧会とかぶっているとなると、何の目的が有りこの時期に同時に開催する意図があるのだろう。

多分、この2つの展覧会、企画は名古屋の方が早かったと思う。日本経済新聞社の企画が動き出した時には望んだ作品は名古屋が押さえていたのが現実だろう。あわてて1年前の展覧会のために、名古屋のリストからはずれていた作品を集めたのだろう。新国立美術館と日本経済新聞社の体面がこの企画押し進めた。

思えば、見る側(お客)の事は考えてない企画である。このような展覧会を続けていると美術館へ足を運ぶ人を減らす事になる。異常に混み合った美術展も困るが、需要が無ければ美術展も減り、見たい絵を見る機会も減ってしまう。困ったものである。

「文句があるなら、見に来なくてもよいですよ!」と言われればそれまでだが、キュレータや主催者は、もうすこし見る側のことを考えてもらいたいものである。

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2008年8月 9日 (土)

壬生寺万灯供養会と壬生六斎念仏

夕方から突然降り出した激しい夕立も7時過ぎにはあがり、日中の暑さがすこし冷まされた頃、壬生寺では精霊迎えの行事として、本堂の前に掲げた1000個の灯籠とストーパのように作られた千体仏塔に供える蝋燭球に明かりが点じられる。
先祖の精霊を供養する万灯供養会が始まった。

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先祖の名前が書かれた小さい灯籠が並べられた巨大な光の壁の前に備えられた舞台で、今晩は「壬生六斎念仏」が演じられる。

「六斎念仏」は、その起源を空也上人、一遍上人が始めた「踊念仏」に有るとされているが、壬生の六斎は宗教的な雰囲気から離れ、芸能の要素を取り入れ、演曲や囃子に変化をつけて踊られる様になった。

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これは「祗園囃子」という演目。
鉦、笛、太鼓による軽やかな囃子に合わせ、舞台の中央で片手に小太鼓をもった踊り手がお互い掛け合うように踊り出す。
この壬生六斎念仏の講中は囃子方として「綾傘鉾」に参加しているが、祭りの時と同じ囃子なんだろうか? 祭りの時より、よりリズミカルな感じがする。
あの心を掻き立てる様な雰囲気がお盆の壬生寺の境内に広がっていく。

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太鼓の早打ちや、謡曲からの曲が続いた後、「越後獅子」「獅子舞」が始まる。
この演目は「芸能六斎」の真骨頂たる曲。
2匹の獅子が出て来て曲芸に近い演技をする。最後には将棋の台を4段積んだ上で立ち上がったり、逆立ちをしたりする。
そして、休む間もなく同じ獅子で「獅子舞」へと入っていく。

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「獅子舞」では先の「越後獅子」で踊り疲れて眠る獅子を「土蜘蛛」が襲って来る。
「土蜘蛛」に痛めつけられた獅子を太鼓の乱舞で励まし、力付け再び「土蜘蛛」に立ち向かわせる。

「土蜘蛛」は糸を吐き出し「獅子」をやりこめようとするが、太鼓に励まされた「獅子」は強く逆に「土蜘蛛」をやっつける。

壬生狂言の「土蜘蛛」と同様撒き散らす蜘蛛の糸は舞台だけでなく、観客に向かっても投げつけられる。
観客も歓声を上げて蜘蛛の糸をたぐり寄せる。この蜘蛛の糸の芯を集め、財布に入れておくとお金が貯まるという言い伝えがあり皆さん必死。

江戸時代に京都の近郊の農村で盛んだった「六斎念仏」。厳しい労働が続く日々のなかで、仏の教えと愉しみを合致させたものとして人々にとってはかけがえのない愉しみだったのだろう。
娯楽の増えた現在においても、十分楽しめるものである。

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2008年8月 4日 (月)

「鴨川の床(ゆか)」 もち料理 きた村 

京都の夏の風物詩の一つに鴨川の「床(ゆか)」がある。

この「床」、写真やまわりから見ていると涼しげな感じがするが、実際はそうでもない。
風が吹いているときはなるほど涼しいが、常に風が吹いている訳でもなく、風が止むと団扇や扇子でパタパタあおがなくてはならない。
クーラーの効いた部屋の中で食事するほうがよっぽど快適だが、この人工の快適さを捨てて自然のいとなみを感じながら食べるのが風情があって面白い。

この日行ったのは、木屋町仏光寺にある「もち料理 きた村」さん。
おもちと懐石をうまくとりあわせた料理をだすことで人気のある店。
お休みの所を特別に開けていただいたということで、「床」は貸し切りの状態。

まず出て来たものは「おもちゃ箱」。このお店の名物料理。

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2段重ねの箱の中に向付けが何種類もはいっている。
鱧寿司もあるし、茄子と鰊のたいたんもあるし、どれから箸をつけるのか迷ってしまう。

女の人には好まれそうな料理だが、ビールを飲みながら次の料理を選んでいくのはまた愉しみ。
なかなか工夫がきいている。ついついビールがすすんでしまう。

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次もここの名物である「お餅のたらこソース漬け」。

たらこの赤いソースの中におもちが沈んでいる。ちぎった餅とちょっとピリ辛のソースがよくあう。
でもこのソースなかなか手がこんでいるらしい。おかみさんによると卵の黄身やいろんなものがまざっているらしい。
お餅とたらこって案外合いますね。

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お刺身はもちろん鱧の落し。でも今年の鱧はそんなにおいしくないぞ。まだまだなんか水っぽい。
このへんで風が止んで来た。パタパタと団扇を使わなくてはならなくなったし、お酒を受ける杯も持たなくてはならないし、話にものっていかなくてはならないし、写真も撮らなくては、忙しくなって来た。
(嫁さんと一緒に行った以外で、初めて料理の写真を撮りました。)

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お吸い物は、大和芋の出汁に海老とお餅とお蕎麦がはいったもの。
このお餅、赤米か黒米をついたものでちょっと変わっている。普通のお餅より粘り気がちょっと少ない様な感じ。その分お吸い物の種としてはよくあっている。

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揚げ物はお肉の天ぷら風と唐がらしのあげたん。
お肉も柔らかいし、そんなに脂っこくは感じない。
だんだんお酒も進み、暫しの休息と床の欄干にもたれて下の河原を眺めて見る。
暗くなった堤防にぽつんぽつんと若い二人連れが座っている。うまいこと場所を取るもんである。
遠からず近からず、絶妙の間ですね。

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氷物は、ジュレのなかに海胆やおくらがのったもの。さっぱりとしておりほのかに海胆の香りが広がって来る。このごろ和食の懐石なんかでもこのジュレを使った料理がよくでてくる。
あんがい和風の感じに合う味だなぁ。

そして締めは梅茶漬け。ぶぶあられの香ばしさがいいですね。

でも「きた村」さん料理の量が多いですね。若い人に人気があるのがわかる様な気がする。
新しい形の和風創作料理というんですかね。
一品一品個性があって、看板の餅が適当に散らばってアクセントとなっている。

大分遅くなって来て、廻りの床からも時々嬌声が聞こえて来る。この頃になってまた風が吹き出した。
さすがに川べりだけあって、風が吹くと涼しい。おいしい料理と涼しげな風情。夏の京都の醍醐味ですね。

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2008年8月 2日 (土)

「涼風観瀑」 那智の瀧

京都では、祗園祭が終わってから大文字までの間、一番暑い日々が続きます。
みなさんいかがおすごしですか?

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灼熱の京都から逃れて、那智の方へ瀧を見に行って来ました。

第二名神が出来たおかげで大分楽に、伊勢や勝浦の方へ足を伸ばす事が出来ます。
今回は夜中に京都を出て、朝日に光る瀧を見ようという予定です。

第二名神を通って、伊勢を抜け、尾鷲までは高速道路で一直線です。
尾鷲からは国道42号線を通り、4時間弱程で那智勝浦に着きました。

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夜明け前の明るさが東の空からだんだん広がってきていますが、神社の中はまだ薄暗く、「大瀧」も白い水の流れがぼんやりとわかる程度です。

しばらく瀧の前で佇んでいると、周りは大分明るくなって来ました。

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観瀑台の方へ進むと、さすがに迫力があります。

尽きる事の無い水の流れが、約130メートル上方から落ちて来ます。途中岩壁にあたり白い飛沫をあげながら落ちていきます。永遠に続く様に落ちて来ます。見ていて飽きません。

ポカンと口を開けてじっと瀧を見つめていると、心に溜まっているものがどんどん流されていき、あとには単純に「すごいなぁ!」という気持ちだけが残ります。(朝早くだったの他に人は無く、無防備の状態で瀧をながめていました。)

太古の昔からこの瀧が多くの人を惹き付け、多くの信仰を集めて来た事がわかります。
時折、涼しげな風に乗って水滴が流れて来ます。
人の世を越えた世界を体験できます。

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これは「青岸渡寺」の境内から眺めた那智の大瀧です。

朝日に輝く朱色の三重塔と緑濃い瀧の風景が奇麗です。

この後、この那智大社や速玉大社、本宮大社の熊野三山を巡り、京都へ向かいました。
途中、渡瀬温泉の露天風呂に入って来たのですが、それでも朝の9時頃で一番風呂です。
たまにツクツクボウシの声も混ざる山間の温泉で、ウトウトと湯に浸っていると、祭の疲れが抜けていく様な感じがします。

西方浄土とはこんな感じのものでしょうか?

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