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2008年8月11日 (月)

「2つのモディリアーニ展」

モディリアーニの展覧会が近畿で2つ同時に開催されていた。

Img_modhi1_31つは名古屋市美術館開館20周年記念として春先は名古屋で開催されていたのが、姫路市立美術館に巡回し、3日まで開催されていた。そして24日からは岩手県立美術館に24日から巡回して行く。
もう1つは日本経済新聞社主催で国立新美術館で開催されていたものが大阪の国立国際美術館に巡回して来ている。

モディリアーニ・フリークならともかく、普通一般の我々にはどちらの展覧会に行くべきか悩んでしまう所である。どうせ絵を集める努力をするのだったら、1つにまとまってくれたらいいのにと思う気持ちが本音だろう。

この2つの展覧会、名古屋と大阪で見たのだが・・・。

名古屋の展覧会は、主催する名古屋市美術館がモディリアーニの優品である「おさげ髪の少女」を所蔵しており他の美術館に貸出し等も行っている関係からか、50点くらいの作品数だが、世界の多くの美術館から優品が集まっている。美術展の構成もオーソドックスな構成で、モディリアーニの全般について見られる様になっている。私にとっては規模といい、内容といい見やすい展覧会であった。


Img_modhi2大阪の展覧会は「et le primitivisme」という副題がついているように、「原始的芸術」(私自身はこの原始的という言葉は嫌いだが)とモディリアーニの関係をあぶりだそうとしている内容だった。

展覧会の構成も、その趣旨に沿ってきっちりと説明や展示がなされているが、見ていてその趣旨に納得いかない部分がでてくる。この時代の絵画には多くの画家に「原始的芸術」の影響はみられ、特にモディリアーニに限ったことではない。後期の肖像画なんか見ていると、逆にそこから抜け出た所にモディリアーニの良さが有る様に思う。

見終わって気付いた事だが、この美術展1年程前、大阪の大丸で開催されていた「ジャンヌとモディリアーニ展」に出品されている作品と多くの作品がかぶっている。「国内最大のモディリアーニ展」とキャッチフレーズにある割には、多くが素描であり油絵は3分の1程。その多くがまだ記憶に新しい昨年の展覧会とかぶっているとなると、何の目的が有りこの時期に同時に開催する意図があるのだろう。

多分、この2つの展覧会、企画は名古屋の方が早かったと思う。日本経済新聞社の企画が動き出した時には望んだ作品は名古屋が押さえていたのが現実だろう。あわてて1年前の展覧会のために、名古屋のリストからはずれていた作品を集めたのだろう。新国立美術館と日本経済新聞社の体面がこの企画押し進めた。

思えば、見る側(お客)の事は考えてない企画である。このような展覧会を続けていると美術館へ足を運ぶ人を減らす事になる。異常に混み合った美術展も困るが、需要が無ければ美術展も減り、見たい絵を見る機会も減ってしまう。困ったものである。

「文句があるなら、見に来なくてもよいですよ!」と言われればそれまでだが、キュレータや主催者は、もうすこし見る側のことを考えてもらいたいものである。

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