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2008年9月の8件の記事

2008年9月27日 (土)

「再興第93回 院展」 京都市美術館

京都市美術館で開催されている「(秋の)再興院展」に行って来た。

Img_innten1何故だか知らないが春は「院展」、秋は「再興院展」と言われてる。
どう違うのかは知らないが、春の院展は京都では高島屋で開催され、秋の再興院展は京都市美術館で開催されている。

会場の大きさのせいかわからないが、春の院展は小品が多く、秋の再興院展は大作が並ぶ。

今回も会場にはズラーッと100号を越す様な大作が並んでいる。

しかしその中に片岡球子の画はない。彼女は今年の1月、103歳の天寿を全うされた。あの独特の「面構」の画はもうこの会場に並ばない。

そんな一抹の寂しさを思いながら会場を回っていく。

やはり日本画は見ていて心が落ち着く。あの岩絵具のしっとりとした色調。落ち着いた線。
そんな中で目に付いたものを何点か。

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これは奨励賞をとられた石村雅幸氏の「魂」。
この画家、同じ様な構図で何回か院展に出展されている。彼のテーマなんだろう。
大きく広がった楠(?)の姿が堂々と描かれている。日に照らされた葉の美しい事。

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これは同じく奨励賞をとられた松本高明さんの「春立つ」。
冬枯れの野に白く浮かび上がる草と白梅が印象的。
ちょっと構図的には不思議な様子だが、その分魅入るような雰囲気が有る。

多くの大作を見ていって気付く事だが、画家にとってこの様な大きな作品を描くことは大変な作業であるという事。肉体的にはもちろん、精神的にも。
その証拠に、途中で力尽き、明らかに画にバランスが欠けている画が有る。
ある一部は非常に力をこめて、緊張して描かれているが、それ以外の部分は単なる色を塗ったという感じの作品が見られる。

院展の創始者の一人である、大観の画なんかを見ていると、多くの大作には色を塗らない「余白」が存在した。その余白が無駄な色彩を排除し、主題を浮出させる効果を持っていた。
今の作品は、なぜだか知らないがべったりと色が塗られている。その塗り方が散漫なため画ののバランスを殺し、主題を殺している。
また、その為に同じ様な色調、同じ様な構図の画が増えている。
なんとなく、日本画の将来が危ぶまれる感じがする。

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こうして一回りし終わって、ふと、「あれ、今年は平山郁夫さんは出してないのかな?」と思った。
不思議に思ってもう一回りし出すと、有りました。
「祈りの行進・聖地ルルド」と題された大きな作品でした。気付けば平山画伯の沈んだ群青色が美しい作品でした。
しかし最初はわからなかったなぁ〜。
仏教関係の画ではなくキリスト教の画だったから。

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2008年9月26日 (金)

「芸術都市パリの100年展」 京都市美術館

日本とフランス、京都市とパリ市交流の節目を記念して、京都市美術館で開催されている「芸術都市パリの100年展」に行って来た。

Img_paris1入口にエッフェル塔の足の部分の大きな模型が置かれており、その下をくぐって展覧会場へはいっていくようになっている。

そして展示場には、パリにある、ルーブル、オルセー、プティ・パレ等の15館くらいの美術館から1830年〜1930年の「ベル・エポック」と呼ばれた時代のパリを表す作品が集まっている。

ちょっとしたパリの美術館巡りのような感じ。

特別有名な作品は無いが、その時代を感じさせる多くの画家達の作品が集まっているため見ていてあきない。
また、多くの写真も同時に展示されているため、より一層当時の様子が伺い知れる。
特に、エッフェル塔の建築時の写真や有名人の肖像写真、そして風俗写真なんかは非常に面白い。

そんな中から興味のひいた画を

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これはユトリロの「コタン小路」。

白を基調とした繊細な色調で、遠近法による単純な構成。人気のある画である。
コタン小路は行った事が無いが、確かに冬のパリはどんよりとした曇り空の下に妙に壁の白さが浮き上がったような風景があった事を思い出す。

ユトリロは「エコール ド パリ」の画家の一人で、父親がいなく(キリストと同じではなく、誰が父親か判別つかなかった。)崩壊した家庭の事情から十代でアルコール中毒となり、そんな状態のなかで独特の白を基調とした画を描いた事で、日本でも人気のある画家。

モディリアーニ等と同様、エコール ド パリの伝説になるようなストーリーを多く持っている。

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興味を引いたのはこの画。

ちょうどユトリロが「コタン小路」を描いた頃の肖像画。
目付きが何となく虚ろで、アルコール中毒に浸っていたんだなという感じがする。

ユトリロの画から2部屋ほどすすんだ場所に飾られているこの画はシュザンヌ・ヴァラドンという女性の画家が描いたもので、実はこの女性がユトリロの母。

そんな母が描いたユトリロだが、美化する訳でもなくかえって突き放した様な画家の目で現実を見つめて描いている様な気がする。

シュザンヌは誰が父親かわからない状況で18歳でユトリロを生み、その後も自由奔放に生き抜いた。
(その相手の一人に作曲家のサティがいたのにはちょっとびっくり、サティの肖像画もあった)

元はロートレックやルノワールのモデルであったが、周りの画家達に影響されてか自分も画を描きだした。教えたり手本となったのが巨匠達であった為か、また元々才能が有ったのかうでを上げ後には人気のある画家となっていった。

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これはシュザンヌが何人目かに結婚した相手の家族を描いた「ユッテルの家族」。
(このユッテルという相手は、ユトリロの同年輩の友人であったらしい。それがまたユトリロの憂鬱の種)

夫の家族といえども、この場合も冷たく突き放したように淡々と描いているように思える。しかし色はきれいだった。女性のスカートやブラウスの柔らかさが女の画家だなぁという感じがする。

描かれた肖像画のかっちりとした輪郭線。強調された目。そんなところにこの画家の何ものにも負けない、自分の意志をまげない強さみたいなものを感じる。

少し話はずれるが、このような悲劇的なストーリを持つユトリロ。若くして亡くなったのかとかってに思い込んでいたが、この展覧会で1950年代まで長生きし、勲章なんかを受けて幸せな老後をおくった事を知ってしまった。

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これはナダールという写真家が1864年に撮った「ジョルジュ・サンドの肖像」。

彼女もシュザンヌと同様、自由奔放に生きた女性で、ショパンとの恋愛が有名だが同じように意思の強そうな顔をしている。
この人に捧げるためショパンがあの名曲を書いたのかと思うと、感慨もひとしお。

まあ、画の見方もいろいろあるが、ゴシップを追いかけて画のいわれ等を見ていくのもまた面白い。


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2008年9月24日 (水)

「長谷川等伯・雲谷等益 山水花鳥図襖」 楽美術館

楽美術館の開館30周年記念特別展として「長谷川等伯・雲谷等益 山水花鳥図襖&楽美術館吉左衛門セレクション」が開催されている。

Img_raku1楽美術館は表千家、裏千家、武者小路千家の家元に近い上京区にある楽家代々の作品を並べる小さな美術館。雰囲気はよく訪れる人も少なく楽ちゃわんの代々の作品にじっくり対峙でき、贅沢な時間がすごせる美術館である。

今回も一階は吉左衛門セレクションとして代々の楽家のちゃわんがならび、中二階にのんこうの香合と信楽や志野、そして織部の茶碗、二階に長次郎、光悦、乾山の茶碗と襖絵が並べられている。

総数40点位の展示だが、一点一点見て行くと見所は多い。

小さな美術館だけに今回の襖絵も一度に両者展示されず、等伯は10月7日から11月16日まで、
等益は9月10日から10月13日と11月10日から12月21日までと分かれている。

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これが等益の襖絵。

もとは大徳寺山内にあった碧玉庵の襖絵。その内三面が楽家に伝わっている。
雲谷派の縮図(後の手本帖)によると8面の花鳥図が描かれていた事がわかる。

雲谷派は、萩を中心に発達した一派で、雲谷等顔が毛利輝元から雪舟流を継ぐものとして雪舟が山口に居た頃のアトリエ「雲谷庵」と雪舟筆の「山水長巻」を拝領したことに始まった。
等益はその2代目であり、時代的には江戸初期の画人。

今回の襖絵を見る限りにおいては、同時代の狩野派(同時代の狩野派と言えば狩野探幽)の画と比べると遠景の山の様子や、松の様子はすこしおとなしめ。厳しさは無くやさしい感じがする。大和絵風かな?
しかし、8面そろうと立派なものだろう。

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並んでいた楽のちゃわんでは、やはり長次郎が好み。
今回長次郎はチラシにある黒楽筒茶碗「杵ヲレ」とこの「面影」がでていた。

どちらも小振りでキューッと引き締まった様な美しさが有る。
ほんと両手にのせると手に隠れてしまいそうなかんじだが、その分茶碗が手に同化するような感じがする。

薄手で光を反射する「のんこう」のちゃわんも良いけれど、やはり素朴というか作為がない点で長次郎がいいなぁ・・・。

こんなん見てるとまた「お茶」がしたくなる!

「のんこう」は香合の良いのが3点出ていた。これはちょっとすごいですよ!
特に渦巻き模様みたいなものを深く彫りこんだ「四方屈輪香合」は「のんこう」の美的センスがあふれてますよ。

どこからとなくお香の匂いも漂って来、飾られているお花も気持ち良く、落ち着いた空間でじっくりと名品が楽しめます。

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これは美術館の隣にある「楽家」の玄関です。
「光悦」の字が描かれた白いのれんが清々しいです。

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2008年9月14日 (日)

平野神社 「御鎮座祈年祭」

夕方、衣笠付近から西大路通りを下がっていたら、平野神社に万灯籠が飾られているのが見えた。
「名月祭」かなと思って中に入って行くと「御鎮座祈年祭」ということ。
ちょうど明日15日は「仲秋の名月」。どこで眺めようかなと思っていた所に、明日は天気が崩れそうなので平野神社で一日早い名月を見ることにした。

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平野神社は桜の名所として有名だが、その祭神は平安京を平城京から移したおりに平城京に祀られていた神々を勧進したもの。織物や食事や竃の火等の生活に近い神々を祀っている。

しばらく境内の中をブラブラしていると、本殿の中で神事がはじまった。
祝詞の奏上なんかの神事が終わると、神主さんが境内に出て来て参拝の方々を集めて突然、神火の熾し方をレクチャーし始めた。由緒ある神社にもかかわらず、なかなか面白い神社だ。

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火打石の石の打ち方とか、火を移す艾の持ち方、吹き方なんかを丁寧に実演しながら教えてくれた。
しまいには、近くに居る人に試させ出した。
なにごとも興味津々の私はさっそくやらせてもらったが、火打石から火は飛ぶがなかなか艾には移らない。

そうしている間に日も落ち辺りが暗くなってくると舞殿の方で器楽の演奏が始まり出した。

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もともとは「能楽」が予定されていたみたいだが、出演者の都合により急遽洋楽に変わった。

演じられたのはチェロとハープの連奏で、曲目が「トロイメライ」や「アベマリア」などのバロック調の宗教曲。
はじめはちょっと神社ではと思ってしまったが、聞いているうちになじんで来る。

クラシックの落ち着いた旋律が、大きな楠樹の梢や、桜の木々の間をぬうように流れていく。
そして、蒼く沈んで行く空へと広がっていく。

何か大きな力を想う人々の気持ちというのは、古今東西に通じるものがあるのだなぁ。

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そんな事を想いながらふと横を見ると、東の方から仲秋の名月があがってきた。
あ〜、良い月だ。


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2008年9月13日 (土)

「西国三十三所 観音霊場の祈りと美」 奈良国立博物館

「西国三十三所札所巡り」と聞くと、なんとなくお年寄りの方々が御詠歌を詠いながらトボトボと山の中のお寺を巡って行く感じがするが、実際関西ではそんな感じではない。案外若い(若いと言ってもやっぱり30越えてからかなぁ・・)人達も、隣のおっちゃんおばちゃんも「ほな、そろそろ御札巡りでもしましょか・・」てな調子でひょいひょいと手近な札所から巡り出す。一気に全てを巡る人も居れば、死ぬまでに全部巡ればいいやというような感じでゆっくりと巡っている人も居る。四国八十八所のお遍路さんとはちょっと雰囲気が違う。こういう私も途中で休憩組の一人である。
今年は、西国三十三所を中興した花山法皇一千年忌ということで、各地の札所ではご本尊の御開張が行われるし、奈良博でもそれに関した特別展が開催されている。

この特別展、見応えのある内容である。通常では見られない、各地の札所から集められた宝物や、観音信仰にまつわる品々がわかりやすく並べられている。

そんな中から、気に入ったり、興味がひかれたものを。

Img_kannon11これは奈良の岡寺(第7番札所)の本尊である如意輪観音像の胎内からでてきた「菩薩半跏像」。
天平時代の作とされている。

このような半跏思惟像の仏像は、京都の広隆寺や奈良の中宮寺の弥勒菩薩がよく知られているが、これは如意輪観音とされている。

天平時代の仏像の顔とはちょっと異なった風の顔付で、優しげで知的な現在風の顔付をしている。

美しく親しみが持てる仏像である。
元は孝謙天皇の念持仏であったとされているが、この仏像を愛蔵する気持ちはわかるなぁ。

この20センチばかりの小さな美しい仏像を収める為に、あの大きな岡寺の本尊である如意輪観音像(岡寺のご本尊は建物一杯に座っておられる程大きい)が作られたのだとすると、この像の持つ功徳がいかに大きなものであるかと古の人達が感じていたのかを計り知る事ができる。

何回見ても、じっと引き込まれる魅力を持った像である。

Img_kannonn2_2これは兵庫県圓教寺(第27番札所)の「如意輪観音像」。

鎌倉時代の作とされている。

20センチ程の小さい観音さんだが、まず目につくのは、丁寧な截金文様のすばらしさ。
細かく密度濃く描かれている。(後でカタログをよむと後補らしいが・・)

きらびやかな文様にも関わらず、その姿からは清楚な雰囲気が感じられる。
六臂の姿がなぜか中性的な魅力を醸し出す。

観音はその姿から男性の様に見える像も有れば、女性の様に見える像もある。
いずれにしても、現世利益に大きな力を持つ者として人々の信仰を集め、その願いを体現している。
そのため、自ずからその表情は優しく、慈愛に満ち、そして愛着の持てる御顔をしている。

この如意輪観音も伏せ目がちに閉じられた表情から慈愛のようなものを感じる。

またこの像は全体からして、曲面による和やかな雰囲気が伝わって来る。各腕が作りだす柔らかな空間、立て膝による着衣が描く襞の曲線、これらが一層その和やかな雰囲気を導き出している。

すばらしい観音像である。

Img_kannnonn3_2これは岐阜県の華厳寺(第33蕃札所)にある「毘沙門天立像」。

平安時代の作とされている。

毘沙門は元々はインド古来の神であり、帝釈天の家来であって鬼門を護る武人とされている。そのせいか表情はやはり怒りに燃えた表情であり、異神として独特の顔をしている。

如来や菩薩の顔が、仏教が伝来して行く土地の顔に変遷して行ったにもかかわらず、天立像はインド古来の顔付をかたくなに守っている。

その中でもこの毘沙門像の顔は異様である。
猪首で肩にめり込む様につくられた頭部は肉付きがよく大振りの目鼻立ちをしている。
インドアーリア系の精悍な顔付が多い中、こんな顔付の毘沙門像は見た事が無い。

かえってこのふてぶてしい様な表情、体型が通常の毘沙門さんよりも威厳が有り力強い感じがする。
ある意味、野卑な風貌が毘沙門としての効験を大きくしているのかもしれない。

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これは法隆寺にある黒漆塗りの「六角厨子」の真中に嵌め込まれてある中板に描かれた「補陀落山の山水画」。

補陀落山は観音が住む所で、光に満ち、花果草木が生い茂り、水の豊かな清浄な土地とされている。西国三十三所の寺院が険しい山にあるのもこの補陀落山を模したからとされている。
よって観音信仰のあるところには、色々な「補陀落山図」がある。

今回驚かされたのはそのの補陀落山の山の形と周りの海の描き方。

以前にこのブログでも書いた「日月山水図屏風」、これは私にとっては非常に印象の強い画である。それと同時に、その他の中世に描かれた「大和絵風の屏風図」とは、異なった様相を見せる不思議な山水屏風である。

その「日月山水図屏風」に描かれた釣り鐘状の山や波のうねりを示す線描の描き方、また松の根元の二股の分かれた様子等が、この「補陀落山水図」と似ている。
「日月山水図屏風」は密教の儀式の用度として飾られたものであるとされているが、案外そのルーツはこのような「補陀落」を描く所に有るのではないかと思えて来た。

聖なる山や聖なる海の描き方の共通点がこのような観音信仰の中にあるのではないだろうか。

古からの人々の観音に対する思いが、西国三十三カ所の札所を存続させ、またそのお寺に思いの結晶たるすばらしい美術品が残されている。その人々の熱き思いにあらためて気付かされるすばらしい展覧会であった。

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2008年9月 6日 (土)

「イノダコーヒ」

御池堺町あたりで時間が空いたので、「イノダ」の本店に行った。

本店に来たのは本当に久し振り、10年位来なかったかなぁ・・・。

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初めてイノダの本店に来たのは、今から30年程前、父親に連れられて苺パフェを食べに来た時。
あれはおいしかってびっくりした。それまで食べてた苺パフェとは全然違っていた事を憶えている。

それから、友人もこの辺りに多かったせいか中学・高校と外でコーヒを飲むのはイノダというような生活をしていた。
思えば、初めてのデートもここでスープランチを食べてたなぁ。(あのスープは今もキャンベルだろうか?)

大学位からは背伸びをして三条の店の方に鞍替えしたが、三条がいっぱいの時は本店に回っていた。

結婚してからもちょくちょく行っていた。それが行かない様になったのは、2000年前に本店が火事になって改装されてから。
改装されて行ってみると、表の雰囲気なんかは変わっていなかったが中のホールの様子が変わっていた。

それまでのイノダは入って行くと向かって左側がキッチンで真中から右側は広々とした空間が広がっていた。壁際には作り付けのシートがズーッと続いており、朝なんかは、常連の老人達が、きまりきった席にきまりきったかっこうで座っていた。
机の数も少なくて、間は充分に取られて、ゆったりとした雰囲気が広がっていた。

「京都の朝はイノダから」というキャッチフレーズがあったが、確かにあの頃のあの辺の朝はイノダの雰囲気だった。ちょっときりっとしていて、清潔で、人達がゆっくりと過ごしているような雰囲気があった。

今のイノダになじんでいる人は、今の雰囲気が良いのだろうが、昔の雰囲気を知っている者にとっては、なんかイメージが崩れ去ったかのような悲しさを感じる。

今も、奥のサンルームみたいな部屋には赤と白のチェックのテーブルカバーがかかり、そのソファーはバネが傷んでいてぺちゃんこなんだろうか。
通路に居た鸚鵡は今も元気にたまにギャーッと啼いているのだろうか。

しかし人気があるんですね。今日も中から表の方を見ると皆さん並んで待ってましたよ。

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2008年9月 4日 (木)

「電話の混線」

さっきまで長い電話をしていた。というのは今日、とある場所に携帯電話を忘れて来た。それを尋ねるために電話をしてたのである。

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電話が掛かったのは事務所のほうで、忘れたのはそこからはなれた場所。
電話に出た人は親切にも捜しに行ってくれた。
その間、電話をズーッと耳にあてたまま待っていた。

その手持ちぶさたに待っている間、昔(何時頃までか忘れたが)電話がたまに混線していた事を思い出した。(今も混線しているのかもしれないが・・・・)

こんな風にだまって電話の受話器に耳を当てていると、時にははっきりと、時にはとぎれとぎれに他人の通話が聞こえてくる事があった。

遠くのほうから、はしゃいだような若い女の人の声や諭す様な男の人の声や怒鳴りつけるおばちゃんの声が闇の中から伝わって来る。
こういう混線に気付くのは、こちらの話がとぎれたり、単に相づちを打つだけの電話だったりして、関心が自分の電話から離れた時。
息を潜める様な感じで受話器に耳をあてているため、話の内容はわからなくても変に生々しく感じる。
そうしてもっとよく聞こうとするとスーッと声は遠くに行ってしまう。

どういう仕組みでこのような混線が起っていたのか知らないが、他人の通話が聞こえるという事は、自分の通話も聞かれていると思われるので、肝心の電話がついついあいまいな返答となってしまう。

ある時なんか突然はっきりと「もうおしまいね!」という女の人の声が聞こえ、あわてて電話を切った事がある。(身に憶えは・・・・)

まぁ、昔と比べると通信環境が整備され、デジタル化されて来た今の時代にはこのような現象は少なくなった思うけど、(誤接続はあるけれども) 思い出せばなつかしい事である。

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2008年9月 2日 (火)

「朝鮮の美術工芸−高麗青磁を中心に」 高麗美術館

久し振りに夏らしい青空が広がった日曜日,京都の北の方に出かけました。そして、帰りにフラーッと「高麗美術館」に寄ってきました。
私には京都の中に何んとなくフト寄ってしまう様な場所が幾つか有ります。それはお寺や神社の場合もありますし、あるいは喫茶店やお店の場合でもあります。もちろん美術館もあります。
様するに好みの所です。この「高麗美術館」もそんな場所の1つです。

いずれもが、共通して訪れる人も少なく落ち着いた気持ちになれる所です。

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「高麗美術館」では、ちょうど「朝鮮の美術工芸−高麗青磁を中心に−」 という今年の夏の企画展の最終日でした。

出品されているものの多くは何度か見たことのあるものですが、それはそれで愛おしく感じる物たちです。

輝く様な日射しの中から、薄暗い館内に入り、真中のソファーに座りながら美術品に囲まれていると日々の煩わしさ忘れ落ち着いた気持ちになって来ます。

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高麗青磁は中国の青磁とはまた違って、陰を含んだ様な独特の灰色がかった色が特色です。
これは「青磁象嵌雲鶴文碗」です。
薄手の沈んだ様な色調の中に白土と赭土の繊細な象嵌で雲鶴が品の良く描かれています。

同じ青磁でも、最高の青磁と言われている中国の汝窯の青磁は確かに色といい、形といい完成された美しさをもっています。完成された美の結晶としての青磁です。

それと比べると高麗の青磁は沈み込んだ色相といい、小さく薄手に作られた姿といい、非常に繊細な感じがして、ある意味儚さみたいな感情が湧いて来る青磁です。

「中華」という思想にのっとった大国中国の文化と朝鮮半島の一国であった高麗の文化との底辺に流れる感覚の違いがこの様な青磁の姿にも感じます。

このような朝鮮半島の繊細な感覚は、我々が心に持つ感覚にも通ずるもので、高麗の青磁に心の奥底で惹かれる物を感じます。

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これは「青磁象嵌牡丹文扁壺」。

象嵌の文様が見事です。
象嵌は器を成形した後に、生乾きの状態で表面に文様を彫り、そこへ白土や赭土を埋め込み焼成したものですが、釉薬の発色と象嵌の土の色がなかなかバランス良く奇麗にはでません。

しかしこの扁壺は、実に見事な色合いで「翡色青磁」の上に描かれた象嵌がでています。

高麗青磁の名品の1つです。器を愛玩するという気持ちがわかります。

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朝鮮半島の陶磁器のもう1つの特徴に白磁があります。

これは白磁にコバルトで絵付けされた「青花栗文壺」です。
高さが10センチ位の小さな壺ですが、なんともいえない味があります。
何に使われた壺かは知りませんが、机の上に1つこのような物があれば気持ちが穏やかになるのではないかと思えます。

古来の数寄者達が朝鮮の陶磁器を好んだ理由がわかります。

朝鮮半島の陶磁器なんかを見ていると、この国と日本の美に対する感覚が非常に似通ったものであると思います。
派手ではないですけれども繊細で、余韻を残しかつ清潔な美しさを感じます。

こういう美術品が身近に見られるこの美術館、私には外せない美術館です。

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