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2009年1月の4件の記事

2009年1月 6日 (火)

家(うち)のごっつぉ (鮒寿司の茶漬け)

お節料理にも飽きて、なにかあっさりとしたものが食べたいなぁといろいろと思いをめぐらして、思いついたのが鮒寿司の茶漬け。

毎年正月恒例の滋賀での大宴会のおこぼれとしてもらって来た鮒寿司。これを茶漬けで食べてみよう。

この鮒寿司、店で売っているのではなく、毎年仲間が漬けているもの。
フルーティな香りがし、塩加減もにちゃにちゃ加減も申し分なく、そのままたべても絶品ものだが、それを贅沢にも茶漬けにする。

Img_8065作り方は至って簡単。

鮒寿司を丁寧に、3ミリ位の厚さに切り、それを暖かい御飯の上にのせる。
(御飯は少なく、鮒寿司をドカーッと)
そして醤油をすこしたらたらと垂らし、山葵をのせて、うえから熱い出汁をかける。
出汁はちょっと多めに。(今回は出汁を取る時間が待てなくて、子供が食べていたお鍋の出汁をぶっかけた!)

ちょっと御飯に味が滲みるのを待って、まずサラーッと一口。

うーん、絶品ですね!!。鮒寿司から香るあの独特の熟れたフルーティな香り。
出汁に広がる鮒寿司からの上品な油分。
塩味が効いた鮒の卵のねっとり感。
御飯に滲みた複雑な出汁。

上品でもあり、下品でもあり、これは今まで味わった事の無いおいしさ。
それをお茶漬け独特のサラーッサラーッと豪快に食べて行く爽快感。

味と気持ち両方が贅沢に満足できるお茶漬けである。
これは癖になるなぁ!

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2009年1月 4日 (日)

お伊勢さん

初詣の人達も少し減ったかな?と思い今年はまず「お伊勢さん」へ行く事にした。
京都から伊勢まで、第二名神のおかげで大分近くなった。
2時間半位で行ける。初詣に行っても充分陽の高いうちに帰ることができる。

本当は外宮、内宮の順に廻るべきなのだが、今回は内宮のみ。

伊勢までは順調に来たのだが、世の中甘くはなく、お伊勢さんの駐車場の順番待ちに30分ほどかかってしまった。やっと車を五十鈴川の川べりに止めて、内宮に向かう。

Img_8037お陰横町の賑やかさを抜け、五十鈴川にかかる宇治橋を渡るとそこはもう神の住む世界。参道を進む多くの人達もその気配を感じてか、しずしずと進んで行く。

白い玉砂利が敷かれた参道を御正殿へと向かう。参道の周りに植えられた五葉の松の緑とのコントラストが清々しい。

五十鈴川に面した御手洗所を過ぎた頃から、急に周りの森が深くなる。「御酒殿」、「御稲御倉」を通り過ぎいよいよ御正殿に近づく。所々、樹々の間から別宮と呼ばれる摂社が見え隠れする。

Img_8039御正殿のまえには大きな石の階段があり、写真が撮れるのはここまで。

石段を上ったところが参拝所。ここから詣でる。目の前には大きな白い幕が下げられており、直接御正殿内は見られない。

二礼二拍一礼で今年の世界の無事を祈る。やはり大きな神さんには大きな願いをしなくっちゃ!
なにせ八百万の神の筆頭とされる神だから。

参拝所の横に回るとちらっと「唯一神明造」といわれる様式の御正殿が覗ける。 屋根の頂きに横に飾られている「鰹木」の大きい事。その両隅は「千木」といってVの字に交叉した木で飾ってある。女神である天照大神を祀ってあるのだから、「千木」は地面と水平に切られている。(男神を祭ってある場合は地面に垂直に切られている。)

戻る道に「式年遷宮」ようの空地があった。伊勢神宮は20年ごとに新しく建て替えられる。(御正殿だけでなく、五十鈴川にかかる宇治橋、その前後にある大鳥居も)。
次の遷宮は平成25年。これだけ大きな神事だから、もうすでに準備は着々とすすんでいるそうな。

聞いた話だが、そのかかる費用が約55億円。その半分位は御神札や御守によるそうだ。
よく、年末などに近くの神社や所によっては町内会なんかで配られて来る(もちろん有償だが・・)「天照御神」と書かれた御神札があるでしょう?。あれがそうですよ。みなさんのお家にもあるんじゃないですか?

休憩所で甘酒をいただいて、「お伊勢さん初詣」が終わりました。

Img_8045お陰横町を人混みにまみれて歩いていると珍しいものを見かけました。

「門付の獅子舞」です。

昔は京都の街中にもお正月になるとこの「門付の獅子舞」がやって来ました。

笛と太鼓を鳴らしながら、各家々を回って来ました。
神社で奉納される獅子舞とはまた違い、紺と白の幕をかぶって大袈裟に踊ります。

時には金に輝いた大きな歯で子供の頭を噛みに来ます。
こわかったなぁ!

昔の本なんかを読んでると、伊勢のこの地方は獅子舞が盛んであり、京都なんかにもやって来た事がことが書いてあります。

Img_8057さて「お伊勢さん」と言えば「赤福」です。

小学校の修学旅行(京都の小学校の修学旅行といえばお伊勢さんでした。今もかな?)以来の定番です。

一時は賞味期限のの問題で休業でしたが、また復活してます。
お陰横町の本店はあの問題はなんだったのかと思う程大賑わいです。

Img_8056といいながらも、食べてしまいました。

五十鈴川の川べりの部屋に腰掛けて、熱い渋茶をすすりながら久し振りに食べる「赤福」。

本店で食べるとお餅がほんとうに柔らかく3個くらいはペロッと食べてしまいます。

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2009年1月 2日 (金)

初詣

京都で初詣というと平安神宮、上賀茂神社、下鴨神社、伏見稲荷等が有名だが、そういう大所は三ヶ日が過ぎた少し訪れる人が減った頃に詣でることに決めている。
だから、この三ヶ日に詣でるのは近所の氏神さん。

まずは町内にある「武信稲荷神社」へ。

Rimg0001このあたり、平安の時代には都の中心であった。少し西の千本通が古の朱雀大路だから、昔だったらメインストリートの面した一角。今で言えば東京の「霞ヶ関」見たいな所。当時、この地には「延命院」という藤原氏の病院があり、この神社はその守護神として祀られていたのが始めと言われている。

約千年以上続く古社である。

境内には平重盛が安芸の宮島厳島神社から移したとされる榎の大木があり、葉の落ちた黒い枝をお正月の空に大きく広げている。

シーンと静まった本殿の前で、柏手を打つと「パ〜ン、パ〜ン」と思っていた以上に大きく響く。
昨年の御礼と家内安全、家族の健康を深々と願う。

それから「神泉苑」に向かう。

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この神泉苑も平安の時代からある史跡。元は今の二条城の南半分近くと三条通まで広がる御苑であったが、いつの時代からか寂れ、また二条城の築城等により現在の姿となった。

雨を降らす龍王を祀る社と真言系のお寺が併存している神仏習合の見本のようなところ。

最近は桜や紅葉の名所として有名になってきており、訪れる人達も多くなった。
今は寒椿(山茶花かな?)が盛りと咲いている。

Rimg0032 Rimg0036

ここでは、今年1年の自分自身の抱負とか目標みたいなことを申し述べる。
武信さんとはちょっと違った内容。

なぜかわからないが使い分けている。

毎年変わらないが、このように初詣を行っている。


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2009年1月 1日 (木)

「謹賀新年」

Img_rosetu4_2あけましておめでとうございます。

「正月(むつき)立つ 春の始めに

 かくしつつ

 相し笑みてば 時じけめやも」

                      (万葉集 大伴家持)

元旦の朝、家族揃って相見い、互いに微笑みあって新しい年の門出を祝う。
という風景を詠った歌だと思うんですが、なかなか現実はそうはいきません。

嫁さんが、何回も呼んでやっと起きて来た子供達は、大晦日の夜遊びからか不機嫌そうな顔をしてます。
そこは丑年、辛抱強くがまんがまんと、「それじゃ、揃った所で『お祝いやす』」と大福茶と三種で我家のお正月は始まります。

子供達も大きくなって、それぞれの生活が出来てき、そろって顔を合わす事も少なくなったこの頃ですが、こうやって元旦の日に家族揃う事が出来るだけでも良しとするべきなのでしょうか?

テーブルの上に並んだ色とりどりのお節料理と床の間に生けてある松の緑、そして真っ白な予定の記入されていないカレンダーがお正月らしい雰囲気を醸し出しています。

一年の計は元旦に有りといいますが、なかなかそうはいかず、正月くらいはゆっくりとと思ってしまうのが本音です。

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