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2009年4月 3日 (金)

京都 桜逍遥2009(醍醐寺)

「桜花 散らば散らなむ 散らずとて
             ふるさと人の 来ても見なくに」
                      古今和歌集 惟高親王

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醍醐の桜というと、やはり太閤はんが慶長3年3月15日(1598年4月20日)に三寳院で行った「醍醐の花見」。

秀吉はこの花見のため、応仁の乱以降荒れ果てていた醍醐寺を自らの力で修復していった。
そこは派手なことを好む秀吉、自ら監修した三寳院の庭には天下の名石を並べ、また参道には近畿各地から見栄えの良い桜を700本近く集めていった。

その頃は今と違いソメイヨシノはまだ無く、大半が山桜系の桜であっただろうと思われる。

真っ白な花びらに埋もれた醍醐寺は、三寳院から仁王門へ続く参道に、赤い下地に大きく白抜きで太閤桐の紋が染め抜かれた幔幕が張られ、その間を金糸銀糸に輝き辻ヶ花に染められた小袖を着た女官達に囲まれた秀吉の一行が春の光の中を進む様子はさぞや見栄えのするものであったろう。

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この醍醐の花見に代表される桃山時代に盛んになった「花下遊楽」という風が、江戸時代に庶民の間にもひろがり、やがて歌舞伎における「京鹿子娘道成寺」そして「助六所縁江戸桜」での桜吹雪へ結びついていくのである。

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