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2009年11月23日 (月)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(ゴッホ美術館 3)

パリでの生活に疲れ、また酒に浸り込む生活を変えるため1888年ゴッホは南仏のアルルに移りました。

アルルへ移るにあたり、ゴッホは「この地は日本のような土地だ!」と手紙に述べています。
彼にとっての日本とは太陽と緑に溢れたユートピアだったのでしょう。

この地での生活は、あの事件が起こるまで、ゴッホの人生において最も明るい日々であり、この美術館にもこの時代のゴッホたる作品が並んでいます。

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「ピンクの桃の木 (1888)」

アルルに着いた頃の作品です。
早春のまだ薄い空の青をバックに白やピンクの小さな花が咲き乱れる様子が描かれています。可憐できれいな絵です。

木の輪郭が黒い線で縁取られているところなんかは、当時のパリの印象派と言われる画家達の絵とは少し異なっており、この頃好んでいた浮世絵の版画の線が思い浮かんできます。

この頃のゴッホの絵というのは初めて見ましたが、いずれもが落ち着いた色調で、静謐で、可憐であり、おもわず見とれてしまいます。いいですね。

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「収穫 (1888)」

これもいい絵ですね。初期の頃から比べると空間の取り方、遠近の描き方にすごく広がりを感じます。
使われている色は、黄、青、緑、白と単純なんですが一つ一つの色が個性を持って、かつ重なり合いながら光り輝く大地を浮き上がらせてます。

本当に安定した絵です。変なてらいも無く、素直な感じが伝わってきますし、見る方もゆったりとした気持ちになれます。

Img_gogh33こんな絵もあります。

「マルセル ルーランの肖像 (1888)」

アルルでゴッホが親しくしていた郵便配達夫ルーランの子供の絵です。

まるまる太って立派な赤ちゃん。
愛情に溢れてますね。

この頃の並んでいる絵を見ていると、ゴッホのオリジナリティみたいなものが固まりつつあるのがわかります。

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「黄色い家 (1888)」

ゴッホはアルルに芸術家の共同生活の場を作ろうと考えていました。その家としてゴッホが見つけたのがこの黄色い家。当初は薄い黄色であったのをゴッホは更に黄色く塗り直しています。

ゴッホにとって黄色という色は重要な意味を持っていると考えられます。

彼にとって黄色は太陽の色であり、収穫の色であり、労働を現す色であり、希望を現す色であり、自然の恵みを現す色であり、人間の生活を象徴する色でした。

そしてもう一色。青です。単に黄色を目立たせるため(正確に黄色の補色は青紫だが・・)に使われたのでなく、ゴッホの青色は空の色であり、静謐を示す色であり、絶対的な存在を現す色であり、自然の意志を現す色でありました。

この2つの色に塗り分けられたこの絵は、ゴッホの芸術家共同体(ユートピア)に対する希望をよく現しています。

右側の奥に描かれている白い煙のようなものは、じっくり見てみると蒸気機関車であることがわかります。この汽車に乗って彼の待ちこがれるゴーギャンがやって来るのでしょうか。

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「ひまわり(1889)」

ゴッホはそのゴーギャンを迎える部屋の飾りとして半ダースのひまわりの絵を描こうとしました。

実際、この時期にこの部屋のために描かれたひまわりは4点です。
ひとつひとつひまわりの本数が異なっています。
1作目は3本、2作目は3本とテーブルの上に3本の切り花、3作目は12 本、4作目は15本となっています。
(翌年に、この15本のレプリカが2点描かれ、それが現在はゴッホ美術館(写真)と東京の東郷青児美術館にあります。)

ひまわりの花びら一枚々が厚く塗られており、近づいてみると立体絵画のような感じがします。
この色といい、構図といい、タッチといい、強烈な印象を与える絵で、このひまわりがゴッホの芸術家共同体に対する真摯な思いの象徴であったことが伝わってきます。

でも何故ひまわりなんだろう?

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「種まく人 (1888)」

その期待していたゴーギャン達が着き、ゴッホとの共同生活が始まりました。

しかし、個性豊かな、我が儘な芸術家達が共同生活できるわけがなく、たちまち芸術論や互いの絵の批判などで諍いが起きます。そのとりまとめを期待していたゴーギャン自身がゴッホの芸術を認めず己の方法論を押し通そうとしてきます。

ゴッホにとってはパリ時代の混乱の状態が戻ったような状況に陥いったのではないでしょうか。

特に、今までは自然の姿を見たままに描いていた方法から、想像の力で描くことへの変更を勧められたことはゴッホにとって自分自身を否定されたかのような錯覚に陥ったのでしょう。

これは絵にも現れます。「種まく人」では再び構図は不安定になり、色使いも今までとは違う雰囲気になってしまいます。日本の浮世絵の構図にバルビゾン派のテーマを乗せたような絵。そして色は濁って来ています。

ついに冬のある晩、ゴッホが夜道でゴーギャンを刃物で襲おうとし、逆にゴーギャンに睨みつけられ、ひるんで(この辺の事情はゴーギャンの記述から)黄色の家に戻り、そして自分の左耳を切り落とし、その耳をなじみの娼婦にわたすという猟奇的な事件が起こります。

こうして、平穏なアルルの時代は悲劇的な結末を迎えました。

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コメント

好日さん、ご無沙汰です。happy01
知らない間にブログを更新されていたんですね。coldsweats02
それにとっても良い旅行をされていたみたいで
滞在記のブログ記事を楽しく観させて頂きました。confident

それに今回は私の大好きなゴッホのこと。shine
ちょうど私が小学生の頃母親に連れられて京都市美術館へ
初めて洋画家の展覧会をを観に行ったのがこのゴッホです。sign03

その時の衝撃と感動は今も忘れません。happy02
今回色々とゴッホに思いを巡らせながら気分を新たに読ませて頂いています。confident

またこれからのブログの更新を楽しみにしています。happy01

投稿: 紫香楽 秀山 | 2009年12月 1日 (火) 18時59分

秀山さんへ
お久しぶりです。長い間ご無沙汰いたしましたが再開しました。

ブログを拝見しますと、京都と滋賀両方の紅葉を楽しんでおられるようですが、私の方も桜とちがって追いかけるまではしませんが、それなりに楽しんでます。

ゴッホお好きなんですか?
京都で開催されたゴッホ展というと、昭和51年に近代美術館で行われた展覧会かな?
なつかしい絵を並べられると思います。
しかし、同じ絵でも年齢が変わるとまた違った感想が生まれます。
また、新たな感想をお教えください。

ゆっくりとしたペースですが、今後とも宜しくお願いします。

投稿: 好日 | 2009年12月 2日 (水) 21時31分

はじめまして。
「線路沿いの読書日記」を書いているガタンゴトンです。
今日、ゴッホの「花咲く樹:モーヴの思い出」の記事を書いていましたら、こちらのブログにたどり着きました。
よければ、トラックバックさせていただけますか?

投稿: ガタンゴトン | 2012年12月23日 (日) 00時09分

はじめまして、ガタンゴトンさん。
TB大歓迎です。
来年、また「ゴッホ展」が開催されるみたいですが、この絵は来るのかなぁ?

投稿: 好日 | 2012年12月24日 (月) 08時02分

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