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2009年11月28日 (土)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(ゴッホ美術館 4)

ゴーギャンとの事件の後、しばらく静養していましたが、再び精神錯乱をおこし、ついにアルルの住人より街からの退去を求められます。

話はちょっと変わりますが、画集なんかでゴッホの包帯をした自画像をみると、切り落としたのは右の耳であるかのようです。が、いろいろと調べてみると実際は左の耳(自画像は鏡に映った姿)であり、耳全部を切ったのではなく、耳たぶの下の部分を切り落としたらしいです。

アルルを追われたゴッホは近くのサンレミにある療養所にはいります。

この時代、ゴッホは何点かの宗教画を描いています。初めてゴッホの宗教画を見ました。

Img_gogh42

「ピエタ (1889)」

これはドラクロワのリトグラフを模写したものだそうです。
模写とはいえ、この時期、ゴッホがこのような絵を描いたことは興味を惹きます。

もともとゴッホは牧師の家に生まれ、大学の神学部にも籍を置き、伝道師としての職にも就いた人間です。そのような経験の果てに、教会のうさんくささとか教条的な姿勢に絶望し、書簡なんかを見ていくと、宗教に対してすごく懐疑的な様子がみられます。

しかし、絵を見て行くと、その奥深い所ではいつも何か絶対的な力(それは神でないかもしれませんが)に救いを求めるているような感じがします。この時、そのような気持ちが表に出て来たような気がします。それも黄色と青色を主として。

Img_gogh46_2

「花咲くアーモンド (1890)」

これはゴッホの弟であるテオの息子が生まれたことを祝して描かれた絵です。
美しい青です。澄んでいますね。
枝の描き方なんかに浮世絵の雰囲気がしますが、単に写すだけでなく、ゴッホ独特の美意識みたいなものが感じられます。

療養所ではなかなか自由に描けなかったみたいですが、描いた絵は美しいものがあります。

Img_gogh43

「サンポール療養所の玄関 (1889)」

ゴッホの入院していたサン・ポール療養所の玄関の絵です。油絵ではなくグワッシュ(水彩絵具の一種)です。

ゴッホの構図としては、このようなものはめずらしいと思います。
真ん中の奥に開かれたドアから見える、自然の世界。
自由にこのドアを抜けて、自然の中を思うがままに歩きたいというゴッホの願望が伝わってきます。

Img_gogh41

「黄色い背景のアイリス (1890)」

サンレミ時代最後の方の絵です。
私はこの絵が好きです。なんともいえない美しさを感じます。
ゴーギャン達と一緒に居た時の、私から言うと不安定な絵の影響も抜け、ゴッホの力強いタッチも戻り、またゴッホ独特の目で自然の中から導きだした美しさみたいなものを感じます。

色も生きています。光と明るさと輝きが際立った作品だと思います。

そして、約1年近くいたサンレミを離れ、最終の地であるオーヴェールへと移って行きます。

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コメント

しばらくお見かけせぇへんと思ってたら、エエとこ行ってはったんですねぇ。
食べ物をもっと見せてください(笑)

投稿: ぽん | 2009年12月 6日 (日) 14時57分

ぼんさんへ
エヘヘ、バレましたか?
エエとこ行って楽しんできました。

体重だけはしっかりと増えましたが、
今回帰って写真を見てみると食事の写真が少なくてなかなか登場しません。
ぼちぼち書いていきますので、あまり期待せず待っててください。
それでは、今後とも宜しく。

それから「洛中いぬ道楽」ご出版おめでとうございます。
ついに町内から作家さんがでましたね!

投稿: 好日 | 2009年12月 7日 (月) 22時45分

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