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2009年12月 6日 (日)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(クローラー・ミュラー美術館 その2)

奥の部屋に進むと、お目当てのゴッホのコレクションが並んでいました。

オランダの時代から最後のオヴェールの時期までの素晴らしい作品がズラーっと並んでいます。
ゴッホ美術館とちょっと異なり、個人のコレクションですから選び抜いた作品だけが集まっています。

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クローラーミュラー美術館のゴッホは、案外日本にも来ていて初見でないものもあるのですが、この静かな雰囲気の中であらためて見直すと新たな想いが湧いてきます。

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「四輪の枯れたひまわり(1887)」

ゴッホといえばひまわりを思い浮かべますが、これはひまわりを描きだした最初の頃の作品です。
これほど描く対象に近づいて、クローズアップした描き方は、この頃、他の印象派の画家の絵を必死で学んでいた他のパリ時代の絵から比べると、なにか新しいステップへゴッホが進んだ絵のような気がします。

色においても、バックに使われている青色とくすんだ黄色のコントラストが斬新で、その後のゴッホの色使いを示しているようです。

知らず知らずのうちにこの絵に引き込まれてしまいます。
部分々の精密なディテールにも感心します。
これが、クローラー・ミュラー美術館が購入した最初のゴッホの絵だそうです。確かにそれだけの魅力のある絵です。

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「洗濯女のいるアルルのラングロワ橋(1888)」

きれいな空の色ですね。頬に当たる風はまだ冷たいですが、光はもう春の輝きをもつ早春の空気をかんじさせますね。
波紋の大きさが、まだ冷たい水の感じを伝えてきます。

筆のタッチや、輪郭の描き方を硬く描いている感じがしますが、色使いがそれを補っています。

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「夕日と麦播く人(1888)」

ミレーの作品をゴッホはいくつか模写しています。この作品も農夫はミレーから写したものだと思われますが、しかしこの作品の前にたつと、やはり目に焼き付くのは、沈む寸前に最後の光を輝かせている巨大な太陽であり、また黄金の夕日に照らされながらも、その底から夜の闇が滲み出してくるかのような大地です。

放射状に広がる光の描き方もユニークですが、青と黄色と白で複雑に描かれた大地も見事ですね。
農夫の播いた種をついばむ黒い鳥も(カラスかな?)描かれています。

見ているこちら側も、夕陽に染められて黄色になりそうな感じです。

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「夜のカフェテラス(1888)」

この絵は初見ではないのですが、以前は日本の展覧会で見ていたので賑やかな雰囲気の中で見ていました。そのせいかわかりませんが、やはり目に着くのはカッフェのガス灯に照らされた明るい部分で、まるでカフェからのざわめきが聞こえてくるような気がしていました。

今回、静かな雰囲気の中でベンチに座りながらゆっくりと見ていると、そのカフェのざわめきはすぐに青い闇の中に吸い込まれて行き、音もなく光り輝く星の静寂さが感じられました。それにしても神秘的な蒼色ですね。

青色系と黄色系で描かれているこの絵、ゴッホの色使いの真骨頂の感じがします。この2色がゴッホにとって何を意味するのかは、色々と本などに述べられていますが、この絵の場合は、青の持つ静寂であり神秘であり、黄色の持つ華やかさであり猥雑さでしょう。そして黄色は青色に吸収されて闇になるのです。

この2色のコントラストがいろんな意味で際立った好みの絵です。

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「サンレミ療養院の庭(1889)」

ゴッホの風景画、本当に上手です。まず構図が安定しているし、細かく描いたところと大胆に描いたところのバランスがいいです。それほど写実的ではないのですが、その場所の雰囲気、匂い、空気を感じることができ、あたかも画家と同じ場所に立っているかのような錯覚におちいります。

ゴッホというと日本では「炎の画家」というようなイメージが何故か定着しており、激しさ(それは芸術にに対する態度とか色使い等)ばかりが強調されていますが、実際このような風景画なんか見ていると、単純に楽しめる画家であることがわかります。

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「嘆き悲しむ老人(永遠の門)(1890)」

これはサンレミの療養院時代の絵。
この老人は何を嘆き悲しんでいるのでしょうか?服の青色は軽やかそうな色ですが、厚塗りされた絵の具のタッチにより思いのほか重々しい感じがします。それは絵全体にもいえますが、意識的に使われた軽やかな色に比べ、見るものに与える印象は重たいものです。

この老人はひょっとしたらゴッホ自身かもしれませんね。

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「夜のプロヴァンスの田舎道(1890)」

いわゆるゴッホの糸杉です。アルルの時代に描いていた向日葵とは異なり、風景画の一つの要素として描かれています。この絵では右空の三日月と左空の星を区分るように描かれています。からみあって上へと伸びて行く様子は、まるで燃え上がる炎のようです。ゴッホの絵に対する情念でしょうか?

このような月や星の描き方はゴッホの絵ではサンレミ時代からの絵によくみられるのですが、太陽の光は直線なのに対し、星や月の光は光輪となって拡がっていきます。
これは太陽の光は明るさと暖かさを与えてくれるものとして、星や月の光は心を写す鏡のような感じとして描かれているのではないでしょうか。ゴッホはそのあたりの違いをこの描き方で表わしており、その写された心を描きたかったため、多くの夜の絵を描いたのではなかったかと思います。

このように次から次へとゴッホの名作が並んでいるこのコレクション、本当に素晴らしいものです。それがこのような人里離れた地にひっそりと展示されていることにある種の文化的な余裕みたいなものを感じてしまいます。

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