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2010年3月 1日 (月)

「京都の念仏狂言」 第40回京の郷土芸能まつり

28日の日曜日、京都会館で財)京都市文化観光資源保護財団が主催する「京の郷土芸能まつり」が開催されました。この催しは、毎年この時期に開催されるのですが、今年は財団設立の40周年ということで特別に京都に残る4つの念仏狂言が揃って演じられました。

このように念仏狂言が揃って上演されることはめったにありません。通常でしたら、春にすこしずつ時期をずらして演じられるので、京都に住んでいてもひとシーズンにすべての狂言を観ることは至難のワザとなっています。
まあ、そのような珍しさも手伝ってか、京都だけではなく各地から観劇の方々が集まり盛大な会となりました。

神泉苑狂言も出演しましたので、お手伝いに行ってきました。

開演は2時からでしたが、リハーサルやら衣装合わせやらで、朝から始まります。
やはり、着物を着て袴を履いて楽屋にいると気が引締る感じがします。

演目は「嵯峨大念仏狂言」の「釈迦如来」から始まります。

仏像がギッタンバッタン動いたり、拝みに来た母親と手を取って何処かへ行ったり、また、仏像の身代わりとなった坊さんが同じように娘と手を取りながら何処かへいったり、筋書きの滑稽さと念仏狂言のユーモラスな動きとが相まって、お客さんから笑い声が広がります。

続いて「神泉苑狂言」の「棒振」です。

この演目は、通常は狂言最終日の最後の出し物として演じられるものです。
厄払いを行うもので、中央の棒振の演者が両端に五色の房がついた棒で八方の厄を払うため上下左右に振り回します。その廻りを講中の者たちが取り囲み「チョウハ サッサイ」と扇子を上下にあおぎ囃し立てます。

「棒振」の一つ一つの動作には、厄払いの意味が表されていると思えるのですが、詳しいことがわかりません。「チョウハ サッサイ」という掛け声も元の意味は不明です。
ただ見ていると、相撲の土俵で行われる「弓取り式」での所作に似ている所もあり、同じ厄払いという行為において共通なものが感じられ、興味深いものが有ります。
この「棒振」自体は「壬生六斎念仏」や祇園祭の「綾傘鉾」で演じらています。

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中休みを挟んで「千本えんま堂」の「鬼の念仏」です。

「千本えんま堂」の念仏狂言は他の3つと異なり、科白がはいります。能・狂言の狂言に近い形態の念仏狂言です。そのため身振り手振りの面白さに加えて科白の掛け合いの面白さがあります。

今回演じられた「鬼の念仏」は、大津絵の題材としてもよく描かれたもので、鬼が何故羽織りを着て、鉦を打ち念仏を唱えて踊っているのか、そのストーリが狂言を観るとよくわかります。

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最後は「壬生狂言」の「土蜘蛛」です。

源頼光とその家来である渡辺綱、藤原保昌の土蜘蛛退治のお話です。土蜘蛛の撒く蜘蛛の糸の激しさとわかりやすい筋立てで壬生でも人気の演目です。

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土蜘蛛の撒く蜘蛛の糸を昔は狂言講の人達が和紙を巻いて作っていたという噺も、老人達からは聞きますし、その蜘蛛の糸の端(小さな金属の錘がついている)を財布等に入れておくと良いことがあるよいう言い伝えもあり、壬生や神泉苑でこの演目が終わると、観客の方々がこの蜘蛛の糸を拾い集めておられます。

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各念仏狂言が一演目だけでは、念仏狂言の魅力がすべて伝えられたとは思いませんが、その面白さ、その素朴さなんかは観にこられた方々には伝わったと思います。

もうすぐ桜が咲く頃になり、各お寺で春の念仏狂言が行われます。これをきっかけにして念仏狂言に興味を持たれる方々が増えれば幸いです。

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