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2010年4月 4日 (日)

京都 桜逍遥2010(勝持寺 西行桜)

  「空蝉(うつせみ)の 世にもにたるか 花ざくら
                さくと見しまに かつちりにけり」

                      古今和歌集   


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阪急の東向日駅から西山に向かって進むバスは、発車して10分ほどすると、畑や鎮守の森が見られる鄙びた地区に入ります。そこが大原野。この大原野の山手に「勝持寺」はあります。

このお寺、「勝持寺」というよりも「花の寺」という通称名のほうがよく知られています。
なぜ「花の寺」かというと、西行がこの寺で出家し庵を結び、一株の桜を植えその桜を愛いでたからです。
いま、その桜は「西行桜」と名付けられ、満開の時を迎えています。

薄紅の小さな花をつけた枝垂桜です。

この桜を久しぶりに観たとき、ちょっと意外な気がしました。
なぜかというと、私の記憶の中の「西行桜」は山桜だったからです。

以前観たのはだいぶん前(この年になるとだいぶん前という単位は10年単位になります。)のことでしたので、思い違いをしているのでしょう。その思い違いは多分、西行の歌から感じる桜のイメージが、私においては山桜であるからです。

でも鐘楼の横にスーっと立っている姿は、西行の凛々しい姿を彷彿させます。(西行は出家前は、北面の武士だったから、多分立派な体格のイケメンだったのでしょう。)

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この寺は「花の寺」というだけあって、「西行桜」以外にも多くの見目麗しい桜が植えられています。

当時の様子はうかがい知れませんが、今の桜の様子は西行の出家した寺というのにふさわしい風情です。

また、この寺で西行が出家したというのは、単に当時から桜の名所であったというのだけではなく、この地が、前回書いたように、在原業平ゆかりの地であったからでしょう。

西行の出家の理由は色々と言われていますが、その一つに西行と待賢門院との叶わぬ恋があったと思われます。西行はその自分の身の上を業平と二条の后藤原高子との叶わぬ恋に重ね、同じ境遇の身としての共感を感じていたからでしょう。

古今和歌集では六歌仙のひとりにあげられている業平と新古今和歌集では最も多い歌が選ばれている西行とにこのような結びつきが考えられることは興味のあることです。

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この寺以外にも、京都には西行にちなんだ寺がいくつかあります。例えば嵯峨の二尊院、真葛ヶ原の双林寺など。いずれも西行の名にふさわしく美しい桜のある場所です。
同じような西行伝説は全国各地に拡がっており、同じように桜の名所となってます。

桜を愛した西行の心情を愛しているのか、西行の愛した桜の美しさを愛しているのか、舞って流れる花びらを見ていると、渾然となる気持ちとなります。

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