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2010年4月の18件の記事

2010年4月19日 (月)

京都 桜逍遥2010(六孫王神社 里桜)

  「ちる花を なにかうらみむ 世の中に
                 わが身もともに あらむ物かは」

                      古今和歌集  

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京都では八重桜系や里桜系の桜というと、ポツーン、ポツーンと葉桜になりつつあるソメイヨシノや枝垂桜の間に独立して咲いている場合がよくあります。だからこの時期の桜好き達は、あっちへチョコチョコ、こっちへチョコチョコと歩き回っています。

しかし、八条壬生川にある六孫王神社では様子がちがいます。境内にある大方の桜が八重桜系、里桜系のためちょうどこの時期が見頃の季節となります。

ちょっと聞き慣れないこの神社は清和天皇の第六皇子貞純親王の御子経基王を祀る神社です。第六王子の孫を祀る神社だから六孫王神社と呼ばれてます。
また、この経基王が初めて「源」という姓を授かったので、この神社は源氏発祥の神社ともされてます。


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桜の花の特色として一つの芽からいくつかの花が咲くという点がありますが、この神社の桜はそれが集まってテニスボール位の大きな花房になります。

「鬱金」か「御衣黄」か判別付きませんが、その花のボールの中に紅が走りきれいな花房になってます。

本当に、見事!見事!

まるで宙に浮いた桜の手毬みたい。
ポーン、ポーン宙に舞う手毬みたい。

綺麗ですね。

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この神社の横は新幹線の高架になっており、桜を観ている間にもその上を新幹線が走っていきます。

ちょうどこの辺りだったら、新幹線の乗客は東寺の塔の方眺めているのでしょう。
また、この花はあまりにも線路に近いところで咲いているため、乗客の目からは線路脇の塀に隠され見つけることはできないでしょう。

これだけ美しい京都らしい桜が咲いているのに惜しいことです。


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2010年4月17日 (土)

京都 桜逍遥2010(千本えんま堂 普賢象桜)

  「のこりなく ちるぞめでたき 桜花
                 ありて世の中 はてのうければ」

                       古今和歌集 

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千本寺之内にある「千本えんま堂」の普賢象桜が満開です。

このお寺、正しい呼び名は「引接寺(インジョウジ)」というのですが、京都の人間にとっては「千本えんま堂」という呼び名のほうが知られています。なぜならこのお寺の本堂にはデ〜ンと大きな閻魔さんが構えておられ、お盆の頃には先祖霊である「おしょらいさん」を迎へに来るお寺だからです。

画像の普賢象桜の向こうに見えるのが、お盆の時に、先祖の名前を書いた水塔婆を流す「潅頂池」におられる仏さんです。

このころは「花潅頂」のように桜の輪に囲まれておられます。

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そして、このお寺には紫式部の供養塔が建ってます。

一説によると、紫式部は源氏物語で仏教の教えである不殺生、不偸盗、不邪淫という3つの罪を犯すことを示したとされ、亡くなった後は地獄に落ちたそうです。
それを憐れんだこの寺の僧侶が供養塔を建て供養することにしたと伝えられています。

日本文学の金字塔ともされる「源氏物語」も罪作りな物語なんですね。

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これは普賢象桜の一種の「二尊院普賢桜」です。

普通の普賢象桜より少し紅が強く、小ぶりの花です。いろんな桜があるのですね。

 京都の桜もソメイヨシノが散り、サトザクラ系の緑色の花で有名な「御衣黄桜」や「鬱金桜」、そして葉化した雌しべが花の中から2本顔を出すこの「普賢象桜」等が、今年最後の花を咲かせてます。

もう残り少ない花の季節ながら、これらの花を観なければ京の桜は終りません。

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2010年4月16日 (金)

京都 桜逍遥2010(番外編 湖北 高時川の桜)

  「吹く風に あつらへつくる 物ならば
               このひともとは よぎよといはまし」

                      古今和歌集


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木之本から観音さんで有名な高月町へ入る道すがら、左手の方向に気になる桜並木が見えていました。
時々建物や道から離れたりして見え隠れしますが、何故か心がひかれます。

思い切って車を戻し、その桜並木を目指すことにしました。

行ってみると、見えていた桜並木は高時川の堤防の桜並木でした。

車を堤防の下に止め、さっそく散策に歩き出しました。

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好みの桜並木には必要十分条件みたいなものが有り、ただ単に満開の桜が並んでいるだけでは満足できません。

細かい条件をいうと、桜の高さが一定に並んでいるとか、花の高さが見上げるほどではなく自然の視線で観られるとか、花が空一面を覆い隠すのではなく真ん中には空が顔を覗かせる隙間があるとか、桜と桜の間に提灯や旗みたいな飾りがされてないとか、まわりがひらけているとか、数えれば色々とあります。

だからなかなか好みの桜並木にはあたりません。

しかし、この道は、久方ぶりの好みの桜並木です。

花の色いい、枝ぶりといい、まわりの状況といい、文句の付けようがありません。

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一番目の画像は、向かって歩いていく方向です。

二番目の画像は、振り返った歩いてきた方向です。

最後は、足元です。

これだけの花道に、誰一人いません。これは驚きです。平日ですがまだ昼過ぎです。

なんか別世界に入り込んだようです。静謐の中、花だけがヒラヒラと舞っていきます。

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2010年4月15日 (木)

京都 桜逍遥2010(番外編 湖北 海津大崎の桜)

  「春ごとに 花のさかりは ありなめど
             あひ見む事は いのちなりけり」

                   古今和歌集  読人しらず

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滋賀県の湖北、マキノ町から琵琶湖の最北部へと続く湖岸沿いにこの時期山の緑と湖の青の間に一本の薄紅の線が現れます。

これが「海津大崎」の桜。
湖岸沿い4キロ近く延々と桜並木が続きます。

特に湖上から眺めるとそれは見事な景色です。

この桜が見頃だと聞いて、ちょっと天気は悪かったのですが、今津から花見船に乗り込みました。
今津から10分ほど進むと「竹生島」の横を通ります。
その頃から進行方向にあの桜の線が見えてきます。

舟はどんどんその線に近づき湖岸から50メートル位で方向を変え湖岸沿いを進みだします。

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山からなだれ込むように湖へ向かっている桜もありますし、緑の壁をせき止めるように切り立った崖に踏ん張る桜もあります。

ちょうど舟が大きな岬にかかったとき、曇り空の一角から陽の光が漏れてきました。差し込む春の光に照らされてキラキラと輝く桜の花々の美しいこと。

ゆらゆらと揺れ動く舟の上から眺める景色は本当に一幅の春です。

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やがて舟は大きく方向を変え、戻りの道を進みます。

一度今津に戻り、今度は地上の道を海津へ戻ります。この頃この海津への道は大変込み合い、まるで来年の花を見に行くかの渋滞です。

でもそのおかげで、桜はじっくりとみられます。
その花の間からは遠くに「竹生島」が顔を覗かしています。

こちらからの風景もまた良いものです。

今回、久しぶりに春の湖北を巡ったのですが、この海津だけでなく、至る所に見ごたえのある桜が溢れています。

桜好きにとって、極楽のような春が過ごせる土地です。

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2010年4月14日 (水)

京都 桜逍遥2010(番外編 信楽 畑のしだれ桜)

  「いつまでか 野辺に心の あくがれむ
                花し散らずは 千世もへぬべし」

                     古今和歌集


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いつも楽しませていただいている、信楽 秀山さんに教えていただいた「畑のしだれ桜」に行ってきました。

信楽というと陶器の街として有名ですが、この時期はいたるところに見ごたえのある桜が咲いています。

実際この「畑のしだれ桜」へ行くまで、信楽の中心地から少し距離があるのですが、桜を愛いる者としては、少し行っては車を止め眺めるということを繰り返す結果となり、「畑のしだれ桜」に着くまで小1時間近くかかってしまいました。

そんな訳で、「畑のしだれ桜」に着いたのは、空にはまだ明るさが残っているが、山間の谷間の底は薄暗さが広がって行く頃でした。

茶畑が広がる丘の上に立つ、薄紅色の小さな花をつけた立派な枝垂桜です。

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案内板によると、この桜の由来には、平家の落人が都をしのぶためにこの地に植えたとする説や、信長がこの地にあったお寺を焼き討ちし、そのお寺が再建されたときに植えられたとする説や、家康が京への往来時にこの地で休み、この桜を植えたという説などがあり、いずれにせよ樹齢は400年を越えていると思われます。

たしかに幹についた苔の模様や、大きく広げられた枝ぶりにそれだけの年月を過ごしてきた風格のようなものを感じます。

その風格は、長い時間を変わることなくこの里に育ち、そしてこの里を見守ってきた桜自身の歴史でもあるのです。

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だんだん冷え込んでくる谷間で、しばらくこの桜の下で眺めていると、不思議な力を感じます。

この桜は、根元のところで大きく二股に分かれています。

それはあたかも春を迎えた大地が、気持ちよさそうに大きく伸びをしているかの様子に感じられます。

このような大地の喜びを表すような力は、ちょっと京都の桜には見られない力です。
この桜を媒介にして伝わってくる自然の力です。

春を迎える喜びの力です。これがこの桜の魅力なんですね!

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2010年4月13日 (火)

京都 桜逍遥2010(鴨川沿いの桜)

  「春霞 たなびく山の さくら花
                うつろはむとや 色かはりゆく」

                 古今和歌集  読人しらず


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鴨川といっても、京都の上賀茂から伏見まで流れていますので、その間には多くの桜の名所があります。
その中でも、お好みの場所はといわれると、先日紹介した「半木の道」の北側から上賀茂御薗橋まで続く東側の道です。

ソメイヨシノの桜並木の道なんですが、ちょうど今が盛りの勢いのある木々が続き、のびのびと育っているような感じがします。

周りの風景も、鴨川はそんなに整備された雰囲気ではなく、もう片方は閑静な住宅地が続き、車の通りも少なく、のんびりした気持ちで散策できます。

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京都は思っている以上に生活の範囲が小狭い街で、特にこの桜の頃になると、皆さん行く場所は似たり寄ったりで、顔見知りなんかによく会います。

別に、顔を合しても困ることはないのですが、やっぱり気を使いますので、のんびりとするためには、やはり場所を選びます。

特にポカーンと桜を見ているときは、無防備になっていますから。

そういう意味で、京都の中心より少し離れ、まだそんなに噂になっていないこの道は桜を愉しむのに最適です。

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2010年4月12日 (月)

京都 桜逍遥2010(上賀茂神社の斎宮桜)

  「さくらいろに 衣はふかく そめてきむ
             花のちりなむ のちのかたみに」

                   古今和歌集  紀 有朋


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上賀茂神社の一の鳥居から本殿に向かう白砂の道を進むと右手に鮮やかな紅枝垂桜が眼に飛び込んできます。これが「斎王桜」。

上賀茂神社の御祭神である賀茂別雷大神に奉仕された斎王に因んだ名がついた桜で、ちょうど乙女の頬が赤く染まったかのような艶やかな色をしています。

若草の萌えた緑の芝生と花の紅が美しい。

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この神社に詣ると、いつも空間の構成の妙と色のコントラストの美しさに感心させられます。

白砂の道と広い緑の芝生の空間はこの神社に詣る者にとって一種の心の禊となる場所のように感じられます。。
その心の禊を試すかのように、向かう本殿の前に、緑の森をバックに鮮やかな朱色の二の鳥居がそびえています。
その緑と白と朱の組み合わせと距離感が神社に詣るという心構えを高めてくれます。

そして、今はそんな参拝者に微笑みかけるように紅色の「斎王桜」や白色の桜達がまだ少し冷たい春の風に揺れています。

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そして、この二の鳥居を越えると、そこが本殿のある神域です。
ここに入ると、一瞬、方向感覚が狂ったかのような錯覚におちいります。

本殿を含んだ建物がすべて今まで歩いてきた道と30度位西に傾いた方向に向っているのです。
これは本殿が、賀茂別雷大神が降臨したと伝えられている神山に向かっているためです。
神を遥拝する場所としての古代の神社の形態を今も色濃く残しているのです。

まるで異次元の空間に迷い込んだような気がします。

その異次元の空間に、葵祭の少し前のみあれ祭の時、神が降臨して社殿に向かう道があり、その道側にも紅の枝垂桜が咲いています。
上の画像の「みあれ桜」です。

神の神域には本当に桜が良く似合います。

一説によると、「さくら」という言葉は、「神」を表す「サ」と神が降り立つ地を表す「座(クラ)」との合成語だそうです。

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2010年4月11日 (日)

京都 桜逍遥2010(堀川の桜)

  「いしばしる たきなくもがな 桜花
               たおりててもこむ 見ぬ人のため」

                       古今和歌集  読人しらず


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長い間、干からびてコンクリートの川底がむきだしていた堀川に水が戻ってきました。

といっても昔のように堀川全面に水が流れるのではなく川幅の三分ノ一位に水路が設けられ、残りの川幅は遊歩道が設けられている状況です。

アムステルダムやパリ等のヨーロッパの都市は別として、以前は埋め立てられたり、覆蓋した河川を復活させ、その護岸を親水空間として市民に開放する都市計画が最近はやっています。

有名な所では、お隣の韓国ソウルでの「清渓川復元計画」。これは一度埋立てその上に高速道路を作った河を、高速道路を撤去し再び水を流し市民に開放したところ、非常に人気が出て街が活性化した例があります。

堀川もそれをまねたのかもしれませんが、水が戻ってきたことは近くに住むものとして心がなごむ空間が現れたことはうれしいことです。やはり流れる水を眺めることはなぜか心がやすらぎます。

堀川の川べりに咲く桜を、今までとは異なった視点から眺められることも嬉しいことです。

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いままでは流れ走る車やビルをバックに眺めていた桜も、下から見上げると大きな青空がバックになり、花びらの白さや、太陽の光の透き通りが一層引き立ちます。

この国際ホテルの前の八重桜もその白さが際立っています。

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この堀川の遊歩道は堀川中立売から堀川御池まで続いていますが、見ていて面白いのは二条城の側あたりです。

この辺りの堀川の側壁は二条城築城時に作られたもので、その石材には当時の作業を担当した大名の印が彫られているものもあります。そんな印を探して歩くのも面白いことですし、堀川をまたぐ古い石橋を眺めていくのも楽しいことです。

東堀川通りをチンチン電車が走り、堀川の水は友禅の川流しでにごった色となっていた事など知る人もすくなくなりましたが、新しい堀川や桜はまた新しい京都の風景となっていくでしょう。

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2010年4月10日 (土)

京都 桜逍遥2010(半木の道)

  「いざけふは 春の山辺に まじりなむ
           くれなばなげの 花のかげかは」

                 古今和歌集  素性法師


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植物園の西側の鴨川との土手の道に紅枝垂桜のトンネルがあります。
この道が「半木の道」の道です。

いつの頃からは覚えてませんが、ライオンズの協賛で整備された道だと聞いてます。

今見事に咲き誇るトンネルとなっています。

どのような種かはわかりませんが、京都では珍しい朱の強い色合いの桜です。

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花の状態から見て、来週いっぱいはこの調子が続きそうな感じがしますが、ただ週半ばの雨が心配です。

この桜、蕾の方が朱が強く、開花するとだんだん色が白くなるタイプだと思います。
だから、見頃はまだ蕾が残っている方がきれいです。

桜には開花してからだんだんと色が濃くなるものもあれば、だんだんと色が薄くなる種もあります。
その日、その日によって印象が変わっていきますし、極端な花は午前と午後で色が変わっていくものもあります。

一期一会ですね。

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川向こうの賀茂街道沿いの桜は、散り始めてます。

向こうの花が見たければ、このように川に渡された石組みを渡っていきます。
川を渡る風も、心地よい暖かさになってきました。

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2010年4月 9日 (金)

京都 桜逍遥2010(二条城 ライトアップ)

  「ちる花の なくにしとまる 物ならば
                  我鶯に おとらましやは」

                      古今和歌集  典侍 洽子朝臣


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期間の最後に近くなりましたが、二条城のライトアップに行ってきました(4月11日まで)。

家から歩いて10分位なんで、「いつでもいけるや・・・」という気分でいると、毎年のことながら気付くともう終了間際。

あわててて晩御飯を食べて二条城へ急ぎました。行ってみると大変な人気です。券売機の前にズラ〜ッと並んでおられます。中もいっぱいかなと思いながら券を買い、中へ入ってみると流石に二条城、広さと暗闇にまぎれて目に付く人はそんなに多くはありません。

桜のライトアップは二の丸御殿の横を過ぎた本丸の内堀側からはじまります。

白いライトに照らされた桜が、遠目にボーッと浮かび上がる姿は二条城ならではの風情です。

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この二条城の桜は、早咲きの河津桜から、枝垂桜、ソメイヨシノ、そして八重桜、普賢象桜、御衣黄桜と京都で見られる多くの桜の種類が集められてます。

そして、桜の花が途切れることなく咲き続けます。

この夜も、ソメイヨシノの側で普賢象桜が満開の時を迎えてました。

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本丸の前を通り清流園の方へ向かうと、毎年のことながら、茶室の横の桜が池の水面に映り幽玄な風景を楽しませてくれました。

青や緑の人工的な輝きのライトアップよりも、このようなちょっと温かみのある光と足元の灯ろうだけのライトアップのほうが、桜の清らかな美しさを引き立てるような気がします。

桜の花にどのような美しさを求めるのか、また桜にどのような心情を映すのかは、人それぞれですが、私は新しい季節を迎えることのできた喜びと、一つ一つの小さな花の持つ清らかな美しさに惹かれます。

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2010年4月 8日 (木)

京都 桜逍遥2010(冷泉通 夷川発電所の桜)

  「枝よりも あだにちりにし 花なれば
           おちても水の あわとこそなれ」

                古今和歌集  菅野高世


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この時期の京都、どこへ行っても桜が咲いていますし、どこへいっても人にあふれています。
だから、行く場所と時間を選ばないと、桜を見に行っているのか、人を見に行っているのかわからない状態になります。

そんなわけで、長い間桜を見て廻っていますと、自然とお気に入りの場所が決まってきます。

岡崎辺りでは冷泉通の岡崎から鴨川に掛けての区間がそうです。

平安神宮から岡崎公園の辺りの人々もここまで訪れる人は少なく、桜も今が盛りの木々が多く、ほんとうにきれいな景色が続きます。

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特にお気に入りは、夷川の発電所付近です。

今も発電しているのかわかりませんが、山科、岡崎と流れてきた疎水が一旦この場所でせき止められ、この水門から流れていきます。

深い緑色をした疎水の水が、この水門で白い泡をたてて流れ落ちます。その白色は、桜の白色とはまた異なった清冽な色です。

桜の花も、じっと動かない状態でしたらあまり魅力がありません。
かすかな風に揺れたり、落ちる花びらが流れたり、背景の空に浮かぶ雲が桜の白に混ざったり、このように傍を水が流れたり、なんらかの動きの中でこそ、その小さな可憐な花がその魅力を発揮してくるんだとおもいます。

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桜の魅力は、見るのではなく、感じるものだと思います。

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2010年4月 7日 (水)

京都 桜逍遥2010(八坂界隈の桜)

  「春風は 花のあたりを よぎてふけ
           心づからや うつろふと見む」

               古今和歌集  藤原好風


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円山公園の枝垂桜です。

昔の姿を知っている者としては、北西側に伸びていた大枝とてっぺん近くの枝がなくなった分、その辺の空間が物足りなく感じます。

しかし、場所柄、京都を代表する桜としてがんばっています。

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高台寺の枝垂桜です。

昼間よりも夜のライトアップの姿のほうが有名かな。

高台寺さん、ほんと商売上手だと思います。年柄年中ライトアップをしている感じがします。
緑や青の人工的な色彩を中心としたライトアップを導入したのはこのお寺が初めてだったと思います。
それが人気を呼んで、いまや多くのお寺が同じようなライトアップをシーズンには行っています。
(まぁ、夜の京都で見るものや、行くとこはほとんどないですし・・・)

でも、この頃は演出がちょっとやりすぎかなぁ と思ってます。

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高台寺の駐車場から覗いた「霊山観音」です。

この辺りも、TVの坂本龍馬人気で多くの人が坂を上がっていかれます。

この観音さん昭和30年にできたらしいのですが、場所柄今だったら景観論争なんかが湧き上がって認められない建造物でしょう。

「山越阿弥陀図」のように東山をバックにヌーっと表れる姿は今だに違和感があります。

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2010年4月 6日 (火)

京都 桜逍遥2010(神泉苑の桜)

  「花ちらす 風のやどりは たれかしる
               我にをしへよ 行きてうらみむ」

                  古今和歌集 

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毎朝、通勤でその前を通る神泉苑。今年はその花が少し遅れ気味です。

もともとこの神泉苑は文献上、日本で最初の花見の宴が開かれたところとされてます。

「日本後紀」によると、弘仁2年(812年)嵯峨天皇がこの神泉苑に行幸した時、初めて観桜の宴を催したとされています。これが日本での最初の桜の花見とされています。

これ以降、花といえば桜となり、それまでの梅の文化から桜の文化となっていきました。

それは、和歌の世界にもあらわれて、奈良時代に編纂された「万葉集」では梅や桃の歌が多かったのですが、「古今和歌集」では「桜」の歌が多くなりました。

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その頃の神泉苑と今の神泉苑では、その規模や周りの風景で見比べることはできないですが、(当時は禁苑で、今の二条城の北側位から、三条通位までの敷地があり、多くの木々と大きな池があった。)池の真ん中に残っている中島の雰囲気なんかには当時の様子がうかがい知れるような気がします。

最近はそのような由緒によってか、京の桜ガイドなんかに載るようになり、桜の頃には多くの人が訪れるようになりました。

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浮かべられた龍頭船には夜には明かりが灯り、夜桜を観ながら食事を楽しめるようになってるみたいですし、まわりの桜もライトアップされています。

私の子供の頃からは、考えられない様子です。

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2010年4月 5日 (月)

京都 桜逍遥2010(善峯寺 桂昌院お手植えの桜)

  「やまざくら わがみにくれば 春霞
             峰にもをにも たちかくしつつ」

                  古今和歌集 


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西国三十三所の第二十番札所である善峯寺、秘仏である十一面千手観音が御開帳されているということでお参りに行ってきた。

バスを降りてから、急な坂道をせっせと登っていく。

西国三十三ヶ所の霊場というのは、山の頂上や中腹にあるところが多い。「簡単に結縁させないぞ!」とばかりに、何百段も石段が続いたり、急な坂道が続いたりして、お参りに行く者たちにとっては楽してご利益は得られない構造になっている。

しかし、この頃は車で本堂の横まで乗り付けることができるお寺も増えてきた。これじゃちょっとご利益は薄くなるのではないかと心配している。
だから、なるべくこれも修行の内と歩いて登るようにしている。

苦労して登った甲斐があって、観音様に付け加えて「桂昌院お手植えの枝垂桜」が見頃を迎えていました。

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この善峯寺、山全体が庭園となっており、グルーっと回ると1時間くらいかかる大きなお寺です。

まずはお目当ての「十一面千手観音像」。そんなに大きな仏さんではないが、すんなりとしたお姿で穏やかなお顔をしておられる。

この観音さん、体の痛いところを治してくれるので有名だそうです。
さっそくこの頃調子の悪い腰の痛みを取っていただくようお願いをする。

お参りの後は、横の石段を経堂の方へ向かう。その石段の頭上には「遊龍の松」が横たわる。
高さは1メートルくらいなんだが、枝というか幹が横へ横へと伸びている。その長さ説明板によると40メートルもあるらしい。名前の通り、緑の龍。

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その経堂の横に、「桂昌院お手植えの枝垂桜」があります。

薄紅色の枝垂桜で春の光を受けて、キラキラと輝いているようです。ちょっと山肌の斜面に植えられているため、斜めに伸びており、下からみあげると思っている以上に枝垂が長く垂れてきています。

立派な枝垂桜です。

そこから山の上に向かってお庭は続きます。
釈迦堂、薬師堂とまわる途中に京都が一望に眺められる場所があります。

春霞の向こうに、平安京、そして比叡山が揺れてます。

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2010年4月 4日 (日)

京都 桜逍遥2010(勝持寺 西行桜)

  「空蝉(うつせみ)の 世にもにたるか 花ざくら
                さくと見しまに かつちりにけり」

                      古今和歌集   


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阪急の東向日駅から西山に向かって進むバスは、発車して10分ほどすると、畑や鎮守の森が見られる鄙びた地区に入ります。そこが大原野。この大原野の山手に「勝持寺」はあります。

このお寺、「勝持寺」というよりも「花の寺」という通称名のほうがよく知られています。
なぜ「花の寺」かというと、西行がこの寺で出家し庵を結び、一株の桜を植えその桜を愛いでたからです。
いま、その桜は「西行桜」と名付けられ、満開の時を迎えています。

薄紅の小さな花をつけた枝垂桜です。

この桜を久しぶりに観たとき、ちょっと意外な気がしました。
なぜかというと、私の記憶の中の「西行桜」は山桜だったからです。

以前観たのはだいぶん前(この年になるとだいぶん前という単位は10年単位になります。)のことでしたので、思い違いをしているのでしょう。その思い違いは多分、西行の歌から感じる桜のイメージが、私においては山桜であるからです。

でも鐘楼の横にスーっと立っている姿は、西行の凛々しい姿を彷彿させます。(西行は出家前は、北面の武士だったから、多分立派な体格のイケメンだったのでしょう。)

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この寺は「花の寺」というだけあって、「西行桜」以外にも多くの見目麗しい桜が植えられています。

当時の様子はうかがい知れませんが、今の桜の様子は西行の出家した寺というのにふさわしい風情です。

また、この寺で西行が出家したというのは、単に当時から桜の名所であったというのだけではなく、この地が、前回書いたように、在原業平ゆかりの地であったからでしょう。

西行の出家の理由は色々と言われていますが、その一つに西行と待賢門院との叶わぬ恋があったと思われます。西行はその自分の身の上を業平と二条の后藤原高子との叶わぬ恋に重ね、同じ境遇の身としての共感を感じていたからでしょう。

古今和歌集では六歌仙のひとりにあげられている業平と新古今和歌集では最も多い歌が選ばれている西行とにこのような結びつきが考えられることは興味のあることです。

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この寺以外にも、京都には西行にちなんだ寺がいくつかあります。例えば嵯峨の二尊院、真葛ヶ原の双林寺など。いずれも西行の名にふさわしく美しい桜のある場所です。
同じような西行伝説は全国各地に拡がっており、同じように桜の名所となってます。

桜を愛した西行の心情を愛しているのか、西行の愛した桜の美しさを愛しているのか、舞って流れる花びらを見ていると、渾然となる気持ちとなります。

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2010年4月 3日 (土)

京都 桜逍遥2010(十輪寺 業平桜)

  「月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ
             我が身一つは もとの身にして」

                      在原業平

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京都洛西、西山にある古刹「十輪寺」。在原業平がその晩年を過ごした寺として有名です。

このお寺に「業平桜」と名付けられた桜があります。業平の名が付いているだけあり、大きく張り出した枝は、自由奔放にかつ華麗に広がり、いま満開の時を迎えています。

樹齢は200年を越えているらしく、緋寒桜としては珍しい大木だそうです。またお寺に伝わるところによると「業平桜」としては3代目だそうで、そうすると一代の桜が300年とすると業平が生きていたとされる9世紀にはちょっと届かず、業平の歌に読まれた桜の子孫ではないかもしれません

しかし、お寺の高廊下いっぱいに覆いかぶさるように咲き誇る姿は見事です。

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これはお寺の裏山に登り、上から「業平桜」を見下ろした風景です。その裏山には、業平のお墓も有り、また業平が風情を楽しんだ「塩竈」の跡もあります。

業平というとプレイボーイの代表者みたいに言われていますが、伊勢物語をじっくり読むと確かに「まめな男」ではありましたが、逆に真摯に女性を愛し、その恋が叶わぬ恋となった後も、じくじくとその想いのなかに生きた真面目な男であったような気がします。

「昔男ありけり」で始まる伊勢物語は、そのような真面目な業平の心情が見事に表されており、後の人々に大きな共感を与えました。西行も業平に憧れた様子があり、光悦を中心とした琳派の美術もこの物語から大きな影響を受けていると思います。

そんな業平の姿が思い浮かぶ桜です。

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2010年4月 2日 (金)

京都 桜逍遥2010(祇園白川)

  「かにかくに 祇園は恋し 寝るときも
                 枕の下を 水のながるる」

                          吉井 勇


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祇園巽橋から川端通までの白川沿いが今満開です。

まあ、「祇園」というと京都の花街の代表みたいに思われて、「祇園」という言葉を聞くだけでなんか艶っぽい感じがしますが、四条通より北側のこの辺りは、この白川沿いを除いては、普通の大都会の繁華街とあまり変わらず、集合ビルに何軒ものネオンが輝いているような状況です。

一般に思われている「祇園」の雰囲気というと、やはり四条花見小路の一力さんを下がった迷路のような小路のなかにあるんだと思います。

この白川沿いにしても、お茶屋さんなんかは数えるほどしかなく、大半が現代風の小洒落た料理屋さんや飲み屋さんになっています。

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冒頭の歌は、この白川沿いに歌碑としてたてられている吉井勇の歌ですが、この歌ははじめの「かにかくに」の言葉が面白い感じです。

「かにかくに」という聞き慣れない言葉は辞書なんかによると「いろいろと」とか「あれもこれも」とか意味してますが、ここでは祇園のはんなりとした雰囲気や、色街の持つねっとりとした情感を、「カ」という乾いた音を二つ重ねることで、軽やかに、明るく表現しているんだと思います。

この言葉の音韻が、逆に祇園を耽溺した吉井勇のねっとりとした心情と、祇園の持つ暗く奥深い風情を際立たせているのだと思えます。

そんな祇園の世界がこの桜の裏にもかくれているのでしょうか?

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2010年4月 1日 (木)

京都 桜逍遥2010(枳穀邸)

  「吹く風に あつらへつくる 物ならば
                このひともとは よぎよといはまし」

                    古今和歌集  助内侍


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東本願寺の御影堂門から烏丸通を渡り、正面通を東に進むと向かう方向の空があいてきます。そこが枳殻邸。正式には東本願寺の飛地境内「渉成園」です。

このお庭、京都の人には「渉成園」というより「枳殻邸」という名前のほうがなじまれています。
なぜなら、昔、この庭園の周りには枳殻(カラタチ)が植えられていたので、京都の人はこの庭園を「枳殻邸(キコクテイ)」と呼ぶようにようになったからです。

詩仙堂に住んだ石川丈山が作ったこの庭園の一角に「傍花閣」といわれる建物があります。
「傍花閣」というのは字の通り、花の傍にある建物で、その周りの桜が今満開です。

「傍花閣」は一階が通り抜けできる空間となっており、二階に八畳位の書院が設けられれ、その書院へは建物の両端にある梯子のような階段で出入する、奇妙な建物です。

しかし、その障子を開け放ち、二階の書院の框に座りながめる花はさぞ気持ちの良いものであるでしょう。まさに、花のために建てられた建物のような気がします。

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しばらく「傍花閣」の周りをブラブラとしているとそれまで曇っていた空が西の方からだんだん晴れて来、青空が見る見る広がってきました。久しぶりに見る青空です。

まだ清らかな光に輝く、澄み切った青空です。

頭上の小さく、薄い桜の花びらが、透きとおって清冽な色合いが広がっています。

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しばらくの間このお庭を巡っていると、この枳殻邸、贅沢な場所だということが実感できます。

ただ単に庭のためだけに、下京の真ん中にこのような大きな空間を有しています。
車の通る表通りから一歩この庭に入ると、街の喧騒とはかけ離れた時間が流れているような気がします。

昔は多分、東山を借景とするような庭であったと思われますが、流石に今はそのような環境ではなく、周りをビルやマンションに囲まれてしまってます。

しかし、木々の上から顔を覗かしている京都タワーなんかを観ていると、これもまた現在の庭の風景かなとも思えてきます。

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