カテゴリー「美術展・展覧会(日本作品)」の105件の記事

2010年1月10日 (日)

「等伯 若冲」 建仁寺両足院

今年の美術展の最初は、新春特別公開として建仁寺両足院で開催されている「京に縁の二大絵師 等伯 若冲」展から始まりました。

Th_img_ryousoku1

京都では、シーズンごとに色んな寺社等で文化財や建物、庭園なんかの特別公開がされています。
このような場所で見る襖絵や掛軸は、美術館の冷たいガラスを通してみる場合よりも、より近くで親しみを持って見られるのが魅力です。

Th_rimg0018

両足院は建仁寺の境内にある塔頭で、毘沙門天が祀ってある事で有名です。
今回は、長谷川等伯の「水辺童子図」「竹林七賢図屏風」、そして伊藤若冲の「雪梅雄鶏図」が公開されていました。

Th_rimg0051

お寺の門を潜って、玄関口に着くとそこがもう受付です。
そして、玄関の正面にはもう等伯の「水辺童子図」の襖が見えてます。

このあっけらかんと等伯なんかを見せている雰囲気がいいんですよね!
拝観に来られた方も、前に座り込んで見ておられる方もおられるし、30センチ位に顔を近づけて詳細に見ておられる方もおられるし、なかなか美術館なんかでは考えられない雰囲気の中で等伯を味わえます。

Img_ryousoku2_2

これはその「水辺童子図」。

岩皺の打ち方なんかも、永徳なんかと比べると幾分穏やかさみたいなものを感じますが、線の勢いは衰えていません。また遠景に見られる松の描き方はあの国宝の「松林図屏風」の松を思い窺わせます。

特に感心するのは、その余白の間の美しさ。これは狩野派の絵、特に等伯と争った永徳とはまた異なった美しさです。

この襖絵じっくりと見てみると、明らかに表装しなおしたような痕があります。実際の画の大きさはこの襖よりも少し小さく、ひょっとしたら元は屏風絵でなかったかと思わせます。そうするとこれは多分四曲一双であり、これは右隻にあたるんじゃないかなと思えたりします。では左隻は?(有ればいいですね!)

Img_ryousoku

これは、「竹林七賢図」屏風の左隻。

「竹林七賢図」は水墨画の画題として多くの画人に描かれてはいますが、この等伯のように竹を直線的に描いたのは珍しい。今まで見た「竹林七賢図」は、賢人が主であって、竹はその情景の一つであったり、山水の一部であったのに、この等伯の屏風は竹が主のように、黒く太い線で描かれています。
ちょっと今までの画とは異なった雰囲気。

この屏風には等伯の落款として「雪舟五代長谷川法眼等伯」とあります。それは狩野派と対抗するために用いただけなのか、等伯にその意識があったのかわかりませんが、雪舟も「竹林七賢図」を描いたらしいので(文献にはあるが現物は写真でもまだ見ていない。)等伯はどこかでその画をみており、そこからこのような「竹林七賢図」を描いたのかもしれません。そう考えて見るとおもしろいなぁ・・(でも、他の雪舟の画から思えば雲谷等顔の竹林七賢図のほうが雪舟らしいと思えるのですが・・・)

Th_rimg0046

それから中庭を通り、奥の方丈にはいるとそこには、若冲の画が床の間に掛けられていました。

「雪梅雄鶏図」と題されていますが、椿の赤と雄鶏の鶏冠の赤が鮮烈な印象を残す画でした。

それと伝周文とされている「墨梅図」もよかったなあ。

Th_rimg0039

初春から良いものを見せていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 6日 (水)

北斎と壬生狂言

念仏狂言の話題を書いていて、ふと思い出したのが去年のミネアポリス浮世絵名品展に出品されていた北斎の描いた「壬生狂言」の浮世絵。


Img_mine1 Img_mine2
(棒振り)                       (節分)
Img_mine3 Img_mine4
(花盗人)                       (桶取)

落款をみると「春朗」と書かれているから、北斎の初期の頃の作品と思われる。
時代的には18世紀の終わり頃(1780年代)。
この頃の北斎は勝川春草のもとに弟子入りし、春朗という名をもらい、浮世絵の世界にデビューしたての頃。もちろんデビューしたての新人に大判画やシリーズ物の注文がはいるわけでなく、細絵の役者絵やそのころ流行り出した黄表紙本の挿絵が中心。この「壬生狂言」は摺物(すりもの)といわれる私的な狂歌連(会)の注文で販売を目的とせずに製作されたもの。

描かれている浮世絵のなかには狂歌の作者として「宿屋飯盛」の名がある。

この浮世絵を見て思うことは、北斎の描く登場人物は実際の壬生狂言と異なり、面をつけていない様子で描かれているが、実際の壬生狂言で付けられている面の特徴をよく表した表情で描かれているということ。
「桶取」の大尽の助平そうな表情、「花盗人」のまぬけなお供の表情等見ていると、まだ若いといえどもその描き方の巧妙さはさすが北斎と思わせる。

そんな巧妙さをみていると、この浮世絵をえがくために、寛永の初め頃北斎が京都に来て、壬生狂言を観ていたのではないかと思えて来る。
特に「桶取」の美女の指が欠けていたり、「棒振り」の演者の覆面の被り方がそっくりだったりする細部の正確さはそのような思いを更にかきたてる。

真実はわからないが、北斎が壬生狂言を楽しんで見ている様子を想像すると、なかなか愉しいじゃないですか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月14日 (火)

「名画に出逢う、秋」 八幡市立松花堂美術館

京都と大阪の境にある八幡市。桂川、宇治川、木津の三川合流点をはさみ対岸には天王山を望み、こちら側には石清水八幡宮のある男山がある地。
桃山から江戸の始めにかけてこの石清水八幡宮に松花堂昭乗という坊さんがいた。この坊さん書道、絵画、茶道に堪能で、特に書家としては近衛信尹、本阿弥光悦とともに「寛永の三筆」と称せられた。
彼の使っていた四つ切りの小物入れからヒントを得て、吉兆の湯木さんが松花堂弁当を考案した話のほうが知られているかな?

Syoukado1その松花堂にちなんだ地を八幡市が松花堂庭園として保存し、また彼にまつわる美術品を集めた美術館をつくっている。

そこで開催されている「名画に出逢う、秋」に行って来た。
それほど大きな美術館ではないが、今回は京都市美術館と京セラ美術館からよりすぐりの日本画が展示されている。

まずは、チラシにもなっている菊池契月の「散策」。
菊池契月の描く女性画は非常に線が美しい。しかし、その整いすぎた表情から見る者に冷たい感じをあたえる。しかし、この画に描かれている女性には若々しい明るい表情が感じられる。その他の画とはちょっと異なる感じ。

帯下を長く取る構図により、二匹の黒い犬が活きている。画面の周りに覗いた草花や木々の様子が爽やかさを感じさせる。
同じ様な雰囲気の画として思い出すのが、鏑木清方の「朝涼」。同じように爽やかな画だが、契月の画は構図が単純化されておりその分より乾いた雰囲気が感じられる。
清方の方が何故か湿ったような感じ。
背景まで描かれている画はやはり画全体から導かれる感じで感想を持つが、この画のように大きく余白を取ったような画は、描かれた部分に集中し、そこから見る者が色々と想像して感想を導き出すというような違いが有る。どちらが良いというものではないが、京都で見る画には、このような余白の余韻を持つ画が多い様な気がする。

Syoukado2_2 Syoukado3_2

この2枚の画は左が梶原緋佐子の「ねがい」。右側が三谷十糸子の「春来る(春想)」。
この2枚、画像と同じように並んで展示されていた。なかなか面白い並べかた。
お互いが向かうように感じで、二人の女性が意識しあって感じがする。梶原の女性はあたかも「まだ、あなたにはこの想いはわからないでしょう。」と思っているようであり、三谷の少女は「ふん、なにさ・・・」という様な感じ。

画家も異なり、描かれた時代も異なる画が偶然並べられる事で、画家が思っても居なかった雰囲気が生まれて来る。この辺りのコラボレーションの効果も美術展を見に行くことの愉しみ。

梶原は明治から大正にかけては、このように社会の底辺に生きる女性の哀しみや疲労感、また一途な想いみたいなものを独特の筆使いで描いていた。大正デモクラシーというか社会主義的な思想の雰囲気を持つ画であり、この頃の女性の画家としては興味を引く画家。惹き寄せられるものがある。

三谷の画は余り多く見ていないが、このような少女を描いている画が多いような気がする。

Syoukado4

徳岡神泉は「筍」が出されてた。
独特の緑の色合い。昭和30年代の作品だが、具象とも抽象ともいえない神泉独特の世界である。この後はもっと抽象の方向に進むのだが、まだフォルムは保っている。
掘り出された「筍」の中に春の息吹や生命の力強さへの神泉の気持ちがギューッと凝縮されているような感じがする。そのような強い気持ちを独特の色合いやぼやけたフォルムの効果で表に現れないようにコントロールしている。
奥深い画だなぁ・・・。

Syoukado5

この剽軽な「熊」を描いたのは、竹内栖鳳。
何ともいえないユーモアと可愛らしさが感じられる画である。
京都画壇の重鎮である栖鳳には、このようなほのぼのした画があり、その人柄が偲ばれる。
芦雪や大雅等が見せる、ある種のユーモアや明るさみたいな江戸後期の京都画壇のもつ雰囲気を引継ぐものでもあろう。
でも、その勢いのある筆使い、赤い紅葉の効果はさすが栖鳳。冬の京美での展覧会が愉しみ。

この画は美術館にはいる前は、京都市役所で衝立として置かれていたらしい。贅沢な衝立ですね。

そんなに多くの作品が展示されている訳ではないが、見所のある作品が並んだ美術展です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月12日 (日)

「仏の形 心の形」 泉屋博古館

東山の山裾にある「泉屋博古館」、住友家が萬集したコレクションを収めた美術館である。
さすが住友財閥だけあり、中国の青銅器、中国の書画、日本の書画、仏教美術とその守備範囲は広い。

Senoku1この秋の特別展は「仏の形 心の形」と題して中国・朝鮮・日本の仏教美術の優品を集めている。

天王町の坂道を上がり、美術館に入り特別展がおこなわれている部屋に中庭の渡り廊下を通って入る。

泉屋博古館は1つの展示室に展示物を集めている。その部屋でまず目についたのがチラシにのっている「毘沙門天立像」。これはすばらしい!

大きさは50〜60センチ位の小振りの毘沙門天で、もとは青蓮院に伝わったものと言われている。
その絶妙のバランスのとれた姿態、程よく抑制された忿怒の顔付、美しい品格のある毘沙門天像である。

左手には宝塔をかかげ、右手は高く上げている。(本来はここに戟(ゲキ)を持つのだが)
右足は邪鬼の頭を踏み押さえ、左足は邪鬼の臀部を踏みつけている。
激しい動きを表しているが、その体は緊張感もなく自然な感じがする。

この毘沙門天像の面白い所は、その玉眼。毘沙門天像の眼にはもちろん、鎧の獅子噛(ベルトのバックル)、そして邪鬼の眼にも嵌められている。特に邪鬼の眼は踏みつけられて半分白目になっているところがなかなかリアル。

この毘沙門天像、説明書きによると30年程前奈良国立博物館で展示されたきり、以降表にはでなかったそうで、今回泉屋博古館では初めての展示になるそうだ。

Senoku2_2これは中国北魏の「金銅弥勒仏立像」。

光背が日本でみる仏とは異なり肉厚でまるで仏が背負った様な感じがする。
この仏には太和22年と彫られており、西暦でいうと498年の作と見られている。
日本に仏教が伝来する前の仏である。

その他中国、朝鮮の金銅仏が10体程展示されてあったが、仏も各地によりその表情が異なることがよくわかる。
中国も南方の地方では、仏の顔は肉厚で艶かしく感じられ、北方の仏は眼が細く人間くさくなっている。朝鮮の仏は面長でちょっと異様な面立ちである。

日本の仏は飛鳥奈良時代には、その時々に影響を受けた国の表情をしていたが、平安中期以降は独自のヤマト風の面となっている。その辺の移り変わりを見るのがまた楽しい。

Senoku3住友コレクションというと世界的に有名なのが中国古代の青銅器。

住友家は銅の商いで大きくなったせいか、中国の青銅器を数多く集めている。
その住友コレクションといえばやはりこれでしょう。
西周時代の「虎ゆう」。(ゆうの漢字は変換不可)

神虎が後ろ足と尻尾で立ち上がり、前足で人を抱え込んでいる。持ち上げる取っ手があり、なにか酒なんかを持ち運ぶ容器であったと考えられている。

しかしこの一面に彫られている、渦巻き模様や文様の素晴らしい事。(この文様は単なる模様ではなく呪術の内容や神の名を示すものでもある。)
また虎の顔の大胆な事。まるで現代美術のオブジェのような感じがする。
これが現在から3000年以上も前のものだとは信じられないくらいモダンに見える。

この青銅器コレクション一見の価値はありますよ。

お寺や神社だけではなく、京都の私設の美術館各自が特色を持ってがんばっており、巡って回るのもまた面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月10日 (金)

「京と江戸 名所遊楽の世界」 細見美術館

細見美術館で開催されている「京と江戸 名所遊楽の世界」展、風俗画を好む者にとっては楽しめる展覧会である。

Hosomi117世紀初め (慶長から元禄以前までの頃)の京、江戸を描いた祭礼図屏風、邸内図屏風、名所図屏風等がズラーッと並んでいる。

遊んでいる様子や働いている様子、生活の様子を描く事は、絵画の発生時点からはじまった画題である。平安時代の絵巻物、鎌倉・室町の参詣曼荼羅図等、大和画の伝統の中で描かれて来たが、桃山から江戸初期に掛けてパーッと花咲くが様子で広がった。

特にこの時代の風俗画には身分の上下、男女に関わらず、日々の生活を楽しんでいる様子が有り、また安定し始めた生活から来る憂愁の思いが描かれている。

そのような画をみていると、あたかもその時代にワープした様な感じとなる。

Hosomi6これは「東山名所図屏風」。(部分)

祇園社、八坂塔、清水寺、大仏殿、三十三間堂を描いた四曲一双の屏風。

この屏風、全体的に描き方が稚拙な感じがするが、特に大仏殿の描き方がおかしい。
まるで大仏さんが檻に入れられている様な感じ。

この屏風が描かれたとされている17世紀までに、東山の大仏さんは慶長の大地震で首が落ちたとされているので、これは後から描いたと思われる。しかし記憶の中には残っている建物をこんな風に描くのはなんか他の意味があるのかなぁと思ってしまう。

Hosomi3

これは「北野社頭図屏風」。(左雙)(画像をクリックして見て下さい)
「天神さん」で有名な北野天満宮。この頃は秀吉の北野大茶会の印象が強く残っており、その後も花見や茶会が行なわれていた。その頃の様子。

花の下では、赤い毛氈を敷いて、幔幕を張り巡らして坊さんとおもわれる人物が奇麗どころに囲まれて楽しそうに宴会を行っている。
今も昔も花見の宴というと、浮世離れした楽しさに満ちており、「あ〜ぁ、極楽々」てな調子で皆さん浮かれている。端のほうでは酔ったかのようなかんじで奇麗ところを抱きしめている男もいる。

左の方では、鳥居の前で茶売女がお茶を売っている。
奇麗な茶売女の周りには、気を惹くように着飾った若い男が客になっている。

時代が変わってもやってることは変わりませんなぁ〜。

Hosomi4

これは「江戸名所遊楽図屏風」(部分)

江戸初期の浅草寺の境内の様子が描かれている。上の川は隅田川。
門前では京の四条河原と同様に多くの芸人が踊りや芸能を演じている。
太鼓や三味線を鳴らしながらジャグリングを演じたり、鉦を叩いている勧進僧等、当時の放浪芸の様子が面白い。
下の方では、浄瑠璃の小屋が建てられ、多くの人が木戸銭をはらって観ている。
このように、神社やお寺の芝の上に居座り観る事から「芝居」と言われるようになったされているが、なるほどね。

Hosomi2

これは、細見美術館の呼び物の1つである「男女遊楽図屏風」(一部)

細かい文様の小袖を着飾った女が遊里の一角に置かれた床几に座り手紙を読みながら。お供の禿が指差す方を眺めている様子。その禿のさす方向には無骨な使いの者と思われる男が座っているという情景である。

この左方には、遊里の館の中となり、盲人と他の遊女が三味線を奏でたり、遊女と歌舞いた若者がしゃべっていたりする様子が描かれている。

基本的には「彦根屏風」の写しとされているが、これはこれで見ていて楽しい。

この時代の「男女遊楽図屏風」には、今までの風俗画と異なり、はっきりと個人の実像が現れて来る。

遊女や歌舞いた若者、一人々に表情が有り、内面の心模様を表すようになる。
遊女の物憂いげな表情や、若者のうつろな表情。その中にこの時代の特色を表している。
時代を表す画となって来ているし、人を中心とした画となってきている。

「男女遊楽図」という題材は、人間を表すという点で近世の風俗画の1つの頂点となっていると思える。

その他、「洛外図屏風」「賀茂競馬図屏風」「犬追物図屏風」「誰が袖屏風」「四条河原図巻」等、細見美術館の屏風が総出演。見所の多い展覧会である。

「淋派」も良いが「風俗図」も楽しい画ですよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

「絹谷幸二展」 京都高島屋グランドホール

ちょうど長野冬期オリンピックの時、なかなか愉快なポスターを見付け作者を調べたら絹谷幸二氏だった。
それを憶えていたので、展覧会が高島屋で開催されているのを知って早速行って来た。

Img_kinutani1高島屋は今年美術部が創設百年ということで、面白そうな展覧会を開催している。

百貨店の展覧会としてはここしばらくは大丸の方が面白かったが、今年は良い勝負。(伊勢丹は美術館としているのでまた別。)美術好きとしては良い傾向。

絹谷氏も奈良県の出身だが、関西ではあまり見られる画ではない。そういう意味では百貨店の展覧会は私にとってはいつもとは異なる画家の作品を見られる点で重宝している。(ただ、人が多いのは閉口するが・・・)

「色彩はエネルギーの源。色彩は人を発奮させ、元気にする」と語る絹谷氏の画は色彩に溢れている。

チラシの画は、最新作の祭シリーズから「祗園祭」。
菊水鉾の巡行の様子を真正面から描いている。この様な色彩案外派手なように感じられるが、真夏の一番暑い頃に巡行される鉾の様子としては、こんな感じかも知れない。
金色に照り返す夏の陽の光。赤に彩られた鉾の懸装品、思い起こせば色彩に溢れた祭りである。

この画、ちょっと離れて見れば(1.5メータ×2メータ位の画)勘亭流の様な字体で「絹」と抜かれている。
始めはなんかけったいな構図だなと思っていたのだが、わかってみれば面白い。

Img_kinutani2これは同じ祭シリーズから「龍鬼渡海 博多山笠」。

上記の画と同様、色彩に溢れてPOPな感じ。

しかし両者とも決して原色ではない、ちょっと原色からは離れた色で描かれている。青にしても少し薄くしたり深みを持ったり。赤も少し暗さを持った赤にしたり。単純に派手な色彩ではなく、日本人にあった色調で描かれている。

POPな感じを増強しているのが、画の中に描かれている「セリフ」。
龍は「ギャオー」と叫んでいるし、鬼は「ブォォー」とうなっている。担ぎ手は「おいさ、おいさ」と手を合わし、見ている者に祭りの躍動感、高揚感を伝えて来る。

画の中に、セリフを描くのはこの画家の特徴。50点程展示されている今回の展覧会でも8割位の画には「セリフ」が描かれていた。

Img_kinutani3これは長野オリンピックのポスターの原画。「銀嶺の女神」。

この女神も「ららら〜」と歌を口ずさみ、そのセリフが描かれている。

マンガ的といえばそうなんだが、画の雰囲気をよりダイレクトに伝えようとするならばこれも1つの表現方法。吹き出しやセリフをマンガだけに独占させる事は無い。

絹谷氏の50点程の画をみて、確かに彼が言うように何か元気な気持ちにさせられたのは事実。

展覧会を出て、秋の雰囲気を出す為に茶色や黒の落ち着いた色調で飾られている高島屋の店内がかえって元気の無い様な感じがした。

楽しい画を見て、楽しい気持ちになって帰る、それだけでも見に来た甲斐があった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月27日 (土)

「再興第93回 院展」 京都市美術館

京都市美術館で開催されている「(秋の)再興院展」に行って来た。

Img_innten1何故だか知らないが春は「院展」、秋は「再興院展」と言われてる。
どう違うのかは知らないが、春の院展は京都では高島屋で開催され、秋の再興院展は京都市美術館で開催されている。

会場の大きさのせいかわからないが、春の院展は小品が多く、秋の再興院展は大作が並ぶ。

今回も会場にはズラーッと100号を越す様な大作が並んでいる。

しかしその中に片岡球子の画はない。彼女は今年の1月、103歳の天寿を全うされた。あの独特の「面構」の画はもうこの会場に並ばない。

そんな一抹の寂しさを思いながら会場を回っていく。

やはり日本画は見ていて心が落ち着く。あの岩絵具のしっとりとした色調。落ち着いた線。
そんな中で目に付いたものを何点か。

Img_innten4

これは奨励賞をとられた石村雅幸氏の「魂」。
この画家、同じ様な構図で何回か院展に出展されている。彼のテーマなんだろう。
大きく広がった楠(?)の姿が堂々と描かれている。日に照らされた葉の美しい事。

Img_innten2

これは同じく奨励賞をとられた松本高明さんの「春立つ」。
冬枯れの野に白く浮かび上がる草と白梅が印象的。
ちょっと構図的には不思議な様子だが、その分魅入るような雰囲気が有る。

多くの大作を見ていって気付く事だが、画家にとってこの様な大きな作品を描くことは大変な作業であるという事。肉体的にはもちろん、精神的にも。
その証拠に、途中で力尽き、明らかに画にバランスが欠けている画が有る。
ある一部は非常に力をこめて、緊張して描かれているが、それ以外の部分は単なる色を塗ったという感じの作品が見られる。

院展の創始者の一人である、大観の画なんかを見ていると、多くの大作には色を塗らない「余白」が存在した。その余白が無駄な色彩を排除し、主題を浮出させる効果を持っていた。
今の作品は、なぜだか知らないがべったりと色が塗られている。その塗り方が散漫なため画ののバランスを殺し、主題を殺している。
また、その為に同じ様な色調、同じ様な構図の画が増えている。
なんとなく、日本画の将来が危ぶまれる感じがする。

Img_innten5

こうして一回りし終わって、ふと、「あれ、今年は平山郁夫さんは出してないのかな?」と思った。
不思議に思ってもう一回りし出すと、有りました。
「祈りの行進・聖地ルルド」と題された大きな作品でした。気付けば平山画伯の沈んだ群青色が美しい作品でした。
しかし最初はわからなかったなぁ〜。
仏教関係の画ではなくキリスト教の画だったから。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2008年9月24日 (水)

「長谷川等伯・雲谷等益 山水花鳥図襖」 楽美術館

楽美術館の開館30周年記念特別展として「長谷川等伯・雲谷等益 山水花鳥図襖&楽美術館吉左衛門セレクション」が開催されている。

Img_raku1楽美術館は表千家、裏千家、武者小路千家の家元に近い上京区にある楽家代々の作品を並べる小さな美術館。雰囲気はよく訪れる人も少なく楽ちゃわんの代々の作品にじっくり対峙でき、贅沢な時間がすごせる美術館である。

今回も一階は吉左衛門セレクションとして代々の楽家のちゃわんがならび、中二階にのんこうの香合と信楽や志野、そして織部の茶碗、二階に長次郎、光悦、乾山の茶碗と襖絵が並べられている。

総数40点位の展示だが、一点一点見て行くと見所は多い。

小さな美術館だけに今回の襖絵も一度に両者展示されず、等伯は10月7日から11月16日まで、
等益は9月10日から10月13日と11月10日から12月21日までと分かれている。

Img_raku2
これが等益の襖絵。

もとは大徳寺山内にあった碧玉庵の襖絵。その内三面が楽家に伝わっている。
雲谷派の縮図(後の手本帖)によると8面の花鳥図が描かれていた事がわかる。

雲谷派は、萩を中心に発達した一派で、雲谷等顔が毛利輝元から雪舟流を継ぐものとして雪舟が山口に居た頃のアトリエ「雲谷庵」と雪舟筆の「山水長巻」を拝領したことに始まった。
等益はその2代目であり、時代的には江戸初期の画人。

今回の襖絵を見る限りにおいては、同時代の狩野派(同時代の狩野派と言えば狩野探幽)の画と比べると遠景の山の様子や、松の様子はすこしおとなしめ。厳しさは無くやさしい感じがする。大和絵風かな?
しかし、8面そろうと立派なものだろう。

Img_raku3

並んでいた楽のちゃわんでは、やはり長次郎が好み。
今回長次郎はチラシにある黒楽筒茶碗「杵ヲレ」とこの「面影」がでていた。

どちらも小振りでキューッと引き締まった様な美しさが有る。
ほんと両手にのせると手に隠れてしまいそうなかんじだが、その分茶碗が手に同化するような感じがする。

薄手で光を反射する「のんこう」のちゃわんも良いけれど、やはり素朴というか作為がない点で長次郎がいいなぁ・・・。

こんなん見てるとまた「お茶」がしたくなる!

「のんこう」は香合の良いのが3点出ていた。これはちょっとすごいですよ!
特に渦巻き模様みたいなものを深く彫りこんだ「四方屈輪香合」は「のんこう」の美的センスがあふれてますよ。

どこからとなくお香の匂いも漂って来、飾られているお花も気持ち良く、落ち着いた空間でじっくりと名品が楽しめます。

Rimg0002

これは美術館の隣にある「楽家」の玄関です。
「光悦」の字が描かれた白いのれんが清々しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月13日 (土)

「西国三十三所 観音霊場の祈りと美」 奈良国立博物館

「西国三十三所札所巡り」と聞くと、なんとなくお年寄りの方々が御詠歌を詠いながらトボトボと山の中のお寺を巡って行く感じがするが、実際関西ではそんな感じではない。案外若い(若いと言ってもやっぱり30越えてからかなぁ・・)人達も、隣のおっちゃんおばちゃんも「ほな、そろそろ御札巡りでもしましょか・・」てな調子でひょいひょいと手近な札所から巡り出す。一気に全てを巡る人も居れば、死ぬまでに全部巡ればいいやというような感じでゆっくりと巡っている人も居る。四国八十八所のお遍路さんとはちょっと雰囲気が違う。こういう私も途中で休憩組の一人である。
今年は、西国三十三所を中興した花山法皇一千年忌ということで、各地の札所ではご本尊の御開張が行われるし、奈良博でもそれに関した特別展が開催されている。

この特別展、見応えのある内容である。通常では見られない、各地の札所から集められた宝物や、観音信仰にまつわる品々がわかりやすく並べられている。

そんな中から、気に入ったり、興味がひかれたものを。

Img_kannon11これは奈良の岡寺(第7番札所)の本尊である如意輪観音像の胎内からでてきた「菩薩半跏像」。
天平時代の作とされている。

このような半跏思惟像の仏像は、京都の広隆寺や奈良の中宮寺の弥勒菩薩がよく知られているが、これは如意輪観音とされている。

天平時代の仏像の顔とはちょっと異なった風の顔付で、優しげで知的な現在風の顔付をしている。

美しく親しみが持てる仏像である。
元は孝謙天皇の念持仏であったとされているが、この仏像を愛蔵する気持ちはわかるなぁ。

この20センチばかりの小さな美しい仏像を収める為に、あの大きな岡寺の本尊である如意輪観音像(岡寺のご本尊は建物一杯に座っておられる程大きい)が作られたのだとすると、この像の持つ功徳がいかに大きなものであるかと古の人達が感じていたのかを計り知る事ができる。

何回見ても、じっと引き込まれる魅力を持った像である。

Img_kannonn2_2これは兵庫県圓教寺(第27番札所)の「如意輪観音像」。

鎌倉時代の作とされている。

20センチ程の小さい観音さんだが、まず目につくのは、丁寧な截金文様のすばらしさ。
細かく密度濃く描かれている。(後でカタログをよむと後補らしいが・・)

きらびやかな文様にも関わらず、その姿からは清楚な雰囲気が感じられる。
六臂の姿がなぜか中性的な魅力を醸し出す。

観音はその姿から男性の様に見える像も有れば、女性の様に見える像もある。
いずれにしても、現世利益に大きな力を持つ者として人々の信仰を集め、その願いを体現している。
そのため、自ずからその表情は優しく、慈愛に満ち、そして愛着の持てる御顔をしている。

この如意輪観音も伏せ目がちに閉じられた表情から慈愛のようなものを感じる。

またこの像は全体からして、曲面による和やかな雰囲気が伝わって来る。各腕が作りだす柔らかな空間、立て膝による着衣が描く襞の曲線、これらが一層その和やかな雰囲気を導き出している。

すばらしい観音像である。

Img_kannnonn3_2これは岐阜県の華厳寺(第33蕃札所)にある「毘沙門天立像」。

平安時代の作とされている。

毘沙門は元々はインド古来の神であり、帝釈天の家来であって鬼門を護る武人とされている。そのせいか表情はやはり怒りに燃えた表情であり、異神として独特の顔をしている。

如来や菩薩の顔が、仏教が伝来して行く土地の顔に変遷して行ったにもかかわらず、天立像はインド古来の顔付をかたくなに守っている。

その中でもこの毘沙門像の顔は異様である。
猪首で肩にめり込む様につくられた頭部は肉付きがよく大振りの目鼻立ちをしている。
インドアーリア系の精悍な顔付が多い中、こんな顔付の毘沙門像は見た事が無い。

かえってこのふてぶてしい様な表情、体型が通常の毘沙門さんよりも威厳が有り力強い感じがする。
ある意味、野卑な風貌が毘沙門としての効験を大きくしているのかもしれない。

Img_kannnonn4
これは法隆寺にある黒漆塗りの「六角厨子」の真中に嵌め込まれてある中板に描かれた「補陀落山の山水画」。

補陀落山は観音が住む所で、光に満ち、花果草木が生い茂り、水の豊かな清浄な土地とされている。西国三十三所の寺院が険しい山にあるのもこの補陀落山を模したからとされている。
よって観音信仰のあるところには、色々な「補陀落山図」がある。

今回驚かされたのはそのの補陀落山の山の形と周りの海の描き方。

以前にこのブログでも書いた「日月山水図屏風」、これは私にとっては非常に印象の強い画である。それと同時に、その他の中世に描かれた「大和絵風の屏風図」とは、異なった様相を見せる不思議な山水屏風である。

その「日月山水図屏風」に描かれた釣り鐘状の山や波のうねりを示す線描の描き方、また松の根元の二股の分かれた様子等が、この「補陀落山水図」と似ている。
「日月山水図屏風」は密教の儀式の用度として飾られたものであるとされているが、案外そのルーツはこのような「補陀落」を描く所に有るのではないかと思えて来た。

聖なる山や聖なる海の描き方の共通点がこのような観音信仰の中にあるのではないだろうか。

古からの人々の観音に対する思いが、西国三十三カ所の札所を存続させ、またそのお寺に思いの結晶たるすばらしい美術品が残されている。その人々の熱き思いにあらためて気付かされるすばらしい展覧会であった。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年7月 8日 (火)

「色ー響きと調べ」京都市美術館コレクション展第二期

この展覧会の解説文には柳田国男を引いて「日本は元来色の種類に乏しく、色を表す言葉も、外来語を含めて少ない国でした。」とあるが、これは疑問に思う。

Img_kyoubi1古からの歌をみても、その言葉の表す世界は色彩豊かであって、藤末鎌初からの水墨画においては白黒の世界の中に多くの色を感じさせる要素を含んでいる。

桃山の障壁画や風俗画においては金襴豪華な色使いの中に時代の持つ不安感を感じさせる色相を想い起こさせ、江戸の浮世絵は当時の文化のにないてとなった庶民の「粋」の気質を知らしめる色調を含んでいる。当時の上方では写生を基とする画法から、物を描く為の色使いが感じられる。

太古から自然に親しんでいた我々は、その豊かな色調を感じる術をその心の襞に持ち、色彩に関する想いは他の国の人々より優るとはいえ決して劣るものではなかった。

明治以降、近代日本の絵画に現れた「色」は、決して突然に現れて来た物ではなく、また外来からの影響でもなく、綿々と奏で続けられてきた我々の感覚の響きと調べであるとおもえる。

そのような観点から見ていくと、今回のコレクション展、本当にすばらしい逸品が並んでおり、心から楽しめる美術展である。京都のこの地で奏でられて来た色のハーモニーの結晶の様な作品群が並んでいる。ため息のでるような色の響きである。

そんな展覧会の中から気に入ったものを。

Img_kyoubi6

これは竹内栖鳳の「雄風」。

二曲一双の屏風絵だが、その闊達な線、ぼかし気味に塗られた色相。うまいなぁ!
特に濃淡痩肥の線で描かれた虎の輪郭、これがすごい。虎が生きていますよ。
いまにも動き出しそうな感じ。
慣れたネコを抱いた時に感じる柔らかいがどっしりとした重量感みたいなものが伝わって来ます。

またこの虎、顔付が良い。まわりを威圧しながらもどこか小馬鹿にしたようなネコ科独特の顔付をしている。
この画を描く為に、多分栖鳳は岡崎の動物園へせっせと通い写生したんだろうな。

この画、画像のように平面で見ていても本当のすごさは伝わらない。やはり屏風立てで凹凸がある状態で見て、はじめてその本当の良さがわかり、ぼかしの効果、構図のよさが伝わってくる。
何回見ても、老練な栖鳳の腕に感心する画である。

Img_kyoubi2これは菊池契月の「南波照間」。

沖縄あたりの女性を描いた画だが、契月らしく押さえた美しい線で描かれている。
紅と黒の着物の対比が美しい。鼠色した着物の裏地に描かれた小さな模様が何故か印象に残る。

軽やかな色のハーモニーがやがて三線の音に変わっていく。

菊池契月はその他にも「紫馬(馬編に留)」「赤童子」の二点が出されていた。
このうち「赤童子」は初見だが、人間の血を思わせる様な紅で描かれた赤童子に契月のまた違った一面を感じた。

しかし、色使いが繊細な画家である。

Img_kyoubi4徳岡神泉「流れ」。

神泉の代表作の一つ。独特の抽象的な世界を描いている。
静謐で、神々しく、そして美しい世界。

神泉の描く抽象の世界を神泉自身は次のようにいっている。

「桜の花びらがひらひらと散る。散ってゆく花びらが地面に触れんとするとき、現実にその音は耳には聞こえないかもしれない。しかしたしかに音を知る。花びらでもなく、音でもなく、直観に置いて感得したこの知の世界、それを描きたかった。雑物のまじらない核心だけを画面に表現しようと思っていた。」

じっと対象を見つめ続け、それを心の中に沈め込みやがて浮かび上がって来る純粋な世界を描いている。色も純化され単純な色調ながら、深い思いを含んでいる。

ちょっと画の雰囲気とは異なる話だが、いままで何回となくこの画を見て来たが、この流れは画の右から左へ流れていると思っていた。今回近くでじっくりと見ると。筆の運びや、色の変化からどうも左から右へ流れているように思えた。次見る時はどちらに流れているのだろう?


Img_kyoubi5これは山口華楊の「鶏頭の庭」。

華楊というと黒い色が印象的な「黒豹」が知られているが、この鶏頭の赤も美しい。

すらっと伸びた鶏頭の花の伸びやかさと細密な描写で描かれた花頭の姿が、赤色の移り変わりで見事に描かれている。
後ろに描かれている庭石のぼかし方がこの花の美しさを際立たせている。
静かでは有るが、強い存在感を残す優品。

画像は無いが梶原緋沙子の画が3作品並んでいた。これも良かった。
「若き日」「赤前掛」「娘義太夫」。どれもが少し疲れた様な女の姿を描いている。その色調も重く沈み込むようで画の雰囲気をよく表している。

この画を美人画とするならば、思い当たるのが上村松園。
松園が女の「陽」の部分を描いたとすれば、梶原は女の「陰」の部分をこれらの画で描いている。
日常生活の中で溜まる澱のようなものを描いている。
それは生活に疲れた男の姿とはまた異なる女の「業」のような疲れと思われる。

これら以外にも多くのすばらしい京都画壇の画が並んでおり、京都市美術館ならではの美術展である。

特に、栖鳳の「雄風」の屏風絵としての迫力、目の前に広がる神泉の抽象世界(画像で感じられる以上に大きな絵です。目の前一杯に広がります。)、梶原緋沙子の沈んだ色調は本物の画を見て初めて感じられる感動である。

暑い日々が続きますが、ぜひ機会があれば、観に行かれる事をお勧めします。

*「色ー響きと調べ」 京都市美術館 コレクション展 第二期
 08/06/28〜08/08/31

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧