カテゴリー「旅行・地域」の47件の記事

2010年3月 8日 (月)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(マウリッツハウス美術館 その1)

やっと入れたマウリッツハウス美術館。

フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」で有名だが、それ以外にもオランダ絵画の優品が並んでいる。
まずは、静物画から。

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これは、17世紀に活躍したデ・へームの「花と花瓶」。

この頃のオランダ絵画を見ているとその細密さと考え抜かれた構図に驚く静物画に出会います。
それらはだいたい2パターンあって、ひとつは食物や食器等が並んだ食卓を描いた絵、もうひとつは花器に活けられた花々です。これは花の方の絵。

真っ暗なバックにトップライトを浴びたかのように光り輝く花達。あまりにも濃密な構成に妖艶な雰囲気を感じさせます。奇妙に折れ曲げられた茎、虫に食われた跡を残す葉、不自然に配置された蝶達、それらが更にその濃密な雰囲気を増長させます。

ちょうどこのような気持ちにさせる絵に若冲の彩色画があります。同じように執拗なまでの細密さと大胆な色使いがよく似ています。17世紀から18世紀にかけて、洋の東西で同じような気持ちにする画家がいたことに驚かされます。

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これは17世紀のアムステルダムやハーグで活躍したファブリツィウスが描いた「五色のひわ」。

薄い色調で柔らかな感じのする絵です。色々な対象がきっちりと構成され、陰影のメリハリがはっきりとした絵を見続けている中で、ふとこういう単純な清楚さを持つ絵に出会うとほっとした感じになり、見とれてしまいます。

解説書によると、この絵はもともとはだまし絵として描かれたものだそうで、この絵の上のほうに本物の巣箱が有り、この下に水飲みの器が置かれていたとされています。その間にいかにも本物の鳥であるかのようにこの絵が描かれたそうです。

そのような眼で見ると、立体感を誇張するかのように描かれた金属の輪っかや影の描き方にオランダ絵画の特徴があるなぁという感じがしますが、しかしちょっと周りの絵とは異なった感じのする絵です。

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これはルーベンスの「ローソクを持つ老婆と少年」。

1本のろうそくから発するる光は直接に当たる部分を白く輝くように照らし、その光の道を閉ざす物には突き通し内面から燃え上がっているかのように赤く浮かび上がらせます。影になる部分には光は柔らかく沈む込み、そして闇へと同化していきます。

この光から闇への移ろいは、若さから老いへと流れる時間の移ろいでもあります。
その時間の流れを永遠に継続させるかのように、燃え尽きようとしている老婆のろうそくから少年の新しいろうそくへ炎は移されて行きます。

観る者一人一人の心情によって、色々な思いが成り立つ深さを持った絵です。

このように光と影の構成で立体感を強調し、モチーフを際立たせようとする手法は、イタリアのカラヴァッジオに始まり、オランダのルーベンスへ伝わり、そしてフランスのラ・トゥールへと続いていき近代へ引き継がれていきます。ヨーロッパの一つの絵画の流れを示す傑作です。

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レンブラントの絵はアムステルダムのRIJKMでも多く観ましたが、このマウリッツハウス美術館にも優品があります。

これは「ニコラース・テュルプ博士の解剖学講義」です。初期のレンブラントの傑作の一つです。

この絵にもレンブラントの集団肖像画によくみられる独特の工夫がされてます。
よく見ると描かれている8人の人物、すべての視線がバラバラであることに気付きます。
ある者は絵を観ている者の方を見つめ、ある者は手術する手を見つめ、ある者は説明する博士の顔を眺め、ある者は周りの様子を伺うといような調子です。

この視線のバラバラさが、観る側においては奇妙な空間の凸凹観を感じさせます。
消失点を明確にした遠近法や、一つの方向から差し込む光と影による立体感とは異なる空間が観る者を惹きつけます。

常に観る者を惹きつける工夫がされているのがレンブラントの大作の魅力でもあるのです。

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2009年12月 8日 (火)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(デンハーグへ)

長居をしてしまったアムステルダムを離れ、デンハーグに寄り、ブリュッセルに向かうことにしました。

アムステルダムからデンハーグまではIC(特急)で1時間くらいです。午後3時頃にはブリュッセルへ着きたかったので朝早く列車にのりました。

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もちろんもうアムステルダムには戻りませんのでスーツケースを持っての移動です。
だから、デンハーグについて最初に探したのは小荷物預かり所。駅員さんに確認すると、デンハーグセントラル駅には小荷物預かり用のロッカーしかないという事でした。

ここでちょっと嫌な感じがしたのですが、教えられるがままロッカーのある場所へ行きました。
行ってみるとやはりそのロッカーはクレジットカード専用でした。今までの経験から、こういう自動機等では日本で発行したクレジットカードは往々にしてトラブルのもとになります。

今回もトラブルになりました!。
ロッカーに荷持をいれて、ロッカーを閉めて、ちょっと離れたカードの操作機にカードを入れると案の定このカードは利用できませんとなりました。ここまでは想定していたのですが、ここで問題が起こりました。ロッカーのドアが開かないのです!これにはあわてましたよ。頭の中で「えーっ、コインロッカーって英語でなんとゆうたのかなぁ?」とか考えたりして。

Th_pa040187_3しかたがないので嫁さんを見張り番にして駅員さんを呼びにいきました。なんとか説明して駅員さんを連れて戻ると、なんと嫁さんがスーツケースを持ってます。「どうして出したん?」と聞くと、5分ぐらいしたら勝手に開いたらしいのです。よかった!駅員さんには謝っておきました。

デンハーグの街はアムステルダムによく似た感じです。同じようにトラムが走ってます(ちょっと古い型ですが)。しかし、アムステルダムほど賑やかな感じはしません。
車の数も少なく、駅前も静かな感じです。

そのデンハーグの街をゴロゴロと荷物を引いて歩いてました。

目指すのはマウリッツハイス美術館です。
地図によると駅から15分くらいですが、荷物のおかげで30分近くかかってしまいました。

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やっとマウリッツハイス美術館に着きました。

荷物を持って美術館へ入り嫁さんが切符を買っている間に、向こうの方からなんかコワモテのおじさんが飛んできます。
早口のオランダ語で言ってますが、ちょっとも訳がわかりません。「荷物を預けたいのだが」というと何故か「No!」と強い口調で言います。まわりの入場者も何事があったのかと見ています。

やっと英語を話せる若い人が出てきて、「ハンドバッグ程度の小荷物は預かれますが、このような大きな荷物は駅で預けてください。」と説明してくれました。「駅でロッカーが使えなかった。」と説明しても「規則ですから。」といれてくれません。

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しかたがないので一度外に出て嫁さんと相談です。

まず最初、嫁さんが入る。その間私は美術館の横で荷物を見張りながら待っている。その後、食事の場所を探して、そこで嫁さんが私を待つ。という作戦にしました。

マウリッツハイス美術館の横はビネンホフという国会議事堂がある建物で、その周りを堀が囲んでいます。その堀端のベンチに座って嫁さんを待ちました。

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この日は、午前中は天気が良く、暖かい日差しがさし、日本で言う「小春日和」です。

持ってきた本などを読んで1時間ほどたった時、向かいの建物から人が出てきて「何をしているのか?」と尋ねてきました。

駅でのロッカーの件と嫁さんがマウリッツハイス美術館に行っている件を話すと、「それなら、この美術館にどうですか?我々の美術館なら荷物を預かれますよ。」と誘ってくれました。

私はこの彫刻の横にあるベンチに座っていたのです。振り返ると後ろの建物は「歴史博物館」でした。

こういう親切は嬉しかったんですが、そろそろ嫁さんが出てくる頃だったので、残念ながらお断りしました。

そして、あ〜っ、嫁さんが出てきた!

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2009年12月 6日 (日)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(クローラー・ミュラー美術館 その2)

奥の部屋に進むと、お目当てのゴッホのコレクションが並んでいました。

オランダの時代から最後のオヴェールの時期までの素晴らしい作品がズラーっと並んでいます。
ゴッホ美術館とちょっと異なり、個人のコレクションですから選び抜いた作品だけが集まっています。

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クローラーミュラー美術館のゴッホは、案外日本にも来ていて初見でないものもあるのですが、この静かな雰囲気の中であらためて見直すと新たな想いが湧いてきます。

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「四輪の枯れたひまわり(1887)」

ゴッホといえばひまわりを思い浮かべますが、これはひまわりを描きだした最初の頃の作品です。
これほど描く対象に近づいて、クローズアップした描き方は、この頃、他の印象派の画家の絵を必死で学んでいた他のパリ時代の絵から比べると、なにか新しいステップへゴッホが進んだ絵のような気がします。

色においても、バックに使われている青色とくすんだ黄色のコントラストが斬新で、その後のゴッホの色使いを示しているようです。

知らず知らずのうちにこの絵に引き込まれてしまいます。
部分々の精密なディテールにも感心します。
これが、クローラー・ミュラー美術館が購入した最初のゴッホの絵だそうです。確かにそれだけの魅力のある絵です。

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「洗濯女のいるアルルのラングロワ橋(1888)」

きれいな空の色ですね。頬に当たる風はまだ冷たいですが、光はもう春の輝きをもつ早春の空気をかんじさせますね。
波紋の大きさが、まだ冷たい水の感じを伝えてきます。

筆のタッチや、輪郭の描き方を硬く描いている感じがしますが、色使いがそれを補っています。

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「夕日と麦播く人(1888)」

ミレーの作品をゴッホはいくつか模写しています。この作品も農夫はミレーから写したものだと思われますが、しかしこの作品の前にたつと、やはり目に焼き付くのは、沈む寸前に最後の光を輝かせている巨大な太陽であり、また黄金の夕日に照らされながらも、その底から夜の闇が滲み出してくるかのような大地です。

放射状に広がる光の描き方もユニークですが、青と黄色と白で複雑に描かれた大地も見事ですね。
農夫の播いた種をついばむ黒い鳥も(カラスかな?)描かれています。

見ているこちら側も、夕陽に染められて黄色になりそうな感じです。

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「夜のカフェテラス(1888)」

この絵は初見ではないのですが、以前は日本の展覧会で見ていたので賑やかな雰囲気の中で見ていました。そのせいかわかりませんが、やはり目に着くのはカッフェのガス灯に照らされた明るい部分で、まるでカフェからのざわめきが聞こえてくるような気がしていました。

今回、静かな雰囲気の中でベンチに座りながらゆっくりと見ていると、そのカフェのざわめきはすぐに青い闇の中に吸い込まれて行き、音もなく光り輝く星の静寂さが感じられました。それにしても神秘的な蒼色ですね。

青色系と黄色系で描かれているこの絵、ゴッホの色使いの真骨頂の感じがします。この2色がゴッホにとって何を意味するのかは、色々と本などに述べられていますが、この絵の場合は、青の持つ静寂であり神秘であり、黄色の持つ華やかさであり猥雑さでしょう。そして黄色は青色に吸収されて闇になるのです。

この2色のコントラストがいろんな意味で際立った好みの絵です。

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「サンレミ療養院の庭(1889)」

ゴッホの風景画、本当に上手です。まず構図が安定しているし、細かく描いたところと大胆に描いたところのバランスがいいです。それほど写実的ではないのですが、その場所の雰囲気、匂い、空気を感じることができ、あたかも画家と同じ場所に立っているかのような錯覚におちいります。

ゴッホというと日本では「炎の画家」というようなイメージが何故か定着しており、激しさ(それは芸術にに対する態度とか色使い等)ばかりが強調されていますが、実際このような風景画なんか見ていると、単純に楽しめる画家であることがわかります。

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「嘆き悲しむ老人(永遠の門)(1890)」

これはサンレミの療養院時代の絵。
この老人は何を嘆き悲しんでいるのでしょうか?服の青色は軽やかそうな色ですが、厚塗りされた絵の具のタッチにより思いのほか重々しい感じがします。それは絵全体にもいえますが、意識的に使われた軽やかな色に比べ、見るものに与える印象は重たいものです。

この老人はひょっとしたらゴッホ自身かもしれませんね。

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「夜のプロヴァンスの田舎道(1890)」

いわゆるゴッホの糸杉です。アルルの時代に描いていた向日葵とは異なり、風景画の一つの要素として描かれています。この絵では右空の三日月と左空の星を区分るように描かれています。からみあって上へと伸びて行く様子は、まるで燃え上がる炎のようです。ゴッホの絵に対する情念でしょうか?

このような月や星の描き方はゴッホの絵ではサンレミ時代からの絵によくみられるのですが、太陽の光は直線なのに対し、星や月の光は光輪となって拡がっていきます。
これは太陽の光は明るさと暖かさを与えてくれるものとして、星や月の光は心を写す鏡のような感じとして描かれているのではないでしょうか。ゴッホはそのあたりの違いをこの描き方で表わしており、その写された心を描きたかったため、多くの夜の絵を描いたのではなかったかと思います。

このように次から次へとゴッホの名作が並んでいるこのコレクション、本当に素晴らしいものです。それがこのような人里離れた地にひっそりと展示されていることにある種の文化的な余裕みたいなものを感じてしまいます。

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2009年12月 5日 (土)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(クローラー・ミュラー美術館)

やっと着いた「クローラー・ミューラー美術館」。
入口の門から眺めるとこのような感じです。

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緑の芝生が広がる奥に、森に囲まれてひっそりと建ってます。
さっそく中へ入っていきます。
芝生上に展示されている「Jack氏」に軽く挨拶をして。

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玄関までのプロムナードにもいくつかの現代的なオブジェがありますが、それらがこの美術館の環境に違和感なく溶け込んでいることに驚かされます。

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大きなガラスのドアを通り、ひっそりとした玄関にはいり小荷物を預けて最初の展示室に入ると、そこにはジャコメッティの彫刻がありました。

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ジャコメティの彫刻のすごさというのは、その削りの鋭さです。そぎ落としてかつまたそぎ落として、究極まで削り抜いた結果に生まれた強さみたいなものを感じます。

日本の美術でも、水墨画やちゃわんなんかに共通する美があると思います。
異様なまでに大胆に削り取られたフォルムの中に絶対に折れない作家の精神見たいなものを見せつけられます。

それからしばらくは彫刻や現代オブジェが続きます。

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これはマリノマリーニの「馬と騎手」
知らない作家なんですが、なんとなくイタリアの近代系の美術館で同じように馬とそれに乗る人の彫刻を見たような気がします。

この作品を見ても、やはりデフォルトされたフォルムの中に、無駄な部分、無駄な形状を削ぎ落したような感じがします。

「削ぎ落とす」という行為は、このような彫刻やものを作る行為において重要な要素だと思います。

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これは誰の作品か記録し忘れましたが、綺麗な作品でした。
薄い色合いのグラデーションが折り重なり、形づけられているアルファベットの意味はわかりませんが、なんかふわふわした軽やかな感じがします。

この美術館はへレーヌ・ミューラーという女性の個人的なコレクションが基礎となり、彼女の死後も彼女の意思を継いで、常に新しい時代を切り開いていった美術品をそのコレクションに増やしています。

今から考えると、ある時代においては、ゴッホも非常にアバンギャルトな作家であったのかもしれません。

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2009年12月 4日 (金)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(クローラー・ミュラー美術館への道)

今回の旅のお目当ての一つで有るゴッホの「夜のカフェテラス」は、「クローラー・ミュラー美術館」にあります。
そのクローラー・ミュラー美術館はアムステルダムの東にある「デ・ホーへ・フェルウェ国立公園」にあります。

そろそろあの絵を見に行く時が来ました。いざ出発です。

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アムステルダムからはIC(日本の特急電車)にまず乗ります。途中で1度乗り換えて、約1時間程で公園の近くのApeldoorn駅へ着きます。

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公園へはここからバスで行くのですが、生憎乗ってきたICとの連絡が悪く、バス停の時刻表によると次の直通バスまでは1時間ほどありました。そこでバス停の横にあるInfoに寄り「他のバスはないのですか?」と尋ねると10分後に出発するバスに乗り、途中で"special bus”に乗り換えれば「デ・ホーへ・フェルウェ国立公園」に行けると教えてくれました。

なんか得をした気分となり、10分ほどたってやってきたバスに乗り、頼んでおいた運転手さんが合図してくれた場所で降りました。降りしなに運転手さんに「"special bus"は何時に来るのか?」と尋ねると、わからないみたいなジェスチャーを残してバスは出発して行きました。突然、なんか不安!

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降りたのは、普通の田舎の交差点のバス停です。一緒にバス降りたドイツ人らしい3人組も同じようにバスを待ってる様子です。そのうちの一人が「美術館へ行く"special bus"を待っているんですか?」と尋ねてくるので「そう、"special bus"」と答えるとお互いなんか安心したような気持ちになり、ニャーっと笑い合いました。

しばらくすると我々のバスが到着する前から、向かいのバス停でペチャクチャしゃべっていた2人の内の1人が道を渡ってきて、我々を見ながら、横を通って目の前の建物に入っていきました。そして、すぐにエンジンの音が聞こえ、その建物の横からマイクロバスが出てきて我々の前に止まりました。運転しているのはさっき見た人です。これが”specis bus"見たいです。(その証拠に運転手さんは切符を確認します。)
どんなシステムになっているのかわかりませんが、別のバスの到着を待つわけでもなく、他の客を待つのでもなくなんか不思議なバスです。

バスは走りだすとすぐに脇道にはいり、森の中を30分ほどノンストップで走り、やがて公園の入口に着きました。

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入り口の事務所で公園と美術館の入場切符を買い、ゲートへ向かいます。入り口で切符をきっている高校生位のアルバイト(?)の子に「美術館はこの道か?」と尋ねると、「歩くと遠いので、チョット先にレンタサイクルがあるからそれに乗っていくとよいよ」と教えてくれました。さすが自転車大国オランダ!

少し進むと森の中にズラーっと白い自転車が並んでます。これがレンタサイクルです。

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大人用はもちろん、子供用、タンデム用と乗る人に合わせて何種類かの自転車が置いてあります。
私には大人用、嫁さんには子供用を選んで、「さあ行くぞ!」と意気込んだのですが、ちょっと待ってブレーキがあらへん!実はこの自転車ペダルを逆回転させることによりブレーキを掛けるタイプなんです。ちょっと慣れるためそのへんをぐるぐるしていたら、気づいたら我々だけが取り残されてました。

まあなんとかなるでしょう!と先を急ぐことにします。

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道は平坦で、まっすぐに続いています。顔に当たる風は冷たいですが、見知らぬ土地での思わぬサイクリングに気持ちはルンルンです。

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という気持ちもはじめの30分間。行けども行けども目的の美術館は見えてきません。

だんだん不安になってきます。たまにすれ違う人達に「美術館はこっち?」と聞くのですが、みなさん「Yes!」と答えてくれるのだから道はあってるみたいです。

途中、森が切れて突然冬枯れの荒野がひろがったり、またこんなふうにポツンと立つ裸の木を見ているとますます寂しくなってきます。

終いには、不安となんかバカバカしい気持ちが入り交じったおかしな気持ちになり、おもわず前を行く嫁さんに「お〜い、僕ら何やってるんやろな?」と言いながら、大きな声で笑ってしまいました。
久しぶりに大声を出した気がします。

自転車の旅はそれからまだまだ続き、結局約1時間30分かかってやっと美術館広場と呼ばれるところに着きました。

ここでちょっと休憩して、また再び自転車に乗り、そこから10分程でやっと目的の「クローラー・ミュラー美術館」に着きました。

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やっと来た!!!

しかし、京都で1時間30分も自転車で走ったら、上賀茂から伏見くらいまで行ける。京都市内を縦断できる。なんかものすごいところへ来たみたい。

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2009年12月 3日 (木)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(スーパーへ)

だいたい海外へ旅行に行く時は、一つの都市に3〜5日くらいは滞在する。

泊まるところも、近代的な大きなホテルは避けて、こじんまりとしたホテルを探してる。
当然、部屋に冷蔵庫みたいなものはなく、飲物や夜にちょっと食べたりするものは自前調達となる。

だから、これは嫁さんの趣味見たいなものでもあるのだが、ホテルに着くと必ず近くのスーパの場所を尋ねる。
それも、大型のスーパではなく、普通のスーパをねらって行く。

アムステルダムではホテルの近くには残念ながら無かったが、街をブラブラして見つけたのがこのスーパ。

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アムステルダムでは有名なチェーン店らしいが、大きさは日本の大型スーパなんかと比べると大分小さい。

だいたい全部の棚をブラブラと散策して行くが、物価は日本円に換算すると日本のスーパの1.5倍程。

ただし乳製品は総体的に日本よりも安く、野菜や果物は物によっては日本よりも安い感じ。
肉は同じくらい。

Th_rimg0142ありましたね「ジャガイモ」。

さすがに袋単位で売ってますよ。それも5㎏。

ドカッと置いてあるところが主食的な感じがしますね。
われわれのお米みたいな感覚でしょうか?

この間の料理が理解できます。

日本ではポテトサラダにマヨネーズを混ぜたりしますが、オランダでは(食べた限りですが)ジャガイモそのものを食べます。こちらで食べたらそれで十分おいしいです。

Th_rimg0143アムステルダムだけでなくヨーロッパのスーパの棚は乱雑な感じがします。

日本のように綺麗に並んでいることはまれで、お客さんも手にとって戻すときなんかも案外ぞんざいに戻します。
店員さんもよほどでない限り(通路に落ちたとか・・)綺麗に戻し直したり、並べ直したりはしないみたいです。

そして値段表示はだいたいキロ単位で書いてあります。

しかしキロ単位でないと買えないかというと、そうではありません。

Th_rimg0054_2このようなバラでおかれている商品の横には、このような秤みたいなものが置かれていて、そこへほしい分だけ持って行けば良いのです。

そこで、その商品の番号(値段表示のところにその番号が書いてありますし、また秤にも写真がはってあります。)を押して、秤に乗せると横からその分の値段を示したシールが印刷されてきて、備え付けのビニール袋に商品を入れてそのシールを貼ってレジへ行けば良いようになってます。

だからトマト1個からでも買うことができます。
ちょっと野菜や果物を食べたいときなど便利です。

かえって市場なんかへ行くと、りんご1個なんかの買い物はしにくい見たいです。

Th_rimg0145おもしろい物も売ってました。

「刺身(SASHIMI)」です。

サーモンのさしみですが真空パックで売ってます。

在蘭の日本の方が買うんでしょうか?
でもやっぱり刺身は、日本で売っているように、舟にはいっているものでなければ美味しくないような気がするのですが?

こんな風に買物をして、レジに並びます。

レジの前にはベルトコンベアーみたいなものがあって、カゴの中のものをすべてこの上に並べます。
前後の人の商品と区別するため、小さな仕切りを間に自分ではさみます。

そして、支払いです。日本のように870円の買物に1070円をだして200円お釣りをもらおうとするのは時間がかかります。あっさりと1000円出してお釣りをもらおうとする方が早いです。

しかし、ユーロのコインは見分けにくいなぁ!

こうして、日本から持参のエコバックに詰めてホテルへ戻ります。
本日の買物は、オレンジジュース2本、ミネラルウォーター半ダース、ヨーグルト半ダース、お菓子いろいろ、それから歯磨き粉(各国の歯磨き粉集めるのは私の趣味です。国によっていろんな味があるのです。)


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2009年12月 2日 (水)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(こんなん見つけた)

アムステルダムの街を歩いていて、見つけた面白いものを。

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まずは自転車。オランダ全体でそうだが、自転車がものすごく多い。
街を歩いていて、最も気を付けなければならないのは、自動車よりも自転車。
自動車は進行方向が想定できるので、特定の方向を気をつけていればよいが、自転車は右左右と注意していなければならない。(進行方向は決まっていると思うのだが・・・。自転車専用の信号もあるくらいだから・・・)

時々このような自転車に子供を二人くらい乗せて走っているのを見かけた。
漕いでいる大人はしんどそうだが、前に乗っている子供達はお互い向きあって遊んでいたり、カゴから乗り出して外を眺めていたり、楽しそう。
どこの国でもお母さんはがんばるなぁ!

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左側が運河を走ってた水上タクシー。
小さくて黄色のかわいい船。

船尾には”Lovers"と書いてある。うーん、こんなんで恋人が迎に来てくれたら、女の人は喜ぶだろうな!嫁さんがさっそく「どこから乗れるの?」と探してた。

右側はアムステルダムの家の最上部から突き出している棒というか梁みたいなもの。
大方の古い家には突き出している。
なにかなぁ?と思い、ホテルの人に聞いてみると、高い階に大きな荷物を上げる時に、この梁にロープを掛けて釣り上げるためらしい。

昔、アムステルダムは京都と同じで間口によって税金が決められていたらしく、そのため家の構えは間口が狭く上へと伸びた建物がはやったらしい。
家の中は階段の幅が狭く、なかなか大きな荷物を階上へ上げるのは苦労だったようで、いっそ外から釣り上げた方が簡単ということで、このような簡易クレーンみたいなものが家の最上階に作られたらしい。

京都でも「うなぎの寝床」といわれる町屋がはやったように、どの国でも税金逃れのためには色々と工夫をしたのが面白い。

Th_rimg0148これにはちょっと驚いたというかあきれましたね!

これは男子用の公衆トイレ。(4人同時に使えます!)
歩道の横に堂々とある。
扉は無し!
あんまりあけすけに置いてあるので、はじめは何かと思い近寄っていきましたよ。

トイレとわかり、こんなん使う人いるのかなと思い、わざわざこれがみえるカフェに陣取って30分位横目でチラチラと眺めていると、いますねぇ使う人!

30分位で2人使ってました。どんな顔して使っているのかまでは見られませんでしたが、恥ずかしくはないんかなぁ?

私には無理ですね!

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2009年12月 1日 (火)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(こんなん食べた)

晩秋のヨーロッパは案外雨が多い。一日中降るわけでもないが、降ったり止んだりの日が続く。
午前中から3時頃までは美術館などで過ごすが、美術館を出て外が雨が降っている状態なら、ホテルに戻りベットでゴロ〜ンとして、日本から持ってきた本なんかを読んだり、ぼんやりと言ってることがわからないTVを見たりして過ごす。

それでも。夕方近くになると自然とお腹が減ってくるので、「ほな、ぼちぼち行こか?」てな調子で1階のフロントへ降りていく。そこでフロントのお姉ちゃんかお兄ちゃんに近所のお薦めのレストランを相談する。

今日のお姉ちゃんは「オランダらしい肉料理を食べたい」という問い掛けに、しばらく考えて教えてくれたのがライチェ広場近くのこのお店。

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「De Blauwe Hollander」というお店。

ホテルからは運河をひとつ渡って、歩いて10分くらい。
雨の中を歩くには調度良いくらい。

この店はオランダ料理、それも家庭料理に近いものをだすらしい。
雰囲気も高級レストランという感じではなく、気楽な感じで入れる。

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まずはビールを。このあたりは近くにHinekenの博物館があるせいか、どのカフェやレストランでビールをを頼んでも必ずHinekenが出てくる。

たまには他の銘柄ものんでみたいのだが・・。

さて料理をたのもうとして周りのテーブルを見渡すと、なんかボリュームがありそう。
あんまり動いてないので食べ残すのもいやなのでウエイトレスの方と相談して「ミートボール」を頼む。

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ドミグラスソースでミートボールを煮た感じのもの。ソース自体は案外見た目よりあっさり系でまあまあ。お肉は赤身の肉の感じ。

でも横についてるジャガイモの量がすごい!
拳よりちょっと小ぶりの感じのが3〜4個分付いている。
これにまわりのソースをかき混ぜて食べると、なかなかおいしい。
オランダ料理の評判はあまり良いものは聞いてなかったが、ジャガイモはおいしいな!
(でも、パンはもう食べられなかった!)

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2009年11月29日 (日)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(ゴッホ美術館 5)

2年近く居た南フランスを離れ、パリの北のオヴェールへ移ったのが1890年の5月。自殺したのが7月だから、この地で絵を描いたのはほんの2ヶ月ばかり。
しかし、この地で描かれた絵には心を揺さぶられる物が多くあります。

いや、この地で描かれた絵すべてが心を打つと言っても良いかと思います。

画家には、何を描いてもすばらしい絵となる時期があります。
ゴッホのこの最後の2ヶ月間もそんな時期だったのでしょう。

この美術館にもこの時期の絵が何点かあります。

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これは、「麦穂 (1890)」。

風にそよぐ、豊かな麦穂の絵です。
一枚一枚の麦の葉が、風にそよぎ、表の濃い緑色、裏の少し薄い緑色と微妙に色を変え揺れ動いている様は見事です。
麦穂も風に身をまかせるように揺れ動いてます。

好みの絵です。

この絵をじっと見ていると、この構図そして色合いはまるで日本画を見ているかのような錯覚が起こってきます。

うーん、不思議な感覚だなぁ!

この絵だけでなく、オヴェール時代のゴッホの風景画は全体的な雰囲気が非常に日本画に似ているような気がします。

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これは「木の根 (1890)」

この頃のゴッホの絵のひとつの特色に、変形キャンバスを使用してるという事が言えると思います。
縦が50㎝位、横が1m位のキャンバスです。

この横長のキャンバスというのは私にとっては感覚的に受け入れやすい形です。
ちょうど、屏風絵を見ているような感覚です。

そんなところから、日本画的な雰囲気を感じるのでしょうかね?

この木の根のうねりくねった形を見ていると、色はともかく、狩野派の松の木なんかを思い出します。
そういえば、タッチも似ている感じがしますね!

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「荒れ模様の麦畑 (1890)」

ゴッホが自殺する何日か前から描き出した麦畑の絵の連作です。

この絵では麦畑は緑色で描かれ、荒れ模様の空の下に広大な感じで広がっています。

ゴッホの書簡によると、この絵を描いていた頃、弟のテオが仕事先(テオは有名な画廊に勤めていた。)でトラブルとなり、その彼から生活の援助を受けていたゴッホにとっても絵三昧の生活がいつ崩れ去るのかという不安に陥っています。

平穏な青々とした麦畑を、頭上のオドロオドロしい雲の流れが吹き乱そうとしている様子は、あたかもゴッホの生活を覆う社会の黒雲のような感じがします。

このような物理的な不安とともに、ゴッホにはいつ自分に再び精神的な破綻が訪れるのかというアルルの頃から引きずっている精神的な不安もあったでしょう。

そのような避けられない不安がこの荒れ狂う空には込められているように思います。

そんな追い詰められた気持ちとは裏腹に、この連作をみているとゴッホの美に対する感覚はますます研ぎ澄まされていったように感じます。

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「カラスの群れ飛ぶ麦畑 (1890)」

この絵を見て小林秀雄は膝が崩れるような衝撃を感じたと書いていたとおもいますが、たしかにものすごく重たいものを感じる絵です。

その重たさはまずこの構図から来ます。
麦畑の中へ3本に別れていく道。その道を覆い隠すように風に揺れる黄金の麦穂。何かを暗示するように荒れ狂う空。その何かに驚いたように嵐の空へと飛び出していくカラスの群れ。それらが変形キャンバスの横いっぱいに展開される迫力。

そして色。
奥の部分と手前の部分を暗くし、真ん中の部分をハイライト気味に明るくし、水平線上で区分けられる青と黄色のコントラストを強調していく色調が劇的な雰囲気をかきたてます。

そしてこの絵がゴッホが自殺する直前に描かれたという知識。

これらが合間見えて、この絵は見るものにゴッホの死を象徴するような重たさを感じさせます。

付け加えれば、このカラスの群れですが、ゴッホの絵でこのような動きがあるものが描かれている例は私は他には知りません。
ゴッホはもののあるがままの姿を彼自身の方法でキャンバスに移すことに精を出した画家で、ものの姿を頭の中でイメージにしてから描くことを嫌う画家でした。
しかし、このカラスに関しては、ゴッホはどこかでカラスが飛び立つのを見たかもしれませんが、イメージで描いたような気がします。
あまりにもドラマティック過ぎるような気がします。
ひょっとしたら、この烏の群れはゴッホだけには見えていて、実際はいなかったかもしれません。

そうすると、このカラスはゴッホの妄想の産物であり、それはゴッホ自身を、ゴッホの描く絵そのものを示すものであり、それが嵐の空へ飛び立っていく風景はまるでゴッホの人生を象徴するものであるのかもしれません。

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2009年11月28日 (土)

アムステルダム、ベルギーそしてパリへ(ゴッホ美術館 4)

ゴーギャンとの事件の後、しばらく静養していましたが、再び精神錯乱をおこし、ついにアルルの住人より街からの退去を求められます。

話はちょっと変わりますが、画集なんかでゴッホの包帯をした自画像をみると、切り落としたのは右の耳であるかのようです。が、いろいろと調べてみると実際は左の耳(自画像は鏡に映った姿)であり、耳全部を切ったのではなく、耳たぶの下の部分を切り落としたらしいです。

アルルを追われたゴッホは近くのサンレミにある療養所にはいります。

この時代、ゴッホは何点かの宗教画を描いています。初めてゴッホの宗教画を見ました。

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「ピエタ (1889)」

これはドラクロワのリトグラフを模写したものだそうです。
模写とはいえ、この時期、ゴッホがこのような絵を描いたことは興味を惹きます。

もともとゴッホは牧師の家に生まれ、大学の神学部にも籍を置き、伝道師としての職にも就いた人間です。そのような経験の果てに、教会のうさんくささとか教条的な姿勢に絶望し、書簡なんかを見ていくと、宗教に対してすごく懐疑的な様子がみられます。

しかし、絵を見て行くと、その奥深い所ではいつも何か絶対的な力(それは神でないかもしれませんが)に救いを求めるているような感じがします。この時、そのような気持ちが表に出て来たような気がします。それも黄色と青色を主として。

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「花咲くアーモンド (1890)」

これはゴッホの弟であるテオの息子が生まれたことを祝して描かれた絵です。
美しい青です。澄んでいますね。
枝の描き方なんかに浮世絵の雰囲気がしますが、単に写すだけでなく、ゴッホ独特の美意識みたいなものが感じられます。

療養所ではなかなか自由に描けなかったみたいですが、描いた絵は美しいものがあります。

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「サンポール療養所の玄関 (1889)」

ゴッホの入院していたサン・ポール療養所の玄関の絵です。油絵ではなくグワッシュ(水彩絵具の一種)です。

ゴッホの構図としては、このようなものはめずらしいと思います。
真ん中の奥に開かれたドアから見える、自然の世界。
自由にこのドアを抜けて、自然の中を思うがままに歩きたいというゴッホの願望が伝わってきます。

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「黄色い背景のアイリス (1890)」

サンレミ時代最後の方の絵です。
私はこの絵が好きです。なんともいえない美しさを感じます。
ゴーギャン達と一緒に居た時の、私から言うと不安定な絵の影響も抜け、ゴッホの力強いタッチも戻り、またゴッホ独特の目で自然の中から導きだした美しさみたいなものを感じます。

色も生きています。光と明るさと輝きが際立った作品だと思います。

そして、約1年近くいたサンレミを離れ、最終の地であるオーヴェールへと移って行きます。

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