カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の98件の記事

2010年3月22日 (月)

東山花灯路

祇園で呑んでいまして、ちょっと酔い覚ましにということで東山で行われている「花灯路」に行ってきました。

ここしばらく、毎年行われている行事なんですが行ったのは初めてです。

この花灯路という催し、最近になって十二月には嵐山で、三月にはこの東山でと、毎年行われるようになった行事です。観光の目玉が無い月に作られた新しい催しです。

この日が最終日だったせいか、花見小路あたりからものすごい賑わいです。

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まずは、八坂さんにお詣りをしてそれから円山公園へ抜けました。
円山の桜はまだちょっと早かったみたいで、ほんのりと薄紅色に色づいた様子です。
咲き出すのはあと四〜五日位かかりそうです。

桜の下では、学生パフォーマーのイベントが行われていました。ジャグリングを二人の学生がやっていたのですが、そのシャベクリや音楽がなんか大学祭のノリで行われておりちょっとミスマッチ。

長楽館の横を通り、円山公園を抜けて大谷祖廟の参道に行くと、大きな生花が飾ってありました。
幾つかあったのですが、どれも無理やり現代風に活けた様子でもうひとつでしたね。
一緒に行ったお師匠さんは、「これ、アートフラワーと言うもんで、生花とは違います。生花は外に出したらあきまへんは」とあっさり言われました。

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それから、菊乃井の下を通り、ライトアップされた祇園閣の横を抜けて高台寺に向かいました。

途中、石塀小路に入ると、今までとは異なる灯篭が置いてありました。
写真で見ると、誰も人が通ってないように見えますが、実際はこの手前で皆さん立ち止まり写真を撮っておられるのです。そのため通る人も遠慮して立ち止まり撮影が終わるのを待っているのです。

しばらく待っていたのですが(その間に私も一枚)、一向に終わらないので、またねねの道のほうへ戻りました。

そこから高台寺の階段を登って行くと、高台寺の前で不思議な行列と出会いました。「狐の嫁入り」だそうです。白無垢をきた狐の花嫁が手を取られ進んできます。
これは何かな?と思っているうちに、しずしずと目の前を通っていきました。

高台寺と狐の嫁入りとどんな関係があるのかわからなかったので、一緒にいた連中に聞いてみたのですが、誰もわかりませんでした。彼ら(彼女ら)は京都のことについては詳しい連中です。
何だったのでしょう?

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それから、八坂の塔へ行くと、塔の中を御開帳されていました。

八坂の塔の中は、初めて観たのですが、なかなかすばらしい仏様がおられました。
この塔は室町時代に再建された塔らしいので、仏さんもその頃かと思うのですが、その姿からはもう少し古いもののように思えます。

また塔内に描かれている浄土図も興味をひくものでした。

こんなふうにブラブラと歩いているうちに、すっかり酔も覚めてきたので、清水さんには向かわず、そこからまた祇園に戻り呑み直すことにしました。

しかしもうひとつねらいのわからん催しですね。目玉はなんだったんだろう?

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2010年1月 3日 (日)

初詣

今年は曜日の都合から、正月の休みが短いので、いつもだったらお正月の混雑が収まった頃に行く八坂さんへ早速初詣に行きました。

初詣ということで、八坂神社へは正門たる南門から参拝します。
八坂神社の正門は四条通に面している関係から、西門と思われがちですが、正式には南門です。

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南門の横にある「中村楼」の門松が綺麗です。
門を潜って境内に入ると、さすがに大勢の人で賑わっています。

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八坂さんは疫病の神さんだから、やはり願うのは自分のそして家族の健康のことです。それと今年のお祭りが無事に行くようにと。

宮司さんに新年の挨拶をして、そのまま「常盤新殿」へ向かい「厄除ぜんざい」をいただきます。

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ちょうど、お節にも飽きた頃なので、暖かいぜんざいの甘みが身にしみます。

毎年、この場所で休憩しているが、周りを見渡すと今年は着物の人が少ない気がします。
やはり景気のせいかな?

そして、しばらくの休憩。

メインとなる八坂神社の初詣が終わったので、帰りがてらは祇園あたりの神社をまわって見ることにします。

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まずは下河原を下がっていき、高台寺の横を通り八坂の塔あたりへ。
このあたりへ来ると、初詣というよりもお正月に京都観光にこられた人達が多くみられます。
地図を片手に、高台寺、産寧坂あたりを清水や八坂に向かって楽しそうに歩いてられます。

初春の京都もいいもんでしょう。

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八坂の塔の側にある、「庚申さん」もちょっと覗いてきました。
この「八坂庚申堂」、そのいわれなんかを聞くと昔の京都の慣わしなんかが知れてなかなか面白いんです。
お堂の周りに飾られている「くくり猿」がきれいだなぁ。

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それから、東大路を渡り、「安井の金比羅さん」へ。
ここは悪縁切りで有名なんですが、お正月早々から縁を切りにか知らないですが、多くの若い女性が初詣に来られてました。
みなさん悩みがあるのですねぇ。

しかし、ここに奉納されている絵馬、読んでみると世の中の怖さというか恐ろしさが実感できます。

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最後は、建仁寺へまわり、そこの塔頭の一つである「両足院」にある毘沙門さんに参ります。

なぜ、毘沙門さんかというと、この毘沙門さんの狛犬は虎なんです。
寅歳を祝うかのように、この正月の空にむかって吠えていました。


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2010年1月 1日 (金)

謹賀新年

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家族揃って、三種とお雑煮の「お祝いやす!」を終えたあとは、のんびりとした元旦です。

「一年の計は元旦に有り」と言われるようにピシッとしたいのですが、中々そういう風にはいきません。かえって年末の疲れが出て、だらだらと過ごしてしまいます。

しかし、やらなければならない事は、やはり行わないと気持ちの悪いもので、例年通り近所の神社へ初詣に行きました。

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まずは家の向かいにある「武信神社」です。

見慣れた神社なんですが、さすが元旦、掃き清められた本殿までの石畳の道は、清々しい気持ちにしてくれます。家の中に閉じこもっているだけではなかなか感じられない「新しい年」の実感が湧いてきます。

本殿では、神主さんが初詣に来られた方々に新年の御祈祷をされてました。
「武信さん」、昔は初詣に行くと近所の人達との賀詞交換会みたいなかんじだったのですが、この頃は人気が出てきて、いろんな方々がお参りに来られるようになりました。

今年は、若い女の人が多かったような気がします。
そして、境内に坂本龍馬の記念品なんかを売っている出店がでてました。(これは驚いたな!)

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これは平重盛が厳島神社から苗木を 移したと伝えられている御神木の榎に張られた注連縄です。
この榎、小さい頃から毎日見上げています。いつものように見上げながら「今年も宜しくお願いします!」と心の中で呼びかけます。

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次は神泉苑です。

家をでる頃には、曇り空だったのですが、この頃には少し青空が広がってきました。しかし風が強く、頬に当たる空気は冷たく凛としています。

毎年、同じ元旦に、同じ所に初詣に来、同じ願いをしています。それがかなうかどうかは別として、こうして毎年無事に来られる事が喜ばしい事だと感じるようになりました。

池端の山茶花も今年も綺麗に咲いています。


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2009年5月 2日 (土)

5月の神泉苑

2週間程前は桜が咲き乱れていた神泉苑も、5月になればはツツジの花に埋もれています。
白やピンクや赤色の花が新緑をバックに咲き乱れ、爽やかな初夏の雰囲気を醸し出します。

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この連休の頃は京都のあちこちでは、春のお祭りが行われており、この神泉苑でも2日・3日に神泉苑祭が行われています。

池に突き出た善女龍王社には神輿が飾られ、そして剣鉾が立ち並びます。
平安時代にこの神泉苑で御霊会がおこなわれたとき、66本の剣鉾を立てた事が祇園祭の始まりとされている故事をおもい起こさせるかの様です。

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このごろ感じる事ですが、祗園祭や稲荷祭りの様な大きな神社のお祭りは別ですが、街の小さな神社のお祭りがだんだんと盛んになって来た様な気がします。

今までは氏子の人達や関係者のみで境内でひっそりと行われてきたようなお祭りが、突然いろいろなイベントを付け加えて、子供神輿や稚児行列として練り出したり、地域人達による屋台がでたりしている風景をよくみかけます。

その要因を考えると、一つには地域にある神社の祭りを町おこしの場とすることで地区の活性化をはかろうとしていたり、また、いままで学区として成り立っていた地域の連帯感が学校統合等により学区が広がって希薄になったため新しい拠り所を神社の祭りに求めたりしていることで盛んになってきたのかなと思います。

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この神泉苑の祭りも、私の子供の頃はそれなりの賑わいがあったのですが、ある時期は寂れた様な感じがしていました。
しかし、最近は神泉苑自体が多くの人に知られるようになり、また関係者の努力もありまた再び活気を取り戻して来、この祭りが近所の子供達の愉しみの場となって来ました。

このように、近隣の人達が決まった時に集まる場が増えるのは良い事だと思います。

夜には、法成就池に浮かばせた龍頭船上にて雅楽を演奏もされ、王朝の雅が再現されていました。

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2009年1月 4日 (日)

お伊勢さん

初詣の人達も少し減ったかな?と思い今年はまず「お伊勢さん」へ行く事にした。
京都から伊勢まで、第二名神のおかげで大分近くなった。
2時間半位で行ける。初詣に行っても充分陽の高いうちに帰ることができる。

本当は外宮、内宮の順に廻るべきなのだが、今回は内宮のみ。

伊勢までは順調に来たのだが、世の中甘くはなく、お伊勢さんの駐車場の順番待ちに30分ほどかかってしまった。やっと車を五十鈴川の川べりに止めて、内宮に向かう。

Img_8037お陰横町の賑やかさを抜け、五十鈴川にかかる宇治橋を渡るとそこはもう神の住む世界。参道を進む多くの人達もその気配を感じてか、しずしずと進んで行く。

白い玉砂利が敷かれた参道を御正殿へと向かう。参道の周りに植えられた五葉の松の緑とのコントラストが清々しい。

五十鈴川に面した御手洗所を過ぎた頃から、急に周りの森が深くなる。「御酒殿」、「御稲御倉」を通り過ぎいよいよ御正殿に近づく。所々、樹々の間から別宮と呼ばれる摂社が見え隠れする。

Img_8039御正殿のまえには大きな石の階段があり、写真が撮れるのはここまで。

石段を上ったところが参拝所。ここから詣でる。目の前には大きな白い幕が下げられており、直接御正殿内は見られない。

二礼二拍一礼で今年の世界の無事を祈る。やはり大きな神さんには大きな願いをしなくっちゃ!
なにせ八百万の神の筆頭とされる神だから。

参拝所の横に回るとちらっと「唯一神明造」といわれる様式の御正殿が覗ける。 屋根の頂きに横に飾られている「鰹木」の大きい事。その両隅は「千木」といってVの字に交叉した木で飾ってある。女神である天照大神を祀ってあるのだから、「千木」は地面と水平に切られている。(男神を祭ってある場合は地面に垂直に切られている。)

戻る道に「式年遷宮」ようの空地があった。伊勢神宮は20年ごとに新しく建て替えられる。(御正殿だけでなく、五十鈴川にかかる宇治橋、その前後にある大鳥居も)。
次の遷宮は平成25年。これだけ大きな神事だから、もうすでに準備は着々とすすんでいるそうな。

聞いた話だが、そのかかる費用が約55億円。その半分位は御神札や御守によるそうだ。
よく、年末などに近くの神社や所によっては町内会なんかで配られて来る(もちろん有償だが・・)「天照御神」と書かれた御神札があるでしょう?。あれがそうですよ。みなさんのお家にもあるんじゃないですか?

休憩所で甘酒をいただいて、「お伊勢さん初詣」が終わりました。

Img_8045お陰横町を人混みにまみれて歩いていると珍しいものを見かけました。

「門付の獅子舞」です。

昔は京都の街中にもお正月になるとこの「門付の獅子舞」がやって来ました。

笛と太鼓を鳴らしながら、各家々を回って来ました。
神社で奉納される獅子舞とはまた違い、紺と白の幕をかぶって大袈裟に踊ります。

時には金に輝いた大きな歯で子供の頭を噛みに来ます。
こわかったなぁ!

昔の本なんかを読んでると、伊勢のこの地方は獅子舞が盛んであり、京都なんかにもやって来た事がことが書いてあります。

Img_8057さて「お伊勢さん」と言えば「赤福」です。

小学校の修学旅行(京都の小学校の修学旅行といえばお伊勢さんでした。今もかな?)以来の定番です。

一時は賞味期限のの問題で休業でしたが、また復活してます。
お陰横町の本店はあの問題はなんだったのかと思う程大賑わいです。

Img_8056といいながらも、食べてしまいました。

五十鈴川の川べりの部屋に腰掛けて、熱い渋茶をすすりながら久し振りに食べる「赤福」。

本店で食べるとお餅がほんとうに柔らかく3個くらいはペロッと食べてしまいます。

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2009年1月 2日 (金)

初詣

京都で初詣というと平安神宮、上賀茂神社、下鴨神社、伏見稲荷等が有名だが、そういう大所は三ヶ日が過ぎた少し訪れる人が減った頃に詣でることに決めている。
だから、この三ヶ日に詣でるのは近所の氏神さん。

まずは町内にある「武信稲荷神社」へ。

Rimg0001このあたり、平安の時代には都の中心であった。少し西の千本通が古の朱雀大路だから、昔だったらメインストリートの面した一角。今で言えば東京の「霞ヶ関」見たいな所。当時、この地には「延命院」という藤原氏の病院があり、この神社はその守護神として祀られていたのが始めと言われている。

約千年以上続く古社である。

境内には平重盛が安芸の宮島厳島神社から移したとされる榎の大木があり、葉の落ちた黒い枝をお正月の空に大きく広げている。

シーンと静まった本殿の前で、柏手を打つと「パ〜ン、パ〜ン」と思っていた以上に大きく響く。
昨年の御礼と家内安全、家族の健康を深々と願う。

それから「神泉苑」に向かう。

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この神泉苑も平安の時代からある史跡。元は今の二条城の南半分近くと三条通まで広がる御苑であったが、いつの時代からか寂れ、また二条城の築城等により現在の姿となった。

雨を降らす龍王を祀る社と真言系のお寺が併存している神仏習合の見本のようなところ。

最近は桜や紅葉の名所として有名になってきており、訪れる人達も多くなった。
今は寒椿(山茶花かな?)が盛りと咲いている。

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ここでは、今年1年の自分自身の抱負とか目標みたいなことを申し述べる。
武信さんとはちょっと違った内容。

なぜかわからないが使い分けている。

毎年変わらないが、このように初詣を行っている。


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2009年1月 1日 (木)

「謹賀新年」

Img_rosetu4_2あけましておめでとうございます。

「正月(むつき)立つ 春の始めに

 かくしつつ

 相し笑みてば 時じけめやも」

                      (万葉集 大伴家持)

元旦の朝、家族揃って相見い、互いに微笑みあって新しい年の門出を祝う。
という風景を詠った歌だと思うんですが、なかなか現実はそうはいきません。

嫁さんが、何回も呼んでやっと起きて来た子供達は、大晦日の夜遊びからか不機嫌そうな顔をしてます。
そこは丑年、辛抱強くがまんがまんと、「それじゃ、揃った所で『お祝いやす』」と大福茶と三種で我家のお正月は始まります。

子供達も大きくなって、それぞれの生活が出来てき、そろって顔を合わす事も少なくなったこの頃ですが、こうやって元旦の日に家族揃う事が出来るだけでも良しとするべきなのでしょうか?

テーブルの上に並んだ色とりどりのお節料理と床の間に生けてある松の緑、そして真っ白な予定の記入されていないカレンダーがお正月らしい雰囲気を醸し出しています。

一年の計は元旦に有りといいますが、なかなかそうはいかず、正月くらいはゆっくりとと思ってしまうのが本音です。

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2008年12月31日 (水)

大晦日 

大晦日、なんやかんやとバタバタした家の用事も済ませ、後は新しい年を迎えるだけになった。押し詰まった10時頃から毎年八坂神社へ向かう。 八坂神社では夕方から「白朮(オケラ)祭」がとりおこなわれている。 オケラ祭というのは大晦日に八坂神社で新しくきりだされる御神火を年が超えるとともに、家に持って帰り、その火を神棚に飾ったり、お雑煮をつくる時の付け火とするお祭りというか京都の昔からの風習。

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同じように、新しい年を八坂神社で迎えようと、多くの人達が西門に集まっている。この頃神社の境内での混雑を避けるため、石段下で入場制限(入社制限かな?)を行っている。そのため多くの人が石段下で待たされる事となる。周りをみわたすと、やはりこの寒空の下、圧倒的に若いカップルが多い。年のあらたまる0時前くらいになると、自然とカウントダウンがはじまる。古式豊かな神社と若い人たちの熱気がなかなか面白い雰囲気。

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これは八坂さんの本殿前の様子。吐く息が白くなるなか、皆さん各自の思いを拝んでいる。私も、家族の安全と健康を願う。しかしいつも同じ事を願っているような気がするなぁ・・・。今年はなにか違った新しい事を願おうとするのだが、急には思い付かない。また、初詣のときにお願いします。

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参拝が終わると、社務所のほうでオケラ火を移す縄をいただく。この縄は竹の繊維で編んだものと言われているが、普通より少し腰が強い様な感じがする。これにオケラ火を移す。

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オケラ火は境内の南側に「白朮(オケラ)火授興所」が設けられ、二基の燈籠に焚かれている。オケラというのは虫ではなく、植物であるが、実際どのような木かは知らない。この燈籠にくべられるのがこの木で造った護摩木のようなもの。この御神火を縄に移して持って帰るのです。

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家に帰る道中(もちろん火を持っているのだから、電車やバスに乗れず歩いて帰る事になります。)この縄をクルクル廻して歩きます。なかなか面白いものです。廻していると消えそうでもなかなか消えません。時たま寒風のなかを、オケラ火のなつかしいような煙の匂いがしてきます。

こうやって持って帰ったオケラ火でお湯を沸かし(ガスコンロにこの火を移すのが難儀ですが)、我家はお茶をいれます。近頃は嫁さんと二人だけですが、冷えきった体をお茶で温めていると、また一年が終わったなという感じがしみじみとします。年は変わっていますが、これで我家の大晦日の行事は終了です。

日が明けると元日です。

今年1年、このブログを訪れていただきありがとうございました。

皆様方のおかげでなんとか続けて来る事ができました。

八坂さんにも皆様の幸せを祈願しておきましたので、きっと良い年となるでしょう。

また、来年も宜しくお願いいたします。

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2008年12月28日 (日)

ものすごいクリスマスプレゼント

11月の終わりに突然パソコンのHDが飛んでしまった。
パソコンを使っていてちょっと前から離れた間に壊れたらしく、戻ってみるとリスタートの途中で止まっている。

いろいろと再立ち上げを試みるがHDはウンともスンともいわない状況に陥ってしまった。

システムの方は手持ちのHDに乗せ換えなんとか修復したが、(これだけでも3日間程かかった)
さて問題はデータ。

大方のファイルはバックアップを取っていたが、今回ヨーロッパでとった写真は容量が大きかったのでバックアップをとっていなかった。

これは慌てましたね!

HDを復旧するにはものすごい費用がかかることは知ってますし、たとえ復旧しても必ずしも必要なデータはすべて戻ってくるとはかぎりません。

自分でも市販されているHD復旧ソフトを購入していろいろとやってみましたがやはりだめでした。

「もうだめかなぁ・・・」とあきらめかけていたところ、友人からデジカメのSDカードならばデータの復旧ができるかもしれないと連絡をうけました。

幸いなことに、SDカードはパソコンにダウンロードした後、消去しましたがまだ上書きはしていません。

また、友人の友人が復旧したことがあり、ソフトも持っているからやってあげるとの申し出を受けました。
「地獄に仏」とはこのことです。

そこでSDカードを送りましてこの1週間じーっと待ってました、
SDカードはクリスマスの日にもどって来、一緒に送られてきたDVDに写真は見事復旧しました。
ありがとうございました!
感謝!感謝!です。ものすごいクリスマスプレゼントでした。

これからはちゃんとバックアップを取ります。




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2008年10月 4日 (土)

てふてふ舞う藤袴

神泉苑の横を歩いていると石垣の向うに多くの蝶が舞っているのが目に入りました。
不思議に思って苑内に入ってみると、幾つかの植木鉢に薄紫の可憐な花が咲いており、そのまわりを多くの蝶が舞っているのを見えました。
横に刺してある木札には、「原生種 藤袴」と書いてあります。

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そういえばKBS(近畿放送)が源氏物語千年紀の一環として「藤袴プロジェクト」と言うのを行っているのを思い出しました。

そのホームページによると、

「同じ野の 露にやつるる藤袴 あはれはかけよ かごとばかり

 光源氏の使者として玉鬘を訪れた夕顔が、藤袴の花に託して、恋するひとに贈った恋の歌。」

「平成20年、「源氏物語」が誕生して千年を迎えます。
 平安時代には都のあちこちに自生していたであろう藤袴ですが、今は環境省の絶滅危惧種に。
 京都府のレッドデータブックでも絶滅寸前種に選定されてます。
 紫式部が愛した可憐な野草・藤袴をみんなで絶滅の危機から救うことができないか。
 蘇った藤袴の花を、京都の街角に飾り、平安の雅をしのびたい・・・・。
 そんな想いを込めて京都から発信します。」

とありました。

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その鉢が神泉苑に置かれ、育てられ、今満開の花を咲かせてます。
その花の上を多くの蝶が舞っています。

白い中に紫が混じった可憐な奇麗な花です。かすかな甘い香りもしてきます。
確かに源氏物語の世界を思い出させる様な淡い色調です。
その上を舞う蝶も、この時期らしく落ち着いた色調のタテハ蝶です。
ヒラヒラと平安の昔に誘うように舞っています。

暫しの間みとれてしまいました。

プロジェクトがうまく行き、藤袴が街の所々で見られるようになればいいですね。
やまと心の起る花です。

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